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7話

 ロドリー山脈を穿ち抜いたこの抜け道は、古くはアイトリウス王家の脱出経路だったらしい。

 多分この先にある古代魔法の遺跡もそういう目的で作られたんじゃないかな。

 何にせよ、今やそれを使う人は殆ど居ないし、覚えている人も殆ど居ない。

 僅かに、古いアイトリウスの歴史書にちょろっと載っているだけなのだった。


 この抜け道自体、使われなくなって大分経つ。

 魔物が出るから、っていう理由が1つ。入り口が隠れていて、この抜け道の存在を知りでもしない限りこの抜け道を見つけられないだろうから、ってのは1つ。

 そしてもう1つは、『ロドリー山脈を越える必要が無い』からだ。

 ロドリー山脈より北にはさびれた村が1つと、例の古代魔法の遺跡があるだけなのだ。

 ヴェルメルサの北東部……つまり、クレスタルデへ歩いて行きたいならここを通るのもアリかもしれないが、それだって平時は船でクレスタルデまで行く方が余程速い。

 アイトリウスの主要な町って全部ロドリー山脈よりも南にあるから、こんな抜け道をわざわざ通ってまでアイトリウスの北へ向かう必要が無いのだった。

 資源とかが欲しいならロドリー山脈を『抜ける』んじゃなくて『登る』方が効率的だしね。山の中腹には坑道もあるし、山頂付近にはそこにしか生息しない魔獣や魔草があったりするから、そういう意味でロドリー山脈に上る人はいるが……それでも結局、山脈の北へわざわざ下りる事は無いしな。


 という事で、人の気配が全く無い、暗くてじめじめする狭い道を、俺はランプ片手に進んでいくことになった訳だ。

 暗くてじめじめして狭い、ってのは嫌いじゃない。閉所恐怖症じゃないし、むしろ狭い所は好きな性質だ。俺、段ボールがあったら入りたいタイプ。

 ……ってのは置いておいて、だ。抜け道はロドリー山脈を貫いているだけあって、魔力がいっぱいであった。

 ちょくちょく壁や床や天井から魔鋼や魔石の原石が見えているし、そもそもの空気中に魔力が濃く漂っている。

 という事はどういう事かというと、ここは俺にとっては快適極まりない空間、ということであり……そして、珍しくて美しくて不思議なものがたくさんある空間でもある、ということだ。

 さっきからスキップしだしかねないご機嫌さ加減で俺は進んでいる。




 ……ロドリー山脈にしかない魔石や魔鋼、はたまた魔獣や魔草を見たくて、一度、登山したことがある。その時も相当新鮮だったな。

 森のものとは違う植物がまばらに生える中、少し大きな植物があれば、その陰を覗くだけで美しい色をした結晶が地面からすらり、と生えている様を見る事ができたし、ちょっとした洞穴を覗き込めば、まるで隠された宝物のように魔石の細かな結晶がぎっしりと並んでいるのを見る事ができた。

 時には、木が一本丸ごと魔石に置き換わって、キラキラと輝く魔石の木になっているのを見る事もできた。

 石ころを拾い上げて少し泥を落とせば、それは鈍くて鋭い光沢をもつ魔鋼の欠片であったし、水辺に魔石が転がっていると思って見に行けば、それは魔石を殻にして生きる虫の一種だった。

 鈍色の鳥が上空を旋回し、時々襲ってきたのも、滑って転んで手を突いたところに銀剣石があってざっくり掌を切ったのも、全てが俺の知らない世界の一部だった。

 護衛として付いてきていた兵士たちがちょっと困る……いや、引くぐらい、俺は世界に感激していた。

 こんなにも美しい世界があったのか、と、思ったのだ。

 ……『世界にこんなに美しいものがあったのか』じゃ、無かった。

 思えば、あの時既に、俺はこの世界を自分の世界だと感じていなかったんだろうな。

 ファンタジーへの憧れは、良く言えば好奇心であり向上心だったが、悪く言えば異質で不可解なものだっただろう。

 俺のロドリー山脈登山の記憶は、『もう帰りましょう』と、半ば困り顔、半ば笑顔の騎士団長に手を引かれる所で締めくくられる。

 ……思えば、俺は恵まれた生活してたな、と。そう思わんでも無い。




 時々、顔を出す魔石に触れて魔力を分けてもらい、時々、岩のくぼみに溜まった水を飲み。岩から割れ零れ落ちてしまっている魔石があったら拾い、珍しい魔草があったら種だけ貰い。

 ありとあらゆる場所から魔力を吸えるわ、見た事の無い物がいっぱいあるわで、今、魔力を奪われてからのこの7年間で俺は一番元気であった。

 元気。もう、それはそれは元気。どのぐらい元気かっていうと、目の前に魔物が出てきても躊躇わず突っ込んでいけちゃう位には元気!


 それは、でかい蝙蝠みたいな奴であった。サイズは……人間の子供ぐらい。つまり、あんまり俺と変わらないサイズ。

 天井にぶら下がっていたそいつは俺を見つけてすぐ、滑空した。

 久々のエサを見つけた、と言わんばかりに牙を剥き、俺に向かって急降下。

 ……思ったんだけど、こいつ、こんなに人通りの少ない場所に居て今までエサに困らなかった訳?普通に考えて、ここ、人が全くと言っていいほど通らないんだから、もっと違う所に移住した方が良かったんじゃねえかなあ……。

 でかい蝙蝠の牙が俺に触れるか、という所で、俺はのんびり、手を突き出した。


 決着は一瞬。当然、俺の勝利である。

 俺の手に触れた瞬間、体から魔力を一瞬で吸い取られたでかい蝙蝠は今、床でぴくぴくしている。

 ……かわいそうなのでとどめを刺してやった。

 俺の魔力的ご飯になってくれてありがとう。君の死は無駄にしない。俺の糧になれたことを誇りに思ってほしい。




 でかい蝙蝠の死骸から牙と翼を頂いて、残りは埋めた。

 一応、こんなんでも魔物だからな。魔物からとれる角だの牙だの皮だのは、加工されて武具や装飾品、日用品なんかになったりするから、そこそこのお値段で売れることも多い。

 一応、路銀にする目的で持ってきた魔鳥の羽とかもあるけど、お金は多けりゃ多い方がいいもんね。

 どうせ、遠回りしまくるアンブレイルとは違ってちょっぴり余裕のある旅路だ。

 のんびり行かせてもらおう。




 それから延々と歩き続けた。ロドリー山脈はでかい。この抜け道も、そんなに短いものじゃないのだ。

 それでも、山脈を登ったり迂回したりするよりはよっぽど早く抜けられるんだから文句は言わないとも。

 時々魔物が襲ってきたが、恐らく外に居るよりは魔物との遭遇頻度が少なかったんじゃないかと思う。

 結構狭い空間だから、元々中にいる魔物の数が限られているんだろう。

 入り口があんなのだから、入ってくる魔物も極々限られるだろうし、案外、抜け道を抜けた先で野宿するよりもこの抜け道の中で野宿しちまった方が安全かもね。


 魔物は俺に襲い掛かってき次第、俺の魔力的ご飯になった。

 触る前に噛まれたり引っかかれたりしないようにさえ気を付ければ、低級の魔物に苦労させられる俺では無い。

 というかだな、一応王族のたしなみとして、武術は一通り学んでいる。

 体術、剣術、魔術。

 この3つがアイトリウス王家に生まれた者が習う武術である。

 ……うん。魔術だけに傾倒しすぎた気はする。

 するが、それでも剣術と体術の手を抜いた覚えも無い。

 7年閉じ込められていた割には、体はするする滑らかに動いたし、習った武術も、動いている内に体が思い出していった。

 戦闘においては、魔法銀の短剣を使うまでも無い。

 ただ、拳を叩き込んでやれば、それでOK。一発でも当たりさえ……なんなら、掠った程度でも十分に、相手の魔力を俺側に流出させることができた。

 一気に魔力を失うと、貧血みたいな症状が出る。いきなり大きい魔法を連発したりすると、ふらっとしたりする。

 そして、一定以上の魔力を失うと、立っていることもままならなくなる。限界を超えて魔法を使っているとそうなったりする。

 ……俺が『触れた者から魔力を吸う』事ができる、という事は、そういった全ての生物共通の症状を強制的に引き起こす事ができる、という事だ。

 一応、相手の魔力を流出させる、というような魔法が無い訳では無い。が、それは相手が魔法をバンバン撃ってくるのを少しでもスピードダウンさせよう、みたいな補助魔法の扱いでしかないのだ。

 俺のこれは、そんな魔法とは段違いに魔力を失わせるのは速いし、失わせる量も多い。相手の魔力が空っぽになるまで流出させられるんだから、補助どころか、十分に殺傷能力を持った能力、と言えるだろう。

 うん、悪くないな。

 魔力が無いなら無いなりに割となんとかなっちゃうじゃん。やっぱり気楽に行くのが一番ね。




 入り口から3時間程度歩いた頃だろうか。

 不意に、地鳴りのようなものを感じた。

 音、そして、振動。

 ……余談だが、俺、今世では今の所、地震ってものを体験したことが無い。あ、土魔法で人為的に起こしたものは除く。

 この世界に地震が無いのか、はたまたアイトリウスだけの話なのかは分からないが。

 ……つまり、今ここで俺が感じているこの振動は、結構ヤバいサインなんじゃないの、って事だ。

 さて、どうするか、と、手に持ったランプを掲げて先を見通そうとしたその瞬間。


 衝撃。

 凄まじい地面の揺れ、いや、突如吹いた烈風に、半ば吹き飛ばされるようにして地面にうずくまる。

 立て続けに縦揺れが狭い洞窟を揺らし、バラバラと土や石や魔石の欠片を振り落としていく。

 揺れに耐え、礫に耐えて、身を低くして……揺れと降りしきる礫が止んだころ、『それ』は姿を現した。

 吹き飛ばされたランプがころり、と地面を転がり……照らした先には、てらり、と輝く鱗。

 獰猛そうな瞳が金色に光り、鋭そうな牙がぞろりと並んだ咢が、ひゅ、と、仰け反る様にして閉じられる。

 ……やっばい。

 ドラゴン、である。

 認識して対応するよりも、向こうが盛大なブレス攻撃をかましてくれる方が速かった。


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