92話
という事でやってきました、『火竜の巣』。ここに来るのも2回目だね。
「すずしーい!」
「前回来た時にも欲しかったな」
1回目にここに来た時は、そりゃあもう暑くて熱くて大変だったもんだけど、今はとっても快適。
何故かって言うと、『永久の氷の欠片』があるから。
この『永久の氷の欠片』に少々魔力を流してやれば、辺りに涼しいバリアーを張ってくれるのである。
魔力量を増やせばフローズン人間作りにぴったりな温度にもできるんだろうけど、調節次第では冷房になってくれるのだ。
勿論、俺は使えない。魔力無いから。
そしてディアーネも使えない。火の精霊が嫉妬するから。
……という事で、ヴェルクトが懐に入れて、定期的に魔力を流してくれているのだ。
おかげで今回は探索がとっても快適!本当に前回にもこれが欲しかった!
そして今回は快適冷房空間中でひたすらひたすらドラゴン狩り。
ハードに動いてもすぐにひんやり冷却してもらえるもんだから、とっても快適な戦闘空間。
おまけに、ここの魔物にとっては涼しさって大敵らしくて、動きが鈍る鈍る。
おかげでまあなんと狩りやすいこと。
とっても環境がいいもんだから、こんなに狩っちゃってだいじょーぶなのかしら、ってぐらい狩ってる。
……まあ、ここのドラゴンは一部の高位の奴を除けばほぼ無限に湧いてくるから、絶滅の心配は要らない。
ここ『火竜の巣』は、火の魔力が強く強く作用している場所であり、それと同時に、魔が強く強く蔓延っている場所でもある。
魔窟である。魔窟。つまり、『魔物が無限に湧き出てくる』場所だ。世界有数の魔物スポットだ。
魔王復活目前の昨今、その『魔物が無限に湧き出てくる』スピードは鰻登り。
ディアーネを迎えに来た前回は何だったの?魔物ほとんど寝てたの?っていう勢いで魔物が湧いてくるのである。
より深部へ潜れば潜るほど、その効果は大きくなっていく。
より魔の根源に近い場所、最深部に近づくほど、高位の魔物が生まれやすい。
その結果……ドラゴンが。ドラゴンが!ほぼ!無限に!
「……もう一匹来るぞ」
「あれは私がやるわ。シエルとヴェルクトは下がっていて頂戴な」
「おっけー。よろしく」
なんてったって、マグマからぽこぽこぽこぽこ生まれてくるんだもんな!倒せば倒すほど!
そうして、火竜の巣の最深部、マグマ池のすぐそばで、俺達は延々とドラゴンを狩りまくった。
その数なんと、21体。一体おいくらになることやら。
「これだけ減らしてもまだ出てくるのね」
「流石におかしいよなこれ……」
とっても気になるが、今はちょっぴり時間が惜しい。
ぽこぽこぽこぽこドラゴンが湧いてくるマグマ池、なんてとっても素敵だが、調べるのは後だ。
今はこのお金(ドラゴンの死体)をさっさと運用しちまわないといけないからな。
「って事で、とりあえず、ディアーネ、お前はクレスタルデに戻って自宅に泊まってろ。俺とヴェルクトはこのまま南下して、シェダーでドラゴンの死体を売りさばく」
「一旦アイトリウスへ戻るのか」
「そ。……フィロマリリアでドラゴンの死体売りさばいたら間違いなく足が着くからな。ディアーネにアリバイを作っておくのも念には念を入れて、ってことね」
今から出発しても、ルシフ君たちの足なら日付が変わる前にシェダーへ着く。シェダー付近で一泊野営して、朝になったら朝一番、シェダーでドラゴンの死体を売って金にする。
それからまたルシフ君たちを飛ばしてフィロマリリアへ戻ったら、多分昼過ぎになっている。
そこで俺とヴェルクトもヴェルメルサ魔道競技大会へのエントリーを済ませて、後は賄賂を渡す夜までのんびりふらふらしていればいい。
「ってことで、ディアーネは俺達とは別口でエントリー済ませてね」
「ええ。分かったわ。じゃあ、お先に失礼するわね」
火竜の巣を出たところで、ディアーネはさっさとクレスタルデへ戻っていった。
これからディアーネは明日の朝までひたすら、クレスタルデ内でアリバイを作りまくっておいてくれるだろう。
「さて、俺達は半徹だ。頑張るぞー」
「ああ」
そして俺とヴェルクトはディアーネと別れて、南へルシフ君たちを走らせ始めたのだった。
その日の内にシェダー近辺で野営して、翌朝、店が開くと同時にシェダーへ入ってドラゴンの素材を売りさばく。
当然、シェダーの裏町で売る。ここなら顔を隠してても売り買いしてくれるし、そこそこちゃんと適正価格(時にはそれ以上の値段)がつく。そして何より、『1軒だけで買取が済む』。
表通りの店で売ろうとしたら、買取の店を何軒も何軒もハシゴする羽目になる。普通の店1軒に金貨200枚もの金が貯めこんである訳ないからね。
……ってことで、アヤシイお店でドラゴンから取った素材を金貨200枚で買い取ってもらった。
こんだけいっぱい流すと値崩れするかもね。まあ、そこは俺達の知ったこっちゃないけど。
金が手に入ったらフィロマリリアへとんぼ返り。
ルシフ君は疲れも見せずに走りに走り、無事、おやつ時には俺達をフィロマリリアへ到着させてくれた。
ルシフ君たちを放したらそこらへんの店を回って小道具を買い集め、そして、ヴェルメルサ魔道競技大会のエントリーに向かう。
もうディアーネはエントリーしてるらしいね。エントリー会場になってる広場で人が『魔女が出場するんだそうだ』『あのクレスタルデのできそこないか』ってな具合に、散々噂してたからね。
そして俺達のエントリーだけど……結構迷ったんだけど、エントリーするのは俺にした。
ヴェルクトだと多分、魔術だけじゃ勝てない。
俺も魔術を使えない事は間違いないんだけど、まあ、魔術で負けるって事も無いから……判定勝ちできるんじゃないかな、って思ってる。
『アンチ・マジック』……つまり、『魔法の無効化』の類って、滅茶苦茶高度だからね。上手いこと演技してやりゃ、『魔力が無いのに魔道競技大会で優勝する』事だって可能だと思う訳よ。ね。
……だから、賄賂を贈って『不正』をやるのはヴェルクト、って事になる。
めっちゃ、心配である。
「……お前さあ、ほんとに大丈夫?」
「これまでもシエルを散々見てきたんだ。なんとかなるだろう」
「ほんとにい?」
「ああ。……あまり心配しないでくれ。情けなくなってくる」
が、俺の心配をよそに、ヴェルクト君は苦笑しつつやる気満々なので……も、俺からは何も言わない事にした。頑張ってくれ、としか後はもう言えない。
その晩、俺は1人、フィロマリリアの宿に泊まった。
ヴェルクトは別の宿を取っておいて、夜中に審査員の家を回って賄賂を送る作業を行う。
一応、密偵らしい服を用意してやったし、顔を隠せるように仮面も付けさせた。
けど、ヴェルクトは立ち居振る舞いが生粋の戦士のそれだし、身長も体格もそこそこあるし……印象に残りやすいだろうな、とは思う。
まあ、ヘマをする奴じゃないが、上手いこと事を運べるか、っつうとこう、すごく不安っていうか……。
……ええい、考えるのはやめだ、やめ。俺が考えてても何も事態は好転しねーんだし、俺はさっさと寝ちまうに限る!
寝ちまうに限る!って思ってからわずか数秒で寝付いた俺は、翌朝、爽やかな夜明けの空気に包まれて起床。
「起きたか」
声の方を見ると、やや疲れた感のあるヴェルクトが窓枠に腰かけていた。……窓から侵入したらしい。こいつったらいつの間にこんなにお行儀悪くなっちゃったのかしら。
「起きた。……首尾は?」
「さあな。全員が金を受け取ったが、どうなるかは俺には分からない」
あらっ、受け取ったんだ。……って事は、8割方はもう成功したようなもんだな。
例え、『お金は貰ったけどいう事は聞かなーい』っつう面の皮の厚い奴が居たとしても、そんな奴が過半数居るとは思えない。
それにどうせ、元々ディアーネに勝たせるよりはクレスタルデの長女なり、隣国の王子様なりに勝たせたいだろうから、ま、元々賄賂なんて送るまでも無いんだけどね。
「で、ブツは?」
「これだ」
ヴェルクトが投げて寄越してきた魔道具をキャッチして、セットされた魔石を確認。
……中の魔力を解析すれば、それはバッチリ音声になる。
この魔道具、ずばり、『録音機』なのだ。
これがあれば、万一ごたごたに巻き込まれそうになった時も、『あなたたちが金を受け取った事実を公表しますよ!』っつって脅せる。
向こうから何かしてこない限りはこっちも藪蛇したくないし、これは出さないつもりだけどね。保険は掛けとくに限るよね。
「どうだ、シエル」
「お前にしては上々だ。……良くやった」
半徹2連荘で頑張ってくれたヴェルクト君を存分に褒めて、俺も俺の仕事を完遂すべく、柔軟体操をして体をほぐし始める。
……ヴェルクトの仕事は、『不正』を行う事。
ディアーネの仕事は、『判定勝ち』できる魔法を観客に見せること。
そして俺の仕事は……『判定負け』したディアーネの仇を決勝戦でとる事である。
その為に昨日は小道具を買い漁ったのだ。絶対に俺が優勝して、名声一本釣りしてやる!ディアーネには悪いけど!
会場に着いて諸手続きを行って、会場入り。
ディアーネは既に手続きを済ませたらしく、観客席に腰かけて、自分がこれから戦う事になるステージを眺めている。
……『判定勝ちできる魔法』のために、観客席からのステージの見え方を確認しているんだろう。
ディアーネはあれで中々、下準備を怠らない奴だったりする。
是非、ディアーネがアンブレイルかティーナと対戦する時には、俺も観客席から見てたいもんだな。ディアーネはきっと、観客の目を楽しませるような魔法をぶっ放してくれるはずだから。
不意に、会場の入り口が騒がしくなる。
振り返って見れば……そこには、奴が居た。
アンブレイル・レクサ・アイトリウス。
……あんまし期待してないけど、どうせなら絵になるし、決勝戦で会いたいもんである。期待してないけど。




