85話
とりあえず『疲れているだろうから』ということで、俺達には客室が宛がわれた。
……ので、俺はそれを無視して俺の部屋へ向かう。
そこには惨憺たる光景があった。
「……ほんとに何でも盗んでいきやがったんだな、あいつ」
作っておいた魔石は無い。合成に成功した高級霊薬も残ってない。書いてた途中の論文も無い。ウルカがくれた『切ったものが砂糖菓子になるナイフ』も無い。そして、俺の魔力を貯めておいた魔石も1つ残らず消えていた。
更に、大切な物を保管しておいた隠し部屋があった位置は爆発で消し飛んだような痕跡しか残っておらず、当然、中にあったはずのあれやこれやは消え失せるか、残骸となって残っていた。
……大方、力量も無いのに隠し部屋をこじ開けようとして失敗して爆発、っつう結果になったんだろうけど。
さらに、俺の部屋の変化は物が無くなっているだけでは無い。
ベッドと言わず床と言わず壁と言わず、ありとあらゆる場所に隠し部屋の存在を疑ったらしく、ベッドのマットレスも布団も切り裂かれているし、壁材は剥がされたりなんだりしているし、床も同様。
最早ここが王城の一室だなんて、誰も信じないだろうな。
……なんというか、予想していたとはいえ、ここまでくるとなんかもう……流石の俺でも嫌になる。
これに関しては後でアンブレイルの部屋を物色するとして、とりあえず客室で寝ることにした。
「……って事で、悪いけどやっぱクレスタルデには行かねーと駄目だ」
俺の部屋が無事なら、ディアーネを歓迎してくれない実家へ里帰りさせることも無かったんだけどね。
俺は全く悪くないけど、なんとなくディアーネに謝ると、ディアーネはいつもの高慢そうな笑みを浮かべて、ゆるりと頷いた。
「折角だもの、ティーナお姉様以外のお姉様やお父様お母様にも炎の石を見せてさしあげるのもいいかもしれないわ。ねえ、そう思わなくって?」
つまり、炎の石(しかももう杖になっちゃってる)を見せて、『ねえどんな気持ち?どんな気持ち?』をやろう、って事である。
……つくづく、俺はこいつの性格、嫌いじゃない。
「うん。めっちゃ思う。……ついでに親父から感謝状でも書いてもらう?『アイトリアを救った英雄ありがとう!』みたいな」
「あら、名案ね。シエルからお願いして下さる?」
それから、うきうきと『いかに実家に嫌な思いをさせるか』の作戦会議を始めたディアーネと、苦笑いしながらも案外ノリノリで話に加わってきたヴェルクトと、楽しいお話をした。
……多分、2人とも、ちょっぴり元気が無かった俺を元気にしようとしてくれたんだろうね。
2人とも、俺が好きな物をよーく分かってる。
その日は客室でのんびり寝て、翌朝、部屋に運ばれた朝食を優雅に摂ったら親父に謁見である。
「シエルアークよ、よく眠れたか」
「はい。自室のベッドではありませんが、やはり慣れ親しんだアイトリアの城の気配は落ち着きます」
尚、俺はまだ、俺の部屋を見てきました、って事は親父をはじめ、城の誰にも言ってない。
「しかし、やはり早く自室へ戻りとうございます。……そのためにも早く女神様のご意志を叶えなくては」
俺の無邪気なコメントに、親父は冷や汗ものである。ははは、この程度苦しんだって罰は当たらねえぞクソ親父!
「そ、そうか。……して、話、とはなんだ」
……まあ、いじめるのはもっと後でいい。今は要件さっさと済ませて次に行きたい。
「まず……大臣はどうなりましたか」
まず気になったのはそこね。別に聞かなくてもいいんだけどさ、こう、俺に嫌な思いさせてくれた奴が嫌な思いしてるってんなら、是非ともその状況を聞いて満足したじゃない?
「ふむ……大臣は未だ、容疑を否認しているらしい。しかし、お主を東塔へ閉じ込めていた事に関して、兵士や使用人たちから証言が上がっておってな」
あららららっ、それは……それは、予期せぬ幸運。
そっか、そっかあ……下手したら自分の立場が危うくなるだろうに、兵士やメイド達が証言してくれてるのか……。
なんか、嬉しいね。
「現在は聖水牢にて拘留中だ。魔に憑かれているなら、それで正気に戻ろう」
さらに嬉しい誤算。
なんと、大臣は聖水牢に入れられているらしい。
……聖水牢ってのは、その名の通り、聖水の溜まった牢である。
魔物や悪霊に憑りつかれているとか、そういう類の罪人を入れておいて、懺悔と浄化を同時にやっちまおう、ってなコンセプトの牢屋なのだ。
アイトリアの神官が祈りを捧げた聖水に一日中浸かってる事になるから、大抵の呪いだの悪霊憑きだの魔物憑きだのは改善される。効果も馬鹿にならない、ちゃんと合理的な牢屋なのだ。
……ただ、人間の腰のあたりまでを聖水が満たしている為、罪人は座る事ができない。
立ったまま眠るにも、寝てる間にうっかり倒れたらそのまま溺れ死ぬから、怖くて寝られない。
寝られちゃう強者だったとしても、一日中立ちっぱなし、寝る時も立ちっぱなし、って状態で疲弊しないわけが無い。
……そういう、とっても非人道的な牢屋でもある。ま、しょうがないね。女神様の裁きだもんね。
大臣の話はそれでいいや。適当に神妙な顔で相槌を打ちつつ、次のお願いに移る。
「それから、父上。宝物庫への立ち入りの許可を。女神様の信託を達するのに必要なことなのです」
「宝物庫?……何が目的だ?」
「それを口にする事は出来ません。女神様のご意志です」
親父は当然、城の宝物庫を漁られるのは嫌なんだろうけど、しかし、ここに来て女神様攻撃。
さらに、相手は俺。アイトリアを救った英雄にして、実の子だ。しかも超優秀な。
そしてさらにさらに!……今は親父に色々吹き込む大臣が居ない。
「……いいだろう。女神様のご意志のままに」
親父が陥落するのも、必然なのであった。
それじゃ、楽しい宝物庫漁りとアンブレイルの部屋漁りを控えてウキウキなところで、最後の質問いってみよう。
「ありがとうございます、父上。……ああ、そうだ」
最後の質問は、ふと、思い出したように、さりげなく、だ。
「アルカセラス・レイ・アイトリウスという人物をご存知ですか?」
が、さりげなく、無邪気に、何の意図も無く聞いたのに……親父の反応は、俺の想像を超えていた。
あからさまに動揺して、頭に乗せた冠をずり落ちさせつつ硬直。
「……父上?」
「シエルアーク!」
心配そうに声を掛けてやれば、今度は必要以上に大きな声が返ってきた。
……多分、大声出すことで自分を奮い立たせてるんだろうけど。
「……その名は、どこで聞いた」
「夢にて。……私がその墓を参る、そんな夢でした。しかし、聞いたことも無い名なので、不思議に思いまして……」
俺もその名前の主が誰か知らないのよ、って事を前面に押し出してもう一度聞いてやれば、親父はここでやっと、多少落ち着いたらしい。冠を直して、咳払いして、話し始めた。
「……シエルアークよ、落ち着いて聞くが良い」
「はい」
多分、何聞いても親父よりは落ち着いてると思うけど。
「アルカセラスは……いや、うーん……」
……のんびり待っていた所、口ごもりまくっていた親父はやっと、まともに文章を発してくれた。
「シエルアーク。お前の母の事は知っているか」
「はい。ファンルイエ・レイ・アイトリウス。……フォンネール王の不義の子でした」
答えれば、親父は『なんだそこは知ってたのか』みたいな、安堵ともしょんぼりとも取れない顔をしてから、続けた。
「そうか。なら……なら、話そう。シエルアーク」
勿体ぶらなくていいです。
「シエルアーク、お前には……双子の妹が、居たのだ」
……。
あ、そうなんだ。
話自体は良くある話だね。
双子でも片っぽは未熟児だったとか……それ以上に良くある話は、『片方がもう片方の魔力を吸っちゃった』パターン。
双子の魔力は母の胎内では1つのものだ。それが分かれて、2人分になる。
だから、片方が死産だった双子の片割れは、潤沢な魔力を得ることがあるのだ。それは2人分あったものを1人で使っているようなものだから。
そっかあ、道理で俺、魔力が潤沢だった訳だ。それにしたって多すぎたとは思うけど。しかもそのくせ今はその魔力0だけど。
「成程。なら、妹は死産だったのですか。それで私は潤沢な魔力に恵まれたのですね」
しかも、俺の双子なら、当然、フォンネールの血を引いている事になるから……墓の下に星屑樹があることにも納得がいく。
なんというか、種が分かっちまえばなんてこたあない話であった。
「……こうもあっさり受け入れられてしまうと……こう……」
やたらと勿体ぶって話した割に俺の反応が淡泊だったのが悲しかったらしく、親父はちょっぴりしょんぼりしていた。
とりあえず、宝物庫やアンブレイルの部屋の前に、墓へ行くことにした。なんとなく。
「これがシエルの、妹君の」
実際に妹がいるヴェルクトは色々と思う所があるらしく、目の前の小さな墓石に対して、他人事のはずなのに悲し気な視線を送っている。
「まあ、俺も今の今まで存在を知らなかった妹だ。しかも、生まれてすら来なかった奴だし、思い入れは特にないよ」
が、俺は至ってドライである。
俺、悲しまなくていい所で無駄に悲しみたくないタイプ。
いや、たまにはしんみりもいいけどさ。ね。
「『アルカセラス』」
とりあえず、夢で見た通り、墓石に触れて、名を読んだ……いや、名を、呼んだ。
すると、やはり夢で見た通り、墓石が滑り、その下に天然の階段が現れた。
今更、迷うことも無い。墓荒らしだと思うでもない。
知らない人が俺のために用意した場所へ入るのだ。何を躊躇う事があるか。
「……綺麗」
そして、長い下り階段を下りていった先で、ディアーネが感嘆の声を漏らす。
「これが……星屑樹、なのか」
夢に見た通り、銀線か硝子の細工物にでも見える樹が、薄青い光を纏ってそこに立っていた。
フォンネールで見たものよりかなり小ぶりだし、ただ土と岩が掘り抜かれただけの簡単な地下室だから、天井が満天の星空に見える訳でも無い。
……けれど、美しかった。フォンネールで見たものより、ずっと美しかった。
「アルカセラス。……貰うぞ」
そんな美しい樹の中程の枝……丁度、俺の目の高さに、空の明かりを集めて固めたような、美しい実が生っていた。
大切に大切に、枝を傷めないように、俺はその実をそっと、もぎ取った。
……誰が、赤ん坊の死体に『星屑樹の種』を植えたのだろう。
生まれる前に死んだアルカセラスが、自ら種を呑んだわけはない。この墓の下の地下室は恐らく、星屑樹が作り出したものなのだろうけれど……種はそうはいかない。
誰かが人為的に、意図を持って、アルカセラスの墓の下に星屑樹を生やした事になる。
……ファンルイエ、だったのだろうか。
動機は分からない。フォンネールの血を引く者としての義務感か……いや、なら、アルカセラスの死体もきっと、フォンネールに埋めただろう。
なら、フォンネール王への反発であったのだろうか。
ファンルイエは、フォンネールより、アイトリウスが好きだったと、そう思ってもいいだろうか。
更に、或いは……。
「……まるでシエルが『星屑樹の実』を必要とする事を予見していたようだな」
「もしかしたら、そうだったのかもしれないわね。ファンルイエ様も、アルカセラスも」
夢は自分の記憶の整理だ。そのはずだ。
……だけど、魔法だらけのこの世界だ。
死んだ妹が俺を助けるために夢に出てきてくれた、ってぐらい、思ってもいいのかもしれない。
俺、たまにならしんみりも嫌いじゃないタイプ。




