94話
俺は魔法を使えない。
何故なら、魔力が無いからである。
なら、魔力を外部から持ってくれば魔法を使えるか、っつうと、それもまた『否』だ。
根幹から魔力を根こそぎ奪われた俺は、『魔力を生産する』だけでなく、『魔力を加工する』っていうこともできなくなっている。
俺にできるのは、『魔力を吸う』『魔力をそのまま輸送する』の2点のみに限られるのだ。
……逆に言えば、『魔力を加工する』事ができるものに『魔力をそのまま輸送する』ことで間接的に魔法を使う、ってのはできなくもない。
いい例があれだ。ヴェルクトから魔力を吸ってディアーネに流すことで、禁呪バシバシ撃ちまくってもへばらない凶悪な魔女を生み出す事ができる。
あれはヴェルクトっていう魔力源から『魔力を吸う』アンド『魔力をそのまま輸送する』でディアーネに魔力を送って、『魔力を加工する』の部分をディアーネにやってもらう、っていう流れなわけだ。
つまり、その一連の流れを道具でやっちまえば、一応、俺は魔法を使える、って事になる。
今回俺が用意したこの杖にはディアーネに魔法を詰めてもらった魔石とヴェルクトから吸った魔力を詰めた魔石がセットされている。
……この杖、『自分の杖を作ろうキット』みたいな奴で作ったものだ。
魔石と、魔石を嵌めこめるようになっている杖本体とのセット。使い捨ての道具みたいに杖を使う時には便利な……言うなれば、杖のおもちゃみたいな代物である。
が、今回はそれで十分。どうせ今日使ったらポイである。後先は考えなくていいからね。
ヴェルクトの魔力が詰まった魔石を握りつつ杖にも触れ、『魔力をそのまま輸送する』。杖は元々、魔力さえ流れれば取り付けられた魔石に詰まっている魔法が発動するように作られた魔道具だ。これなら、俺でも魔法が使える。
……じゃあなんで今までやらなかったか、っつうと、当然、コストの問題と利便性の問題ね。
本来の使い方じゃない使い方で使うんだから、この杖、今日一日でお釈迦である。変な魔力の流し方するから魔力のロスも大きいし、その分魔石や杖本体の劣化も速い。
更に、ディアーネの魔法が詰まった魔石、とは言っても、当然一種類の魔法しか詰めておけないから、どうしても使える魔法はワンパターンになる。実戦向きじゃない。
更に更に……ヴェルクトの魔力は膨大だけど、無限じゃない。たった魔法一発を撃つごとにヴェルクトから少なくない魔力を吸い取るのはとってもコストパフォーマンスが悪い。
……ってことで、今までこんなアホな事はしてこなかったのだ。
しかし、今回は『実戦じゃない』。ならば、俺の戦いは常にエンターテイメントでなければならない。
ハト出したり花束出したりするのも悪かないけど、やっぱりどうせなら、どでかい魔法の一発ぐらいは出さなきゃね、っていう事である。
その為にちょっとコスパの悪いことする羽目になるのはしょうがない。むしろ、こんな時だからこそ、思う存分コスパの悪いことしようぜ、ってなもんである。以上!
「噂には聞いているぞ、シエルアーク・レイ・アイトリウス。貴様がアイトリウス有数の魔導士である、という事はな!」
「それは光栄です。ファンス・クロナス・フォンネール王子」
だが俺はお前の事なんざ知らん。
「だが、それはアイトリウスでの話でしかない。アイトリウスとフォンネール、どちらが勝るか決着をつけようではないか。……我が闇魔法、受けてみよっ!」
えー、いいの?そんな事言っちゃって。あとで恥かくのはそっちよ?
俺の心配も他所に、ファンス王子は自信たっぷりに言うや否や、魔法を撃ってきた。
当然の様に闇魔法。波と、弾と、矢だな。まー、バリエーション豊かですこと。教科書みたい。
一度に3つの魔法を撃ち分けられるんだから、まあ、そこそこの腕だ。
が、そこまででしかない。これなら魔力がある状態の俺だって全部余裕で対処できちゃう。
全部ハリセン(魔力吸収剣ね)でスパンスパンぶっ叩いて、全部吸収。
余裕たっぷりに対処してやれば、ファンス王子も流石に顔を険しくする。
「……なら、これでどうだっ!」
自慢の闇魔法を全部解呪されちゃったんだから、結構プライドに罅が入ってるんだろう。中々に力の入った感のある良い魔法が飛んできた。
鴉の形をした闇が幾十、幾百と飛んでくる。
……尤も、そうなるとどうなるか、っつうと、俺が鴉に包まれて観客席から見えなくなっちゃうって事なのだ。
ということは、手、抜き放題である。
鴉が俺を包み込む直前、杖を高く掲げて、とりあえずポーズだけ取っておく。
鴉が俺を包み込んですっかり観客席から隠してしまった後は、適当にサボる。
……後は鴉の形の闇魔法が俺の体を何百回もすり抜けていくのを感じつつ、鴉が消えるのを待ち……。
「……なっ」
闇魔法が晴れた後、杖を掲げて無傷のまま立っている俺が現れる、って寸法である。
「何故だっ!確かに魔法は……っ!?」
「これがアイトリウスの魔法ですよ、ファンス王子?」
俺の姿と言葉にファンス王子が唖然とする中、素敵な演出に観客がどっと湧いた。
その後は狂ったように闇魔法をぶつけてくるファンス王子を煽りつつ、ハリセンと杖で『アンチマジック・マジック』を見せてやった。
そして制限時間3分まで残り20秒、という頃。
「では王子!楽しませてくれたお礼、ということで……どうぞ、受け取ってください!」
俺はハリセンから手を放して、杖を両手で握った。
俺を通して、ヴェルクトの魔力が詰まった魔石から魔力が流れて、杖を通り、ディアーネの魔法が展開される。
刹那、白熱。
俺の目すら灼く勢いで放たれた白光は、高熱すぎる炎によるもの。
凄まじい、という言葉すら生ぬるいほどの炎の奔流は一直線にファンス王子へ伸び、瞬間的に展開された闇の防壁にぶつかり……破った。
適当なところで魔力を流すのをやめたので、ファンス王子は重傷を免れた。
ただし、纏っていた魔力布すら焦げ、全身に火傷を負った凄惨な状況であることに変わりはない。当然、戦闘不能、って事である。
「ま、まだ……」
が、そんな状況にも関わらず王子は杖を地面に突いて立ち上がる。中々根性あるね。
「まだ?いいや、『もう』だね」
……しかし、立ち上がろうとする王子を時間は待ってくれない。
無情にも、そこでタイム・アップのブザーが鳴った。
『アンチマジック・マジック』で嬲った挙句、炎の古代魔法で一発K.O。中々我ながら良い根性してる。
俺も大満足な一局となった訳だが、ファンス王子にとっては大不満足な一局だったらしい。
「……シエルアーク・レイ・アイトリウス!」
回復術師に傷を癒されながら、ファンス王子は俺をしかと睨みつけてきた。
「お前に!フォンネールは……渡さない、絶対に!」
……一体フォンネールでどういうやりとりがあったのかは知らないけど、あのおじいちゃんってば、『実の孫』に変な事吹き込んだらしいね。
全く、ね。
「安心しろよ。頼まれたって貰ってやらねー」
こっちの気持ちだって考えて欲しいもんである。
観客に笑顔で手を振ってステージを降りる。
……そして、その途中で、ディアーネと行きあった。
次は準決勝。ディアーネとアンブレイルの試合である。
「素敵だったわよ、シエル」
「ディアーネのおかげだ」
「ええ、知ってるわ」
当然、というようにディアーネはそう言って微笑んで見せる。
その表情に陰りは無い。
「……見ていて頂戴ね。私、世界一美しい魔法を見せてあげるわ」
「おう。期待してる」
歩き始めたディアーネに向かって軽く手を掲げると、ディアーネも同じように手を伸ばし、すれ違いざま、互いに互いの手を打つ。
ぴったり合った手は、ぱん、と乾いたいい音を立ててから離れていった。
そのままディアーネは振り返らず、ステージへ堂々と向かっていく。
まるで世界が我が物であるかのように。
走って観客席へ戻り、ヴェルクトがとっていた席に何食わぬ顔で座る。
ステージ上は丁度、MCによる対戦者紹介が終わった所だった。よかったー、見逃さずに済んだ。
『構え!』
アンブレイルはさっきまでの戦いと同じように、使い慣れていない様子の杖を構える。
セオリー通り。足は肩幅に開いて、相手に対して半身になって、杖は利き手、先端を相手に向ける。
そして、そんな『よいこのまじゅつ』に出てきそうな構え方のアンブレイルとは対照的に、ディアーネは一風変わった構え方をしていた。
まるでこれから舞踏を始めるとでもいうような構え方。
堂々としてかつ繊細。それだけで一枚の絵になるような、そんな魔女の姿に会場はざわめくことすら忘れ、ステージを見つめるしかない。
『では、勝負開始!』
張りつめた空気がMCの合図で切り裂かれると、その瞬間……ふわり、とディアーネが舞うようにして印を組み、歌うような語るような、精霊言語で何かを朗々と唱え……ちろり、と、火が舞った。
次の瞬間にはもう、世界が紅に染まっていた。
燃え盛る炎はステージを焼き尽くさんとばかりに荒れ狂い、かと思えば統率されたように収束していく。
そして、収束し、収束し、収束し切った炎は、1つの形を成すのだ。
……いや、『1つの形』というのは語弊があるだろう。『それ』は『1つの形』をとることなんてないのだから。
『それ』は刻一刻と姿を変え、鳳凰になり、龍になり、人の形をとり、はたまた巨大な魔神の様になりさえする。
そう。それは『炎』そのもの。
ディアーネが喚んだのは、『火の精霊』そのものだったのだ。
……一応、これ、ルール違反じゃない。
古代魔法やその他の魔法は大体禁止されてたけど、『召喚』は禁止されてなかったんだな、これが。
『召喚獣・召喚霊その他の召喚は認めるが、召喚したものが魔法以外の攻撃を行う事を禁ず』って書いてあるだけだったもん。
まあ、多分このルール作った奴は、精々いいとこ火蜥蜴なり真空蝶なりを出すぐらいの『召喚』を想定してたんだろう。
それがまさか、精霊を召喚する奴が居るなんて誰が思うだろうか。いや、誰も思うわけが無い。
こんな規格外の魔法がいきなり飛び出て、観客どころか審査員すら、唖然、騒然、である。
そして誰よりも唖然としているのは、アンブレイルその人であった。
そして、ディアーネは……表情は激しい炎によって窺い知れないが……きっと、妖艶な微笑みを浮かべているに違いない。
ディアーネが『炎の石』を煌めかせながら、彼女だけの杖を振る。
すると火の精霊は心得た、とばかりに、ステージ上へ溶け込んでいく。
……そして出来上がったのは、炎の国だ。
ステージは火でできた草木に覆われ、宙を火でできた蝶が舞う。火でできた獣が走り回り、火でできた鳥が歌う。結界すら紅に染まり、まるで夕焼け空の様。
その中に悠々と立つディアーネは、さしずめ炎の国の女王様だ。
……成程、こりゃ、『世界一美しい魔法』って言っても過言じゃないね、確かに。
その間、結構呆けていたアンブレイルだったが、流石にそれだけじゃあいられない、と判断したらしい。
アンブレイルは対抗して、水……では無く、光魔法を放ち始める。
うん、そりゃそうだ。ウルカも言ってたもんね。『アンブレイルは闇魔法と水魔法がとっても苦手』って。
火に対抗するのに一番いいのは水魔法なんだが、それが使えないって時点でもう、アンブレイルの敗北は見えてるようなもんである。……まあ、負けないんだけど、ね。
アンブレイルの放った光の矢は、火の鳥を射殺し、火の獣に突き刺さる。
しかし、そんなものを気にする風でも無く、炎の国は燃え盛り、1つの物語を紡いでいくのだ。
炎から命が生まれ、炎によって育まれ、そして死んだ後は炎に還っていく。
光の矢に射殺された火の鳥は、より激しい炎に包まれて消えていく。そして、その炎が消えた後には火の鳥の卵が残されているのだ。
……アンブレイルは今や、精巧な演劇を邪魔する無粋な闖入者でしか無かった。
もう、ディアーネはアンブレイルと戦ってなんていなかった。
ただ、世界一美しい魔法を観客に見せ、楽しませるだけに、その精神力の全てを注いでいた。
ディアーネに攻撃し続けるアンブレイルと、炎の国の物語を紡ぎ続けるディアーネ。
成程、これが『戦闘』なら、アンブレイルの判定勝ちだ。
けれど、美しいのは間違いなくディアーネだ。
残り時間20秒、という所で、炎の国は終焉を迎える。
炎の世界は崩れ、高く昇り、一点に集まったかと思うと、太陽になった。
赤く輝くその恒星は、一瞬、膨れたように見え……そのまま、爆発四散する。
ステージ上に炎の彗星となって降り注ぎ、観客の視界からステージを隠した。
俺の魔力を見る目には、綺麗に彗星がアンブレイルを避けて墜ちる様子が見えているが、観客にはこれがアンブレイルを襲う大魔法に見える、かもしれない。……いや、駄目だな。観客の目には、『炎の国の終焉』しか見えていないだろう。
もう、アンブレイルなんかを気にしている観客は誰も居ないに違いない。
……そうして、炎の彗星が止んだころ。
最後、火の精霊の元に、小さな火種が残る。
……こうして炎の世界が一巡し、それと同時に閉幕を示すブザーが鳴り響いた。
それからは嵐を見ているかのようだった。
審査員は審議に入り、しかもそれが紛糾しているのか、結構長引き……。
……そして、MCから告げられた判定は。
『只今の戦い、勝者は……アンブレイル・レクサ・アイトリウス!』
そして観客からブーイングの嵐。
ディアーネはステージ上で優雅に微笑と拍手。
アンブレイルはおろおろ。
ヴェルクトは『してやったり』って具合に笑いを噛み殺す。
俺は腹抱えて遠慮なく大笑い。
こいつは世紀の大一番だった!
MCからの『判定の理由』は、次の通りだった。
まず、ディアーネからの攻撃がアンブレイルに通らなかった事。
これは多分、最後の炎の彗星の事だろう。当然である。だってディアーネはアンブレイルにあれ、当ててないもん。
そして次に、アンブレイルの魔法がディアーネの魔法を『破った』事。
……確かに、光の矢は火の鳥や火の獣達を射殺していた。
が、当然ながら、観客はこんなことに納得できない。
MCからの説明の後も、観客のはブーイングを飛ばし……しかし突然、そんなブーイングはぴたり、と止んでしまった。
『勝者に与えられるのはブーイングでは無く賞賛であるべきだわ』
MCからマイク(魔法の拡声器みたいな奴ね)を奪い取ったディアーネが、微笑みを湛えながら声を発した。それだけで、会場は静まり返る。
『勝者はアンブレイル・レクサ・アイトリウス殿下。そうでしょう?審査員の方がそう結論を出したのだもの。一度決まった事を覆そうとするなんて、滑稽だわ』
ディアーネの言葉に棘は無い。
どこまでもやり切った達成感と、そして溢れ出る優越感。
ディアーネは優雅な所作でアンブレイルに近づくと、手を差し出した。
『……素晴らしい魔法でしたわ、殿下』
微笑むディアーネと場の空気に押されて、アンブレイルがディアーネの手を握る。
『健闘しあった』対戦者達は握手する。
成程、これで『綺麗に収まった』。もう観客たちも文句は言えない。
まばらながらも拍手が聞こえ始め、やがてそれはそこそこの大きさになり、収まった。
ディアーネはアンブレイルと握手した手を余韻たっぷりに解き、そして、最後に一言、付け加えたのである。
『勝者に与えられるのはブーイングでなく賞賛であるべきだわ。先ほどのブーイングはナンセンスよ。……でも、敗者の健闘を讃えて下さった事には、感謝致します。どうもありがとう、皆さん』
ディアーネが優雅に一礼したと同時に再び巻き起こった拍手は、先ほどの比では無かった。




