#01 ミドリフグは可愛い生き物です
実際フグ飼ってます。
特に用事はないのだが、何となくホームセンターに足を運ぶのを已められない。買い物の予定はなくとも、ホームセンターを訪れ、店内をブラついているだけで満ち足りたに幸せな気分になれるのだ。
もしかすると、重篤のホームセンター中毒なのかも知れない。休日など、一度訪れて店内を巡回していると、半日くらいはすぐに経過してしまう。他には、100円均一ショップも心が和むが。
日曜日。今日も今日とて朝から当然のようにホームセンターに向かう。本日の目的地はホームセンタータマ・プロショップである。折角の日曜に他に予定はないのか、と他人は呆れるが、私的には、折角の日曜なのでホームセンターに行くのである。
開店から10分後に到着し、店内を見廻り始める。資材館の激安の木材端材コーナーでDIYに使えそうな何かお得品はないかと漁り、樹脂被覆のカラー金属パイプを手にして、これでその内に棚でも作ろうかなと考える。
その後、店内のカー用品を眺めてから、台所用品コーナーを経由してペットコーナーに向かう。この店舗はペット生体取扱に関しては規模が小さく、犬と猫しか扱ってないので、フェレット等の他の小動物や観賞魚が好きな私には少々物足りないのだが、子犬や子猫が入荷しておればその愛らしい姿を愛でられるので、一応チェックはするのである。
ペット用品の売り場に着くと、今は7月の上旬、夏休み前の時期だからなのか、商品棚にはオールシーズンの通常在庫としては取り扱いのないカブトムシやクワガタが、ケースに入って並んでいた。ケースと抱合せで飼育セットとして販売しているようだ。
そういえば子供の頃に、コーヒー瓶の中に土を入れて、そこでオケラを飼って巣穴作りの観察を愉しんだことがあると思い出す。が、カブトムシやクワガタを飼った記憶はない。今もそうだが、小さい頃も何故か子供好きする甲虫に余り興味が湧かなかったのだ。
代わりに、田んぼの用水路で、コブナやメダカやドジョウ、そしてザリガリなんかの水生生物を捕まえて、色々な種類を家で飼っていた。殊に日淡(日本淡水魚)に傾倒したマニアではなかったが、金魚などでなく野生の小魚の飼育が全般的に好きだったのだ。
小学校の夏休み、初夏の用水路で5センチ足らずのタウナギの稚魚や、小指の爪くらいの大きさのまだヒゲが6本残る孵化間もないのだろうナマズの稚魚を見つけた時は、鼻血が吹き出るくらい興奮した記憶があった。
暫し子供の頃の懐古に耽ってから、心は現実に帰った。店内は、客の声や有線で流れる音楽でざわついている。商品棚の昆虫ケースから視線を横に逸らした。すると視線の端に、水の入った小瓶が並んでいるのを見つけた。
「まさか、これは!」思わず独言が漏れる。小瓶の前に移動する。水の入った瓶の中には、小魚たちが窮屈に封じられていた。初めて見たが、どうやらこれは動物虐待だと批判の声の多い、観賞魚の瓶詰め販売というやつらしい。
内容量500cc在るか無いかの少量の水の中に、アカヒレ、ヒドジョウ、メダカ、アベニーパファー(世界最小の淡水フグ)、ミドリフグ、ザリガニといった1~2センチくらいの小さな幼い生体が、一匹づつ詰められて売り物にされているのだ。
ザリガニは正式な学術名は知らぬが、単為生殖可能な日本でミステリー・クレイフィッシュと名称され出廻っている外来種のようである。飼えなくなったからといって放流されたら強い繁殖力から生態系に悪い影響を与えそうなザリガニで、個人的には早めに特定外来生物に指定した方がいいのでは、と懸念する生体だ。
いや、それはまあ今は置いておこう。しかし、生体がこんな売られ方をしているのを目の当たりにすると、心中に何とも遣る瀬無い虚無感が去来するのはどうしようもない。
エアーポンプもなく、こんな狭い瓶の中の少量の水に魚を入れたら、酸欠や水質の悪化によるアンモニア中毒で非常に死に易い運命に陥る。今は瓶の中でプカプカ泳いでいる可愛いらしい魚たちの命が、このままではそう長く続かないと考えると、どうにも陰鬱な気分になってしまう。
命の価値に差をつける気はないが、特にこの、先刻からこっちをジーッと興味深げに見詰めてくる、ミドリフグのおチビちゃんが、この先どういう運命を辿るのか、と心配すると、何だかとても落ち着かない心地になる。良い飼い主に巡り逢えればいいけれど、長く売れ残ったら……。
フグの仲間は魚の中でもかなり頭が良い方である。ミドリフグもその例に漏れない。幼魚期の間の小さいミドリフグは、実に好奇心旺盛で警戒心が薄く恐いもの知らずで人間にもよく慣れる。この子はまだ体長1センチくらいしかなく、産まれて間もない個体なのだろう。人間に興味津々のようだ。
瓶に顔を近づけておチビちゃんをジッと眺めると、おチビちゃんもこっちを真摯(に思える表情で)にジッと見つめ返してくる。少し右に動くとおチビちゃんもそちらに、左に動くとおチビちゃんもそれに追随するように顔の向きを変える。
偶然ではない。明らかにおチビちゃんは私に興味を示しその姿を追っているようだ。それが余りに可愛いので情が湧いて、(この子だけでも買い取って家で面倒見てやろうかな)ついそんなことを考えてしまう。
瓶詰めのフグは、その人気の高さにUFOキャッチャーの景品にされることもあるらしい。フグは愛嬌があってともて可愛いので、その姿を見かけて欲しがる人が多いからこそ、そんな扱いをされるのだ。人気は乱獲にも繋がる。これはフグにとっては不幸なことだろう。
不幸な目に遭う被害フグを減らすには需要をなくせばいい。要するに、瓶詰めで売られているフグを買ったり、景品として取ったりしなければ、フグの瓶詰め販売等という商売も儲からないから廃れ、やがては下火に落ち着くはずである。
だから、そんな結末を望むなら、ここでこの子を買ってしまうのは大局的には間違いということになる。何もしないでここから立ち去るというのが、選択肢としては一番の正解なのだろう。……しかし後ろ髪を引かれる。そのくらいこの子は可愛いのだ。
(どうしようか?)私の心は揺れて葛藤する。が、その時──『えへへ、こんにちは!』ちょっと舌足らずな感じの幼子のような声が脳裡に響いた。「えっ?」私は驚いて周囲を見渡す。偶然に誰か知り合いが私を見つけて、挨拶に声をかけてきたのかと思ったのだ。
だが、知り合いどころか周囲には誰も居ない。(……幻聴? 空耳?)そう考えた時に再び『ねえ、ねえ。こっち。よんだのボクーッ!』同じ声が頭に響いた。「えっ、……まさか?」私はミドリフグのおチビちゃんをジッと凝視する。
「今のお前さん?」心中ではそんなバカなことがあるか、と考えつつも、声に出しておチビちゃんに訊いてみた。傍目には魚に話しかける変人と映る行為だけれど……。
すると『うん、そうだよ~♪』頷くような上下運動をしながら、ご機嫌な声音でミドリフグのおチビちゃんから返答があった。耳で捉える音ではなく、頭の中に直接響く音声で。つまり念話めいた不思議な応答で。
「え、え、えー?」マヌケな声を上げてしまった私。『えへっ。ねぇ、おどろいた? びっくりした?』目玉だけを私に向けながら、ミドリフグのおチビちゃんは瓶の中で愉しそうにクルクル廻っていた。
南米淡水フグは神経質だと思う。