第十話「新参者の善悪」
ガウ 天狗族代表でチウニウの息子。天狗族をどの族よりも上に立つためであれば何でも実行する硬派な性格をしている。その為か、他の族からは好意を寄せられていない。が、文武両道であるガウは次期、長候補とされている節も少なからずいるようだ。
チャンに出会ってから、時の流れはあっという間に過ぎ去っていった。長を決める武闘会が終わりを告げ、正式に僕が集落の長として認められた。副長として鬼族代表の終鬼、獣人族代表のライと雪女一族のフロンが就いた。チウニウはというと、あの一件以降代表の座を降りて隠居の身となった。代わりにチウニウの息子が代表を就いたという話が来ている。チウニウの息子には何度か会ったことがあるが、不遜な態度であしらわれ、親しくした経験がない。長になった僕を敵対視している可能性が否めないが、代表議会で意見を積極的に出してくれる点では、会議が捗るように進み集落の安定にも繋がっている。時期に長の候補に成り上がるかもしれない。ということは、今の僕に下剋上をしてくる可能性があると思った方がいい。第一、チウニウの息子とはあまり話した覚えがない、相手の方が僕を毛嫌いをしているのだからその可能性は否めない。
「…。」
集落を凪ぐ優しい風が畑に実る作物たちの背伸びを促進させる。地面に染み込んだ栄養を根を張り巡らせて栄養を蓄えていく。次第に作物は姿を変え、人々を養っていく食べ物へと変化していく。
集落の中で一際目立ち、集落の全体を眺める位置に建てられているジェン・ヨウもとい長の家。集落の治安を取り締まるだけでなく、外界との商業取引なども行っている、それが長の仕事でもある。他にも別の仕事があるのだが、それを集落の民に公表することは長自身が隠している。ジェン・ヨウは自身がその仕事に取り掛かるようになって一層公表するということを避けていたということがわかるようになった。
「…。ん、チウニウか。」
優しい風の中で密かに激しい風が吹き荒ぶ。畑の作物が激しい風にさらされるが、何事もなかったかのように日光浴をしている。
「おぬしも日光浴か?ヨウ坊。」
三年と妖怪などの長命な生物には随分と短い年数ではあるが、チウニウの姿は一変し、立派だった赤い鼻も活力を失い、腰が折れ曲がったようになっている。杖なしでは歩けないのが現状であるが、力は衰えていないようだ。
「こうして畑で和んていられるのも束の間だよ。直ぐに仕事に取り掛からないといけないからさ。」
紺色の着物に包まれた小柄だった身体は三年の月日を経て、立派で逞しい身体へとなった。仕事上、外界への交渉の道中で理性のないモンスターに襲われるといった出来事もあり、鍛えるしかなかった。件の一件で重傷を負った片腕はあの日の出来事を忘れてはならないと言ったように拳を中心とした渦巻状の傷が痛々しく残っていた。
「ふふっ、ぬしも大分ジンに似てきおったな。流石は親子じゃな。」
「チウニウは大分老けてきたね。息子に家督を渡してからはここにもよく来るようになったし。」
天狗族の家督を受け渡したチウニウは既に隠居の身。天狗族の家で余生を楽しむのもあるはずであるが、よくヨウの家を訪れてはジンが行っていた仕事などを事細かに教授してくれている。理由はともあれ、ヨウ達にしてはありがたい教授である。だが、ヨウの家を通う機会が多いことにヨウは薄々勘付いていた。恐らく、チウニウの息子、ガウが関係しているのだろう。
「ガウは賢いだけじゃ。武にも勝り、天狗族全体を盛り上げる政治力。もし、おぬしがいなかったらガウが長にもなっていたのかもしれないというほどに…。」
「息子が可愛いからって買いかぶりはしない方がいいよ。第一、ガウが長になっていたらこの集落は崩壊しているかもしれない。」
ヨウがそう思うようになったのは先日の代表議会での出来事である。
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多足族と天狗族の間で何やら揉め事が発生したようで、多足族代表になった土竜とガウがいがみあっていた。
「我々多足族の食料でもある花の濃蜜を先日、天狗族が畑から盗み出しているとの問題が発生した!ガウ殿、この件をどうしてくれようか。我々とて、花の濃蜜以外にも狩りに赴いているとはいえ、食料の横領というのは犯罪ではないか!」
「てめぇらが見間違ったんだろ?俺らの仕事を勘違いしてねぇか?代々天狗族は集落の見回りを任されているんだ。多足族の畑を見回ってもおかしくないだろ。」
「ほう、我々が虚言を申しているというか。」
「おぅ、八目のお前にも節穴があっただけだ。言った奴にも言えや、お前の目は使えねー、ってな。」
「ガウ殿、私の目を疑うのはいいが、蜻蛉を馬鹿にするのは断じて許せんぞ。」
今にも互いが攻撃をしかねない一触即発の中、真ん中を陣取るヨウが静粛した。
「土竜、証拠があるのであれば提示して欲しいな。」
「はっ。蜻蛉が収めた一枚がこちらに。」
多足族の蜻蛉という一区切りにされた者達は複眼を持っており、視界が広いという点で多足族の見回りに抜擢されている。一部では見た景色などを念写して紙に写す技術を持っている者もいるようで、今念写された物が代表達の前に掲示された。その一枚には確かに翼を持った人物が花の濃蜜畑に降りて、何かをしている一枚であった。画質は粗いがはっきりと翼が写されている。
「ふむ…。見た感じだと天狗族か…それとも他の族の翼を持った人物になる。有力候補として天狗族が挙げられるが、ガウ殿?」
ライが見ながらガウへと具申する。
「見間違いにしかならねぇ。はっきりとした証拠を持ってこないと俺は何もいわねぇ。」
「まだ頑なに黙るのか!」
「静粛に。ガウ殿、食料の横領ということで天狗族の食糧庫を調査する必要がある。これは強制になるぞ。」
ライがすごみを利かせながら誘導するが、ガウはばつが悪いように舌打ちを打つ。
「はいはい、食糧庫を確認すればいいんだろ。蜜がなかったら冤罪と見てもいいんだからよ。」
「その確認は獣人族に『いや、俺たちでやるからいいわ』」
ライの発言中に言葉を挟みこむガウ。眉間に皺を寄せるライを制止ながらガウを見る代表達。傲岸不遜が似合う若者は、明日の方向を見て立派な赤い鼻を撫でている。近い未来敵対するのでは?と疑わせる新人は代表議会を終えた後に動き出した。代表議会の会場が長の家なだけに、代表達が退席した後は長や副長が片付けなければならない。チャンも無論手伝っている。座敷の座布団をしまい終え、夕食作りへと移ろうとしていると、土竜が焦燥に駆られたように戻って来た。
「ヨウ殿!一大事です!」
「ん、どうした土竜。」
毛深い身体からはしっとりとした汗が滲んでいることから相当焦っていることを感じる。
「我々の監視役蜻蛉の一人が何者かに暗殺されていたのです!」
「…そうか。その蜻蛉は念写したっていう?」
「はっ、数少ない念写の能力を持つ蜻蛉でした…。」
暗殺を企てたのはこの場の全員が理解している。明日の方向を見ていたのは既に計画をしていたのかもしれない。
「胸糞わりぃやり方をしやがる。俺がとっちめてやろうじゃぁねえか。」
終鬼は筋が浮き上がるほどの憤りを見せている。流石のライも終鬼に反発せずに憤りを感じているようだ。フロンは心配そうにチャンと共に夕食の準備をすすめている。
「まだ泳がせておこう。取り敢えず、葬式の準備を隠密にすすめておいて。後で僕たちも弔いに赴くからさ。」
「はっ…。この土竜、部下一人も守れずに慟哭しか出来ない有り様!やるせない気持ちです!」
「どうどう…。蜻蛉が亡くなってしまった原因は外交での殉職という形で公表しよう。天狗族には十分な警戒をしておいて。終鬼とライも警戒を怠らずにね。」
「十分承知の上だ。」
「あったりまえだ!」
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以前にも増して、集落の警備員を務める鬼族と獣人族の中で警戒が高くなっている。チウニウ自身は息子の悪事を鵜呑みにしているのか、それを問い質す必要がある。
「チウニウはどう思っている?息子が代表達に嫌われていること。」
「正直に言うが、ガウは頭角を現しているのは間違いないのじゃが…いかんせん、あの性格柄はあまり親しくするということが疎いからの。」
遠まわしに心配している様子ではあるが、些か不安ではあるようだ。
「チウニウ。最近、家ではどうなの?察するに、隠居している身で僕たちに父さんの仕事を教えているのは、ガウを次期候補として認めていないからなんじゃない?」
「ふぉっふぉっふぉ、先読みは更に磨かれておるの。…何れ身を滅ぼす運命の道を自ら築き上げているのじゃよ。ガウは。」
ガウの辿る道を既に見据えているかのように皺が寄った双眸は集落を眺める。
「天狗族の繁栄などと抜かしているやつは井の中の蛙。大海を知らないのじゃ。所詮は集落で生きてきたうぬぼれ者じゃ。許してやってくれ。」
「そこまで僕は寛容じゃないよ。身内に何か起きた時は覚悟を決めるさ。無論、僕の身内はチャンに限らず、チウニウ。お前も入っているからね?」
「…、風向きが変わったの。今夜は雨になるやも知れんな。」
そっぽを向いたチウニウは再び風に乗り始める。
「…雨は風に乗ると刃にも変わる。気を付けるのじゃぞ。」
何かしらの警告をしたのだろう。そのままチウニウは風に消えていった。
第十話を読んで下さりありがとうございました。作者のKANです。初めましての方は初めまして。
さて、第十話は少し長めに書いてしまいました(終わりを区切るタイミングを逃してしまった結果)が、いかがでしたでしょうか?前話でも述べたようにあの武闘会から三年の月日が経っております。ヨウたちも逞しく成長したということも表現できていたかと思われます。女性陣の描写が少なかったのはすみませんでした。では、次回のお話でお会いましょう。