第十四話「夢だった時間」
「…父さん?」
見開いた双眸で目の前にいる懐かしい背中を見る。だが、少しながら変化が見られる。今まで着物しか羽織ることを知らなかった父親は金色の羽衣を纏っている。しかもビルドアップし、以前の背中が更に大きく見える。
「久し振りじゃな、ヨウ。随分と凛々しくなりやがって…嬉しいじゃぁないか!」
「…父さんは大分変わったね。その羽衣は何?雷神や風神のようなものに近いけど…。」
「あぁ、それを説明する為にここに顕現したのじゃ。その前に…。」
ジンはガウの方へ目を向ける。向けられただけで悲鳴を上げるガウには闘う意思はもうないようだ。
「チウニウとは話は付けている。これからはチウニウが集落の長だ。」
「…え?」
「それはどういうことだ、ジン!」
納得のいかない終鬼とライはジンに詰め寄る。怯えていたガウでさえ頭の思考が追い付いていないようで、口を開けたままにしている。
「今の長はヨウの筈だ。何故チウニウに相続するように促すのだ!」
「相も変わらず実直な奴らだなぁおまいら。っま、それでヨウを支えてきたから十分じゃな!」
「話を聞けや!」
ガミガミと言葉を放つ二人に気にもしないで高らかに笑うジン。何故そこまで余裕をもって二人の強者をあしらうことができるのか。ジンは消息不明の前よりも明らかに強くなっていると自身で感じ、それを二人も感じているからであった。その場で場の空気に入れないガウはただただ三人の会話を見ているだけであり、三人の後ろにいるヨウは黙っていなかった。
「…説明はしてくれるよね?三年間の空白の時間の説明。チャンについて。」
ヨウは呟いた。前者の疑問は直ぐに閃いた。が、後者は考えるのに時間を弄した。三年前、長を決める武闘会にて現れた座敷童一族とチャンは名乗った。が、実際に座敷童一族がいたという文献が三年の月日を掛けて密かに調べた結果、滅亡の以前に存在していなかったということを握っていた。
チャンの名前が出たと同時にジンの顔は険しいものとなり、ヨウに向き直る。
「ってな訳だ。ガウといったか?この計画はきっぱり忘れて、明日からチウニウを支えてやれ。」
「…お、俺は。」
「さっさとけじめつけんかいガキが!!」
朗らかな声から急な怒声に切り替わったジン。既に畏れを抱いていたガウは直ぐに立ち上がり、天狗達と共に天狗族の領地へと帰って行った。
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「…きおったか。」
「あぁ、久し振りじゃな。チウニウ。」
天狗族代表の家にて、長の家での争いの前。
チウニウは窓の暗闇を見ながら後ろに現れた存在に気付いていた。その者はジェン・ジン。初代の長であり、ヨウの父親である。そんな彼が、チウニウの元に訪れるということをチウニウ自ら感じていたことでもあった。
「風でも読んでたか?その口ぶりだと。」
「ふぉっふぉっふぉ。当たり前じゃ、それでないとお主を勘付くことは至難に近いからのぅ。まぁ、腰を掛けてくれ。」
来客用の座椅子と長机がチウニウの部屋の中央にあり、肯定しながらジンは座る。
「随分老けたようにも見えるが…見せ掛けだろう。現役ながらに息子に任せるたぁお気楽なこったな。」
「そう言ってくれるな。愚息は野心家でもある。少しは灸を据えなきゃぁ効かん。それはお主もそうじゃろう?立派な息子を鍛えさせるのに三年という時間を与えたのも。」
「ふっ…互いに息子の心配は耐えないな。がーはっはっは!」
「ふぉーふぉっふぉっふぉ。」
ゲラゲラと笑い合う。が、瞬時に真剣な顔へと戻る。
「お主が来た、ということは『神託』がきたのじゃな。」
「あぁ…。どうやら、神は俺の息子と取り巻きに目を見張るモノがあったそうだ。神は我儘で仕方ないが、このことを理解できるのはお前だけじゃ。集落をよろしく頼む。」
「ふむ…長を勤める日がこようとは思わなかったが、致し方ない。いいじゃろう、して…息子が殺されるようなことがあったら止めてくれないじゃろうか。愚かではあるが、賢しい奴じゃ。代表達に謝罪した後に更生していくようにするつもりじゃ。」
「約束しよう。俺とお前は契りを交わした友。違えるということをこの神託者であるジェン・ジン。忘れる筈がないからな!」
立ち上がると同時に空間に同化するようにして笑顔の人物は消えていった。
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「さて、先ずは長を降りてもらうから。」
「いや、納得できないよ。その理由。」
地べたに座りながら口喧嘩をしあう親子。それを遠目で見ながら訝しむ終鬼。
「…(三年以上か?顔を見せなかったジンが急に現れるなんてよ…おかしいぜ)」
「何を呆けているのだ、鬼。」
道場で休ませていたフロンをおぶり、ライは再び長の家に訪れた。
「考え事だ、話しかけんな。」
「鬼でも考える脳みそがあるのだな。」
「うっせぇな。口動かすなら頭動かしてジンのこと考えてろや。」
「はぁ…、終鬼さん本当は賢いのにライ様が絡むと単細胞になってしまうのだから大変ですわ。」
「いちいち勘に障る女だなぁ…殴ってもいいか?」
「百倍返しで殴ってやろう。」
今にも衝突しそうな二人に溜息を吐くフロン。それを傍から見ている親子は楽しそうに見ている。
「終鬼もライも変わらないな。フロンも更に色っぽくなっちゃってよ。」
「フロンはライと結婚したんだよ。知らなかった?」
「何!?ほぉ…だからあんなに色っぽく。」
と、顎をさすっていると氷の苦無がジンの額にグサリと音を立てて刺さった。
「俺がいやらしいことを考えてたら直ぐに投げてくるのは変わらないな。」
「血が出てるよ?」
「気にするな。そこまで深くない。」
引き抜くと激しく血が噴き出るが、押さえていると血は直ぐに治まった。
「それで…さっきの続きになるが…。」
「僕と他の三人が神に気に入られて、その神託を任されたのが神託者である父さん…で、いいの?」
「流石は俺の息子だ。理解してるな!じゃあ…。」
「僕は理解したつもりだけど、あの三人がわかってくれるか…それに、チャンの秘密をまだ教えてもらってないよ。」
「それは後で教えるつもりさ。どれ、話してこようか。」
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「…ということで、俺と一緒にヨウは夢幻山脈の頂上に行くことを承諾したんだが、三人はどうする?勿論、強制ではないさ。」
「…なるほどな。」
三人は直ぐに納得がいったようで、何度も頭を縦に振る終鬼と腕組みをするライ。フロンはライの判断でついていくかを決めるようでライの側に佇んでいる。
「鬼道道場は師範代である豪鬼に任せればいいか…俺はお前らと一緒に行こうじゃねぇか!」
「鬼に続いて賛同するのは些か不満だが、私も共に行こう。道場は師範代のレオンに任せるとしよう。」
「ライ様がそう仰るのであれば私も同行させていただきます。」
と、三人が同意したことに満面の笑みを浮かべるジン。だが、この結果を既に知っていたということが顔に書かれているようでヨウは皮肉めいた。
「頂上に向かう前に神様を迎えてやらないとな。」
「…。」
「ん?どうしたヨウ。もしかして、気付いちゃったか?」
「…父さんは嘘を隠すのが下手すぎ。もっと顔の筋肉を鍛えた方がいいよ。僕たちの家に向かおう。」
「あちゃ~やっぱりか。」
わざとらしい顔をしながら髪を掻く。我が父親ながら情けなく思ってしまうヨウ。崩壊した家の中に入り、チャンの部屋を目指す。が、目標の人物は見当たらなかった。
「ふむ…居間にいるかもしれないな。」
先読みの力を持つジンはそのまま居間へと向かい、それに続いて四人も向かう。ガウの攻撃によって、居間も凄惨な光景になっていたが、薪を燃やす場所と卓を囲む場所にちょこんと佇んでいた。
「…お気付きになってしまったのですね。ヨウ兄ちゃん。」
「…もう、兄ちゃんって呼ばないでくれ。気付いてしまった分、会話し辛くなってしまう。」
「いいえ、私はこれからも貴方の事をお兄さんとして親しくしたいのです…。皆さんと過ごしてきた時間はとても有意義で、あの場所よりも楽しかったんです。だから…。」
「山脈の頂上に一緒に来て欲しい…か。」
「…はい。我儘で申し訳ありません。」
「それでは神様、向かいましょうか。」
こくっと頷くと両手を胸の前で掴み、祈りを捧げる。特有の瞬間移動魔法の動作なのであろう。この場にいる全員を包み込む光の膜が閉じると、家ごとその場から全てが消えていった。
第十四話を読んで下さりありがとうございます。作者のKANです。初めましての方は初めまして。
さて、今回は消息不明でもあったヨウの父親、ジェン・ジンが登場した回でもあり、彼女の正体も判明した回でもありました。サブタイトルにあるように短いながらの時間を満喫できた彼女の有意義な夢だったという解釈です。
このお話も次のお話で終わりになります。語り手の回にもなるのですが、お楽しみに下さい。では…。