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廃花  作者: ダンボールボックス
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二話

闇夜を満天の星空が照す。夏特有の生暖かい風が俺の体を舐め回していた。六歳頃だろうか、幼い俺は外から部屋を眺めていた。流星が見たくて、寝室から密かに抜け出したあの日、俺はそれを見た。

 俺の親父は俺の知らない半裸の女とベットの上で体を寄せ、荒く呼吸をしている。なんとなく、その行為の意味が当時の俺にも分かっていた気がする。吐き気を堪えながら俺は寝室に舞い戻る。泣きはしなかった、ただ心が凍てついていた。

 

 悪い夢だ。また、あの時のことを夢見た。それもこれも、輝石のせいだと少し怒りを覚えながら体を起こす。キッチンからは輝石の朝食を作る音が聞こえる。甘い匂いがこちらまで漂ってきている。俺は布団を畳んで押し入れに仕舞った。すると、扉が開いて輝石が顔を出す。

 「あっ、起きましたか、おはようございます。颯さん」

 輝石は両手に皿を持ちながらこちらに来る。

 「まず、顔を洗ってきてはいかがですか? 」

 俺は立ち上がると、洗面所に向かう。俺は蛇口をひねる。手に流れ落ちてくる水は冷たくて火照った体には心地よかった。

 

 俺と輝石は朝食を終え、俺は修行を終えると一段落着く。輝石は麦茶をグラスに注ぐと差し出して来る。

 「おい、麦茶なんて家にあったか? 」

 「これですか? これ、私が昨日寝る前に入れといたんですよ」

 そうかと俺は応えて麦茶を飲む。なんと言うか、輝石に俺の生活をだいぶ浸食されている気がする。そうして、輝石も俺もぼんやりとテレビを眺めながら麦茶を飲む。テレビでは朝のニュースをやっていた。殺人、自殺、政治家の不祥事に外交問題と続く。

 時折、えー、とか、そうですかとか、嫌ですねーなどと輝石が隣で呟く。俺らは二人、ソファーに座りだべり続けた。その内に、お昼になった。

 「だらけすぎたな」

 「そうですね」

 と輝石も同意しつつ苦笑する。

 「お昼にしますか」

 そう言いながら、輝石は立ち上がった。

 「昼飯の材料あるのか」

 少なくとも、俺の家に昼飯の材料なんてものは今まで用意されていたことはなかったはずだが。

 「ありますよ。昨日買っておきましたから」

 輝石は家から持ってきたエプロンに着替えながら応える。

 しばらくして、輝石の料理は出来上がった。

 「はい、どうぞ。カルボナーラです」

 昼飯はカルボナーラだった。太麺のパスタに輝石お手製のソースがかけられている。

 「パスタのソースって作れたんだな」

 少しばかり驚いて俺はそう呟いた。

 「当たり前ですよ。颯さん、冷凍かお店のパスタしか食べたことなかったでしょ」

 それはそうだ。実家は基本、和食が中心だし、独り暮らしを始めてからは食事などまともに自分で作ったことはない。とりあえず、一口、口に運ぶ。

 冷凍などとはまた違った味が口の中に広がる。より、素材の味を感じる気がする。

 「どうです。お味は? 」

 「まあまあいいな」

 そう応えて、俺は食べ始める。

 「そうですか。よかった」

 輝石は嬉しそうに顔をほころばせると、自分も食べ始めた。

 

 昼食後、片付けが終わった輝石は真剣な面持ちでこちらに歩いてきた。それで、これからどんな話をされるのか分かってしまった。

 「颯さん。大事な話があります」

 「…………」

 「私が颯さんの元にやって来たのは、颯さんを連れ戻す為なんです。颯さん、どうかこちらにお戻りいただけませんか?」

 「…………」

輝石は呆れたようにため息をつくと真剣な表情を不満そうな顔に変えた。

 「いいじゃないですか。お盆の間に家に帰ってくるぐらい」

 「…………」

 「わかりました。でも、絶対にいっしょに帰ってもらいますからね」

 そう言って、輝石は立ち上がると再びキッチンに向かった。その間、俺はずっと無言だった。

 

 教室にはまばらに人が残り、だれも彼もが夏の真の自由に目を輝かせていた。

 「おい、颯。お前、今にも死にそうな顔してるぞ」

 笹山は脱け殻と化した俺にそう呼び掛けた。

 「夏休み前、あれだけ忌々しかった講習がこうも素晴らしいものだと感じるとはな」

 俺はそう呟いて、机に突っ伏す。 

 「いったい何があったんだよ」

 笹山はそんな俺に引き気味に問いかける。

 「お盆に実家に帰らなくてはならなくなった。くそっ、去年逃げ出したからと言って、輝石を寄越すとはな」

 それに俺は机に突っ伏しながら返答する。

 「なんだよ、実家に帰るぐらい。いいじゃんか帰れば」

 俺は呑気な顔で呑気なことを宣う笹山を睨み付ける。笹山は呆れたように、首を降ると、鞄のなかを漁りはじめた。

 「まあまあ、これを見ろ」

 笹山は鞄の中から紙切れを二つ取り出して俺の鼻先に突きつける。よく見るとそれはチケットだった。

 「プールのチケット? 」

「ああ、講習も終わったんだ。明日いっしょに行こうぜ」

 笹山は笑顔でそう言った。

 

 お昼前のこの時間の暑さは異常なほどで視界に入る全てのものが熱気を放っていた。結局のところ俺は笹山の誘いに乗ることにした。家でまた輝石といっしょに居るよりは幾分もましに思えたからだ。集合は駅前の公園である。その公園はかなり広く、人はまばらに散歩している年寄りが居るだけだった。

 俺はその公園の芝生の中央で、場違いな光景に出会す。

 一人の少女が拳を突き出す。それを相手の男が足運びのみでギリギリかわす。その瞬間には既に少女の蹴りが男の脇腹に叩き込まれんと迫る。それを男は脚を上げて防御する。そんな行為を幾度となく繰り返している。まさに、静と動。一見、攻め続けている少女が圧倒的優勢に見える。しかし、男は少女の全ての攻撃をいなし、かわし、一度も直撃を受けてはいない。程なくして、少女が後ろに飛び退き、その二人はそろって大きく息を吐くと構えを解いた。というか、その少女と男は俺が知っている川上莉子と笹山だった。

 「なにしてんだよ、お前ら」

 俺は呆れ果てて言う。毎度の事ながら二人の挨拶というものは理解しがたい。

 「また負けた」

 悔しそうに川上は呟く。

 「当たり前だ。俺がお前に負けるはずないだろう」

 と得意顔の笹山。

 「笹山流体術に空手が劣っていると言うのか」

 「それは違うな、俺は三歳の頃から笹山流体術を習っているが、莉子は小四からだろ。ただの年期の差さ」

 笹山はそう言ってこちらに顔を向けると

 「よし、全員集まったことだし、出発するか」

 「おーーー!!」

 と元気な声。あまりにも聞き覚えのある声に俺は戦慄した。

 「なぜお前がここにいる」

 俺は情けないことに笹山と川上の二人の挨拶に気を取られ、二人の奥にいる人物に気がついていなかった。そこには不思議そうに首を傾げる輝石。

 「まあまあ、いいじゃねえか」

 そんな俺を押すようにして笹山は俺を歩かせる。

 「おい待て、話は終わっていないぞ」

 俺の必死の抵抗虚しく俺は引きずられるようにプールに向かったのだった。

 

 「はめたな、笹山」

 プラスチック製の白い椅子に腰掛けながら、俺は笹山を問いただす。

 「そう怒るなよ、颯。いいじゃねえかみんなで遊べば」

 笹山はそんなことを言いながら輝石と川上が二人仲良く水の掛け合いをしているのを眺めている。

 「いやー、会ったばかりだと言うのに仲いいねー、二人とも」

 「輝石は大概のやつとはすぐ仲良くなるからな」

 笹山は満足そうに、眺めながら鼻の下を伸ばしている。

 「下心、表れすぎだろ」

 「そう言う颯は、興味無さすぎだ。それでも、健全な男子高校生か」

 そう言いながら笹山は俺を指差す。

 そうだった。笹山という男はそういう奴だった。俺は軽蔑を込めて笹山を一瞥すると、立ち上がった。

 「どこ行くんだよ」

 「ああ、少し泳いでくる」

 俺はそう笹山に告げると二十五メータープールに向かって歩き出した。

 

 水が体を冷して気持ちがいい。最初は冷たく感じるが、馴れてくるとなかなか出れなくなってしまう魅力がプールにはあると思う。クロールでプールを往復したあと、水から上がろうとすると、突然衝撃が俺の体を襲った。続いて柔らかな感触。衝撃の原因を探るために横を向くと同い年ぐらいの少女が俺に抱きついていた。意識したとたん襲い来る吐き気、目眩、頭痛。ふらつく俺に、どうやらその少女は間違いました、すみませんと謝っているようだ。俺はああとかなんとか反応してノロノロと水から上がる。体を壁に預けて落ち着くのを待つ。なんとか、正常に呼吸できるようになると俺は再び元の場所に戻った。笹山は飽きずにまだ二人のことを鑑賞している。

 「おお、戻ってきたか」

 こちらに目も向けずに笹山はそう言う。

 「ああ、戻った」

 俺はごく自然に返したつもりだったか、疲労やなにやらがにじみ出ていたのだろう。笹山はこちらを向くと

 「どうした。体調悪いのか?」

 「ちょっとな」

 すると、笹山はなにを察したのかにやりといやらしい笑みを浮かべると

 「いいことでもあったのか」

 なんて、とんでもないことを言いやがった。

 「ふざけるなよ、お前」

 俺の怒りもなんのその、笹山は目をつぶってうなずくと

 「プールっていいよな」

 なんて呆れたことを述べたのだった。しばらくして、二人がこちらにかけてきた。

 「何してるんですか、二人とも。ほら、二人も遊ばないんですか」

 「何してるの、健一。さっきからニヤニヤしてばかりだけど」

 そうして、笹山は川上に手を引っ張られながら、俺は輝石の手を振り払いながら二人と共に、プールに向かうのだった。

 

 一日中、プールで遊び、怠い体を引きずりながら歩く帰り道。

 「そういえば、前から思ってたんだけど、氷見さんって、手が綺麗ですよね」

 なんて川上が言いやがった。

 「それに、輝石さんも肌綺麗ですよね。羨ましいな、二人とも」

 と川上はため息をつく。すると、笹山はすかさず

 「おうおう、莉子。輝石さんはおろか、颯にも負けるとはな。がんばって女子力磨けよ」

 とちゃかす。それに対して

 「うるさい、健一。黙れ」

 と川上は一喝した。

 「そういえば、喉乾きましたね。私、アイス食べたいです」

 輝石は取り繕うようにそう言った。

 「いいですね。コンビニ入りましょうか」

 その提案に川上も賛成する。俺も何か冷たいものを食べたい気分であったので特に反論はしなかった。

 

 コンビニに入ると、中の冷気が外の熱で火照った体を癒す。

 「どれにしましょうかねー」

 なんて輝石と川上はアイスの前で悩んでいた。

 「そんなん、全部買えばいいだけだろ」

 「うわー、颯さん、三つも買うんですか。あのですね、アイスって肥るんですよ」

 カロリーは女の敵です。なんて輝石の奴は抜かしやがった。

 「今幾つか買っといて、また後で食えばいいだろ」

 「それもそうですね。そうします」

 そう言って、輝石は俺の篭にアイスを五つも放り込んだ。

 「自分で買えよ……」

 俺はそう言ったものの、なんだかめんどうくさくなってそのまま、レジに向かう。そもそも、金の出所は同じことだと納得したためでもある。

 こうして、アイスを買った俺らはアイスの溶けないうちにと急かされるようにめいめい家に帰ったのだった。

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