84話
「し……シエルアーク……?」
「まさか我が子の顔すら忘れたとは仰りますまい?」
「いや、確かにシエルアークだろう。しばらく見ない間にすっかりファンルイエに似て……」
……俺、その人の肖像画すら見た事ねえから知らねえんだけど、多分そうなんだろう。まあ、どうでもいい。
本人かどうかを疑われるようなことは無かったから、もうこれでいいや。
「いや……しかし……シエルアーク、お前、女神様への祈りのため、塔に居たところ、魔物に攫われて魔神にされたと……」
……そりゃあ、なんとも。
「成程、だから世界各国に『シエルアーク・レイ・アイトリウスを見つけたら送還しろ』というお触れを出したのですね?」
「は?そのようなお触れは出しては……いや、出したか?」
……うん。
自分で出したお触れぐらいちゃんと把握しておいてね。いくら大臣任せでもね。
「しかし、塔に居なかったとしたらシエルアーク、お前は今までどこに居たのだ?」
「世界中を旅しておりました」
「何故そのような?女神様への祈りはどうしたのだ?」
うーん、流石にちょっとは疑ってほしかったなあ。なんで大臣の言った事鵜呑みなのさ、このポンコツ。
……仕方ないね。まあ、あと数年もすれば俺が王だから、その時にいくらでも国の立て直しはしてやるつもりだし。
「父上に……いや、アイトリアの民全員に聞いて頂きたいことがあります」
そして何より、今はこのチャンスを逃すわけにはいかないのだ。
街門前広場の噴水の魔力回路を切ってから、いつも水を吹きだしている魔石柱の上に飛び乗る。
丁度良く風が吹いて、カッコよくマントと髪をなびかせれば、民衆の目も当然、俺にくぎ付け。
さっきまで『シエルアーク様が帰ってきた!』『死んだんじゃなかったのか!?』『シエルアーク様万歳!』だの、『シエルアーク様ちっさい!』『なんかちっさい!』だのとうるさかった民衆も、水を打ったように静まり返る。
「アイトリアの民よ!聞いてほしい!」
朗々と声を張れば、俺の美声が広場に響き渡る。
親父ですら俺を見上げて、次の言葉を待っているってのは中々気分がいいね。
「此度、アイトリアを襲撃した魔物の一団は、『逢魔四天王』の率いる軍勢であった!」
『逢魔四天王』という言葉に、民衆はざわめく。
……そりゃ、知名度低いからね。何それ知らなーい、ってなって当然なのである。
そして、だからこそ、今回は利用価値があるのだ。
「皆、知らないのも無理はない。『逢魔四天王』が前回現れたのは、今より数百年は昔のことだ。……『逢魔四天王』は、魔王の僕。高位の魔神だ。そして、精霊様を滅ぼそうとしている者たちである!」
精霊を滅ぼす、という事がどういう事か、民衆だって知っている。
つまり、世界の均衡が崩れてしまう、という事に他ならない。
火の精霊が消えれば世界から火が消え、水の精霊が消えれば世界から水が消え……とはならないと思うんだけど、間違いなく、火魔法・水魔法の大部分は使えなくなるだろう。
そして、精霊の加護が消えれば、当然、それ相応に人間の生活は破綻していくはずだ。
少なくとも、空の精霊の加護がなければアイトリウスはここまで色々豊かじゃないだろうし。
「『逢魔四天王』は恐るべき相手だ。今回火のパイルが使役していた魔物の数や、放った魔法からも分かるかと思う。高位の魔神ならではの膨大な魔力と、強力な魔法。それが奴らの武器だ!」
そんな民衆を、更に煽る煽る。
まるで『逢魔四天王』が滅茶苦茶強くて超怖い相手だとでもいうように(実際そうなのかもしんないけど)語る語る。
そして。そしてそして。
「しかし!いかなる強力な魔法とて、私の前では無力!……『逢魔四天王』の内2体、水のハイドラと火のパイルは、このシエルアーク・レイ・アイトリウスが既に討ち取った!」
……これである。
当然、民衆は沸く。
いやあ、当然。必然。俺の成し遂げた偉業に、民衆は歓声を上げるしかない。
アイトリアを火のパイルから救ったのはタイムリーな話だし、その興奮がまたぶり返しても来た民衆は、興奮気味に俺の名を呼ぶ。
ははは、気分いい。
……民衆へのアピールはこんなもんにして、とりあえず、一旦落ち着かせる。
「……が、まだ安心しないでほしい。先ほど討ち取った『逢魔四天王』の1人、『火のパイル』は、こう、言っていた」
静かにした民衆の間に、俺の声が響く。
少し声のトーンを落とし、表情はあくまで凛々しく。
「『結界を内側から弱らせたはずだ』と。……そう。この国には、魔物の内通者が居るのだ!」
どよめきが広場を満たし、民衆の不安ボルテージはどんどん高まっていく。
そんな中、俺は沈痛な表情を浮かべ、そして意を決したように、次の台詞を紡いでいく。
「ここで私は、ある1つの真実を皆に伝えようと思う。伝えなくてはならない。……何故、私が7年間、姿を見せなかったのか、を」
俺の巧妙な語りは民衆のハートをがっちりホールド。
不安と好奇心が入り混じった民衆(と俺の親父をはじめとする連中)は、最早俺の話術から抜け出せない。
帰還した英雄の話を、一心に聞いている。
だって、他人事じゃないから。
……最初に『逢魔四天王』と『内通者』で不安を煽ったのはこのためなのだ。
「私は7年前、女神様からある信託を受けた」
当然、嘘である。受けてない。生まれてこの方、女神の声なんて聞いたことも無い。
「内容を明かすことはできないが……この世界の平和に関する事だ。信じて欲しい。そして、私は女神様のお言葉に従い、行動しようとした。……だが、それを邪魔する者が現れた!」
ここからは嘘じゃない。動機はともかく、実際に起きた事だからね。信憑性もすさまじく高い!
「その者は父上を欺き、私を城の東塔へ閉じ込めたのだ!」
民衆からは『知っているぞ』『シエルアーク様は女神様への祈りを捧げる為にお篭りになられたと……』『まさか、それが魔の手の者の……!?』というような、とってもありがたいざわめきが聞き取れる。
まあ、俺が監禁されてるのはメイドらへんから城の中に漏れただろうし、城の使用人から城に出入りしてる商人とかに漏れただろうし、そこから民衆にいくらでも漏れただろうし。
……が、真実が全て漏れていたはずは無い。それに、伝聞の伝聞で、嘘か真か曖昧になっていたはずだ。
だからこそ、俺が話す『真実』を、誰一人として『嘘』だと思わない。
真実をベースにした嘘ってのは、我ながら性質が悪いね!
「幸いにも私はこうして7年の月日を経て、なんとか城を脱出し、女神様の信託の通り、行動を始めることができた。……だが、あと少し脱出が遅れていたら……私の行動が遅かったら……アイトリアは、『逢魔四天王』の魔の手に墜ちただろう!そう!その者は女神様の信託を妨害し、『逢魔四天王』と内通して街の結界を弱体化させた!」
この、全く関係の無い2件を結びつけちゃう。
実際に民衆に被害が及んでた可能性を示唆しちゃう。
うーん、俺ってば凶悪である。
「私はここに告発する!今回の『逢魔四天王』の襲撃!そして私を閉じ込め、女神様の信託を妨害した魔の手の者のを!」
そして俺は一際大きく声を上げ……噴水の上から、びしり、と、一点に指を突きつけた。
「大臣……プルゴス・アミーカ!貴様が私を塔へ閉じ込め、今回結界を弱化させた……魔の内通者だ!」
民衆の視線は、王の側に居た大臣へ向く。
大臣は当然、呆気にとられたのも束の間、すぐに保身のため、弁明を始めるが……残念。いくら妾の子っつっても、俺は王族。
王族がここまで言ってるんだから、もうタダじゃあ済まないのだ。
それに、無能親父だって、もう大臣を無罪放免にするわけにはいかない。
……だって、民衆がそうさせてくれないから。
民衆は分かりやすい怒りの矛先を得た事を幸いに、大臣の処罰を求めて声を上げている。
いくら無能な王だったとしても、これを見ぬふりはできない。
ましてや、この場に親父も居て、親父も俺の演説を聞いてしまっている。
「……大臣、シエルアークの話は真か!」
「め、滅相もございません!何故私が陛下を欺き、シエルアーク殿下を陥れるような事を……!」
「言い逃れをするか、大臣!私を東塔へ7年間閉じ込めた事、忘れたとは言わせぬぞ!」
……そしてそして、幾ら無能な王だったとしても、大臣が俺を7年間閉じ込めていた事に心当たりはありまくるはず。
ただ、『もう事なかれ主義じゃいられなくなった』というだけの話。
「……大臣を牢へ連れて行け!話は後程、ゆっくり聞こうではないか!」
だから、親父はこういう決断を下してくれた。さっすが無能な王様!しっかり俺に誘導されてしまった。
「ぬ、濡れ衣でございます、陛下!」
大臣は悲鳴のように弁明を続けようとするが、王の親衛隊に両側から捕らえられ、そのまま王城の方へと連行されていった。
……計画通り!
いやー、なんで大臣にわざわざ『結界弱化の内通』の罪まで擦り付けたかって、そりゃ、俺の魔力が0になっちゃってる事実を隠すためだよ。
いくら民衆が俺の事大好きでも、魔力の無い王についてきてくれるかはまた別問題。
なら、魔力を取り戻すまで、魔力を失った事は悟られない方が何かと好都合。見せなくていい弱味を見せて下手につけこまれでもしたら面倒だし。
……しかし、ここまでうまく行っちゃうと、もう笑うしかない。
笑うしかないけど、俺が浮かべる表情は、あくまで沈痛かつ凛々しい表情であり、満面の笑みでは無いのだ。
だって、『信頼してた大臣に裏切られた』んだからね。俺は。
「……皆の者、聞いてほしい」
大臣連行でざわめいていた民衆に、もう一度呼びかける。
「魔の者の力は日に日に強まっている。今や、精霊様のお力を持ってしても抑えきれぬほどに。……魔王の復活は近い」
そして、俺の次の言葉を待つ民衆に、今度こそ、満面の笑みで、俺は宣言するのだ。
「だが、約束しよう!私が居る限り、世界は魔の手に落とさせない!……私はシエルアーク・レイ・アイトリウス!勇者アイトリウスの血を引きし者!女神様の名にかけて、魔王は必ずや!……私が撃ち滅ぼす!」
戸惑う民衆も居た。
だって『勇者』はアンブレイルだからね。
……けれど、今どこで何をしているのか分からず、アイトリアの危機にも居なかったアンブレイルの名を、ここで叫ぶ者など、居やしない。
シエルアーク様!シエルアーク様!と、民衆の声が高まる。
……その中に、『勇者様』という声が混じるのに、そう時間はかからなかった。
そうして。
そうしてそうして……演説を終えた俺は、『父上、お話が御座います』と申し出て、とりあえず無事、アイトリアの城に帰還することに成功したのであった。
……誰だよ、潜入しようぜとか言ってたの。ふつーに里帰りできちゃったじゃん。馬鹿じゃないの。いや、俺か。……うん、俺は毎日進化し続けてるってことだね。流石俺!




