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#02 引っ越しミドリフグ

 何というか……。ホームセンターで念話で意思疎通を行える超能力ミドリフグのおチビちゃんに出逢うという、他人に語ったら正気を疑われる──自分自身でも実は統合失調症にでも罹患していて幻聴でも聞いてるんじゃ? と勘ぐってしまう──超常現象的な未知との遭遇を果たしてしまった。

 こんな時、人としてどういうリアクションを選択すれば正解なのか? そんなこと私に判る訳がないので、取り敢えず反射的にそのフグのおチビちゃんに「えっと、家に来て一緒に暮らさない?」と、惚れた女に求婚するみたいな間の抜けた誘いをかけてみた。

 すると、高さの余り無い瓶の中で元気溌剌に上下運動するおチビちゃんから『うん。いくー!』と、とても嬉しそうな返答が返ってきた。体長1センチくらいしかない今の赤ちゃん状態だと、狭い瓶内でもそれなりに動き廻れるスペースがあるのは、この子にとって救いだ。

「そ、そうか。じゃあ、家の子になりな」私はチビちゃん入りの瓶を手に取った。瓶の上蓋には¥1080円の値札がついている。ペットショップでミドリフグを買えば1匹¥400~500円くらいなのでこの価格設定は高いような気がするが、喋れるというレアリティの高いこの子なら反対に激安なのか?

 いや、そういうことを考えるのは已めよう。命の値段を高い安いと語るのは、不謹慎であり、倫理的に余り褒められたことではないような気がする。私はミドリフグのチビちゃんの入った瓶を大事に抱え、レジにと歩を進めた。



 家に帰った私は、部屋のエアコンの設定温度が26度になっていることを確認し、おチビちゃんの入った瓶を、直接風が当たらない場所に置いた。ミドリフグは熱帯魚で、適切な水温は26度前後なので、この室内の空気ごとその温度で安定させる。

 今は夏なので、水槽用のヒーターはなくても取り敢えずは問題ないが、反対に水温の上がり過ぎに注意しないと、ミドリフグが参ってしまう。殊にこんな小さい子だと体力がないので、温度管理が悪いとすぐにお星様になってしまうので要注意だ。

「さて。これからお前さんのお部屋を用意するんだけど、もう暫くその瓶の中で待って貰っても平気かい? 今現在、息苦しいさとか感じてないかな?」『うん、だいじょうぶ。なになに、ボクのおへや、よういしてくれるの?』

「その小さい瓶でずっと暮らすのは辛いだろう。今は身体が小さいからまだ動き廻れる余裕があるけど、すぐ大きくなるだろうし。それに、そんな少しの水の量じゃ、あっという間に水質が悪化する。それじゃ健康に良くない」『……ううん。そういえば、ちょっとまえよりも、ちょっといきくるしくなったかもー』

「えっ、それはいかんな。急いで水槽を用意するよ。ところで、お前さんは、サヴァヘンシスじゃないよな?」サヴァヘンシスとは、普通のミドリフグに混合でショップに入荷して販売されることのある、20センチ近くまで大きく成長するミドリフグの亜種的な存在である。通常のミドリフグは最大でも10センチ程度にしか成長しないが、サヴァヘンシスはその2倍近くの大きさになる。

『え、さば? なーにそれ?』おチビちゃんは、不思議そうに目をクルクル動かした。「いや、知らないならいい。というか、お前さんに訊いても判らないよな、そんなこと」いいんだ、いいんだ、と独言のように呟いて、私はベランダ物置にしまってあるはずの水槽を探し始める。


「あった」私は30度を超す外気温度の中で汗だくになりながら、ガラクタの大量に詰まったベランダ物置の中を引っ掻き廻し、放り込んであった30センチ水槽を何とか見つけ出した。昔買ったものの結局使わず眠らせてあった新品の水槽である。

 その水槽を風呂場に持って行って軽く水洗いした後、居間の壁際に建ててある頑丈なスチール棚の中段を空らにしてから水槽を設置した。バケツに水道水を汲んで、その中に重金属抜き+エラ粘膜保護+カルキ抜きが一緒になった薬剤を入れて、水槽用の水を作ると、水槽の7分目辺りまで注ぎ込む。

 他にも魚を飼っているので、アクアリウム用品が一通り家に揃っているのは強みで、咄嗟の水槽増設時も安心だ。この状態で、エアコンの温調の効いた室内に暫く水槽を放置すれば、水槽水の温度と瓶の中の水の温度が同じになるはずである。そうなるのを待つ間に次の作業を熟して行く。

 屋内の何処かに保安用スペアとして幾つかストックしてあるはずのエアポンプを探す。大して苦労せずに最大吐出能力:1L/毎分という小型水槽用のポンプが見つかったので、それをおチビちゃん用水槽に設置することにする。

 これも家にストックしてあった、投げ込み式フィルターをエアチューブでポンプと繋いで水槽の中に放り込む。何とも心許無い飼育環境だが、急場凌ぎで立ち上げた水槽ならまあこんなものだろう。

 とはいえ正直、こんな貧弱なろ過装置だけでは水質が安定しないので、近日中に100円均一で大型のタッパーでも購入して、上部オーバーフロー式の濾過槽でも自作しようと心のメモ帳に予定を書き込む。まあ暫くは、面倒だが週3、4回の頻繁な水換えで凌げるだろうから、濾過設備を用意するくらいの猶予は充分ある。


「ようし、お前さんの部屋の準備は大体整った。でも引越し前に、ちょっと瓶の水を調べてもいいか?」『うん、いいよ』おチビちゃんに許可を取ってから、私は瓶の蓋を開けると、その中にデジタル式PH計を突っ込んだ。液晶には6.2と表示される。

 ここいらの水道水のPHは7.5くらいあるので、今現在水槽に張った水と瓶の中の水とでは結構PHの差が大きい。魚の飼育水は、古くなると酸化して行く傾向がある。要するに瓶の中の水は悪くなっているのである。これは慎重に水合わせしてやらないと、おチビちゃんをPHショックで苦しめることになる。

「ううむ、瓶の水は若干酸性寄りか。やはり水量が少ないと水質の劣化が激しくてホント宜しくないな。確かミドリフグは弱アルカリのPH8くらいが理想だったよな」PH計の計測結果に私が難しい顔をすると『どうしたの?』無邪気なおチビちゃんが不思議そうに尋ねてくる。

「うん、あまり水が良くないみたいだけど、お前さんは今の状態で……えっと苦しくないのかな?」『うーん。くるしくないけど、ちょっときもちわるい』「そうだろうな。すぐにもっと良い水に移すから後ちょっだけ待っててな」『うん』

 おチビちゃんとの会話を軽く交わしながら、私は次に屈折式海水濃度計のプリズム面に瓶の中の水を1滴垂らした。接眼鏡を覗き込むと、塩分濃度は0%と表示されている。つまりこの瓶の中は純淡水ということになる。

 その間、おチビちゃんは私の一挙手一投足に興味津々のようで、じっとこちらの作業中の動きを目で追ってくる。好奇心旺盛なことで、何とも可愛らしい。ミドリフグの子供は、頭が良くてこういう人間観察のような仕草をするので人気が出るのだろう。

(ううむ。ミドリフグは汽水魚で、子供の頃は淡水に近い河川の上流域で生活して、大きくなるに連れて河口の濃い汽水粋に下るんだっけかな。確か、稚魚の飼育は1/4海水くらいが無難とか聞くけど……あっ、でも、陸封湖に生息してるミドリフグは一生涯を純淡水域で暮らすんだよなぁ。塩分濃度はどうしたもんかな)

 私は少し思案に耽ったが、考えてみればこのおチビちゃんとは念話で意思の疎通が可能なのだから、後々ミドリフグ本魚に水触りの具合や体調の良し悪しを窺いながら塩分濃度は調整して行けば良いかという結論に至る。取り敢えずは淡水飼育でも大丈夫だろうと。

 序に、(にしても、魚に直接調子を訊けるとなると、アクアリウムの水槽初期立ち上げって物凄く楽になるなぁ)何となく、そんなことを感無量に思った。まあ淡水飼育なら、我が家の場合は水が既に出来上がっている他の水槽があるので、そこから濾過バクテリアの生息する種水を少し貰ってきて、完成した自作のろ過槽に注げば、あっという間に生体ろ過システムが完成するのだが。

「準備できたからあっちの水槽に引っ越すんだけど、行き成りだと水質の変化が体に悪いから、少しづつ水合わせしてこうね」『ひろいねぇ。あっちだと、びゅーんっておもいきりおよげるね』用意した水槽を見て、嬉しそうにクルクル廻るように泳ぐおチビちゃんを見ると、どうにも顔が自然に綻ろんでしまう。

 瓶の水を1/5ほど捨てると、エアチューブを使ってサイフォンの原理にて水槽の水を瓶の中に点滴の如くにポタポタと垂らす。こうやって瓶の水を少しづつ捨てて、代わりに水槽の水を混ぜるという方法で、3~4時間かけてゆっくり水を合わせていくのだ。

 ミドリフグのおチビちゃんの身体に負担がかからないようにゆっくりと、ゆっくりと慎重にだ。それを待っている間に、この子に色々な話を訊いてみる予定である。しかしその前に、ご飯を用意してやるべきかな、とも思う。

 何せ、今のおチビちゃんはお腹がペッタンと凹んでいて、横から見ると煮干しみたいに痩せている。フグらしい丸っこさが全く無い。「お腹減ってない?」おチビちゃんに尋ねる。『へってる』ガリガリの身体に似合わぬ元気さで即返答がある。

「そうだろうね。何食べたい?」魚に餌をあげると水質の悪化が早まる。因って小さい瓶に封じられていたおチビちゃんは、碌にご飯を貰うことなく店頭に並んでいたのだろう。心底から可哀想に、と同情する。おチビちゃんは目をクリクリ動かしながら一生懸命食べたい物を考えているような素振りを見せた。

『んーとね、ムシたべたい!』リクエストが来た。ムシ……ふうむ虫ね。フグ好きのする虫といえば……。私は冷凍庫から買い置きしてあるアカムシブロックを1個小皿に取り出すと、水槽の水をその上にかけて解凍を早める。

 ユスリカの幼虫で赤い糸のような姿をしているアカムシは、大凡様々な小型魚たちの好物で、ペットショップに行けば普通に、ブロック状の小さな塊に凍らせたものが販売されている。

「ご飯できたよ」声を掛けておチビちゃんの瓶の中に解凍したアカムシを10匹くらい入れてやる。『うわーい。おいしい。おいしい』余程空腹だったのだろう、おチビちゃんは喜んで小躍りするようにアカムシをパクパク食べた。それこそお腹の形が変わるくらいたっぷりと。

 やはりフグはプリプリに丸っこく肥っているくらいの体型が一番可愛い。ペットショップで見るのはやる餌の量が少ないのか、細く痩せて煮干しかタチウオみたいになっていることが多いが、あれは本当に頂けない。育ち盛りのおチビちゃんには沢山食べさせてやることにする。

家のミドリフグは元々純淡水で売られていたもので、PH8.3の逆アルカリの純淡水で長く生きてます。

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