第十三話「舞い降りた神」
暗殺とも呼ばれたガウの計画は己自身の傲慢さによって破綻する。過剰に発動した魔法は人の理性を砕き、ガウがヨウに対する憎しみさえも増幅させてしまった。その傲慢さに、耐えかねたヨウは手を下す。しかし、ヨウとガウに突然の来訪者が現れる。現れたのは…
無数に飛び交う思念の鎖。思念というものは至って単純であり、考えているという事柄に属する言葉である。が、魔法陣に描かれる文字には鎖という固定概念が記されており、天狗達がそれぞれ思う思念は全て鎖の姿で顕現される。
「お前は何故魔法を集落で適用しないかを俺なりに考えてみた。こうやって下剋上をされるということを怖れたからだ!」
ガウが手元に携えた芭蕉扇を煽ぐと同時に飛び交っていた鎖はヨウへと集約していく。始めに襲い掛かってきた鎖を横に躱し、屈み、軌道を逸らしながら鎖を躱していく。
「僕も往生際が悪いんでね。この程度ならどうということはないね。」
「黙れ。自分の立場を理解してねぇんじゃねぇのか?多勢に無勢、優位に立っているのは俺たちだっていうことをよぉ!!」
ガウは空中からヨウへと芭蕉扇を煽ぎながら迫る。羽毛に木質な持ち手の芭蕉扇であるが、ヨウの頬を掠めた瞬間、ヨウの頬に血を滲ませる。
「魔法陣を芭蕉扇に…。」
「この集落は凝り固まった考えばかりをしている奴らばかりだ!外界との交渉をすれば新しい文化を共有することができる!どうしてそこまで長であるてめぇと親父は意固地になるんだ!」
「…。」
議会での討論が殺し合いに変わる。答弁を交わすガウは魔法陣を展開した鋭利な芭蕉扇で確実にヨウの急所を狙っていく。議長であるヨウは言葉一つ一つを深く噛みしめながらも一言も話さないが、ヨウの攻撃の軌道を先読みすることによって、確実性のあるガウの攻撃と入り混じるように仕掛けていく思念の鎖を避けていく。議長の重い口が開く。
「この集落が出来た由来を知っているか?ガウ。ひっそりと暮らすことを根源とした集落だ。大いに外界との交流を肯定するということは集落の理に適っていないことになる。それでもお前は外界との交流を認めるというのか?」
「認める!陰気なてめぇらとは考えが違うんだよ!俺だけじゃねぇ。集落の子ども、俺ら天狗族、多くの奴らは外界に好奇心をまさぐられているんだよ。子どもの憧れを潰すようなやり方をしてんじゃねぇぞ!」
「…。」
再び口を閉じてガウの攻撃を牽制する。ガウは一旦距離を置き芭蕉扇を構える。背後に思念の鎖が漂うが、闇雲に掛かっても躱されるということを天狗達は理解しているようだ。
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「思念の鎖…これで俺を縛れるとでも?」
いかつい口調と共に緋色の身体に纏わりつく思念の鎖を引き千切る。
「がぁっ!」
叫んだのは天狗であった。思念の鎖を断ち切る事即ち、脳のシナプスを強制的に遮断することと同義であり、脳が焼き切れる感覚を味わうことになる。
「くっ…流石は鬼族の代表でもある。」
大柄な天狗は苦虫を潰した表情で、思念の鎖を千切られた天狗達を見やる。
「思念の鎖は見方を変えれば、術者の弱点にも成り得る。俺は容赦ないが、ヨウやライは引き千切るような真似はしないだろうな。」
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「あぁ!ライ様!」
「フロン殿…!」
思念の鎖は二人を引き剥がすように飛び交い、フロンは鎖に雁字搦めにされてしまっていた。ライは鎖の軌道を見逃さずに避けていく。
「奥方に傷を付けられたくなければ、大人しく投降されよ。我々とて、無力な者までは殺生しない。」
天狗の中でも頭が利く者がライを説得し始める。説得をする中でもライは思念の鎖を避けているが、フロンに気が留まるのか、動きは鈍っている。
「(フロン殿をどう助ければいい…?ヨウよ。私は殺生を重んじる…故に、どうしても鎖を断ち切ることに踏ん切りがつかない。だが、フロン殿を助けるには…!)」
「女子を傷付けるのは気が向かないが致し方ない。やれ!」
「あぁあああ!」
魔法陣の威力を強めることで、思念の鎖に流れる魔力が強くなる。故に縛られるフロンには魔力の影響による痛みが全身に伝わっていく。
「フロン殿ぉ!」
悲痛な叫びが暗い道場に響き渡る。リーダー格の天狗はライはどう行動するのかを監視しながらもフロンの叫びを嬉々として聴いている。
「さぁ!これ以上、奥方の叫び声を聴きたくなければ投降するのだ!!」
「…貴様。」
「どうした?投降をしないのか。なれば、奥方の悲惨な声を楽しむのだな!」
「無駄な事を。」
突如として、ライは冷静さを取り戻す。急な態度の変わりように威勢を放った天狗は驚く。何故だ?そこまで愛情がないということなのであろうかという考えも過る。
「な、何故だ?無駄な事というのはどういうことなのだ!!」
「忘れていた事を思い出したまでだ。フロン殿はそのような類に捕まる程の弱者ではないということにだ。」
雁字搦めになっているであろうフロンの場所に目をやる天狗。相も変わらず天狗たちによる責めを受けているフロンがいる…はずであったが、それはフロンに似た氷の人形であった。
「なっ!」
「後ろがお留守ですよ…。」
ふわり、と舞い降りるようにして天狗の後ろから抱きすくめるフロン。思念の鎖を頼りに威勢を張り、大人しくなったライを殺し、次いでフロンを殺すという完璧な計画が崩れ去った瞬間である。直ぐに拘束を解こうとしたが既に遅し。フロンの身体からは身も凍る冷気が発せられ、徐々に天狗の身体を侵食していく。
「な…わ、私は…こん、な…所…で…。」
「死ぬ筈ではなかった、と?残念、くノ一に看取られたことを幸福に思う事ね。」
「流石フロン殿だ。」
思念の鎖を展開していた天狗達の士気が崩れた所をライは一蹴し、魔法陣を消去する。凍り漬けにされた天狗は冷気を醸しながら苦悶の表情をする。が、顔に亀裂が走ると、瞬く間に崩れ去ってしまった。
「少し…力を使いすぎてしまったようです。」
膝を落とし、身体を震えさせるフロン。嫁いだことにより、任務を務めていた時より力が衰えていることに気付いていた。それがわかっていたのか、ライは力の使い過ぎに激怒することなく、優しい眼差しでフロンを抱きかかえる。
「よく頑張ってくれた…後は我とあの鬼に任せよ。」
「あの鬼ってのは俺のことか?」
と、道場の入り口より無骨な男の声が聞こえた。声がした方を振り向くと、大柄な天狗の首根っこを掴んでいる鬼がのそのそと姿を現した。
「くたばっていたのかと思ったが、無事のようだな。」
「簡単に死ねるかってんだ。っつか、お前の方が瀕死状態じゃぁねぇのか?」
「ほざけ。傷ばかり付けて誇っている筋肉バカに言われたくない。」
「あぁ!?」
いがみ合う二人。死線を乗り越えたというのに、二人は日常生活の会話のようにも思える。さんざん聞かされた喧嘩の常套句にフロンはうんざりとし、ぶっきらぼうに夫に言いつけるように。
「いい加減にしてください!早くしないとヨウさんとチャンが危ないですよ!」
ヨウという単語に敏感な二人。叱咤されて頭を冷えたのだろうか、フロンの方を見やると。
「無論、直ぐに赴く。」
「フロンはここで寝てな。後始末はつけてくるからよ。」
考えが同じであればいがみ合うこともないのに…とぼやくフロン。フロンはその場に休ませ、二人は長の家へと向かう。
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「先に言っておくぞ、ガウ。お前じゃこの集落をまとめることは出来ない。天狗族が繁栄を築くだけで他の種族達が虐げられるだけの未来しかない。」
「なん…だと…!?だいたいだなぁ…覚り一族ってのは何なんだよ。どこからともなく現れやがって、勝手に集落の長に成り上がってるんだからよぉ!!」
怒りが最高まで昂ったガウ。ガウに呼応するように魔法陣への魔力が蓄えられたのか、芭蕉扇の羽毛が白く光り輝き始める。
「天狗族…鬼族…獣人族。どの種族も勢力は大きいはず!たかが先読みの能力が使える覚り一族二人だけじゃねぇかよ!親父がてめぇらに譲ったことすらおかしい!親父が最もあいつらの中でも強かったはずだ!それを横取りしていったジンとお前は絶対ゆるさねぇ!」
魔力を帯びた芭蕉戦は周囲の鎖をも引き寄せる台風の目となる。鎖が纏われた芭蕉扇を振るう。風の斬撃と共に鎖が放たれる。一方向に放たれる鎖を避けることは容易いが、回避行動をする瞬間、複数の鎖が拡散されヨウを牽制する。視界に鎖がなくなると猛烈な風の斬撃がヨウを刻み付ける。
「親父が!俺たちが!天狗族こそがこの集落をよぉ!!」
血眼になりながら容赦なく芭蕉扇を仰ぎ続ける。芭蕉扇は言い伝え通り、一振りで嵐を巻き起こす程の風を生み出すとされる、故にヨウの家の周辺は静かな夜を越えて夢幻山脈全体をも震わせる大嵐へと変わりつつあった。
「が、ガウ様!これ以上芭蕉扇を仰ぎ続ければ集落全体が崩壊しかねません!」
「うるせぇ!こいつを塵一つ残さずに殺してやるんだからよぉぉ!!」
側近の天狗が説得しようもガウは理性を失い、ヨウをただ殺す、その一心で芭蕉扇を仰ぎ、振り続ける。視野が見えない程にヨウ、覚り一族の事を憎かったのだろう。
「ガウ様!このままでは!」
「ぁぁぁああああああ!!」
鎖は飽和し、地面に夥しく広がり、ヨウがいた場所は砂煙が上がるにも関わらず風の斬撃が降り注いでいく。
「よ、ヨウ!」
「ガウ!てめぇ!」
漸く辿り着いた副長であるライと終鬼。事態の急変さに天狗達もガウを止められず、ライと終鬼は阻止すべく足を踏み出す。が、砂煙から異様な気配を感じ取れた。
「…満足か?」
ピタリと芭蕉扇を持つ手を止める。額には魔力の消耗から流れる汗が流れるガウ。攻撃を止めたことによって、砂煙は徐々に拡散され、中心にいた人物の影が見えてくる。それは、両腕を構えた状態から何一つ姿勢が変わっておらず、周りは地面に刻まれた風の傷跡が痛々しく在る。
「…あぁ?」
不思議に思って当然、あれほどの斬撃を食らいながらも切り刻まれることなくただ身体の所々に切り傷程度に済まされている。
「……集落まで巻き込む気なのか?ガウ。個人の怨恨で集落巻き込んでんじゃねぇぞ。」
畏れた。芭蕉扇を握る手が一瞬震えた。眼光に怯えた訳ではない。ましてや、次の攻撃に移ろうとしていた節もある。畏れるものがあるのかとも疑うが、畏れたのはガウだけではなかった。ガウの後方に立ち並ぶ天狗達。恐らくヨウが言霊をガウに発したものであるので、ガウの後方に位置する天狗達に感化してしまっているのだろう。
「事実、チウニウの方が父さんより上という話は小さい頃に聞いていた。だがな?何故、チウニウではなくましてや他の種族が長を決めるのにはぐれものでもある父さんを選んだのか…。」
両腕を解き、ガウを見やる。
「覚り一族は特殊な能力を持っている。先読みの力だ。それを見せかけではないということを父さんは示した。よって、集落に争いを生まない考えを読める父さんが選ばれた。ある種族は言った。『神の所業』である、と。」
言ったと同時に全身に紅いオーラを纏い始める。力に作用した感情は紅く燃え上がり、怒りを表している。
「ひぃ…。」
「神になった訳じゃない。だが、ガウ。お前のやったことは俺だけでなく、多くの人を集落をも崩壊させようとした傲慢が生んだものだ!もう、集落の民でも何でもねぇ…。」
握る拳、怒りに震えた拳は紅黒く染まり、それは集約される。
「外界に降りるのも許さねぇ…ここで、死んでもらうわ。」
「お、俺は…。」
「弁解の余地はねぇ!」
既に怖気づいてしまったガウには闘う気力すらなく、翼は折りたたまれて地面に弱弱しく落ちてしまった。
「ヨウ!」
「よせ。下手すればライ。てめぇも死ぬかもしれないぞ。」
傍から見守るライと終鬼。この場をよく理解している二人であるが、ライは武器を振り上げれないガウには闘う気がないことを十分に見て取れた。故に、殺す必要はないはずと考えるが、理性を失っていないであろうヨウが弱い者に手を下さんとしている光景に耐え切れなくなる。それを制止したのは終鬼であり、弱者であろうとも先程まで集落を崩壊にまで陥れた者でもある。ヨウの怒りを十分に理解しているからこそ、このまま野放しにしてはおけないと考えてはいるが、この場でヨウの前に飛び出せばライもただでは済まされない。故にライを止め、ヨウの制裁を黙って見ている。
「…一瞬だ。一瞬で終わらせてやるからよ。」
走り出す。初めて、生命を殺す。傲慢なのは自分でもある。だが、多数の犠牲よりも一人の犠牲の方が割に合うと考えれる故に、ガウの喉元を突き刺すように狙う。
「ひ、ひぃ…。」
断末魔の言葉を聴く間もなく、ヨウの拳はガウに迫る。が、突如としてその光景は眩い光に囚われる。
「…!」
ヨウはガウに手を下す前に目を手で覆う。そして、声を聴いた。
「傲慢…か。お前が言えたものじゃねぇな!ヨウ!」
と、同時にヨウは何者かに衝撃を与えられ、ガウとの距離を離される。目と耳を疑った、低い声で明るく朗らか、誰でも気軽に話せるその人物はヨウとガウの間に現れた。金色の羽衣を纏い、ヨウと同じ藍色の着物を羽織る人物が。
「よっ!ジェン・ジン登場!」
第十三話を読んでくださりありがとうございます。作者のKANです。初めましての方は初めまして。
不定期ぎみになっている今作品ですが、ゆっくりと書いていきたいと思っておりますのでご了承ください(汗
次回は急展開ぎみになりますが、お付き合いお願いしたいです。では、またお会いしましょう。