87話
元々、『無属性ドラゴンの鱗』が必要だから、またアイトリア北のロドリー山脈抜け道には行かなきゃいけなかったし、丁度いいっちゃ丁度いい。
そのままネビルムに寄って、ルウィナちゃんに『闇の帳』を織ってもらえればそれで良し。そうじゃなくても、クレスタルデを探し回れば見つかるかもしれないし、諦めない。
それからクレスタルデに向かって『俺の魔力入りの魔石』を回収。
そこからぐるりとフィロマリリアを回って南に引き返して『炎舞草』を回収、更にどこかで『永久の火の欠片』を手に入れれば、ヴェルメルサで必要な物は回収し終わっちゃう。
その後人魚の島に遊びに行きついでに『人魚の真珠』を回収すれば、所在が分かるアイテムはコンプリート、って事になるな。
よしよし、なんか先が見えてきた見えてきた!
……まあ、見えた先にあるのは『生命の樹の実』と『永久の眠りの骨』っつう、この世にあるのかすら分からないような代物探しの果て無き旅路なんだけどね……。
ま、とりあえず見えてるところは進んじまおう。
進んじまえばその先も見えるようになるかもしれないし。
……という事で今日中にでも出発しちゃっても良かったんだけど、一応、念のため、アイトリア城下の魔力布店を梯子しまくって『闇の帳』を探した。
ルウィナちゃんが『闇の帳』を織り上げられるかどうかは分かんないし、買えちゃうんだったら買って済ませた方が楽に決まってるし。
アイトリアに繰り出して、馴染みの店に顔を出したりなんだりしつつ、店を回って回って……。
……まあ、夜まで探し回ったんだけど、無かった!
ま、しょうがない。
それに、アイトリア中を回りまくっただけの価値は十分にあった。
なんといっても、俺の姿をアイトリア中の人々にしっかり見せることができたのだから。
これでもし、今後何かがあっても、アイトリアの民は俺の味方になってくれる……と思う。
少なくとも、所在不明、生死も不明、みたいな状態よりはかなり改善された訳だ。こういうのって大事。たとえ、『闇の帳』が見つからなくても。
とりあえずゆっくり寝て、翌朝、俺達は城を発つことにしたのである。
なんでって、そりゃ、徹夜で魔物と戦った翌日、ちょこっと仮眠してそのまま城の探索だのなんだのした挙句、アイトリア中歩き回ってたら疲れるからだよっ!
「……シエルアーク、行くのか」
「はい。必ずや、女神様の信託を達成してみせます」
一応、親父には挨拶してから出ていく。
「そうか……無事で戻れよ」
挨拶、とは言っても、こんな程度だ。
言葉に意味は無い。言葉以外にも意味は無い。
ただ、とりあえず挨拶を交わす程度の親交はあります、ってことの証明みたいなもんである。
一応、俺に冠を譲るのはこの人だから、媚び売って仲良くしとくに越した事は無いはずなんだけど……なんだろうね。
「では、父上もお元気で」
……どーにも、なんか良く分かんない。
さっさと玉座の間を出て、アイトリアを出て、北へ北へと進む。
「懐かしいなー」
「シエルはこの旅に出る時、この道を通っていったのね」
そう。アイトリアをぐるっと回って北へ向かうルートは、俺が城を抜け出して旅に出たあの日のルートだ。
……尤も、あの時とは違って、今はルシフ君たちが居るから滅茶苦茶速いけど。
「城を抜け出してさ、1人で誰にも何も言わずに旅に出る訳だから……なんか、すごくわくわくしたの、覚えてる」
しかし、道程を辿ると、旅立ちの時のわくわく感みたいなものを思い出すね。
「俺も、ネビルムを発つとき、不安もあったが……知らない世界へ入っていけることの高揚感があったな」
「それ聞いてなんか安心したよ」
……なんというか、ヴェルクトは案外大人びているようでそうでも無い所がちょくちょくある。
仲間にした直後は分からなかった事だけれど、今はなんとなく、こいつがどういう奴なのか分かってきた。
「あら、それなら私もよ。クレスタルデに帰らずにそのままエルスロアへ旅立つと決めた時、不思議な気持ちになったわ」
そしてディアーネも、旅立ちわくわく勢だったらしい。
……こいつの場合、旅立ちわくわくに『アンブレイル殿下へのお手紙』ポイントと『お姉様達の歯ぎしり』ポイントが加点されてる気もするけどね。
「旅ってなんかいいよね」
「悪くない」
「そうね。悪く無いわ。私は好きよ?」
……そんな雑談をしながら、俺達は旅のはじまりの道を辿っていった。
ルシフ君たちは速い。
旅立ちのあの日、俺が夕方までかかった道程だったけど、昼前にはもう抜け道前に到着。
なんだかそこはかとない一抹の寂しさみたいな何かを味わいつつ、早めの昼食を摂っちゃう。
お弁当は城の料理人たちが持たせてくれたものだ。
ふんわりしたパンに具材を挟んだもの……つまり、サンドイッチである。
形状も具も様々で、噛めば肉汁と旨味が溢れ出す腸詰を挟んだコッペパンみたいな奴、とろりとまろやかな卵とカリッとジューシーなベーコンを挟んだオーソドックスな奴、瑞々しいトマトとレタスにチーズの塩気がたまらん奴……と、バリエーション豊富。
3人でこれが美味い、あれが美味しい、と批評しながら楽しくおいしくお昼ご飯を済ませた。
なんかこーしてると、ピクニックにでも来たみたいである。
昼食が終わったら、早速ロドリー山脈の抜け道に入る。
「こんなところに抜け道があるのね」
「俺もシエルに聞いてはいたが……存在を疑っていた」
ま、ディアーネやヴェルクトの反応も当然っちゃ当然である。
何と言っても、この抜け道は隠されて忘れられた抜け道。
知らない人の方が圧倒的に多い、むしろ知っている人が何人いるのか知りたいぐらいの、とっても無名な抜け道なのである。
「ま、さくさくいこーぜ。そこそこに道程は長いし」
……まあ、抜け道の中もルシフ君たちで疾走したらかなり速く進めちゃいそうだけどね……。
抜け道の中は前に来た時とそう変わってはいなかった。
ただ、変わった点があるとすれば……。
「……魔物が襲って来ない」
「あー、それね、多分俺のせい」
……魔物が一切、襲って来ない。
そりゃそうだ。だって俺、前回ここに来た時、散々魔物虐殺パレードしてたからね。警戒して出てこないのは賢明な判断だと言える。うん。
魔物が襲って来ない道程を、ひたすらルシフ君たちに乗って疾走していくだけの簡単なお仕事です。
暗い道はディアーネが照らしてくれるから、鳥目(なのかなあ……夜も走ったりしてるけど、一応鳥目、だよな?多分)のルシフ君でも安心して疾走できるのである。
尚、ディアーネが出しているのは火の玉。ゆらゆら揺れながら常に俺達の前方5mぐらいに浮いて、その先を照らしてくれている。
が……墓場にでも浮いていそうなタイプの奴なので、なんかこわい。
ルシフ君たちによってハイスピード移動を続けた結果、あっという間に目的の場所まで辿りつけた。
……はじめこそ、ドラゴンは身を起こして威嚇するように俺達を睥睨していたが……俺が満面の笑みで手を振るのを見て、俺のことを思い出したんだろう。
その途端、『興ざめした』とでも言うかのように座り込み、そのまま丸くなって眠る姿勢になってしまった。
……が、そういう姿勢になっただけで、起きてるのは一目瞭然である。
「久しぶりー。元気?ロドリー山脈に変わった事は無い?」
その証拠に俺が話しかけると、尻尾がふらり、と揺れた。
「そっか。傷の具合は?まだ痛いところある?」
今度は尻尾がぱたん、と倒れる。
……さっきのが『はい』で、今のが『いいえ』なのかな。
「無理はするなよ?……で、突然なんだけど、鱗、何枚か貰ってもいい?」
さらっと聞いてみたら、ちょこっとドラゴンの首が持ち上がって、目がこちらを見た。
『お前は何を言っているんだ』みたいな顔である。いかにも、高慢ちきそうな顔である。
「駄目?」
なので俺はとびきりの笑顔でじっとドラゴンの目を見つめる。
……見つめる。見つめる。見つめ合う。
じーっ、と、にらめっこか何かの様に見つめ合い続ける。目を逸らしたら負けな気がするから、ひたすら見つめ続ける。
……そしてひたすら見つめ合った結果、根負けしたのはドラゴンの方だった。
ふいっ、とそっぽを向いたかと思うと、また首を元の位置に戻してしまった。
そして、尻尾がふらり、と揺れたのである。
「……へへへ、ありがとね」
知らんぷりを続けてそっぽ向いてるドラゴンにお礼を言ってから、剥がれかけてそうな奴を選んで、数枚鱗を貰った。
あっさり貰っちゃったけれど、これ1枚で家が買えちゃうことだってある、『ドラゴンの鱗』である。
これ1枚のために冒険者が命を落とすことだってある、そんな『ドラゴンの鱗』である。
……まあ、俺だから!理由はそれで十分だろう!うん!
ひどくあっさりと貴重品を手に入れてしまえば、いよいよ、アイトリウスで手に入れる予定のものは全部手に入ってしまった。
確かな達成感ににこにこしながらロドリー山脈の抜け道を抜けて、森の中に入っていく。
「……少し離れていただけなのにな」
「懐かしい?」
「ああ」
この森がイネリアの森。ネビルム村の南に位置する森だ。
俺とヴェルクトが最初に出会った場所だね。
「ここで俺はお前に組み伏せられた挙句ナイフ付きつけられたっけ」
「……すまなかった」
「いやあ、初めての犯行にしてはそこそこ筋も良かったよ?」
あの時は確か、ヴェルクトの行動があまりにもぎこちなかったもんだから、却って落ち着いて対処できたんだっけ、なんて思い出す。
……ま、今になれば分かるけど、ヴェルクトが何の罪も無い人を襲って金品を奪うなんて、絶対向いてないもんね。
「ねえ、シエル。私、貴方とヴェルクトがどうやって出会ったのかよく知らないの。折角だわ、教えて下さらない?」
ちょっぴり思い出に耽っていれば、その思い出を持っていないディアーネがそう申し出てきた。
「なーにディアーネ、もしかして妬いてるの?」
「そうね。少しだけ、妬いてるわ」
なのでついでにちょっぴりからかってやったら、どストレートにカウンターされた。
「だって、私だけ知らないのだもの。……なんだか面白くないわ」
……ディアーネのちょっぴり可愛い一面をさらりと見せられちゃって、俺はヴェルクトと顔を見合わせて、思わず笑ってしまう。
「オッケーオッケー。仔細に渡ってご説明しましょう、お嬢様」
お嬢様のお願いとあれば、聞かざるをえないね、まったく。
雑談しながら森を抜ければ、すぐそこにネビルムの村が現れる。
最初来た時は結界がぶっ壊れてたんだけど……今は見たところ、結界は大丈夫そうだな。……俺が直したんだから当たり前だけど!
ルシフ君たちから降りて村の中に入る。
相変わらずののどかな風景に、なんとなく癒される。なんだろうね。アマツカゼとは違う懐かしさっていうか、なんというか。
「いらっしゃい。ここはネビルムの村だよ。何もない所だけれど、ゆっくりしていっておくれ」
懐かしさからきょろきょろしていたら、その行動が物珍しさからくるものだと勘違いされたらしい。
そこらへんにいた村人から、とっても王道な『村人A』っつうかんじの台詞を頂戴した。
「ああ。知っているさ。……そんなに経っていないだろう?忘れてくれるなよ」
そんな村人Aに対して、ヴェルクトが苦笑しながら進み出ると、村人Aは数度目を瞬いて……それからようやく、彼が誰か、分かったらしい。
「え、お前、ヴェルクト!?帰ってきたのか!?」
「いや、道中で寄っただけだ」
「そうか、そうかあ!久しぶりだな!ちょっと見ない間になんだかいっぱしの戦士みたいになっちまってよお!」
……気の良い村人Aは笑いながらヴェルクトと話をして、今年は作物が不作気味なこと、それを補うために村の女たちが魔力布づくりを始めたこと……そして、村の共同墓地の地下から出てきた書物から、『空を織り上げる』方法を解読したルウィナちゃんが、『空を織って』、王城に献上したこと、などを話してくれた。
城でファルマから聞いたのと大体いきさつは一緒だね。
ただ、『どれどれが不作だがそれそれは例年通りで……』みたいに、農作物についての情報がとっても詳しかったけど。
「ああ、そうだ、こんなところで俺がお前を捕まえてちゃいけねえな!早くルウィナちゃんに会いに行ってやりなよ!」
村人Aが気を利かせて立ち去っていったので、俺達はヴェルクトの家へ向かった。
……家のそばまで来ると中から織機を動かす音が聞こえてくるようになる。
繰り返されるそれは、中々リズムが良くて小気味良い。
ドアの外で少し、その音を聞いてから、ヴェルクトはドアを叩く。
はーい、と、中から可愛らしい声が聞こえると、ぱたぱた、と足音が響き……ドアが開いて。
「……お兄ちゃんっ!」
中から、とびきりの美少女が飛び出してきて、ヴェルクトに飛びついた。
「お帰りなさい!」
「ああ。……ただいま」
……なんとなく他人事ながら感慨深いものを感じつつ、俺達はしばし、兄妹の再会を見守ることにしたのだった。




