98話
夜中にはフィロマリリア西の都市バイリラに到着、アンド、宿屋にイン。
そのまま朝までぐっすり眠ったら、ほとんど昼前みたいな時間に目を覚ます。
適当に宿で朝食を摂ったら、街に出た。
ヴェルクトはまだ寝てるみたいだし、ディアーネは街で買い物でもしてるらしい。書置きがあった。
そういうわけで、俺1人。1人って久しぶりだな。
今日は1日自由行動である。
俺は『炎舞草』を採りに行く予定だけど、それだってほんの2時間もあれば十分余裕をもって達成可能なんだし、幾ら『永久の氷の欠片』があったとは言っても、火竜の巣に2回も潜ったし、魔道競技大会には出たし、ヴェルクトは徹夜してるし、その前はアイトリウスで魔物の群れと戦ってるし……。
つまり、俺達は今まで満足に休憩をとってこられなかったのである。
今まで俺達が無理に無理を重ねたようなスケジュールで動いていたのはアンブレイルのせいだ。
俺のタイムリミットは2つ。
1つは、魔王が完全復活しちゃうこと。
そしてもう1つは、アンブレイルが魔王を封印しちゃうことだ。
……前者に関しては、まだまだ大丈夫そうだと思う。少なくとも、予定ではあと2体の『逢魔四天王』が出てくる訳だし、『眠りの地ドーマイラ』の方面を見ても、まだまだ異変は無い。
しかも、『魔王復活』のタイムリミットはアンブレイルにとってもタイムリミットだ。当然、アンブレイルは魔王復活前に魔王を封印しなきゃいけない訳である。
そういう訳で、俺が気にしなきゃいけないタイムリミットはどっちかっつうと、『アンブレイルが魔王を封印しちゃう』方なのだ。
しかし、そのアンブレイルの方は作業が難航している。今回、魔道競技大会で戦ってみて分かった。
何と言っても、『精霊の加護』が薄い。
正直、全部の精霊がちゃんとアンブレイルを守ってやってたら、俺の極太無属性魔法レーザーでもアンブレイルを吹き飛ばす事は出来なかったと思う。
という事で、アンブレイルが吹っ飛ぶ寸前、しっかり魔力を見る目で見ておいた。
具体的には、空、火、地、光の精霊の加護しか無い。
……即ち、風のアマツカゼ、水のリスタキア、闇のフォンネールがまだ、って事ね。
けど、アンブレイルはやっと、エーヴィリトで光の精霊の助力を取り付けて、それからまたこっちに戻って来て魔道競技大会に出た、って所な訳だ。
これから残り3つの国を巡って、それぞれの精霊の助力を得るべく頑張らなきゃいけない、となると……どう考えても、かなり時間が掛かるだろう。
しかもその内、風の精霊は全面的に俺に協力的だし、闇の精霊もアンブレイルに良い印象は持ってないはず。
となると、難航具合は推して知るべし、って奴であり……つまり、俺達は今日一日ぐらいのんびりしたって許される、って事なのである。
バイリラは情熱的なヴェルメルサの国風をそのまんま形にしたような街である。
つまり、酒と踊りと恋の街。
街のあちこちでは楽器を奏でる者がおり、その傍らで美しい舞を披露する者がいる。
真昼間からワインを流し込んでいる者もいるし、そこらへんでは女を口説く男の姿が良く見られる。逆も然り。
……中々に爛れてるっつうか、不健全っつうか、そういう印象を持ちかねない要素ばっかりだけど、それでもそこそこ爽やかにまとまっちゃうのはヴェルメルサの気質なんだろうな、と思うのだ。
道を歩きつつ、そこらへんの屋台でおやつ兼昼食を買って食べる。
チュロスみたいな奴とか、クロワッサンみたいなサクサクのパンにハムや野菜を挟んだサンドイッチとか。
更に、ビスケットとパンとケーキ足して3で割ったような焼き菓子を一袋買って食べちゃう。
俺、割りと甘い物は好きなタイプ。これは結構アタリだな。機会があったらアイトリアの城の厨房に持ち込んで、似たようなものを作ってもらえるようにしようかな。
食べ歩きを少し楽しんだら、街の露店を冷やかして楽しむ。
アイトリウスから入ってきたらしい魔道具とか、ヴェルメルサの工芸品とか。見ていて中々に楽しいものである。
とりあえず、今回の魔道競技大会で『杖』の大切さを学んだので、使い捨てレベルでもいいから魔法らしいものを使えるような道具をいくつか買っておいた。
ま、使うには制約もあるし、下手すりゃ使わない方がよっぽど戦いやすかったりする訳だけど、備えあれば憂いなし、ってことだな。
それから、そういやお茶用の魔石が切れてたな、とか思い出しつつ、旅の道具も買い足しておく。
特に、おやつ。
月虹草の花の砂糖漬けもそろそろ切れるし、新しいおやつを買い込んでおこう。
という事で、陽光花の砂糖菓子とか、海神珊瑚樹の飴とかをちょこちょこ買っておいた。これで妖精は釣り放題だな!
それから道端のダンサーたちを眺めたり、音楽を楽しんだり、ナンパされてあしらったりしつつ自由行動を楽しんで、いい加減おやつ時になってきた頃、俺はやっと『炎舞草』を採りに出かけることにしたのだった。
ルシフ君に乗って、バイリラから南東へほんのちょっと。10分かかるかどうか、ぐらいでもう、森に着いてしまう。
後は森の中を散歩するような感覚でのんびり『炎舞草』を探せばいい。
探し方は簡単。魔力を見る目で、火の魔力が濃い場所を見ればいいのだ。
『炎舞草』は草のくせに火属性の魔力が濃いという、不思議な植物である。
エルスロアの森でディアーネが体調不良になったアレから分かる通り、森は炎を嫌う。
だから、『炎舞草』は逆に嫌われるような魔力を持つことで、他の植物を追いやり、図太く繁殖している……というような植物なのである。
おかげで見つけるのも簡単だった。森の真ん中にぽっかりと木の無い場所があり、そこに赤い花が群生している。
適当に根っこごと採集して、瓶に植えて鞄に入れる。
はい、これにて『炎舞草』もゲット。もうヴェルメルサに居る用事は無いし、この森に居る用事も無い。
無い、んだけど……俺の魔力を見る目が、1つの不可思議な魔力を森の中に見つけていた。
強い、風の魔力。
……ほっとくのもなんとなく嫌なんで、正体を確かめてから帰る事にした。
さっきの炎舞草の群生地も木がぽっかり無い場所だったけれど、ここも中々のぽっかり具合だ。
……早速『強い風の魔力』の方へ向かい、それらしいものを見つけた。
木の陰からそっと『強い風の魔力』を覗き見ているけれど、向こうは一向に気付く様子が無い。いや、気づかないふりをしている、のかもしれないけど。
ぽっかりと天然の広場のようになった一角で、1人の少女が踊っていた。
少女がくるり、と回る度、鮮やかな金髪が日の光に煌めいて広がる。伸びやかな四肢はしなやかに動き、複雑な踊りを彩っていた。
中々の美少女である。
……バイリラは踊りも盛んだから、まあ、珍しい光景じゃない。
ちょっと恥ずかしがり屋で、人目のない所で踊りの練習をしたいとか、そういう理由なら街からそう遠くないこの森の中で踊ってることにも説明は付けられる。
或いは、踊りを媒介にして魔法を使う類の呪術師なのかもしれない。
ヴェルメルサ独自の魔法の中には、踊りを伴う事で発動するようなものもいくつか存在するのだ。俺も多少は使えるよ。魔力があればな。
……まあ、とにかく、『理由は付けられる』のだ。きれーな女の子が森の中で1人、踊っていることについては。
しかし……俺の魔力を見る目が言っている。
こいつ、人間じゃねーぞ、ましてやエルフや妖精の類でもねーぞ。『高位の魔神』だぞ、と。
さて。高位の魔神、というと、真っ先に思い出されるのが『逢魔四天王』。
水のハイドラ、火のパイル。今までに2体の魔神を倒してきた俺だが、ここでこういうふうに3体目と遭遇するとは思っていなかった。
……いや、別に目の前の『滅茶苦茶強い風の魔力』を持つ『高位の魔神』が逢魔四天王だとは限らないけどさ。けどさ……疑うに越した事は無いし、高位の魔神が自らの魔力を隠してこんなところで踊ってるのはあからさまに不審である。俺の存在に気付いているだろうに反応が無いのもおかしい。絶対なんか狙ってる。
……推測に憶測を重ねていく事になるが、とりあえず目の前の美少女改め高位の魔神が、逢魔四天王の『風』を冠する者だ、と仮定しよう。
その上で、なんでこいつがこんなところで踊ってるのか、って事を考える。
……単なる趣味、とか、そういう日和った回答はナシね。俺が居るところに逢魔四天王が現れた。偶然な訳が無いよね。当然。
となると、奴の狙いは俺か。
なら、今、奴が俺に気付いているにもかかわらず踊り続けていることにも説明が付けられるだろう。
つまり!この高位の魔神は、俺を油断させておいて殺す気なのだ!と!
……あながちおかしな推理でも無い。
だってさあ、真っ向から挑んできた水のハイドラはあっさりやられて、物量作戦を挑んできた火のパイルもあっさりやられてるんだぜ?
なら、絡め手で篭絡して、油断したところを殺してやれっていう考えに至っても不思議じゃない。むしろ、俺が相手ならそうするね。いや、俺が相手なら最初からもっと賢い手段をとるけどさ。
……さて。じゃあ、そういう事で仮定しよう。
目の前で踊ってる美少女は『逢魔四天王』の一員で、俺を油断させておいて殺そうとしている、と。そう仮定しよう。
で、だ。
……仮定した上で、俺がどう動くか、って問題だな。
これについてはちょっと慎重に考えよう。下手すりゃバイリラやフィロマリリアに被害が及ぶ。
だから、できるだけこっそり、俺1人でささっと方を付けちゃうのがベストな訳で……。
なら、結論は1つか。
視線はがっつりと踊る美少女に向けながら、意識は足元に集中させて、木の枝を探る。
適当な樹の枝を見つけたら、踏む!
ぱきり、と音がした。
「だれっ!?」
そして、どーせ俺が居た事なんて分かってただろーに、わざわざ驚いたような顔をして、美少女は振り返ってくれるわけだ。
「ごめん。あやしい者じゃないよ。あんまり君の踊りが綺麗だったから」
そこで、俺は『できるだけ好意を持ってもらえそうな』笑顔で答えつつ、『困惑したような』表情の少女の方へ進み出た。
そう。俺が選んだ決着方法は至ってシンプル。
俺が相手を騙せたら勝ち。逆に、相手が一枚上手で俺が騙されたら、相手の勝ち。
つまるところの、化かし合い、である。




