第十二話「激闘」
あらすじ
長を決める武闘会から三年の月日が経ち、集落の長となったヨウは副長でもあるライ、終鬼、フロンと共に集落の安寧に身を呈していた。しかし、天狗族のチウニウの息子、ガウが謀反とも呼べる長と副長を暗殺を企てる。ヨウ達は既にそのような計画を企てているであろうガウを迎え撃つべく、それぞれの居住で待っているのであった。
「やぁっ!」
「むんっ!」
暗闇の道場。時折、曲線を描いた火花が散り、僅かの間に打ち合いをする者の顔が見て取れた。一人は白い帯を目に覆い、視覚を殺した女性。もう一人は白い帯を目と鼻に覆い視覚と嗅覚を殺した気高き獣人。互いに五感の内の主なる部分を殺した上で互いの得物を打ち合わせている。獣人である方は獲物を狩るために重要でもある視覚、嗅覚を殺すことで聴覚と触覚を研ぎ澄ます事が出来る。返して、女性は人間と同様の構造によるために、一つの五感を奪われるということは重大である。しかし、獣人が振るう得物を視覚で捉えるのではなく、嗅覚で獣の臭いを掴み、聴覚で得物が風を生み出す音を感じ、獣人が振るうであろう行動をスローモーションのように捉えるようにしている。並大抵のことではこのような所業を使うことは出来ない。が、この女性。雪女のフロンは自身の妖力を用いながら成し遂げている。風を生み出すということは冷気を生み出すことと造作もないこと。シルエットがないのであれば、獣人が冷気に触れたところを捉えればいいこと。この打ち合いには互いの力を琢磨している部分が見受けられる。対して、獣人のライ。彼はフロンが視えていない、しかしながらフロンが振るう軌道を先読みするように得物である多節棍は暗闇の中、踊る蛇のように空間を裂いていく。
「・・・」
打ち合いの最中、この暗闇の道場に別の音が鳴った。地面の板が軋む音、翼をたたむ小さな音。それは道場に侵入者が現れたという証拠として二人に認識された。
「はぁ…はぁ…。いいウォーミングアップになったんじゃないですか?」
「ふっ、息が切れているぞ。フロン殿。」
ウォーミングアップ以上の動きをし続けている二人を鑑みて、侵入者は絶好の機会だと覚る。各々の得物を携え、暗闇より襲い掛かる。地を走る者、宙を舞う者。それぞれが己の得意とする手段で迫っていく。が、地を走る者達が暗闇で勢いよく転び始めていく。宙を舞う者達は異変に気付くが、目の前に迫る衝撃に反応しきれなかった。
「むんっ!」
宙を舞うライの肢体。その様は飛び去る鳥を茂みから飛び掛かる百獣である。宙を舞う者は気付いた時には地面に顔を伏せ、四肢を動かせない状態にいた。動かそうにも四肢は痙攣を起こし、口からは泡が出始める。やがて視界は暗転していく。
「ふふっ、暗闇では床を気にする暇もないでしょうね。」
立ち上がった地を走る者は床をよく見やる。床には点々と透明な氷の膜が張られており、突然転倒した原因はこれだということを認識した。かといって氷の膜が張られている箇所を抜けることが難しく、視線は前へと向けられる。華麗に飛翔するフロンは氷の苦無を放ってくる。回避行動をしようとすれば足元の氷に足を取られ、見事に苦無が身体に食い込んでいく。
「例の物を使うのだ。」
リーダー格の宙を舞う者は配下に指示を出し、複数の地を走る者が足元に注意しながら二人を包囲していく。
「警戒されよフロン殿。何かを仕掛けてくる。」
「見たら分かりますわ!」
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「多勢に無勢…。いいじゃねぇか。」
場所は変わり、鬼族の道場。ごつごつとした地面に施すものはなく、山脈の固い土が鬼族の身体を研磨する。それを目的として終鬼はこの道場を築き上げた。だが、今は鬼族の弟子たちの代わりにこの道場を訪れたのは翼を持つ天狗たちであった。
「副長の終鬼。ガウ様の命により、貴様を殺す。」
宣言したのは天狗族でも図体が大きい天狗であった。終鬼対策の為か、周りの天狗達も腕っぷしを集めたのだろう。この状況に終鬼は嬉々し、口角を吊り上げていた。
「あぁ?俺を殺す?ふざけたことをぬかしてんなぁ、ガウの野郎。」
「ガウ様はこの集落の頂点に立つに相応しいお方。覚り一族などと卑下された者に任せられぬ。」
「…てめぇ、ヨウを馬鹿にしやがったな。ダチでもあるヨウを馬鹿にするやつを俺はぜってぇに許さねえ。」
胡坐を掻いていた終鬼は重たい腰を上げるように膝を立てる動作を行う。その前に天狗達は仕掛けていく。体格が逞しい天狗達は力も勝ることながら俊敏さも兼ね備えていた。得物は風を切り、振りかざす拳は鉄の塊のようだ。が、全てを受けている終鬼に傷一つはない。天狗達は今起きたことに驚きを隠せずに目を見開いた状態で漸く立ち上がる鬼を見る。
「およびじゃねぇんだよ。てめぇらはよ!!」
赤黒いオーラが終鬼を包む。鬼道を発動したとリーダー格の天狗は認識した。次の瞬間、道場に響いたのは壁に叩き付けられる音。リーダー格の天狗は左右の壁を見やる。そこには既に息絶えて白目を剥いている天狗達が壁に身体をめりこませているのだ。
「纏いし拳は己の剣となり、纏いし身体は巨大な盾となる。鬼道式-其の弐-磨鬼…。」
「ビルドアップをしたに過ぎない。例の物を用意しながら各自時間を稼ぐのだ!」
「…小細工を弄するか。笑止。」
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「よぅ。ガウ、何か用か?」
場所は変わり、長の家。上空には無数の天狗達がはびこり、家の前にも大勢の天狗が陳列している。その先頭にはガウがいた。
「お前、この状況が理解できないのか?ライ、終鬼にも刺客は送ってる。その内ここに連れてこられるだろうがな。」
「ふぅん、つまりはこうだ。俺や副長達を暗殺して、この集落の頂点に立つといった下剋上ってわけか。」
「俺を下に見てんじゃねぇよクソが。おまえら!魔法陣を展開して拘束しろ!」
「!?…外界と交渉してたんだな…!」
「お前らが頑なに魔法をこの集落に取り入れなかったのは魔法で集落のシステムが崩壊することを恐れたからだ。なら、その魔法の取り締まりをすればいいだけだ。」
無数の天狗達はその場で魔法陣を展開していく。全方位から展開される魔法陣の光は長の家を照らすことは容易であった。
「思念鎖!展開!」
天狗が唱えると、魔法陣から様々な色を帯びた思念の鎖がヨウ目掛けて飛び出してくる。
「…ちっ。」
第十二話を読んで下さり、ありがとうございます。作者のKANです。初めましての方は初めまして。
さて、活動報告で言っていた通り、長い文章(500文字程度)となりましたがいかがでしたでしょうか?
三場面での中ではライ達の描写が多かったと思われますね、ヨウは次のお話からということで…。
次回はヨウ→ライ・フロン→終鬼という流れになるかと思われますが、作者の都合上で変わる可能性があるのでご了承下さい。
では、次回でまたお会いしましょう。




