82話
宿の窓から飛び降りたら、ほぼ同時にディアーネとヴェルクトも窓から出てきた。
「シエル!西ね!?」
「ああ!そーなんだけど……」
……ちょっと、迷う。
こいつらは強いし、一緒に居ればかなりの戦力になるだろう。心強い味方だ。
……けど、やっぱ、適材適所なんだよね。
「いや、やっぱお前らは来るな。俺1人で出る。……んで、てきとーに魔物が弱ってきたら応援よろしく」
ウルカから貰ってきた『魔力吸収剣』、或いは『逆・光の剣』……の、できそこない!
これがあれば、魔物の大群が放ってきた魔法を俺1人でどうにかできちゃう可能性がある。
……ぶっつけ本番一発勝負なのが怖いんだけどね。
「……そうか。分かった。なら、俺達は街壁から様子を見ていよう。……シエルが危なくなったら出るからな」
「そうね。シエル、くれぐれも気を付けて」
ん。ここからは俺1人でなきゃいけないところだ。じゃないと、吸収しきれなかった魔法があった時、2人を巻き込んじまうからね。
だから、俺は1人であの魔物の大群に挑むのだ。
守るべき俺の街を背に。1人で。
……うん。中々かっこいいじゃないの。悪くないね。
ただ、ぶっつけ本番、しくじったらアウト、ってのがちょっとよろしくない……。
……あ。
「ヴェルクト、ちょっと」
「なんだ」
急ぐんだけど、これは言っといた方が良い。
ごにょごにょごにょ、っとヴェルクトにお願いすると、ヴェルクトは、分かった、と1つ頷いて、早速飛び去るように消えていった。
「それから、ディアーネ」
「あら、私にも出番をくれるのね」
ディアーネにも、ごにょごにょごにょ、っと。
耳打ちすると、ディアーネはくすくす笑って、快く了承してくれた。
ん。これで保険もばっちり。
「んじゃ、この戦いが終わったらさっきの店でパフェ食おう、パフェ」
あの酒場、酒場のくせに、昼間に出してるパフェが美味いのだ。
うん。パフェ。……この戦いが終わる頃、俺、きっと、勝利の美酒よりは、パフェ食べたい気分だろうから。
ルシフ君を呼べば、とんでもない速度で飛んできた。
そして、俺の合図を聞くより先に、俺を咥えて背に放り投げて乗せると、そのまんま颯爽と西へ飛ぶ。
「……お前、中々お利口さんよね」
「くえー」
ルシフ君、中々誇らしげである。
「俺降ろしたら、すぐに逃げろ。巻き込まれたらお前、焼きグリフォンになっちゃうぞ」
ルシフ君はまた一鳴き、くえー、と返事をすると、猛スピードで西に向かって飛び……俺を背に乗せてから1分と経たない内に、俺をアイトリア西の魔物の軍勢前に着陸させてくれた。
そしてそのままUターンして、ルシフ君は東の方へ逃げていく。えらいえらい。
「……ほう、1人で来る人間が居たか。その勇気は評価しよう。……だが、愚かだ」
ルシフ君を見送る俺の背に言葉が掛けられる。
ゆったり堂々と振り返ってやれば、そこには……予想はしてたけど、案の定というか……。
「魔王様の忠実なる僕、逢魔四天王、火のパイルの前に立ちふさがるなどな!」
……さて。こいつは……おバカかな?そうじゃないかな?どっちかな?
「あー、はいはい。知ってる知ってる、水のハイドラとかいうのと同じ系統の奴でしょ?」
火のパイル、とか名乗ってるけど、つまりはこいつも高位の魔神。
つまり、それ相応の手練れ、って事である。
「……もしや、貴様か?水のハイドラを倒したというのは」
「おう」
どうよ、とばかりに肯定してやれば、火のパイルさんの周りに濃く魔力が凝集し始める。
「そうか!貴様が……貴様が勇者か!」
「うん!そう!その通り!」
集まった魔力は、火のパイルさんの物だけでは無い。
火のパイルさんが引き連れている魔物の軍団が、それぞれに魔法を準備し始めた。
成程、一斉掃射、てことだね。これは嬉しい誤算。
「ならば貴様を生かして返すわけにはいかぬ!ここで死ね!勇者アンブレイル・レクサ・アイトリウス!」
そして、俺に向けて、幾百、幾千の火魔法が一斉に降り注いだ。
それは相乗効果で幾万倍にも膨れ上がり……。
……するり、と、俺の掲げた剣へと吸い込まれていった。
「俺は勇者だ。だが、アンブレイルじゃねえ」
そして、俺はとっても不機嫌である。
なんなのこいつら。もう逢魔四天王とか名乗るのやめておバカ四天王とでも名乗るといいと思うぜ?
「な……馬鹿な、我が軍の最大出力だぞ!?」
「えっ、あれで最大出力だったの!?」
はー、それが難なく吸収できちゃったんだから……このできそこないの『魔力吸収剣』、とっても優秀である。
「それを……そのような……ハリセンなどで!」
……ただ、まあ、うん。この『魔力吸収剣』。当然だけど、できそこないなのである。
性能に関しては言うまでも無い。
『均衡の取れていない過剰な魔力をことごとく吸収しちゃう』のだ。
つまり、魔法なんてその筆頭。魔法って、最も不安定な魔力の形だからね。
よって、この『魔力吸収剣』、およそ魔法というものに対しては究極の防具となるのである。
……ただし、この『魔力吸収剣』、吸った魔力で回路がパンクしちゃうのが欠点であった。
しかし!そんな欠点、俺の手に掛かればあって無いようなもの!
そう!俺は、魔法の形になっている魔力は吸収できないが、『魔力吸収剣』が吸収してくれた魔力に関しては吸収できるのである!
だから、後は俺の天才的かつ繊細なセンスによって、『魔力吸収剣』の回路がパンクしないように、かつ、『魔力吸収剣』自体からは魔力を吸収しないように、俺が魔力を吸収してやればいいのである!
……うん。言うだけなら結構簡単なんだけど、正直、かなり難しかった。
魔法ってやっぱり不安定だからね。かなりフィーリング任せかつシビアな動作が要求されるもんだから、まあ大変で大変で……。
「ハリセンって言うなよ。剣だろ。どっからどう見ても剣だろ」
「いや……ハリセンに見えるがな」
「お前の目は節穴だ」
……そして、もう1つ、この『魔力吸収剣』に欠点があるとすれば……。
形状が。形状が……剣の形にできず、末広がりになっていて……つまり、『ハリセン』みたいな形になっちゃってる、という事なのであった。
さて。
今の一斉掃射を完璧に無駄撃ちさせたのはでかい。
火のパイルさんをはじめとして、この魔物の軍勢にかなり魔力を無駄遣いさせた、って事に他ならないからね。
「……ふん、まあいい。今ので大体は読めたぞ」
が、手の内がばれちゃったらしい。まあ、しょうがないんだけど。
「大方、そのハリセン」
「剣だっつってんだろ節穴野郎」
「……ハリセンで魔法を無効化したのであろうが、それは魔法が1つになっていたからこそ」
うん。ご尤も。
……これ、1つでも火属性じゃない魔法が混じってたら、かなり怪しかったかも。
そうでなかったとしても、魔法が高火力一発勝負じゃなかったら、捌き切れなかった可能性が高い。
「ならば、これでどうかな?」
……そして、火のパイルさんはにやり、と笑う。
「下手な鉄砲もなんとやら、と人間は言うのだろう?」
そして魔物の軍勢に合図して、『バラバラに』魔法を撃ってきたのである。
いやね。ほんとね。参っちゃうよね。
こいつら、馬鹿で。
……俺が一番危惧してるのは、魔法じゃなくて物理でこられることだ。
この軍勢でいきなりぼこぼこに殴られたら、流石の俺も死ぬかもしんない。
しかし!この俺、魔法に対しては無敵なのである。
だから、相手が魔法で攻めてきてる内は、何の警戒も無くのんびりしてていいんだよね。はー、ありがたい。
……が。
今の俺はそういう訳にもいかない。
何故かっつうと、俺がわざわざ1人でこんなところまで来てやった理由は、『魔物の軍勢の魔力を可能な限り消耗させること』だからだ。
魔力が限界ギリギリまで減った魔物なら、そんなに脅威じゃない。
少なくとも、魔法をバンバン撃てない状態にさえなってくれれば、ぐっとアイトリアの被害が減る。
だから、俺は精々、『魔法が怖い、つよーい魔法が怖い、いっぱい来る魔法がこわーい』ってかんじに振る舞って、こいつらの魔力を絞ってやらなきゃいけないのだ。
……そして、そのために必要な演技ぐらい、天が百物くらい与えちゃった俺にとっては朝飯前なのであった。
「ほんとに鉄砲、ヘタクソだな!お前ら、当てる気あるのー?」
言葉で煽りつつ、飛んでくる火魔法を『避ける』。
あくまで、『吸収する余裕は無い』ふり。
「ふん、強がりもいつまで持つだろうな?」
「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる、っつうのはな、一発でも当たってから言うもんだぜ?」
全く反撃しないのも不自然なので、反撃のタイミングを見計らって、適当なところで一発、水の入った瓶を投げつける。
「小細工など通用せぬ!」
中身は只の水だったんだけど、火のパイルさんはあっさりとブラフに引っかかってくれた。
また魔力を無駄遣いして、水の瓶を焼却してくれたのだ。
「ほら、どうしたどうしたあ!」
「どうもしてねーっつーの!」
あとは、もう、以下繰り返し、である。
逃げて、避けて、隙を見つけて水なりジュースなりの瓶を投げつけてやる。時々、ディアーネ謹製の魔石を投げつけたり、剣で魔物を斬ったり。
そんで、あとはひたすら逃げる!そんだけ!
……簡単なお仕事であったが、疲れた。
「……そうか、貴様の狙いが読めたぞ」
そうして、魔物の軍勢も俺もへばり始めてきた頃。
火のパイルさんはやっと、頭が多少マシに働いたらしい。
「貴様はここで囮になっていたのだろう?」
……まあ、もうかなり消耗させてるから、後は城の術師達が街壁から魔法ぶっぱなせばかなり相手を削れる、とは思うけど、魔法を撃たれたときにどうなるか、ってのは、また別の問題なのである。
「ここは貴様の母国なのだったな?……ならば、貴様の目の前であの街を焼き払ってやったら、さぞ面白い反応が見られるのだろうな?」
……一応、2人にはそこらへんを頼んできた。
だから、後はヴェルクトとディアーネ次第。
「うわーやめろー」
……つまり、大丈夫、ってことである。
一斉にアイトリアに向かって放たれた火魔法は、最初に俺に向けられたものよりは控えめなものの、それでも十分な威力を持ってして、アイトリアへ向かい……。
……突如、アイトリアの街壁から、炎の竜が現れた。
「なっ!?あ、あれはっ!?」
火のパイルさんが動揺する前で、炎の竜は火魔法に真っ向からぶつかり……火魔法を真っ二つに引き裂いてしまう。
しかし、半分こされて勢いを殺されたとはいえ、火魔法は十分に驚異的な威力でアイトリアへ向かう。
……が、大丈夫!
アイトリアの結界は、しっかりとその役目を果たし、火魔法を弾いて見せたのだった。
俺がディアーネに頼んだのは、炎の古代魔法。
さっきの炎の竜は、当然、ディアーネの作である。
あの炎の竜がどんな魔法か簡単に言っちゃうと……『対火魔法火魔法』。
火魔法でありながら火魔法を食らう。あれはそういう魔法なのである。
……正直、これはちょっぴり賭けだったんだけどね。魔物の軍勢が火魔法しか使わないかどうかなんて、実際に蓋を開けてみなきゃ分かんなかったし、実際に火魔法だけが来たとしても、完璧に火魔法を破ることなんてできないだろうな、とは思ってたし。
実際、完璧に火魔法を消すことはできてなかった。……けど、うまく行ったから結果オーライ!
俺がヴェルクトに頼んだのは、結界術師達への伝言と、結界強化のお手伝い。
結界術師達は、間違いなくアイトリアの結界をちょぴっとでも強化しようと頑張ってくれたはずだ。
しかし、彼らの強化じゃ、雀の涙程度にしか強化できやしない。
……だから、俺はヴェルクトに頼んで、『結界を一点に絞る』案を出してもらったのだ。
アイトリアをぐるりと囲む結界の魔力を、西側の防衛だけに回して、結界を強化する。
そうすれば、『炎の竜に千切られた火魔法』程度なら防げる盾になる。そう。ディアーネの『炎の竜』は、結界での防御の成功率を上げるための行動だったのである!
そして、結界の強化にはヴェルクトも参加させた。
だってあいつ、魔力タンクだもん。ヴェルクトの魔力量、そこらへんの結界術師5人分は絶対超えてるもん。
……って事で、アイトリアは守られたのだった。
結界が仕事をしてくれて、火のパイルさん渾身の一撃は弾かれた。
それは、彼を十分に動揺させたのである。
「な、何だと!何故、何故破れない!」
そして、俺の前で動揺したら、おしまいなのである。
火魔法が撃たれた瞬間、火魔法の眩しさに隠れるようにして、火のパイルに接近した。
そして、火のパイルが動揺した今がそのチャンス!
「下手な鉄砲どころか渾身の大砲すら当たらねーじゃん?」
気づいても、もう遅い。
俺は火のパイルにしっかり手を触れているのだから。
「ば……馬鹿、な……」
魔力をがっつり吸い取られたら、高位の魔神と言えども死ぬしかない。
この勝負、俺の圧勝である。
残りの魔物たちは魔力切れでバテバテだからね。後はアイトリアの街壁から魔法をバンバン撃ってくれるアイトリアの術師達がなんとでもしてくれるでしょう。
いやあ、圧勝ってのは気分がいいね!
……かなり疲れたけどな。うん。避けなくてもすり抜ける物を『魔法が怖い』するために1つ1つ避けてた、っつうのは、かなり精神を使った……。
「結界……は……確か、に、内側、から……」
「え?何?」
疲れてぼーっとしてたら、なんか火のパイルさんがとんでもないことを言って……そのまま、死んでしまった。
「内側?内側っつった?おーい」
へんじがない、ただのしかばねのようだ。
……うん、もう死んでるからね、これ以上は何も喋ってくれない。
しくったなー、情報引っ張り出してから殺せばよかったか……。
……まあ、気にしてても仕方ない。空は白み始めている。俺がどんだけ頑張って逃げ回りつつ魔物の魔力を無駄遣いさせようと頑張ってたかが良く分かる。
うん、今日はもう帰って、パフェ食べて寝よ……。
疲れた時には、甘いものに限る!




