86話
さて、墓参りと『星屑樹の実』の棚ぼたゲットも済ませたところで、楽しいアンブレイルの部屋の家宅捜索が始まる。
多分、魔石とか霊薬はどうせあいつの旅に持って行っちまったんだろうから残っちゃいないだろうけれど、ウルカに貰ったナイフとか、作りかけの魔法とか、そういう物は残ってる可能性もある。
そして、それ以上に……アンブレイルの部屋を漁れるってのは、なんかこう、ワクワクするよね。
なんか弱味とか出てこねーかな。エロ本でもいいや。
アンブレイルが不在だっつうのに、律儀にアンブレイルの部屋を守っていた衛兵を適当に言いくるめて退かして、アンブレイルの部屋に入る。
ま、当然だけど、そこそこ整頓されてるね。王子様なんだから、使用人がいくらでもお掃除してくれるわけだし、綺麗じゃないわけが無い。
さて。
という事で、早速、魔力を見る目で辺りを見回すと……非常に幸運なことに、早速1つ発見。
ウルカから貰った『切ったものが砂糖菓子になるナイフ』だな。
攻撃力はほとんどないし刃渡りも8センチ無いくらいだから武器としちゃ使えないが、それでも愛着のあるおやつメイカーである。
魔法で施錠してあるタイプの引き出しの中に入ってたんで、当然、魔力吸って引き出し開けて、回収。
それと同時に、その引き出しの中に作りかけの魔法理論とか、妖精文字で書いた論文とかが残ってたから、それも回収。
……そういや、俺の魔力が奪われてから、妖精達は一致団結してアンブレイルに力を貸さなくなったんだっけ。
そっか、だからアンブレイルは妖精文字が読めなくなっちまったんだろうな。
魔法理論については……どうせ論文読んでも理解できなかったんだろ。あいつのことだし。
逆に、妖精文字じゃない論文は無いから、多分、そこらへんはアンブレイルの名前で出してあるんだろうなー。
……まあ、そこら辺は後でいくらでもどうとでもなるだろう。多分。
それからアンブレイルの部屋を漁りに漁ったけども、やっぱり霊薬・魔石の類、残りの論文、それから俺の魔力が入った魔石は見つからなかった。
逆に、高価だけど防具にはならない装身具の類とか、貴重だけど使うのが難しい薬草とか、そういう物はある程度残ってたから回収。とりあえずは鞄にでも入れておいて、必要次第ではディアーネの部屋にでも置かせといてもらおうかな。
……それと、変なものも出てきた。
「シエル、これは何の魔術かしら」
ディアーネがぺらぺらと捲っていたノートを受け取って中身を見る。
「……全部できそこないだな。破綻してる。うわ、これとかしょっぱなから間違えてる」
ノートは、魔術を編み出そうと四苦八苦した名残、らしい。
ただし、ノートにあるものは全部、魔術として破綻しているものばかりで、ちゃんと働くように構成されたものは1つも無かった。
だが、天才的な俺にかかれば、アンブレイルというアホが一体何をしたかったのか、なんとなく読み取れないことも無い。
「多分、魔法剣についてだな」
「魔法剣?」
そう。魔法剣。
つまり、剣に魔法を纏わせる、というタイプの魔法である。
スタンダードな奴なら、炎を剣に纏わせる、みたいな王道。
変わり種だと、幻覚を纏わせて剣を見えなくする、とか、回復魔法を剣に纏わせて味方を斬って回復する、っていうジョーク魔法とか。
ノートを見る限り、これはアンブレイルの『ぼくの考えたさいきょうの魔法剣』みたいな奴なんだろう。
いわば、中二病患者のノートみたいなもんである。黒歴史かもしれない。
ただ、この世界ってこう、中二病を実現できちゃう世界っていうか、術師とかある意味どこまでも中二病な人達だし、こう、これを中二病と称すのはまたちょっと違う気もするけど……。
……ま、いいや。なんか俺のカンが、これは面白そうだ、と告げている。
よってこれも俺の鞄行きだ。
これがアンブレイルに恥の1つもかかせるのに役立ちゃ、処分されちゃったり使われちゃったりしたっぽい俺の私物も浮かばれるってもんだろ。うん。
尚、エロ本は出てこなかった。出てきたら綺麗に机の上に並べておいてやろうと思ったのに。がっかり。
次は宝物庫漁りである。どうせあと数年もすればアイトリウスは俺のものだし、となればこの宝物庫の物も当然俺のものなので、役立ちそうなものがあったら適宜もらっていこう。
「……すごいわね」
宝物庫に入ると、ディアーネが感嘆した。
この宝物庫に溢れる魔力の質の高さが分かるんだろう。
一方、ヴェルクトはそういう魔力とかについては分かんないんだろうけど、ここにあるものの純粋な美しさについては理解できるらしく、放心したように宝物庫内を見回していた。
「欲しい物あったら持ってっていいから適当に見ててくれ」
「流石にそんな恐れ多いこと、できるわけがないだろう」
「いいんだよ、どーせあと数年もすれば全部俺のものなんだから」
「あら、それもそうね。なら、こちらを見せて頂こうかしら?」
そして案の定というか、ヴェルクトは俺の言葉に縮み上がる一方、ディアーネはウキウキと国宝を漁り始めた。
俺も負けてらんないので、早速、国宝の陳列棚から目当ての物を探す。
今回の一番の目当ては、『天空石』。時刻によってその色を変えていく、美しい石だ。
朝には金色に輝き、昼は透き通った青色、夕方になると薔薇色になり、菫色に染まり……夜には濃紺に星をぶちまけた様相になる。雨の日や曇りの日もあって、中々見ていて楽しい石である。
小さいころに宝物庫にあるのを見てるから、当然、場所もすぐに分かった。
薄青のクッションの上に鎮座している『天空石』。今日はなんと、中に虹が出ている。中々レアだね。
ま、これも『魔王から魔力ぶんどる装置』の材料にしちゃうんだけど。……ちょっともったいないけどしょうがないね。『天空石』を布にくるんで、大切に鞄の中にしまった。
それから、『闇の帳』を探す。
確か俺の記憶が正しければ、上等な『闇の帳』製のローブとかマントとかがあったはずなんだけど……。
「おっかしーなー」
無いのである。
……が、なんとなく、その理由は分かった。
竜の牙のナイフとか、赤輝石の杖とかも無くなってるからである。
つまりこれってきっと、アンブレイルの旅立ちに即して、アンブレイルかアンブレイルのお付きの騎士や術師に配給されちゃったんだろうなー。
……よくよく思い出してみると、エルスロアで会った時、従者の術師が黒いマントとか着てた気がするなー……。
つくづく、碌な事しねえ奴である。許すまじ、アンブレイル。
他に宝物庫からは、ディアーネが火炎電気石のブローチを欲しがったのでそれと、ヴェルクトが魔法を使うのに良さそうだったので、天弓石のアミュレットを1つ拝借していく事にした。
当然、親父には内緒である。どーせあの親父、自分じゃ宝物庫の管理なんてしねーからどーせばれっこないもんね。
「……さて、どうすっかな」
そして、俺達は問題に直面していた。
一番の問題だった『星屑樹の実』は手に入ってしまった。
けど、フォンネールで割と簡単に手に入る予定だった『闇の帳』が、手に入ってない!
まさか、フォンネール行って駄目で、アイトリウスも探しても駄目だとは思って無かった!
「糸玉は貰っているのだろう。織れる職人を探せばいいんじゃないのか。アイトリウスは魔力布の類の産地だろう」
「うー……そーなんだけどさぁ……」
アイトリウスは確かに、魔力布の産地だ。
職人が糸一本一本に魔力を込めて丁寧に織り上げた魔力布は世界一の品質を誇る。
……が、『闇の帳』って、そんなに単純な魔力布じゃ、無いのである。
なんていったって、その糸は闇そのもの。
下手な扱いをしたら、溶けて消えていってしまうような糸なのだ。
織物職人としての技術は勿論、それ以上に術師としての才能と、闇に触れても闇を侵さず、また、闇に侵されることも無いような……そんな都合のいい魔力が、必要。
本来ならば実体の無いものを織り上げる、ってのは、それ相応に魔法的な所業なわけで、つまり、只の魔力布職人の手に負える案件じゃない、ってことなのである。
「実体の無い物を織り上げる、ってからには、当然、それ相応の技術が必要だからなあ……」
「国王陛下に聞いてみたらどうかしら?王室御用達の職人になら心当たりがおありなんじゃないかしら?」
「あの親父がぁ?」
無いな。
絶対、無いな。
なんてったって、城に運び込まれた品のチェックはその係の者が行っている。
で、布なら仕立て屋が仕立てた後で王に届く。よって、王はその布が誰によって織られて、誰によって縫われたかを知らなくても上等な魔力布の服を着られる、ってこと。
だから、ま、あの考え無し親父が知ってる訳ないんだよね。
……けど、まあ、その線も、アリか。
「親父は無いけどさ、城に入る一級品の管理してる奴に聞けばなんか分かるかもね」
……まあ、あんまし期待はしないけど……。
「ファルマいるー?」
という事で訪れた城の一室。
『関係者以外の立ち入りを固く禁ず』という張り紙を無視して中に入れば、1人の文官が高級食材や上等な魔鋼細工といった宝の山を前に、書類を書きまくっているところだった。
「相変わらずなのねー」
室内に入ると、書類を書いていた文官……ファルマは手を止めてこちらを見て……驚愕に顔をゆがめた。
「げっ!シエル様じゃないですか!生きてやがったんですかっ!」
「相変わらずの口の悪さねー。俺じゃなかったらお前、下手すりゃ死刑だぞ」
「あなたが色々ちょろまかす度にどれだけ私が苦労したと思ってるんですか!」
「うるせー。ちゃんと倍にして返したじゃん」
「余計大変でしたよ!分かるでしょ!2日間所在不明になってた黄金樹の根が倍になっていきなり出てきたら不審に思われるに決まってるじゃないですか!」
「そんな昔のことでカリカリするなよ。もっとしっとりもっちりしようぜ」
「誰の!せいで!あの時私、危うく減俸だったんですよ!?」
「そうなってたら俺がお小遣いあげたってば」
「そしたらアンブレイル様派閥から嫌がらせされるに決まってるでしょう!アホ!シエル様のアホ!」
……俺とファルマの、実に7年ぶりの再会とは思えないやり取りに、ヴェルクトは勿論、ディアーネも少々驚いたような顔をしていた。
「あー……えっとね、こいつ、文官のファルマ。口は悪いし態度も悪い、しまいにゃ王族をアホ呼ばわりするような奴だけど、頭は回るし目も利くよ。つまり、こいつが親父よりも城に出入りする一級品に詳しい人ね」
せっかくこの俺が褒めてやってんのに顰め面のファルマは、どうも、と、雑な挨拶しかしなかったが、一応、その礼はきっちり型通りの綺麗なものであった。
「……ってことで、腕利きの魔力布職人を探してるんだけど、心当たり、無い?」
ファルマの書類がひと段落したところで、早速聞いてみた。
……聞く前にちらっと、品物の山を見たんだけど、魔力布とか、そういうものは無かったんだよね。
「無いことも無いです」
が、予想外に嬉しいお答え。
「え、あるの」
「他に類を見ないほどの魔力布でしたよ。まるで、空をそのまま織り上げたようなものでした」
「え、えええっ!?」
それって、それって……大分昔に技術が廃れちゃった、奴、では?
……作り方も実物ももう残ってはいないが、『空を織り上げて』作るのだ、と、伝説には残っている。そんな魔力布(?)の存在は一応知ってるけど。
「なんでも、村に伝わる古い書物を読み解いた者が、試しに、と織り上げたものだそうで」
詳細はこれです、と差し出された書類に飛びついてみれば、そこには、その魔力布の子細な情報があり、そして、どこから届いたのかも、きちんと記録されていた。
「……ヴェルクト」
「……ああ」
ヴェルクトが顔を緩ませるのも無理はない。
書類に記録されていた村の名前は、『ネビルム』。そして、職人の名前の欄には、『ルウィナ・クランヴェル(仮に職人として記録す)』と書いてあったのだ。




