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廃花  作者: ダンボールボックス
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一話

 夏真っ盛りの早朝。クーラーの効いた部屋には熱気は無く、照りつけるような日射しだけが部屋の中に注ぎ込んでいる。俺は押し入れに布団を仕舞うと、代わりに大きめのマットを取り出した。そして、それを床に敷く。幾何学模様の魔方陣が描かれたマットに俺は大きく深呼吸をするとその中央に立った。日課である魔術の鍛練のため、俺は目を閉じた。

 氷見家の魔術は時空にある。俺は氷見家の観測地から転写した己の世界の種を意識する。その種を開き、別の世界から引用文を引きずり出すようにする。そして、世界の余白に文字を刻み込む。雷撃の魔術『霹』を発動する。そして、その瞬間の魔力の流れをその躍動を時空で捕らえ、記録する。その一連の作業を繰り返すこと4回。一日の鍛練を終えた俺はそのまま、床に倒れ込んだ。

 額には汗がにじみ、全身は今まで受けていた負荷に悲鳴をあげている。

 俺は緩慢な動きで立ち上がると、登校の準備を始めるのだった。

 

 ああ、あまりにも蒸し暑い。こんな日にはあの日のことを思い出してしまう。俺はなんでもない授業をなんとなく受けている。そう、あの時まではこんなつもりではなかった。俺は魔術師として跡を継ぐはずだった。しかし、妹の才能に敗北した俺は跡継ぎを追いやられ、不貞腐れてこんなところに居たりする。

 窓を開けると爽やかな風が教室内に吹き込む。窓際の俺はその風を体全体で浴びるように感じた。

 しばらくして、ホームルームが終わる。一学期最後のホームルーム。明日は体育祭でそれからしばらくは夏休みになるということもあり教室内が活気づく。

 「おい、颯。お前今日どうする」

 背後から突然声が掛けられる。それは、俺の友人の笹山健一の声だった。

 「ああ……、別にどうも。予定はないな」

 

 俺はそれに振り返りながら応える。

 「じゃあ、飯食いに行こうぜ」

 確かに今は昼前で、笹山も俺も部活に所属していない。そして、二人とも空腹だ。

 「分かった、それでどこに行く」

 俺はそう笹山に問いただす。

 そうすると、笹山はにやりと笑って

 「では、俺のオススメのラーメン屋に招待しよう」

 そう言って奴は鞄を担ぐ。俺もならって鞄を担ぐと笹山の後ろに着いていくのだった。

 

 篭る熱気と店内に響く活気のある声。笹山オススメのラーメン屋はお昼時ということもあり、中々の繁盛ぶりを見せていた。俺と笹山は並んでカウンター席に腰掛け、ラーメンをすする。濃厚な豚骨と魚介の合わせダシが太麺に絡んだこのラーメンは正にラーメンの王道とも言える味で空腹の高校生二人を満足させていた。

 「なあ、お前なんで独り暮らししてんの」

 笹山はなんでもない風に俺に問い掛ける。いや実際、笹山は単なる世間話のつもりなのだろう。俺がその事に過剰に反応してしまっているだけだ。

 「まあ、色々あったんだよ」 

 そう言って、言葉を濁して再び俺は麺をすする。そうかと言って、笹山はそれ以上聞いてはこなかった。

 俺と笹山は満足して店を出る。じゃあこれでそうお互いに言って別れた。俺はゆっくり歩きながら自宅を目指した。自宅に着く。マンションの四階に位置するこの部屋は景色も悪く、どことなく辛気臭い雰囲気が漂う。俺は扉を押し開けて中に入った。

 

 次の日、俺は学校のグラウンドに立っていた。照りつける直射日光は俺の肌を焼く。両脚にかなりの疲労を抱えながら歩く。そして、額の汗を拭いながら俺は自分の席に腰を降ろした。

 「よお、颯。大活躍じゃないか」

 俺を迎えたのはやはりというか笹山だった。

 「まあな、俺は大抵なんでも出来るからな」

 そう、俺は大抵なんでも出来る。身体能力は運動部のレギュラーにも負けていないし、勉強だって満遍なく全教科出来る。家事は苦手だが、やらないだけでやれないわけではない。

 「相変わらずの自信だな」

 笹山は呆れたように首を振る。

 「お、この競技が終われば昼飯だぞ」

 笹山は取り出した予定表を見ながら俺に伝える。俺は鞄から財布を取り出す。目の前の競技が終了した、昼飯を買いに俺と笹山は校舎へと向かう。

 その時、

 「おーい、颯さん。こっちですよ」

 と声が聞こえた。己の身が生存本能に従い臨戦態勢に入る。聞こえる声は悪魔か鬼か。俺はゆっくりと自然体に見えるように声の方を振り向く。やはりというかなんというかやはりそこには輝石の姿。俺は心を沈めながら輝石に近づく。彼女は満面の笑みでブルーシートに広げた大量のお弁当と共に俺を迎える。

 「なにしに来たんだ」

 俺は開口一番、忌々しげに言葉を吐く。輝石はキョトンとした顔で首を傾げた。

 「なにしにって、そんなの応援に決まってるじゃないですか」

 「なにが応援だ。小学生でもあるまいし。そもそも、なんでお前がここにいるんだよ」

 「実は私、颯さんより夏休みが長いんです」

 どうだいいだろと言わんばかりに胸を張って答える輝石を見て俺はため息をついた。

 「それより、ご飯にしましょう。私、お弁当沢山作ってきましたから」

 そう言って、輝石は俺の手を引っ張った。そして、襲いかかる吐き気、目眩、頭痛、身体には剃刀を差し込まれていくような幻痛。俺はあまりの痛さと不快感故に輝石の手を振り払う。そして、胸に手を当てた。心臓の鼓動は今にも張り裂けそうなほど速く、喉は干からびて吸い込む空気が痛い。しかし、俺はなんでもないように握られた手を不快気に振ると、ブルーシートの上に乱暴に座り込む。

 「悪いな、笹山。俺、今日はここで食べることにする」

 そう言って、俺は輝石の持ってきた弁当の蓋を開ける。

 ああ、と唖然とした様子で笹山は頷くとそのまま立ち去ろうとする。

 「どうせなら、ご一緒しませんか。笹山さん」

 その笹山を引き留める輝石の声。

 「えー、いいんですか」

 と、笹山はなにが嬉しいのか、笑顔のまま振り向くと、図々しくもブルーシートに上がり込んでくる。

 「どうぞ召し上がれ」

 そう言って、輝石は笹山にも弁当を差し出す。弁当の中身はおにぎりにサンドイッチ、おかずは唐揚げ、卵焼き、エビフライ、アスパラガスのベーコン巻き、ポテトフライ、きんぴらごぼう、サラダ、ゴーヤチャンプルなどなど重箱にところ狭しと盛り付けられている。俺が無心で食事をしていると、

 「それにしても、かっこよかったですよ颯さん」

 と輝石が声をかけてくる。俺はそれを無視しつつ唐揚げを口に運ぶ。

 「おい、颯。お前、輝石さんに冷たすぎないか。さっきも輝石さんを嫌がってる風だったし、いくらお前が女性恐怖症だとしてもあれはないんじゃないか」

 そうするとどういうことか、笹山は急にそんなことを俺に言って来やがった。

 「あのな、笹山。まず、そいつは年下だから呼び捨てにしとけ。それと、俺はこいつのこと嫌いだからこんなもんだ」

 俺は言うと、サンドイッチを口の中に流し込み、立ち上がった。

 「おい、行くぞ笹山」

 「少し待てよ」

 笹山が叫びながら、まだおにぎりにかじりついているのを尻目に俺はそこを後にする。

 「いってらっしゃい、颯さん」

 後ろからそんなことを言われたが俺は当然のごとくそれを聞き流した。

 蛇足と言ってもいい閉会式が終了し、俺は帰路に着く。輝石と俺の関係性をしつこく問いただす笹山を振り切って玄関から外に出た。そして、校門に向かう。

 「なんだ、まだ居たのか」

 途中、輝石を見つけた。 

 「はい、一緒に帰りましょう颯さん」

 輝石は俺の隣に並んで歩きながらそんなことをのたまう。

 俺は、首をすくめると、そのまま歩きだした。道路には俺と輝石の二人のみ。裏通りを歩いていくと大きめの交差点に出た。

 「お前、あっちだろ。じゃあな」

 俺はわりかし素直に輝石にそう告げると、そのまま交差点を渡る。その後ろには寄り添うようについてくる輝石。交差点を渡りきったところで俺は振り向いた。急に振り向いたせいで輝石とぶつかりそうになるがそこは全身の筋肉を総動員してなんとか避ける。

 「なんでついて来るんだよお前」

 輝石は不思議そうな顔で首をかしげると俺に一つの残酷な真実を告げた。

 「あれ、私言ってませんでしたっけ? これから颯さんのご自宅でご厄介になるんですけど」

 「言ってない。そして聞いてないぞ、輝石。ご厄介だと、お前。もしかして、家に泊まるなんて言わないよな」

 俺は最後の希望をかけて輝石に問う。しかし、現実はあまりにも無慈悲だった。

 「はい、泊まりますよ。荷物も今日の夕方には届きますし、心配しなくても私が買い出しとか料理とかするのでお構い無く。もちろん、颯さんがご馳走してくれるならとても嬉しいですけど……」

 咲き誇る笑顔の輝石。不覚にも目眩がした。それに、頭痛に吐き気に幻痛も……。

 「なんで、事前に言わないんだお前は!!」

 「事前に言ったら絶対に部屋に入れないよう、あらゆる手を使ってくるじゃないですか、颯さんは!」

 俺のもっともな指摘は輝石にまったく効果を示さず、反論までしてくる始末。そのあとの水の掛け合い、話し合いの結果、当然のごとく折れたのは俺で、笑うのは輝石だった。暗い気持ちを隠しもせず、俺は歩く。それにしても悔しいぐらいに、輝石には笑顔が似合う、そんなことを俺は残りの帰り道になんとなく思った。

 

 俺の部屋に着くやいなや、輝石は部屋の物色を始める。

 「おい、何してんだよ。なんもないぞ、ここには」

 俺はそう忠告する。しかし、そんな俺の忠告虚しく、輝石は風呂場、台所、トイレと忙しく見て回る。ついでに部屋の角の指でなぞった。そして、呆れたようにため息をついた。

 「なんですか、この部屋は。洗濯物は溜めっぱなし、冷蔵庫にはほとんど食材がなく、引き出しには缶詰めとレトルトの山。部屋の掃除もかなり適当。ほんとに生活力ゼロですねぇ、颯さん」 

 「うるせえ、どうでもいいだろそんなこと」

 俺はそんな輝石に反抗の意を示す。すると、輝石は急に笑顔になった。

 「朗報です、颯さん。これから、颯さんの生活水準はうなぎ登りです」

 そして、輝石は俺の洗濯物を抱き抱えると洗面所に向かう。

 「おい、何してんだよ」

 俺はそんな輝石の行動にせめてもの抵抗をするも、糠に釘、暖簾に腕押し。あっさりと丸め込まれて輝石に洗濯を任してしまった。まあ、冷静に考えると俺のメリットにしかならない行為であるし、そんな些細なことで目くじらをたてるのも大人げないと思い直して、リビングのソファーに座る。すると、洗濯物を全て、洗濯機に放り込み終えたのか、輝石はソファーの反対端に座った。

 「そろそろ、荷物が届くので荷物を受け取ったら夕飯の買い物にいきましょう」

 俺はなんでお前と、と言いかけて思い直す。そう言えばこいつに買い出しさせると俺の苦手なものも食卓に出すのだった、と苦い夏休みの思い出と共に思い出したからだ。

 「まぁ、お前を見張っておかないと俺の苦手なものばかり買うしな」

 すると、輝石は不満気に俺を睨むと、

 「それは、颯さんの苦手なものが多すぎるのです。ピーマン、ニンジン、ニンニク、キュウリ、グリーンピース、レバー、豆腐、納豆、ニラなどなど、特に野菜が嫌い過ぎます」

 なんてことを言いやがった。

 「あのな……」

 俺がそれに対して反論しようと口を開くと、ドアベルが鳴る。輝石はそれを聞いて玄関に小走りで向かう。しばらくして、輝石は大きなダンボールを抱えて戻ってきた。そして、それを部屋の隅に置くと、俺の方に振り返る。

 「では、買い物に行きましょう颯さん」

 

 目の前を、輝石は鼻歌でも歌いそうな雰囲気でカートを押していく。野菜売り場でニンジンをかごに入れようとする。

 「おいまて、なにを入れようとしている」

 「なにって、ニンジンですよ。今日はすき焼きですから」

 「お前、家での話を忘れたか。俺の苦手なものを入れようとするな」

 「えー、ニンジン抜きのすき焼きってなんですか。彩り悪すぎません?」

 「そんなこと知るか。いいか、すき焼きなんて肉さえあればいいんだよ」

 そう言って、俺は輝石の手からニンジンを奪い、棚にニンジンを戻す。輝石は不満一杯と言った様子で歩く。心なしか先程より歩みも遅い。そのまま、俺と輝石はすき焼きの材料を購入する。その後も、春菊や豆腐で論争になったが、輝石が全て食べるということでなんとか折り合いをつけた。それから、会計を終え、買ったものを袋詰めする。

 「さすがに肉多すぎません。肉、肉、肉ですよ」

 「いいんだよ、俺流すき焼きはこんなもんだ」

 「えっ、颯さん、すき焼きなんて作るんですか?」

 輝石は心底驚いたといった表情を浮かべる。俺はまったくこいつ、俺をなんだと思ってるんだと憤慨する。もっとも、独り暮らしを始めてから一度も作ったことはないのだが。

 「さあ、帰りますか、颯さん」

 詰め終わった荷物を手に下げ、輝石は俺にそう言った。

 

 帰ってくると、輝石は早速料理の支度を始めた。俺の借りてるこの部屋は広めの1L DK 。キッチンにつながる扉は暑さのために開け放たれていた。流しの水の音、包丁が食材を刻む音に混じり、輝石の鼻歌が聞こえてきた。

 しばらくして、輝石は鍋を持ってリビングにやって来る。

 「出来ましたよ、颯さん」

 鍋からは食欲を誘う香りが漂う。その後に、ご飯と箸や皿、卵を用意して輝石と俺は席に着く。

 「いただきます」

 丁寧に手を合わせて、輝石がそんなことを言うから、俺もつられて、いただきますと呟いた。まったく、ご飯前にいただきますなんて言ったのはいつ頃だろうと思い返していると

 「あれ、颯さん。食べないんですか? 」

 輝石はすでに、食べ始めていた。

食べるよ、と俺はそう応えて肉を取った。

 

 食後、後片付けを終えた輝石と共にリビングで休む。二人でなんとなしにテレビを眺めていると

 「颯さん。明日はご予定がありますか?」

 なんて、輝石が尋ねてきた。

 「特に予定はないな。そう言うお前はなにかあるのか?」

 「いえ、私も特にありませんけど」

 そう言って、再び訪れる静寂。聞こえるのはテレビのどうでもいいバラエティーの笑い声だけだ。

 「私、どこで寝ましょう」

 それは、そこまで大きな声ではなかったが、俺の耳にはしっかりと届いた。そう、それが問題だ。俺は今までその問題を避け続けてきたが、そろそろその問題を解決せねばならない時が来てしまった。

 「来客用の布団ってありますか? 」

 輝石はそんなことを聞いてきた。

 「心配するな、クローゼットのなかに新品が一式ある」

 と俺は応える。

 「ちなみに、いっしょの部屋では寝ないからな」

 そう俺は釘を差す。

 「ええー、私、キッチンで寝るんですか」

 「当たり前だろ、俺がキッチンで寝るわけないだろうが」

 そうして、話し合うこと数十分。俺が折れたことにより、俺は部屋の東隅、輝石は部屋の西隅で寝ることとなった。

 そうして、夜はふけていく。俺の意識は微睡みの中に沈み込んで行った。

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