95話
火の精霊まで召喚して、最後にとんでもない魔法を見せた。
観客はその『とんでもない魔法』を『破った』アンブレイルよりも、ディアーネに傾いていた。
観客席のどこかでこの一局を見ていたに違いないクレスタルデ伯は多分、苦り切った顔をしているだろう。
火の精霊を召喚した挙句、恐らく誰も見た事が無い魔法……降り注ぐ炎の彗星を放ったのだ。多少パフォーマンスに偏ってはいたが、それすら最後の炎の彗星のためだった、と十分納得できる。
それほどまでにあれは凄まじかった。多分、結界の外であれをやったら、フィロマリリアをあっという間に焦土にできるだろう。
現に今、俺の出番の前に焼けて焦げて熔けたステージの補修が行われている。こんな状態で『手を抜いた』なんて思われるわけが無い。
……それから一応、ディアーネはアンブレイルを避けて攻撃していたが……恐らく、アンブレイルとて全くの無能だったとしたら生きてはいない。
あの炎の国と同じ結界の中で、熱気に焦がされたりすることなく生き延びて、無駄骨ながらも攻撃してみせた。
あれはまあ、大部分が助力してくれてる精霊の『一応死んだらまずいんだよなあこいつ……』みたいな守護のおかげだと思うんだけど、まあ、評価してやらんでも無いかな、と思ってる。観客にそのすごさは全く伝わらないと思うけどね。
戦いを放棄はしなかった。棄権も辞退もしてない。手も抜かず、ルールを順守し、故意に負けたとは観客に到底思われない戦い方をした。
もしクレスタルデ伯がまだぎゃーぎゃー言ってくるようだったら、その時は俺もお手伝いして言いくるめようと思う。
……まあ、うん。多分、大丈夫だ。
だってディアーネだもん。
「どうだったかしら?」
「うん。すごかった」
ステージの補修が終わるまで、俺とディアーネはステージの袖で立ち話をしていた。
ここなら誰からも見えないし、見えたとしても不審に思われない。
「当然ね。私の魔法だもの」
誇らしげにそう言うが、ディアーネは流石に疲れているようだった。
火の精霊を召喚したのだ。流石の魔女にも休息が必要だろう。
「ま、ディアーネだしね。……で、平気?」
「ええ。この程度でばてる程、軟じゃないわ」
が、そんな状態にもかかわらず、ディアーネは俺に手を差し出す。
俺は杖から取り外した魔石から魔力を抜いて、ディアーネの手に乗せる。
「……お姉様に使う魔法だものね。手は抜けないわ」
「ん。好きなの入れていいよ」
ディアーネは魔石を握りこんで、そこに魔法を詰めていく。一旦完璧に空っぽになった魔石は、普通の魔石よりもよっぽど魔法を詰めやすい。
が、ただ魔法を使う以上の力は必要だ。……それでもディアーネはやってくれたが。
「終わったわ。はい、どうぞ、シエル」
憔悴した顔はしていたが、その中でもディアーネの目は爛々と輝いている。
「お姉様に、よろしく」
「はいよ」
受け取った魔石を杖に嵌める。
それと同時に、ステージの修理が終了したアナウンスが入った。
「じゃ、行ってくる」
「ええ。行ってらっしゃい」
笑顔で手を振るディアーネに手を振り返しつつ、俺はステージへ向かった。
対するはティーナ・クレスタルデ。ディアーネのお姉ちゃんにしてアンブレイルの仲間。
水地火風の大魔法を修め、光と闇も中魔法まで修めた才女。クレスタルデの宝石。
……つまり、手加減する必要のない相手である。
『さあさあ、いよいよ準決勝最後の試合!……ここを勝ち抜いた者が決勝戦で勇者アンブレイル・レクサ・アイトリウス殿と戦う事になります!』
ステージ上で向かい合った俺達に伸しかかる、観客からの重い期待。
それすら、俺にとっては楽しみの材料にしかならない。
『今更紹介するまでもありませんが……ティーナ・クレスタルデ!あらゆる魔法を修めた才女!『クレスタルデの宝石』の名に違わぬ才能と美貌はきっと今回も観客の皆様を魅了してくれることでしょう!』
MCの紹介と共に沸き上がった観客の歓声に、金髪碧眼ボインの美女は優雅に手を振って応える。
俺も悠々と拍手なんざしてやりつつ、様子を窺っておく。
……俺の魔力を見る目をもってすれば、相手が初手で何の魔法を撃ってこようとしているのかぐらいは分かるのだ。
『そして対するはシエルアーク・レイ・アイトリウス!膨大な魔力!天賦の才!……これ以上は語るに無駄でしょう!この先は観客の皆さまご自身の目でお確かめください!』
沸き上がる歓声に俺も杖を掲げて適当に応えておく。
……見えた。ティーナ・クレスタルデが最初に使ってくるのは、水。彼女の最も得意とする魔法だな。
成程、どうせ手数を増やしても俺に相殺される、と踏んで、最初から一発、全力のをぶちかましてくるつもりらしい。
……なら、こっちも最初から全力でいかないとね。
『それでは、構え!』
ハリセンを足元に放り捨てて、杖を両手で握る。
これにティーナ・クレスタルデは明らかに動揺した。
『では、勝負開始!』
ティーナ・クレスタルデは動揺から一歩出遅れた。
その間にももう、俺は杖を使う。
ティーナは咄嗟に反応できず、俺の魔法を許してしまう。
……杖から現れたのは、決して大きな魔法では無かった。
ぼわり、と炎が溢れたかと思うと、それは巨人サイズでも無く、角や翼が生えているでも無い、ごく普通の人の形をとり……妖艶に微笑む。
炎でできた、魔女の姿がそこにあった。
思わず口笛を吹きたくなる気持ちを押さえて、俺は『生み出した』炎の魔女に命令する。
「好きにやっていーよ」
彼女に俺の杖を放り投げてやると、彼女はそれを火で飲み込み、炎でできた杖にして構えた。
これでヴェルクトから吸い取った魔力が全部彼女のものになったから、もうしばらくは持つはずだ。
……ディアーネも中々粋な事をする。
自分そっくりの『火の妖精』を生み出す魔法を詰めてくれたんだから。
ディアーネの事だ。この火の妖精は、能力こそディアーネには圧倒的に劣るだろうが……気位はディアーネと同じぐらい高いはず。そして、好戦的な性格もきっと。
「な……何なの、これ、まるで」
「ティーナ・クレスタルデ、何を怖気づいている?只の火の妖精だぞ?」
わなわなと震えていたティーナを煽れば、ティーナはきっ、と俺を睨みつける。
「……ディアーネが勇者様に負けた当てつけのつもりかしら?」
「えー?なんのことー?俺しらなーい」
俺が言うが早いか、火の妖精は俺の指示(『好きにやっていーよ』のことね)に従って、火魔法を展開していく。
炎でできた花弁が舞い、炎でできた蝶が舞い、一斉にティーナへ襲い掛かる。
ティーナは当然、それを迎え撃つためにでっかい魔法を放った。
当初の予定通り、一発でかいので相殺しつつ、一気に決着をつける算段なんだろう。
当然、ティーナは『クレスタルデの宝石』。その魔法、特に水魔法なんか食らったら、火の妖精ごとき簡単に消えてしまう事は分かり切っている。
……が、これは、生み出したご主人様と同じぐらい、気位が高い。そして、俺を信頼している。
真っ向から飛んできた魔法。水魔法をベースに、光魔法と風魔法が複雑に編み込まれた、非常に高度かつ強力な魔法である。
魔法は人間なんてあっという間に飲み込まれてしまうであろう大渦となって襲い掛かる。
……しかし、ちっぽけな火の妖精は逃げることもしなかった。
「はいはい、こっちねー」
火の妖精を呑みこまんとする大渦は、火の妖精に触れるか否か、という所で一気に軌道を変えて俺の方へ吸い寄せられ……消えてしまう。
当然、俺の手にはさっき足元に放り捨てたハリセンこと魔力吸収剣。
アイトリアで火のパイルの軍勢相手に火魔法の合体した奴だって吸収してみせたんだ。いくら優秀とは言え、人間1人の魔法ごとき、吸収できないわけが無い。
そして、その隙をついて……火の妖精は、炎の壁を展開する。
渾身の魔法をいとも簡単に吸収されたティーナは、しかし、そのショックの中で懸命に炎の壁を相殺しようと水魔法を展開する。
……だが、そこまでだった。
むしろ、大魔法を無に消された後にもかかわらず体勢を立て直して炎の壁に魔法をぶつけられただけでも賞賛に値する。
しかし、流石の『クレスタルデの宝石』も、『後ろから』来る、害意などそれ単品ではほとんどありはしないような小さな魔法にまでは、気が回らなかったらしい。
「あ、熱ぅッ!?」
ふわふわひらひら、と。一匹の炎の蝶が、ティーナの足元に後ろから近づき……服の裾に、火を付けていた。
最初に舞い上がってティーナを襲った炎の蝶の一匹が、大渦に巻き込まれる事無く残っていたのだ。いや、『残されていた』のだ、と言った方が正しいか。
最初に大量に舞い上がった花弁は、このたった一匹の蝶を隠すためのフェイクに過ぎなかったのである。
ついでに言っちまえば、火の妖精を庇うためにティーナ渾身の魔法を俺が吸収したのもフェイクだし、その後の火の妖精の炎の壁だって、炎の熱と眩しさで視界ととっさの判断力を奪いつつ、炎の蝶の攻撃を通すための材料に過ぎなかったのだ。
「遠慮はいらない。さあさあ好きにやっちまえー」
後は、火の妖精の好きにさせてやるだけだ。
火の妖精は嬉々として、威力を度外視して手数を重視した火魔法を放ち続けた。
服の裾に火がついて、それを消火することに気を取られたティーナは、その後から後から襲い掛かってくる攻撃に、後手後手でしか対応できない。
一度パターン入っちまえば後はそのままワンキル一直線、ってのはどこにでもある真理だ。
ティーナが小さな魔法で対処しようとすれば手数が追いつかず、かといって大きな魔法を使う魔力はもう残っていないのだろう。
ティーナは俺の手の内を知らない。
俺が魔法を『吸収している』なんて事すら知らないから、俺が高度な『アンチマジック・マジック』によって魔法を相殺していると考えていたのだろう。当然、俺もそう見えるように今まで振る舞ってきたしね。
だから、『解く』のが難しいであろう複雑な混合魔法を用いて、かつ、出力も限界まで上げた。
そうすれば流石の俺でも魔法を綺麗に『解く』事は難しい、と判断した結果、あの魔法を放ってきたのだ。
……間違った発想じゃない。もし俺が本当に『アンチマジック・マジック』で対処しているのだったら、さっきの魔法はちょっと手に負えなかったかもしれない。
が!俺は今、魔力無し!使っているのは『アンチマジック・マジック』 じゃなくて、魔法の吸収!
ティーナは、最初っから戦う相手を勘違いしていたのだ。
戦術を間違えたティーナの敗北は必至である。
そうこうしている間になんとか最初に付いた火が消火されるが、裾、袖、はたまた襟……と、どんどん新たに火が付いていく。
どんどん服に火が付き、魔法は吸収され、対処は追いつかず。
ティーナがパニック状態に陥るのは必然であった。
……そして、ティーナが碌に対応できずに慌てている内に、タイム・アップのブザーが鳴る。
そこで火の妖精がは満足そうな笑みを浮かべて、消えてしまった。
多分、魔石に詰まった魔力が尽きて姿を保てなくなったんだろう。むしろ、3分もよくもったもんである。
そこから判定の審議に入って、またしても会場は待ちぼうけを食らう事になった。
……が、判定は分かり切っている。俺の勝ちだ。
だって、さっきのディアーネ対アンブレイルの戦いで、判定の基準はもう出てしまっている。
さっきのアンブレイルの勝利は、『ディアーネの魔法が通らなかった』こと、『ディアーネの魔法を破った』ことの2点によって判定された。
しかし、ティーナは炎の蝶によって散々服を焼き焦がされた状態だし、魔法を破るどころか逆に、俺に魔法を破られてる。
さっきの判定を是とするなら、今回の判定では俺の勝利とするしかないのである。
だって、俺は『ティーナの魔法が通らなかった』し、『ティーナの魔法を破った』のだから!
案の定、気まずそうなMCから俺の勝利が告げられ、会場が沸いた。
きっとディアーネとヴェルクトはさぞかしにんまりしているに違いない。
服を所々焼かれたティーナがマントで身を隠すようにしてステージを降りていく中、俺は堂々とステージ上に居残り続ける。
だって、次は決勝戦だからね。わざわざステージを降りなくたって、次の出番も俺の出番なのだ。
ステージ上で悠々と待ち構えてやると、そいつは現れた。
「お久しぶりです、兄上」
「……貴様、何故ここに居る!」
あーあー、兄弟の感動の再会だってのに、まったく情緒ってもんが無いね、こいつは。
「貴様……シエルアーク!何故お前はこんなところに居る!」
MCの紹介には耳も傾けず、アンブレイルは俺にしか聞こえない程度の音量で、俺を問い詰めてくる。
よっぽど俺のことを知りたくて知りたくてしょうがないらしい。
「私がここに居る理由など、お分かりでしょう、兄上?」
「……僕を馬鹿にしに来たのか」
アンブレイルのちっさい視野に、思わず笑ってしまう。なんてスケールの小さい発想!まあ、『ここ』が『決勝戦』だっつうなら、答えは『是』なんだけどね!
俺、俺のことを馬鹿にする奴を馬鹿にするの、大好きなタイプ!
「ははは!まさか!そんな小さな理由ではありませんよ!」
暗に『てめーなんざどうでもいい』と言いつつ、怒りに染まっていくアンブレイルを冷静な目で見つめてやる。
「女神様のご意志です。私がここに居るのは、女神様の信託によるものですよ」
そして、にやりと笑ってやれば、アンブレイルは怒りの中に戸惑いを混ぜる。
「……は?なん、だと?」
『では、構え!』
が、アンブレイルの疑問を解消してやる気は無い。
ナイスタイミングなMCに心の中で拍手しつつ、俺は『それ』を構えた。
「……それ、は」
アンブレイルは大層驚愕した様子だったが、MCは待ってくれない。
俺も、待ってあげない。
『勝負、開始!』
MCの合図とともに、極太無属性魔法レーザーがアンブレイルに襲い掛かった。
『……こ、これは……』
唖然とする会場、唖然とするMC。
が、それも一瞬の事だ。
『しょ、勝者は……今大会優勝者は、シエルアーク・レイ・アイトリウス!』
MCの宣言によって場内はしばし静まり返り……それからたっぷり一呼吸おいてから、歓声が降り注ぐ。
勝負開始から一瞬でアンブレイルが吹き飛ばされて、俺だけになったステージ上に。




