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96話

 一体『これ』が何なのか。

 答えは簡単、『アンブレイルに没収されてた、高価だけど防具にはならない指輪』である!

 じゃあなんで、魔法が詰めてあったにもかかわらずこれがアンブレイルの部屋に残り続けていたか。

 こっちの答えも簡単、『アンブレイルはこれが魔道具だと分からなかったから』である!

 ……うん。アンブレイルがこれを只の綺麗な指輪だって思うのも無理はないと思う。だって、俺だってこれ、只の指輪としてしか使ってなかったからな!


 この隠れ魔道具は、『魔力一切抜きで魔法の型だけ詰めたらどーなんの?』という幼い日の俺の疑問を解消すべく俺が作った物である。


『魔法の型』ってのはつまり、『魔法』から『魔力』を抜いたもんである。

『魔法』が出来上がってるカップ麺、『魔法の型』がカップ麺、『魔力』がお湯、だと思うと大体合ってる。

 ……そしてここで重要なのが、普通の魔石に魔力を入れようとすると膨大なロスが出る、ということ。

 つまり、『もうできてるカップ麺』が入ってる魔石なら、それを魔石から取り出すだけの魔力があれば足りるのだ。

 しかし、『まだできてないカップ麺』が入ってる魔石には……まず、お湯を注いで3分待つところから始めなければならない!そして、魔石に魔力を注ぐとなると、滅茶苦茶ロスがでかい!

 ……つまり、魔石に入っている『魔法の型』を『魔法』の状態に戻すために、『魔法』を『魔法の型』にする時に抜いた魔力の百倍ぐらいの魔力が必要なのである。


 そうして俺の疑問を解消すべく、『魔力一切抜き』で『魔法の型だけ』詰め込まれたこの指輪。

 結論から行けば、使い物になりませんでした。


 もっと簡単にいこう。

 本来なら1の魔力で使えた魔法が、魔石に入れると技術は必要なくなる代わりに、5ぐらい魔力を持って行かれる。

 しかし、それを更に魔法の型にしてしまうと……105ぐらい魔力を持って行かれるのである。

 魔力を失う前の俺がこの魔道具を使うために、1日の魔力の8割を使う羽目になった、と言えば、これがいかに実用に耐えない物であることがお分かりいただけるだろうか。お分かりいただきたい。

 ……が。

 今の俺は、魔力をロス無しで輸送できる。

 魔石の中に魔力抜きでぎゅうぎゅうに詰められた魔法の型にだって、するする魔力を注ぎ込める。

 つまり。

 今の俺なら、割とお手頃な魔力量……ヴェルクトから巻き上げて魔石に詰めといた魔力だけで、この魔道具に詰められた無属性魔法ビームを使えちゃったわけなのであった。

 ちなみにこの『無属性魔法ビーム』。決して使用禁止の魔法では無い。

 あれだ、火のパイルがやってたことと一緒だ。一気に同じ無属性魔法を幾百幾千と重ねて発動させて、1つの巨大なビームにするだけ、っていう、とっても単純かつ簡単なもの。

 今回のビームに使われた無属性魔法は最も初歩的な無属性魔法だったから、当然、禁止事項に引っかからない!

 ま、1人の人間がこんな風に魔法を使えるなんて、運営が想定してるわけが無いからな!




 が、それでもアンブレイルが一瞬にして場外へ消し飛んだのは事実。俺が勝ったのも事実。俺がこのヴェルメルサ魔道競技大会を制し、見事優勝を勝ち取っちゃったのもまた事実、なのである!

 ちなみに、吹っ飛ばされたにも関わらず、アンブレイルは生きていた。当然だ。あれでもアイトリウスの血を引いてるんだ。空の精霊の加護は当然備わってる。無属性魔法でそう簡単に死ぬわけが無い。

 ……だからこそ、無属性魔法で負かされた、ってのは屈辱だと思うけどね!

 ははは、精々吠え面かいてろってんだ!




 そうして表彰式が始まった。

 1位が俺、2位がアンブレイル……そして3位がディアーネだ。

 ……一応、3位決定戦もある予定だったらしいんだよ。

 けど、俺との戦いで服もプライドもぼろぼろになっちゃったティーナ・クレスタルデ、3位決定戦を待たずに帰っちゃったもんだから、そのまんまディアーネが3位の座に収まる事になってしまった。

 ……一応、ディアーネに『いいの?これ大丈夫?』って目で聞いてみたところ、『契約には従っているもの』というような満面の笑顔が返ってきたので多分大丈夫だと思う。

 実際、『ディアーネはティーナかアンブレイルに負けなきゃいけない』『ディアーネは棄権・辞退しちゃいけない』とはあったけど、『2人ともに負けなきゃいけない』とも『ティーナが棄権しちゃいけない』とも書いてなかったもんね。

 ……そうして、俺とディアーネがにこにこしている真ん中に挟まれたアンブレイルが1人、なんとも言えない顔をしている中、粛々と表彰式は始まった。

『シエルアーク・レイ・アイトリウス。ヴェルメルサ魔道競技大会において優勝した功を讃え、ここに賞する!』

 表彰してくれるのは、なんと、贅沢な事に帝王様だ。

 ヴェルメルサ帝王らしい、至極あっさりした表彰の言葉が却って嬉しい。

 謹んで優勝記念のメダルと賞品を頂いた。

 ……メダルは見事な炎竜金細工だし、賞品として渡された小瓶には、詳細が良く分かんないけど強い魔力を秘めた液体がなみなみと湛えられている。どう見ても素晴らしい品だ。謹んで頂いておいた。

『アンブレイル・レクサ・アイトリウス。ヴェルメルサ魔道競技大会において優秀な成績を残したことを讃え、ここに賞する!』

 そして、アンブレイルにもデザイン違いのメダルが授与される。

 2位以降はメダル以外の賞品は特に無さそうね。……アンブレイルの視線が妙に俺に刺さる。なんだなんだ。そんなにこの小瓶が欲しいんだろうか。賞品に興味が無かったもんだから全然そこらへん調べてなかったけど、会場出たらちょっと調べないとまずそうね。

『ディアーネ・クレスタルデ。ヴェルメルサ魔道競技大会において優秀な成績を残したことを讃え、ここに賞する!』

 そして最後に、ディアーネにもメダルが授与された。

「相変わらずの女傑ぶりの様だな」

 メダル授与の時、帝王陛下はそっと、俺達だけに聞こえるぐらいの声でディアーネにそう言ってにやり、と笑った。

「お褒めに預かり光栄です」

 ディアーネも観客席から分からないようにそう返してにこり、と笑い、慎まやかにメダルを拝領した。


 それから帝王陛下からの短いお話があった。

 ヴェルメルサにおいても魔術がどんどん振興していけばいい、ということ。

 今回は魔術大国である隣国アイトリウスから2人の王の子が参戦してくれたことを心から嬉しく思う、ということ。

 アイトリウスとはこれからも是非友好関係でありたい、ということ。

 そして、ヴェルメルサもアイトリウスに負けないぐらいの魔術大国になってみせようではないか、ということ。

 ……中々簡潔、かつ豪傑。

 下手すりゃアイトリウスに喧嘩吹っ掛けてるような内容だが、この帝王様だから問題ない。

 下手に本音を隠すわけでもなく、かといって本音が醜い訳でも無い。

 どこまでも自信に満ち溢れ、堂々としている。

 俺もアイトリウスを手に入れたら、こういう風にカッコよくキメたいもんである。




「シエルアーク!」

 ヴェルメルサ魔道競技大会も無事終わったのでさっさと会場を出て、ヴェルクトと一緒に(ディアーネとは一応、街門で合流することになってる)フィロマリリアのメインストリートをぶらぶらして露店を冷やかしたりなんだりして楽しんでいた所……アンブレイルがお供の騎士を連れてやってきた。

 その表情にあるのは憤怒。……俺を追っかけるのにこんなに時間が掛かったって事は、もしかしたら、いや、もしかしなくても……ディアーネに捕まってたのかもね。

 うん。そしたらまあ、煽られただろう。炎の魔女は火を付けるのがとっても上手。

「どうしたんですか兄上、そんなに急いで」

「貴様ッ……!」

 大変お怒りのお兄様は俺に詰め寄って拳を振り上げ……その途中で、横から腕を掴まれた。

 流石にアンブレイルもこれには少々面食らったらしい。何せ、そこそこタッパあってガタイもいい美青年に横から腕掴まれてるんだもんね。

「おいヴェルクト、別にこんぐらい避けられるっつの」

 横からアンブレイルの腕を掴んだヴェルクトは、そうか、とだけ言ってアンブレイルから手を放した。

「……これはなんだ、お前の従者か」

「彼は私の騎士ですよ、兄上」

 騎士、と称すと、ヴェルクトはさりげなく居住まいを正した。

 俺とは違ってちゃんとすくすく成長する事ができたアンブレイルの体はもうすっかり男のそれとして出来上がりつつあるが、完成してもヴェルクトの背には届かなさそうね。

 美形に上から黙って見つめられたら、しかも、非が自分にあるなら……流石のアンブレイルも憎々し気に顔を歪めるだけで、それ以上手をあげてこようとはしなかった。

「はっ、主人が主人なら従者も従者だな」

 が、減らず口は減らなかった。

「ええ。彼、最高の騎士でしょう。自慢の部下です」

「そういう意味では……っ!」

 しかし俺の方が数えるのも面倒になるほどの枚数分、上手である。

 満面の笑みを浮かべてやれば、またしてもアンブレイルは苛立ち……。

「殿下、……」

 ……しかし、後ろからお供の騎士に何かを囁かれて、思い直したらしい。

 嫌そうな顔をしながらも俺に向き合って、アンブレイルは1つ咳ばらいをした。

「シエルアーク」

「はい、何でしょう、兄上?」

 如何にも、何の用件ですか、というように、不思議そうな顔でアンブレイルを見つめてやる。

 ……もう、こいつの要件なんて分かってるんだけどね。

「お前が帝王様から賜った『鎮めの油』を譲ってほしい」




『鎮めの油』。それは、俺がさっき優勝賞品としてもらった小瓶の中身の事である。会場を出る前に調べた。そして、アンブレイルがこれを欲しがってる、ってことも、知った。

「それは何故ですか?兄上ともあろうお方がわざわざ私に?」

 如何にも驚いた、という顔をしてやれば、アンブレイルは苛立ちを募らせた。

「お前には関係の無いことだろう!」

 俺は黙ってアンブレイルを見つめてやる。

 ……すると、アンブレイルも自分が無茶苦茶を言っている事は分かっているのか、話し始めた。

「ここから東に火竜の巣という洞窟がある」

 しってる。

「その最深部にてこの『鎮めの油』を使い、現れる宝玉が魔王討伐に必要なのだ」

 それはしらなかった。

「だからそれを」

「兄上」

 俺は懐から小瓶を取り出す。

 一瞬きらり、と光ったそれにアンブレイルが手を伸ばすより先に、しっかりと手に握りこんでアンブレイルから隠してしまう。

「……シエルアーク」

「兄上は兄上ご自身が私に一体何をなさったか、お忘れのようですね」

 しっかりはっきり敵意を向けてにらみつければ、アンブレイルは少々たじろいだが、それも少しの事で、すぐに開き直ってみせる。

「女神様のご意志に従ったまでだ!魔王討伐の為、女神様が勇者に賜った力だ。何が悪い」

 もういっそ、ここまで開き直られると気持ちいいもんである。

 俺は思わず笑いつつ、小瓶を握ったままの手をアンブレイルの方へ向ける。

「なら、それは一度保留に致しましょう。……ですが、今日、兄上は私に負けました。魔力を奪った私に、です」

 改めて言ってやったのだが、アンブレイルは怒りを抑えてみせた。まあ、すぐドッカンドッカン爆発されたんじゃあたまったもんじゃないけど。

「なのに敗者が勝者に烏滸がましくも賞品を寄越せ、と言っている」

 けど、今は爆発してくれた方が面白いので煽ってやった。

 するとアンブレイルは面白いようにそれに乗ってくれる。

「ならば次期国王として貴様に命ずる!シエルアーク・レイ・アイトリウス!『鎮めの油』を献上せよ!」

 アンブレイルの暴言に俺は少々肩を竦めるだけに留め、小瓶を握った手を太陽にかざしてみたりしつつ、少し考えるそぶりを見せてやり……それから俺はアンブレイルに向き直って、にやり、と笑ってやるのだ。

「兄上。私の魔力、私の論文、私の魔石、私の時間!ありとあらゆるものを奪って、まだ奪い足りないと?」

「口答えは許さないぞ、シエルアーク!」

 アンブレイルの背後に控えた騎士がさりげなく、陣形を展開する。俺を包囲するように。

「ああ、兄上!私はもう耐えられない!何もかもあなたに奪われるというなら……」

 なので、俺はこうする。

「『次期国王』として、こうしましょう」

 俺は騎士の居ない方向、かつ、アンブレイルから良く見える方向の石畳に向かって……手の中に握った小瓶を投げ捨てた。


 かしゃん、と、高い音が響いた。

 硝子細工の瓶が割れ砕け、中に入っていた液体が石畳に広がる。

 俺の目の前でアンブレイルが青ざめ、咄嗟に石畳に駆け寄るが、もう瓶の中身はすっかり流れ出てしまっている。

 茫然自失、といった様子のアンブレイルを横目に、俺はヴェルクトを伴ってその場を後にした。




「アンブレイルも馬鹿ねー。すっかり騙されちゃってまあ」

 街門でディアーネを待ちつつ、懐から『鎮めの油』を取り出して眺める。

 綺麗な硝子細工の瓶に入ったそれは、日にかざすとキラキラきらめいて中々に綺麗だ。

「まさか瓶も中身も別物、なんて誰も考えないだろう」

 そう。さっき石畳に叩きつけて割ったのは、全く別の瓶にただの調理用油を入れただけのものだったのだ。

 どーせアンブレイルがこの『鎮めの油』を奪いに来るだろうな、って事は分かってたから、露店を冷やかしついでに小瓶を1つ買ったのである。

 できるだけ『鎮めの油』の瓶と似たデザインを選んだ、とはいえ、全く同じじゃあない。ちゃんと観察すればそんなことは分かるはずなんだけど、懐から出されて一瞬で手に握りこまれた挙句、粉々に割られちゃったらそんなもの確認のしようがないもんね。

 ま、アンブレイルにはもうちょっと困っててもらおうっと。


「おまたせ、シエル、ヴェルクト」

 それから少ししたら日用品の買い物をしていたディアーネとも無事合流。

 俺達は悠々とフィロマリリアを後にしたのであった。

 とりあえず、火竜の巣リターンズ、かな?


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