青春の欠片
初めて投稿してみました。ちょっと長いですが、読んでくれたら幸いです。
感想。評価等いただければさらに幸いです。
よろしくお願いします。
……僕は、自分で言うのも何なのだが、敢えて言ってしまえばとても平凡な人間である。頭が物凄く良いか、と言えばそうでもないし、運動が優れて良く出来る訳でもない。何か人並み以上に出来るものは何かと問われたとしても答えに窮せざるを得ない。したがって、そんな普通で、通常で、平凡な僕の送ってきた人生人並み外れた素晴らしいものであるはずがなく、よく言えば幸せな、悪く言えばつまらないものであった。
とある地方都市で生まれ育ち、地元の小学校、中学校、高校へと順調に進学し、つい先日、僕は高校三年生になったわけだけれど、その流れは変わらず、平凡な人生は続いていた。
だけれども最近、こんな風に何かこう、物語のない人生を続けていて本当に良いのか、もっとダイナミックでデンジャラス、そしてファンタースティックな要素が人生にあったほうが良いのではないか、と僕はふと思ったのである。自分の人生を何度振り返ってみても、何か心躍る出来事が一つでもあったのか、と問いかけると、何もないのである。もちろん、人並の平凡な出来事までもなかったわけではない。でも、将来社会人になって飲み会の席でドヤ顔で語れるような面白くて盛り上がる出来事は何もないのである。この青春真っ盛りのこの時期に、本当にこのままでよいのか、と僕はそう思うのである。
正直面倒くさいと思う自分もいたのは事実だ。しかし何とかそれを押し込めて、今更な感があったけれど、何か部活に入ることにしたのであった。
運動部は初めから微塵も考慮に入れていなかったので、とりあえず文化部棟に行ってみると、ふと僕の目に入る部活があった。それが、今僕の所属する『オカルト研究部』、略してオカ研である。
……突然何独白を始めているんだこの野郎、と思った方はたくさんいると思う。僕だって別に好きで始めたわけではない。というのも、あと五分で今日最後の授業が終わるというのに、その五分があまりに長く感じたので暇つぶしに始めたのである。そう、僕は今、六時間目の国語の授業を死ぬほど退屈な顔で受けているのである。周りを見渡しても大体同じような顔なので、特に目立たないが、それにしても酷いもんだと自覚している。受験生としての自覚が欠片も感じられないと言わざるを得ないのである。
おっと、しかし何やかんやで授業が終わりそうだ。ここで独白は終わりにしておこう。
☆
――――キーンコーンカーンコーン――――
「……という感じですね。おっと、鐘が鳴りましたので今日はここまでにしますか。では、号令お願いします」
「きりー、れー」
「ありがとーございましたー」
やっとのことで六時間目の授業が終わった。僕は大きく伸びをすると、机の上に雑多に並べてあった教科書類を鞄にしまい、クラスメイト達が出るのに合わせて、今日の授業を若干思い起こしつつゆったりとした足取りで教室を出た。少し前なら物凄い勢いで出て行ったものだが、帰宅部のエースを引退した僕としては、このくらいが性に合っていた。
ここで説明しておこう。ついこの間まで、つまり二年生までの僕は、高一の時に入部したテニス部を三日で辞めた後、二年間ずっと、授業が終わるとすぐに帰る、いわゆる帰宅部というのをやっていた。その早さは折り紙付きで、僕より先に校門から出る生徒を二年間ほとんど見なかったほどだ。僕は自他ともに認める帰宅部のエースであった。まあ、他人からはほとんど認識されていなかっただろうが。
それはさておき。
無駄に長い廊下を歩き、文化部棟へとつながる扉の前に立つ。一目見ただけでは分からない、目立たない扉である。木製で、ずっと前からここにあったのだろうか、塗装が剥がれ腐りかけの木がところどころに見えている。
何度来ても汚い不気味な扉だな、と思いつつ、僕は扉を開いた。その瞬間、何とも形容しがたい匂いが、いや臭いが鼻にまとわりつく。カップラーメンの残り汁、ほこり、置きっぱなしで腐ったジュース等の臭いが絶妙にまじりあった臭いである。照明は節電の名の下に、廊下に一、二個ついているのみであり、また窓もほとんど無いのでまだ夕方なのに薄暗い。とても埃っぽく、霧がかかったように舞い上がっていて、廊下は薄暗さと不気味さを増している。
僕の通うこの高校――架泉高校は共学校である。そのため、異性の目を気にしてか、教室などはそれなりに綺麗である。しかしこの文化部棟は本当に汚い。もう言葉で言い表すのが困難なレベルで汚い。想像をはるかに超える汚さ、とまでは言わないけれど、やっぱり汚い。意味の分からない段ボールの残骸が廊下の至る所にへばりついているし、誰のか分からないジャージやら制服がそこかしこにおいてある。部室を掃除して出たごみ袋が部室の外に積まれて腐敗臭を漂わせているし、壁を埋め尽くすように読めない落書きがされている。部活勧誘のポスターもやたらと貼ってあり、何年前なのか分からないのまで剥がれかけのまま貼ってある。それから多分ゴミ置き場から持ってきただろう、壊れかけのRadioは無いけれども、扇風機やら冷蔵庫やらが埃を被りつつ廊下に鎮座している。
これ以上詳しく説明しても僕の気分が沈むだけなので後は想像に任せるが、それにしてもなぜこんなにも汚いのか。残念なことにその理由は明らかにされてはいない。しかし、昔ある卒業生が一つの仮説を立てたことがある。それによると、例えば文芸部は男子だけ、漫画研究部は女子だけ、というように、部活ごとに同性同士で固まっているため異性の目をほぼ気にしなくなり、その結果汚くなっていった、とのことである。加えて、ここにある部活のメンバー、住民とでも言っておくが、彼らは少なくとも同次元の異性にほぼ興味がないか、極端に意識するあまり異性同士の交流を徹底的に避ける傾向があり、共用スペースである廊下も掃除されることなく放置されているのである。
本当かどうかは誰にもわからないけれども、確かに理に適っているかもということで、この説は多くの住民に支持されて通説となっている。
まあ、そんなことは置いておいて、話を進めよう。
腐りかけの木製扉を静かに閉めると、すぐ近くにある階段を上り、二階へと向かう。二階は二階で一階とは違う臭いが鼻にまとわりつく。もう説明しないとか言った気がするけれども、敢えて説明すると、何というか、一階の臭いプラス、汗が中途半端に乾いた酸っぱい臭いと牛乳をこぼして放っておいた臭い、それに何かが焦げた臭いといった感じだろうか。まあどっちにしてもあまり良い気分のする臭いではないことは確かだ。ここの住民の中には、この臭いが大好きだと公言して憚らない基地の外にいらっしゃるようなのも居るらしいが、初見の人が嗅いだら吐き気を催すレベルである。いつかどこかで聞いたCMによると、臭いは大きく酸性臭、塩基臭、中世臭に分類されるらしいのだが、この臭いはそのどれにも分類できないような気がする。形容すべき言葉が見つからない臭いである。……別に僕は臭いフェチとかそういうのではない。勘違いしないように。
さて、『真・帰宅部』、『転部』、『土下座部』、『暗部』など、正体不明の部室が並ぶ中、僕は目的の部室である『オカルト研究部』に辿り着いた。カギは開いていないものの、中には誰もいなかった。悲鳴のような音のする扉を開けて部室に入ると、僕は手近にあった、まだ壊れていない椅子に座り、そこらへんにあった漫画を読みつつ他の部員を待っていた。
「……うす」
五分ほど経った後、悲鳴のような音と共に部員が来た。眼鏡を掛けていて、体型はぽっちゃり、大変な汗かきでまだ四月なのにワイシャツ姿という、何とも想像しやすい人である。彼は僕と同じ三年生で、名前は王畑と言う。そしてこの部の部長である。
王畑はこの部活を始めたわけでもないし、オカルト的知識が部員で一番ある、ということもないけれど、この部で二番目に出席率がいいし、彼の誕生日が四月の前半で、既に十八歳だという理由で部長となったらしい。あと、家はわりとお金持ちだそうで、王畑が兼部している機械工作部と無線部には彼の私物の機械類が山のように置いてあるようだ。
王畑もまた手近にある椅子にどっかりと腰掛け、鞄から取り出した分厚い本を読み始めた。椅子が凄まじい音を発したが、彼は特に気にすることもなく、一言も発せず銅像のように固まって、一定の間隔でページをめくる。時折タオルで汗をぬぐいつつ本を読む姿は、失礼だけれども疲れたサラリーマンのおっさんみたいだった。
「…………どうもです」
更に五分くらい経った後、また一人部員が、もちろん悲鳴とともにやってきた。こちらも眼鏡を掛けているが、部長とは対照的に痩せていて、もうガリッガリである。猫背で若干挙動不審気味であり、神経質そうに髪をいじりつつ椅子に座った。彼は旨山と言い、この部で唯一人の高校二年生である。
旨山は、見た目通りと言うべきか、性格は明るくなく、というか暗く、友人もそれほど多くはないらしい。運動も非常に苦手で、握力は十キロ代だとか、五十メートル走は二十秒だったとか、反復横跳びが十回だっただとかいう噂が学年を越えて伝わるほどである。本当かどうかは知らないが。
しかしその反面頭は非常に良く、勉強はかなり得意であり、全国模試では学年トップどころか学校トップという話である。その他にも噂は事欠かず、例えば完全記憶能力を持っており、教科書はもちろんのこと、世に多く出ている参考書の類まですべて記憶しているだとか、世界中の機関のコンピューターにハッキングを仕掛けていて世界の裏の構造まで熟知しており、世を騒がせた何とか言う文書を流出させたのも旨山であるとか、そうした情報を基に株式や資源の値動きを予測してボロ儲けしているとか、某組織の大幹部で未来予測も可能なスーパーコンピューターの開発に携わっているだとか、あの性格なのはそういった能力を隠すための仮の姿だとか、なんか色々言われている。まあ、あくまで噂で根拠は何一つないし、本人に確認しようにも、かなり無口で若干怖いので聞き辛いため今までできていない。
とは言え、オカルトに関しては少し違う。というのも、旨山は知らないことは何もないと言い切れるほどの、自他共に認めるオカルトマニアなのである。その証拠に、某巨大掲示板のオカルト板では、その名(ID名)を知らぬ者はいないとも言われているそうである。こればかりは確かな情報であり、本人が認めたそうである。割と曖昧な返事だったとも言っていたけれど。
旨山は、部室の本棚にあるオカルト関係の、僕にとっては理解不能な本を手に取り、適当な椅子に座って読み始めた。真剣にその本を読む姿からは、いかにもオカルト詳しいですよオーラを醸し出していた。
いつもならずっと一人でもおかしくはないのだが、今日は僕を含めて三人も部室を訪れていた。流石にこれ以上は来るまいと思い改めて漫画を読み始めた。すると、
「おいーっす」
な、なんと四人目が現れた。彼もまた先人と同じように手近な椅子に座ると、ポケットから出した携帯電話をいじり始めた。
彼は鷹屋と言い、やはり三年生である。彼は先の二人と違って特筆すべき特徴もなく、容姿も普通なら成績も普通、特技も、強いて挙げるならギザ十、即ち、言うまでもないが縁がギザギザの十円をゲットすることが良くあるという、本当にどうでもよいもの以外には無いという、ここまで普通なのが逆に特徴だとも言える奴である。その点、僕と同志とも言えるかもしれない。まあ、僕はあまりを勉強しないので、成績はあまり良くないのだけれど。
それはさておき、鷹屋は二年生まではサッカー部というリア充の巣窟に所属していたのだが、諸事情により退部してしまい、三年生になってから僕とほぼ同時にこの部に入部したのであった。
性格は気さくで、僕にもよく話しかけてくれる、この部では唯一の、そしてこの文化部棟住民の中でも稀有なムードメーカー的存在である。もっとも、あくまでここの住民の中では、という話であって、教室やらでは全くもって目立たない普通の奴ではある。
そんな鷹屋だが、今日は妙にしんなりしていて、部室に来てから一言も発していない。
しばらく部室内を沈黙が支配した後、突然部長の王畑がそわそわし始めた。何か言いたいらしく、口をもごもごさせていたが、数秒ほど経って覚悟ができたのか、口を開きポツンとつぶやいた。
「UFO、……UFOを探しに行こう」
UFO。即ちUnidentified Flying Object。つまり未確認飛行物体である。……いや、ここがオカ研である以上は特に不自然な言葉ではないのだが、でも、ねえ?
「UFO?」
鷹屋が僕の気持ちを代弁するかのように、怪訝な表情で王畑に問いかける。
「そう、UFO。……そういえば、今年、つーか今年度っていうのか? まだオカ研らしいことを一つもやってないんだよな。そんで、もうそろそろなんか活動しようってなわけだよ。新しく入った部員にも、この部の活動を知ってもらいたいし」
「まあ確かに何もやってないんだよな。それはいいが、どこへ行くんだ? UFOなんてどこでも見れるもんじゃあないだろうし。どっかに当てがあるのか?」
鷹屋は興味を持ったのか、王畑の話に食いついた。
「ああ、もちろんあるともさ。僕が所属しているオカルト研究調査委員会UFO部からのマル秘情報だ。それによると、明日の午後四時から六時までの間に、町はずれのちょっと高くなった丘付近から観測できるかもしれないらしい。明日はちょうど学校休みだし、一日晴れるみたいだから、絶好のUFO日和だと思ってる」
「……ふーん、そうか。じゃあまあ、どうせ暇だし行くか」
「え、あ、じゃあ、ぼ、僕も行きます」
「桐川はどうする? 明日暇かい」
オカルト研究何とか委員会って何なんだろう……。わけが分からんな。
あ、ちなみに僕の名前は桐川と言う。特に興味はないだろうが、念のため。
「えーっと、ああ。暇だよ。是非行きたいね。……なんか持ち物とか必要なのか?」
「ふむ、そうだな。まあカメラは必須かな。後は適当に、飲み物とか小腹が空いた時のお菓子とかだな。……よーし、じゃあ明日、午後三時ごろに例の丘の入り口くらいに集合な。場所分からない奴とかいるか? ……いなさそうだな。じゃあ、そういうことで」
そう言うと、王畑はすぐ席を立ち、部室から出て行った。明日の準備でもするのだろうか。……気合が入っていてよろしい。
王畑が出て行ったあと、しばらく三人部室で過ごしていたが、鷹屋がのっそりと席を立つと、それを合図に僕と旨山も部室を出た。
先ほどより濃度が上がった気がする埃の霧のかかる文化部棟を脱出し、僕は学校を出て帰路に就いた。
☆
翌日、軽く昼食を食べた後、僕は自転車に乗り、町の外れにひっそりと存在する小高い丘へと向かった、あんまり早く着いてもしょうがないので、途中で本屋に寄り、暇つぶしの本とかないかなー、と物色していると僕の好きなラノベの新刊が出ていたので、それを購入して、丘へと向かった。
ちなみに内容は、地球にある多様で奥の深い香りに釣られてきた宇宙人の美少女が、主人公の無気力系オタク男子の高校に転向すると同時に主人公の家に上がり込んで同棲することとなり、二人で香道部カッコカリを立ち上げ、共に香りマスターを目指すハートフルラブコメディである。……いやだから別に僕は匂いフェチとかではない。たまたまである。
集合時間の十五分前に到着すると、既に旨山がいた。休日だと言うのになぜか彼は制服であった。適当に声をかけると、「あ、どうも」とかなんとか、いつもの五分の四倍くらいの音量で返事をしてきた、ような気がする。僕もあまり声の大きい方ではないが、それよりも小さい人がいるなんて……なんて思いながら、残りの二人をさっき買ったラノベを読みつつ待った。
集合時間ぴったりに、荷物をパンパンに詰めたリュックサックを背負い、同じく荷物でパンパンのショルダーバッグ二つをバッテン掛けした王畑が現れた。あまりの量にバッグがギシギシと音を立てている。
その二分後には、鷹屋が「やーわりー、わりー。ここ道分かり辛いよなー」とか言いつつ現れた。
じゃあ行くかー、という王畑の声と共に、僕たちは丘の頂上に向けて出発した。丘とは言うものの、ちょっとした山くらいの高さがあり、登るのは大変だった。鬱蒼と茂る森のおかげで直射日光は防げたが、それでも額にうっすらと汗が浮き出た。
ふと横を見ると、見知らぬ人が歩いていた。一瞬幻覚かと思い、もう一度見てみると、やはりそこには人が歩いていた。どうやら女性――少女のようであった。白いワンピースを着て、同じく白いハイヒールのような靴を履いていた。頭には、まだこの時期では早すぎるであろう麦わら帽子が乗っかっていた。髪は透き通るような黒で、腰の高さまであった。瞳も真っ黒で、極めて整った顔立ちであり、油断すると見とれてしまいそうであった。更に、香水のような、しかし不快でない仄かな良い香りを漂わせており、クラクラとしてくるようであった。だが、微笑を浮かべていたものの、完全につくりもののようで、感情も無いように見えた。
なんで僕の隣を歩いているのだろう、僕に何か用があるのか、と若干思ったが、いや、ただ偶然僕の隣を歩いているだけだ、まったく僕は自意識過剰の自信過剰だと考えなおし、先頭をガンガン進む王畑と距離を詰めるべく、少し足を速めた。
するとどうだろう。その少女、いや美少女もまた足を速め、僕にぴったりとくっつくようについてきたのである。傍から見れば、もしかしたら僕とこの美少女とはカップルのようにも見えたかもしれない。しかし、僕は浮ついた気持ちになど到底なれず、九割の疑問と一割の不安で頭が一杯になった。
だからといって、「ちょ、あなた何なんですか?」などと、初対面の、しかも超を付けても良い美少女に話しかけられるほどの圧倒的コミュ力を僕が持っているはずもなく、ただ、王畑を追って行くことしかできなかった。後ろのほうで旨山と鷹屋がぎこちない会話をして微妙な空気になっているのが微笑ましくさえ思えてきた。
そうこうしているうちに、やっとのことで王畑に追いつき、少しの安心感を得ることができた。彼の巨大な体型が、その安心を確かなものにしている気もした。もういっそのことこいつに話してみようかな、と僕は思った。
「あー、ちょっといいか?」
前を歩く王畑は、僕の声を聴いて振り返ると、首にかけていたタオルで玉のように吹き出る汗を拭いつつ応えた。
「なんだ? ああ、目的地ならもうすぐのはずだぞ。……この丘を登るのは意外ときつかったな。もう汗だくだ。体中べたべたするわ。まったく、こんなことなら替えの洋服を用意しておくんだったな。まあ、いい経験になったということにしておこう。次回はしっかり用意しておくことにするよ。
あれ、そういえば後ろの二人はどうしたんだろう。まだ後ろなのか? ……っと、いたいた、あそこだ。結構離れちまったな。少し休憩して待つことにするか」
僕に応える暇を与えずまくしたてると、王畑はもはや登山道のようになっている道の脇に座り、リュックサックから団扇を取り出して仰ぎ始めた。僕も王畑の隣に座り、バッグからスポーツ飲料を取り出して飲んだ。甘い香りが僕の鼻腔を程よく刺激する。やはり疲れた時はこれだな。……そして少女もまた僕の隣に座った。
どうしようかな、と思ったが、やはり意を決して聞いてみることにする。
「あ、その」
「うん、どうした? UFOが本当に現れるのかどうか、か? うーん、どうなんだろうな。正直言って五分五分ってところなんだろうな。例の委員会からの情報、結構当たってるってことで有名なんだけど、やっぱり百発百中ってわけではないからな。まあ、あんまり期待せず行こうや。今回はオカ研が何をするところか、ってのが分かれば十分だろうよ」
相変わらず畳みかける王畑だったが、しかし僕は諦めない。
「そ、そうか。いや、そうじゃなくってだな。実はさ……」
「うん? 何だ、さっきから。言ってみろ」
「うん、実は…………あ、いや、やっぱりいいや。何でもない」
「……? おかしな奴だな」
せっかく言えそうだったのに、何故か言い出せず変な言動になってしまった。反省、反省っと。だがしかし、僕はふと思ったのだ。隣に座る美少女もまたこの部、つまりオカルト研究部の部員なのではないか、と。
気づくと僕の傍らにいて、僕、あるいは僕たちのようなむさい男の集団にこうも執拗についてくる人というのは、どう控えめに見ても不自然だ。少なくとも普通の人でないことは明らかであろう。とすると、この美少女について三つほどの仮説が生まれる。
一つは、少女が自分、若しくは他の部員に用がある可能性である。しかしこれは、少女が特に何も言ってこないことや、喋れないわけではないことから否定されるだろうと思う。さっき疲れた顔で「あー、疲れたー」とか呟いていたし。すぐに顔は元の不気味バージョンに戻ったけれど。
もう一つは、彼女が変質者である可能性だ。突然現れてぴったりとくっついてくるというのは相当に怪しいだろう。最近は春ということもあって不審者情報は絶えないし、美少女の変質者がいてもまったく不自然ではない。……むしろ逆の意味で不自然かもしれんが。
そして最後の一つは、彼女が僕たちの知り合い、つまり部員であるという可能性だ。突然現れたことに対する説明にはならないが、僕たちについてくる理由としてはしっくりくる。
普段、部室には基本的に僕を含めた四人しか来ない。とは言え、オカ研の部員が四人だけというわけではなく、幽霊部員もそれなりにいるはずである。そのような普段来ない部員が、今日は面白そうだからやって来た、てな感じかもしれない。そういえばちょっと前に王畑が、「おい、お前知ってるか? この部って幽霊部員含めてたら部員数が文化部で三番目に多いんだぜ、すごくね」とか言っていた気がする。彼女もまた、その多くの幽霊部員のうちの一人なのかもしれない。
もちろん、例の先輩の言、つまり部に男女が混合することはない、との言葉はある。しかしあれはあくまでそういう傾向があると言うだけで、法則というわけではない。中にはそんな部活もきっとあるんだろう。思い返すと、オカ研の部室はクソがつくほど汚い文化部棟の中では比較的綺麗で整頓されているのだが、それは彼女に原因があるのかもしれない。
もし仮にこの美少女が部員なら、本人の目の前で部長である王畑に「実は、さっきから僕の横に変な奴がいるんだよね……」なんて言ったら顰蹙を買ってしまうだろう。「え? お前部員の名前も覚えてないの? いくら普段来てないからってそれは流石に可愛そうじゃね? え。そこんとこどうよ、うん? うん?」等と、延々とグチグチ言われるだろうし、美少女からも「変な奴って言われた、うわーん(号泣)」だなんてことになりかねない。……いや、王畑はそんないやらしい奴ではないけども。
僕は以上のようなことを「…………あ、いや」の部分で思考し、これはまずいねえ、ということで、出しかけた言葉を呑み込んだのであった。見よ、僕の圧倒的思考力を!
……そうこうしているうちに他の二人が追いつき、四人、いや五人は再び歩き始めた。二十分くらいして、五人はようやく山頂、もとい丘のてっぺんに到着した。少しずつではあるが、日も傾いてきている。時計を見ると、四時十分前であった。
「お、お前さっき『目的地まであと少し』とか言ってたよな……。あれから二十分も経っちまったぞ……?」
「なんだ? このくらいでへばっちゃあ、この先やっていけないぞ? ……というかお前、元サッカー部だったよな? このくらいは余裕じゃないのか」
「いや、体力の話じゃあねえんだよ……。精神力の問題だ……。まさかあの微妙な空気のまま山頂まで来ちまうとは思わんわ。離れるに離れられないし……。旨山恐るべし……」
「…………?」
「あ、いや、何でもないぞ? あははー」
王畑は特に気にすることも無く再び話し始めた。
「さて、あと少しで時間だ。もうちょい先に絶好の観測スポットがある。そこまで行こう」
王畑について行くと、今度は二、三分ほどで着いた。この高い丘の中でも特に高い場所で、僕たちの住む町を一望できた。僕たちのほかにも、UFO観測なのだろうか、それらしき人がそこそこいて三脚にカメラを取り付けて空をにらんでいた。
「ふー、やっと着いたかー。ずいぶん登っただけあって、景色が良いなー」
「そうだなー。お、あれ俺らの高校じゃね? へー、こっからも見えるんだー」
「つ、疲れたー……」
王畑を除く三人は地面に座り込んだ。
「おいおい、こっからが本番だぞ。さて、準備するか」
王畑は肩にかけたショルダーバッグと、背負っていたリュックサックをおろし、そこから無駄にでかいカメラやら三脚やら折り畳み椅子やらノートパソコンやらを出してなにやらセットを始めた。五分ほど経った後にはパッと見て飛行機のコックピットかな、てな具合になっていた。……どんだけ気合入れているんだろう。
「まあ、知識では負けるからね。せめて機材では勝たないと」
さいですか。にしてもよくあんなにバッグの中に入っていたものである。四次元ポケットか何かのだろうか。
やがて僕やほかの部員も、カメラや双眼鏡などを出して、準備を始めた。
☆
さて、そんなこんなで始まったUFO観測ではあるが、結論を先に言ってしまうと、UFOが降りてきて宇宙人と対面するのはもちろん、明らかにUFOじゃね? みたいな写真も撮ることができなかった。
まあ、当然と言えば当然なのだが、王畑は残念そうな表情を浮かべ、鷹屋はぶーぶーと文句を垂れ、旨山は「あ、あれ、これ僕のせいかな。あ、う、んー」とかなんとか呟いてウロウロしていた。僕も、こんな風になるんじゃないかとは思っていたが、やっぱり少し残念であった。
僕の隣にいた美少女は、誰かに話しかけることはなかったものの、登山中とは異なる極めて自然な表情と行動で、時折独り言を言いつつ観測中ずっと僕たちの傍にいた。
とはいえ、観測中には無論、まったく何もなかったわけではない。例えば、
「お、あれ、何か動いてる。結構動き激しい気がするな。うん、あんな感じで動くパターンは見たことがあるぞ」
「お、確かに。動きが不自然な気がする。はえー、UFOって本当にいるもんなのかー」
「え、マジで? どこどこ? あ、あれか? あのチラチラ光ってるやつか?」
「そうそう。あ、ちょっ、写真写真! 早く早く!」
……こんなことは何回かあった。しかしその度に、
「あ、あの、それは、た、多分人工衛星だ、と思い、ます」
「え、何? あれが? 人工衛星? そうかね、俺的にはUFOじゃね、と思うんだが」
「今の時間に、ちょうど、この付近の上空を、と、通る人工衛星があ、あるので、多分、それ、それだと思います。……それ、に、確かに似たのは、ありますが、あ、あのように動く軌跡パターンは、今のところありま、せん」
「え、そうかー。そうだと思ったんだがな」
だとか、
「あれは、え、えと、流れ星だと思います。ち、ちょうどこの、時間に、小型隕石が大気圏に突入、することが予測されています、し……」
「へー、……詳しいんだな」
「はい、正確なじ、情報はUFO観測の基本で、ですので……」
だとかいう感じで、何か発見するたびに旨山の的確すぎるほど的確な指摘が入り、結局のところなんの成果も無いということになったのである。まあ、いいんだけど、ねえ……。
これじゃあツマラン、ということでしばらく丘を散策していたが、特に面白いものは何もなく、時間ばかりが過ぎていった。陽は、もう落ちかけていた。先ほどまでポチポチといた人も全く見当たらなくなった。
じゃあ、もう帰るか―、と鷹屋が呟いたところで、皆も無言でそれに同意し、山を下り始めた。僕を含めて五人が山を下り始めた。下りたはずだった。
山、いや丘の中腹くらいまで来たところで、僕がふと横を見ると、さっきまでずっと僕の横にいた美少女がいなかった。後ろを振り返ってみてもやはり彼女は影も形も無かった。前方にももちろんいない。
「あれ? ……鷹屋ー、僕の隣に居た奴はー?」
「は?」
鷹屋は、何言ってんだこいつは、みたいな顔で僕を見た。
「いやだから、僕の隣に居た奴よ。さっきからずっといたじゃん。どこ行ったか見てない?」
「……え?」
再び怪訝な顔で僕の顔を見つめてきた。
「だーかーらー、僕の隣にずっと女子がいたじゃん! きっとオカ研の部員だろ、あいつも。さっきまでずっといたのに、いつの間にかいなくなってたんだよ」
「……おいおい、お前は何を言っているんだ? 妄想癖も大概にしとけよ。それにそもそも、オカ研の部員は俺ら四人だけだぜ。前は幽霊部員も含めて数に含めていたけど、一昨日だかの会議でそういう奴は退部扱いにするって決めたじゃねえか。……あ、でもお前その時確かいなかったな。悪い、悪い。伝えてなかったわ」
体中から嫌な汗が噴き出してきた。そんな、そんなはずがない。
「……え、いや、お、お前こそ何を言ってるんだよ。僕の隣にずっといたじゃないか。お前だって見ただろ?」
「はいはい、そうですねー。よ、桐川君モテモテー、ヒューヒュー」
「っ、おい、王畑も僕の隣にいたよな? お前は見ただろ? ほら、さっき二人を待って休んでたときに、僕の隣に座ってたやつだよ!」
「うん? ……いや、そんな奴は見ていないが?」
「……! おい、旨山! お前は見たよな? さっき僕の後ろを歩いていたとき、見たよな?」
「え? いや、えっと、ぼ、僕もみ、見ていないと、お、思います。……すいません」
疑念が確信へと変わり、安心が不安へと変わっていく。汗が額から滴り落ちてきた。しかし、僕にはそれを拭う余裕もなかった。
「そんな……。じゃあ、僕の見間違いか、……幻覚だとでも言うのか?」
「当たり前じゃんか。……桐川―、あなた疲れてるのよ」
鷹屋が呆れたように、しかし面白がるように応える。しかし、僕は何も言うことができなくなってしまった。僕はあんな幻覚を見るほど頭がおかしくなっていたのか……?
そんな僕の様子を見かねたのか、四人の何ともいえない微妙な空気を察したのか分からないが、王畑がいつもより明るめに声をかけてきた。
「……いやしかし、これが本当ならかなりすごいことだぞ。まさにオカルトだ。やっと本来の活動ができるってわけだ。……まあでも、消えちまったものはしょうがない。せめてまだお前が見えているときに教えてくれればなー」
「いや、言ってもよかったんだが、どう言えば分からなくて……」
「ふむ、まあ確かにそれもそうか。俺だって自分にしか見えてないかもしれない奴が見えるだなんてなかなか言い出せないしな……。どうしても気になるなら、一度山頂に戻って見てくるか? 俺ももしそんなのがいるんだとしたら見てみたいしな。あ、でも俺明日用事があるんだよな」
「えー、面倒癖くせーしかったるいわ。てか真面目な話、お前やっぱ疲れてるんだよ。人間、何が原因で疲れるかなんて分かったもんじゃないし。本当は今日も辛かったんじゃないのか?」
「僕も、そ、そう思います。先輩、今気分とか大丈夫ですか? もし悪いなら早めに病院行ったほうが良いと思いますよ? ……僕はそれで酷い目に遭いましたし」
二人にまで心配をかけてしまったか。僕は申し訳なさと気恥ずかしさで顔が赤くなった気がした。
「あー、いや。気分は大丈夫だ。それより、皆は先に帰ってくれ。多分見間違いか幻覚の類なんだろうが、気になるものは気になるし。ちょっと見てくるわ」
「そう、か? うーむ、ちょっと心配だが……。まあ、大丈夫というなら良いだろう。くれぐれも気をつけて行けよ? あ、もし頂上に何かあったら、来週にでもじっくり話を聞かせてくれ」
「おう。じゃあ」
そう言うと、僕は皆と別れた。そして僕は全速力で丘の頂へと再び上がっていった。
息を切らしつつも、どうにか頂まで辿り着いた。陽はすっかり沈み、空には星が燦々と輝いていた。この辺りは町の中心部に比べれば光が少ないため、本当にたくさんの星が見えた。
しばらく辺りをさまよい、何かないか探していると、先ほどまで皆でUFOを探していた場所に人影が見えた。僕は不安と恐怖が必死に僕を止めようとするのを抑え、その場所へ近づいていった。
人影はこちらをみると、待ちくたびれたかのようにため息をついた。
「…………っと。ふう、やっと来たか。まったく遅い、遅すぎるわ。何分待たせるつもりよ。まあでも、やっと二人きりになれたわけね」
そこには、先ほどまで僕の隣にいた例の美少女がいた。月光や星の光照明のように彼女を照らし出す。会ったばかりのころの作りものの表情が、今では演技派女優かのように豊かであった。
「……お前は一体何者なんだ?」
「あら、ご挨拶ね。まあいいけど。私は、……そうね、何て言ったらいいのかしら。あなたたちの言葉で言うなら、そう、宇宙人かしらね」
「宇宙人……?」
僕の人生には到底登場しそうにもないものが現れてしまった、のだろうか。いやいや、こいつがただの狂人である可能性も十分ある。そう、僕の人生にそんなわけの分からん存在が現れるわけがないのである。
「そう、宇宙人よ。……いまあなた、私のことを疑ったでしょ? こいつ頭おかしいんじゃね、みたいに思ったでしょ? いつものこととはいえ面倒ね……。こういう場合はえーっと、……あ、そうだわ。ねえ、あなた、ちょっとこれを見て御覧なさい」
そう言うと、目の前の美少女は突然手を天にかざし、よく聞き取れない言葉を発し始めた。その瞬間、僕の周囲が紅蓮の炎で包まれた。草木は一瞬で炭化し、焦げた匂いが僕の鼻を突き刺す。
そう思うと、周囲はまるで何事もなかったかのように、元に戻っていた。草木は風にそよぎ、ほんのり暖かい空気が場を満たしている。
「どうかしら、これで大半の人は信じてくれるのだけれど」
「いや、その、えと……」
「うーん、まあ、いいわ。そのうち分かってくれるでしょ。少なくとも、あなたには危害を加えるつもりはないから安心してちょうだい」
「そう、か。あーっと、ところで質問なんだが、その宇宙人とやらがこんな所に何か用なのか? そもそも、何で僕以外には見えないんだ? さっきちょっと恥ずかしかったんだが。あと、ちなみにこれって現実なんだよな?」
「好奇心旺盛ね……。 えーと、一つ一つ応えていきましょう。まず、最後の質問かしらね。ここはもちろん現実よ。あなたの夢とかではないわ」
「あだっ!」
突然、彼女は僕に近づき、頬をむにっとつねってきたのだ。その姿には似合わないなかなかの力でつねられ、痛覚が大いに刺激されたが、それ以上に人外とはいえ今まで見たことのない美少女が目の前にいる非現実感と、彼女のつややかな指、そしてどこからともなく漂うシャンプーのような、香水のような、良く分からないが良い匂いで、思わず後ずさりした。
「ね、痛かったでしょ? これで証明できるかは分からないけれど、一応夢ではないって分かってくれたかしらね。……あ、ごめん。ちょっと危害加えちゃったわね。まあ、すぐ治るわよ」
確かに、すぐに痛みは引き、跡も残っていなかった。これが宇宙人のパワーだとでも言うのだろうか。
「それから……、そう、なんであなたにだけ私が見えるのかー、だったわね。まあ特に秘密ってわけでもないし、時間もあるから説明してあげうわよ」
あげうわよ? なんだろう。宇宙人特有の謎の表現だろうか。
「……あげるわよ。えーっと、簡単に言えば、今この空間には実際に私の体が存在しているけれど、あなた以外の人間にはそれが認識できない、って感じかしらね。多分、人の五感では感じ取れないだろうし、他の生物も同じでしょうね。ちなみに現在のこの星の技術レベルではどんな機器を使っても観測できない、はずよ」
ふむ、つまり幻、プロジェクターとかホログラミングの類ではないのか。
「それなのにあなただけに見えるのは、……まああなただけに見えるようにしたってだけよね。要は、私はあなたに用があったから来たのよ」
まあ、そうなんでしょうな。しかし、人外とはいえこんな美少女が僕に会いに来てくれるだなんて、どういうことだろう。やっぱり分からん。
そんな僕の心を読み取ったのか、彼女は付け加えるように言う。
「美少女とか、ちょっと照れるわね。まあ、それはおいとくとして、何故来たかというと、簡単に言えばあなたを守りに来たって感じかしら。
いい? ここからの話はわりと真面目なやつだからちゃんと聞くのよ? えーっと、まずあなた、来週の日曜日にここからわりと離れた、地方の中心都市まで出かけて、中古ゲーム特売市掘り出し物を見つけつつ、ブック○フで漫画を大人買いしようとしているじゃない。それは行かないでもらえないかしら。ていうか、行っては駄目よ」
「へ? あの、どうして?」
「とんでもない惨劇が起きるからよ。詳しくはまだ言えないのだけれど、かなり酷い出来事が起きるの。あなたが行けばまず間違いなく巻き込まれる。もっと言うと、あなたは間違いなく死ぬ」
思考が本当に読み取られていたことへの驚きでよく聞いていなかったが、惨劇が起きる? 僕が死ぬ? いまいちピンと来ない言葉だ。
「えーっと、その。……あー、どうして僕にそんなことを?」
「うーん、これもあまり言わないほうが良いのかもしれないけれど……。まあ、簡単に言えば、あなたの血には特殊な能力が備わっていて、あと何世代か後にそれが発現すれば、まあ、宇宙にとっていろいろメリットがあるのよね。んで、私はそんな特殊能力を持ったあなたやあなたの家族を保護するために、とある星から送られてきた、ってな感じかしら」
特殊能力? ……あのー、瞬間移動したり、手から炎出したり、電気操れたりするやつか? それを僕が持っている? まったく何を言っているんだこいつは。そんなの持ってたら僕はとっくにそれを使ってエキサイティングでデンジャラスでワンダフルな人生を送っているに決まっているじゃないか。やっぱりこいつは春のトリック使い電波ちゃんかな。
「いやいや、残念ながらあなたはほとんど能力を持っていないようね。ご家族はわりと強い能力を持っているようだけれど。
というか、トリック使い電波ちゃんって……。お姉さんちょっと泣きそうよ?」
わーい、また思考読み取られたぜー。とりあえずこいつは本当に人外、というか宇宙人らしい。
「いい加減しゃべらせてくれ。一つ思ったんだけど、事件が起きるのが分かっているなら、警察にその旨伝えるなり、できるならその宇宙的パワーで何とか防げないのか?」
「まあ、確かにそれもできないわけではないのだけどね……。でも、私がこれ以上この星への干渉を行うと、確証はないけれど、宇宙の歴史に無視できないレベルの危険が生じる可能性が指摘されているのよ。だからあまり下手なことはできないの。まあ、できる限りのことはするってことで、ね?
まあ、ともかく、来週の予定は中止して、家で大人しくしているといいわ。じゃあ、そろそろ行くとするわね」
言いたいことは全て言ったわ、とつぶやいたかと思うと、彼女は突然消滅した。何なら、瞬きした瞬間に消えてしまった。宇宙人は何でもありなのだろうか。
処理能力を遥かに凌駕する出来事の連続で、僕の頭は完全に活動を停止し、機械人形の如くに僕は山を下りた。途中で警邏中の警察官に見つかり職務質問されそうになったが、何とか、半ば自動的に生み出された言い訳をつらつらと、朗々と語り、気づけば家に着いていた。
家に着いた時間は、なぜかもう深夜と言っても良い時間で、当然両親からの楽しいお説教タイムが待っているものと思っていたが、意外なほど穏やかに僕を迎え入れた。いつでも陽気な母はともかく、いつもほぼ笑わず、むっつり眉間に皺を寄せている父までもが微笑を浮かべていて反応に困った。これも例の美少女の仕業なのか……?
☆
例の山頂での出来事から一週間が過ぎ、美少女に言われた日曜日は家で大人しく過ごし、そして月曜日になった。朝食を食べつつ、朝のニュースを丹念に見る。昨日も、一日中ネットにかじりつき、日曜日に起こるとの事件を今か今かと待っていたのだが、特にそれらしいニュースは見当たらなかった。ネットニュースは五分に一回更新し、良く分からないSNSとか言うのまで熱心に、丹念に見ていたのであるが、やはり特に何もなかったので。朝のニュースでも、知らない芸能人と歌手だか何だかが交際していただとか、昔解散した存じ上げないバンドが復活を宣言しただとか、興味の欠片もないニュースばかりしかなかった。
おかしい、やっぱりあの丘、もとい山での出来事は夢だったのではないかと思いながらも、顔を洗い、制服に着替えるべく自分の部屋へと戻った。
まだ眠い目をこすりながら自室の扉を開けると、そこにはなんと、一週間前に出会った美少女がいた。
「あ、おはよう!」
「え? あ、おはよう?」
「しっかりと忠告を守ってくれたみたいね。じかに見てようやく安心できたわ。何となく、『事件を止めてやる』だとかなんとか思って家を飛び出すんじゃないかと心配していたのだけれど、杞憂だったみたいね」
「……行ったほうが良かったのか?」
眠気に混乱がプラスされて頭がクラクラしていたが、何となく馬鹿にされた気分がしたので少し苛立ちを込めて言った。
「いえいえ、行かないのが大正解よ? さて、無事も確認できたことだし行こうかな……」
「あ、ちょ、ちょっと待て。惨劇が起こるって言ってたよな? でも、一日中ネットを見ていたんだが、それらしい事件は起こっていなかった。一体どういうことなんだ?」
「ああ、そのこと? それが大変だったのよー。詳しくは説明が面倒くさいから省くけど、本当に苦労したわ。ちょっと予定が変わっちゃって惨劇を何が何でも防がないとだめだし、でも歴史に干渉を加えてはだめだし、ってことで、細心の注意を払って能力を行使して何とかかんとか惨劇を回避したのよね。もう禿げるかと思ったわよ。でも、そのおかげで被害は最小限度に抑えられたし、歴史の改変も多分ないはずよ。流石私ってところね!」
ふんす、との効果音が似合うように、少女はまだまだ薄い胸を張った。
「なるほどなー。なんかお疲れ様です」
「いえいえ、それほどでも。え? なになに? 詳細が聞きたい? どうしようかなー、面倒くさいしなー。それに君も学校があるんじゃないのー? でもでもー、どうしても聞きたいっていうのなら教えちゃおうかなー。教えてほしい? ねえ、欲しいでしょ?」
「いや、でも学校遅れちゃうし……」
「聞きたいよね?」
「あ、はい」
「しょうがないわね、じゃあ特別に教えてあげるわ!」
少女は半ば強引に、自分の行った歴史改変工作を語り始めた。話の中に自慢を交えつつ、というよりも自慢の中に内容を交えつつ、嬉しそうに、誇らしげに話していた。自分で言った通り、ひたすら長く、良く分からない話であった。結局、がっつりと学校に遅れてしまい、遅刻の理由は「遅刻です」と答えたら先生の楽しいお説教タイムを食らう羽目になった。
それはさておき、話の内容をかいつまむと多分こんな感じになる。
まず、日曜日に起こるはずであった事件、惨劇というのは、
『密かに侵入していた過激派国際武装組織が、その日僕の住む地方の、中心都市に出現。地上に降下した組織のメンバーらは無差別銃撃と自爆テロを連続して行い、空からは爆撃ヘリでの生物化学兵器の散布が行われる。都市中心部にある県庁も制圧され、知事は射殺。周辺地域の占領及び独立宣言がなされる。
政府は非常事態宣言を出し、自衛隊の出動命令を下す。自衛隊史上初めての本格的な戦闘となり、かつ世界史上類を見ない市街戦が展開され、苦戦する場面もあったが、十数時間にわたる戦闘により武装組織のメンバーは全員射殺又は拘束するに至る。死傷者は数千~一万数千人、経済的損失は数百億円にも及び、米同時多発テロを超える、世界史上最悪のテロ事件となり、日本のみならず世界中を震撼させた』
という、まるで現実感のないスケールのものだったそうである。
少女はこの事件発生を止めるために武装組織自体の形成を阻止する方法を取ったらしい。詳しくは頭に入ってこなかったが、ある人の行動を変えてみたり、記憶を改竄したり、人自体の存在を抹消したり、逆に新しく作り出してみたりと、なんか色々したらしい。
僕からすれば十分この世界の歴史に対して干渉しているようにも思えたのだが、そのくらいなら別になんてことはない、日常茶飯事である、そうである。もうほとんど話についていけなくて、怖いとすらも思えなかった。
「あー、それで結局何も起こらなかった、ってわけか」
「んー、確かひったくりが二件に車上荒らしが一件起きたくらいね。犯人はすぐに捕まったみたいだけど」
「あ、それだけなんだ……」
「そうよ? 私本当に頑張ったんだからね? なんか言ってみると簡単そうに思えるかもしれないけど、相当の困難があったのよ。フォローがかなり面倒だったわね。私は戦闘タイプであって、こういう細々した面倒くさい作業は死ぬほど苦手だってのに。まあいいけどね。
ああ、そうだ。私、この国にあるという温泉? とかいうのに入りたいなー、と常々思っていたのよ。私の星ではちょっとないものだし。なんでも、病気やら傷が治ったり、不老不死になったりするのよね? 不老不死はともかく、きっとこれで疲れはバッチリ取れそうね! ……すごく行きたくなってきたわね。ねえ、君は良い温泉知ってたりすう? いや、その知ってたりしますかしら?」
こいつ、いま一つキャラ定まってないな……。それを言ったら僕もだけど。
温泉などほとんど行ったことないし、遅刻どころか欠席になりそうだったので適当に受け流そうとしたが、あまりにしつこいのでさっと調べて教えてあげた。
「わあ! ここね? ありがとう! 今から行ってくるわ! じゃあ、またね!」
少女は光の速さで消えた。ここから相当離れたところを紹介してあげたし、もう会うことも無いだろう。僕は急いで制服に着替えて学校へと向かったのであった。
☆
ダイナミックでマーヴェラスでエクセレントな出来事で溢れる物語に満ちた人生に憧れた僕であったが、実際にこうしてそんな出来事に遭遇してみると、無条件に良いわけでもないことに気づけた気がした。実際に漫画やら小説やらで起きるような出来事に毎日遭っていたらさすがに疲れるし、僕のような凡人ではいつか発狂して禿げる未来しかない。流石にまだ十代で禿げたいとは思わないし、やっぱり凡人の僕には平凡な人生が一番なのだと痛感したのであった。
またあの美少女に会いたい気持ちも皆無ではないのだが、まあ、もう二度とないだろうということは何となく確信していた。平凡な人生の僕には、変な出来事は一度あれば十分過ぎるのである。確かに、またね! とか何とか言っていた気はする。しかし、それは言葉の綾であって、本気にすべきではないのである。そう、社交辞令であり、別れの軽い挨拶に過ぎないのだ。
自分で言うのもなんだが、気持ち悪い分析を行ってしまった。反省、反省と。こんなところで、平凡な僕の人生のほんの途中で起こった、些細で、おかしな出来事についての話は以上である。
…………。
というのは少々語弊がある感が否めない。正確に言うと、平凡な僕の人生の本の途中で起こった、壮大で、斜め上にぶっ飛んだ、解析しようのない出来事の始まりについての話は以上である、というのが正しいのだろう。端的に言えば、例の美少女が突然僕の高校に転校してくるわ、何の因果か僕の家に住み着き始めるわ、しょうもない学園ラブコメを展開し始めたと思ったら謎のバトル展開が繰り広げられるわ、いろいろするのである。まあその辺は想像に任せるとして、僕の話は今度こそ終わるのである。
おわり