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76話

 さて、早速前向きに窃盗の計画を立てようとした俺、ここに来て詰まった。

 ほらさ、窃盗の下準備っつっても、よく考えたら俺、フォンネール城から普通に帰ってきちゃったんだよね。

 だから、星屑樹がどこにあるのか全然知らないし、周りのセキュリティがどうなってるかも全然知らない。

『母上の墓参りをしたい』とか言って星屑樹見てくりゃ良かった。

 ……まあ、うん、相当なセキュリティだろうな、って事は想像がつく。

 フォンネールは星屑樹で人財産築いてるからね。星屑樹があればとってもいい薬だのとってもいい杖だのが作れる。

 星屑樹だけじゃなくて、星屑樹の葉や枝を加工するノウハウまで独占してるあたりからも用心深さが伺える。

 結界だけなら何の問題も無く通り抜けし放題なんだけど、間違いなく兵士もいるだろうしなあ……。

 ……うん、駄目だ。窃盗は明日、もう一回フォンネール王の所に行って、ファンルイエの墓参りをしてから考えよう。




 って事でその日はゆっくり休んで、翌日。

 とりあえずまずは王城……では無く、フォンネール王の紹介状を元に、『闇の帳』の職人さんの元を尋ねる事にした。

 だってさ、うっかりすると……王城で交渉決裂したが最後、フォンネールに居づらくなる可能性は十分にある訳じゃない?って事を考えると、フォンネール、少なくともこの王都キュリテスでの用事は可能な限り全部済ませてから国王陛下と再度の謁見をしたいよね、っていう。




 という事でやってきました、フォンネール城前の大通りから路地裏へ数本入っていった先の、さびれたお店。

 表通りの店とは違い、ショーウィンドウには古びて色あせた魔力布が一枚飾ってあるだけ。うーん、これは……物は良いのは分かるけれど……状態が悪い。悪すぎる。うん。

 まあ、あまり期待せずに店に入る。

「こんにちはー」

「おや、珍しい」

 中には老婆が1人、カウンターの内側で毛糸玉を転がしつつ編み物をしていた。

「あの、こちらで『闇の帳』を作っている、とお伺いしたのですが」

 俺が尋ねると、老婆は編み物の手を止めて、申し訳なさそうにカウンターから出てきた。

「ごめんなさいねえ、もううちでは作っていないのよ。うちの主人が職人だったのだけれど、もう年だものだから、目も指も利かなくなっていてねえ……」

 あー、フォンネール王が言ってた通りか。

「在庫はありませんか?」

「ええ。闇の帳なんて、滅多に買っていくお客様もいらっしゃらないものだから、元々あまり作っていなかったの」

「では、『闇の帳』を扱っている店、もしくは作れる職人の方にお心当たりは?」

「さあ……この辺りのお店も、アイトリウスの魔力布が輸入されるようになってから軒並み潰れてしまったし……フォンネールにはもう、闇の帳を作れる職人はいないと思うわ。うちの人が最後の職人だったのだもの」

 あらあ……って事は、もうここで詰みである。

 いや、まあ、最悪の場合はアイトリアの城の宝物庫を漁れば1枚ぐらい出てきそうな気もするし、どうせアイトリウスには戻らなきゃいけないんだから、そっちを当たってからでもいいんだけどさ。


「そうですか……」

 ただ、やっぱり落胆はするね。うん。というか、まさか、新月闇水晶が手に入って闇の帳が手に入らないとは思って無かった!うん、逆よりかはよっぽどマシだけど!

「あら、何かに使うのだったの?」

 そんな俺の落胆っぷりを見てか、店の老婆は心配そうに俺の顔を覗き込んできた。

「はい。どうしても必要だったんです」

 ……俺の顔を安易に覗き込むという事は即ち、俺にコロッと落とされるという事を意味する!老若男女問わず大人気なシエルアーク様の顔面を舐めてもらっちゃ困るぜ!

「あら……それは困るわよねえ……ううん、どうしようかしら」

 案の定、老婆はそんな俺を見て、早速何か悩み出した。

 もしかして、実は在庫がある?秘密にしてるだけ?なら出してくれ!さあ出せ!

「ちょっとうちの人に聞いてくるわね」

 そして、老婆は店の奥に引っ込んでいったかと思うと、奥でご主人らしい人と何やら話し始めた。


 しばらくしてから、老婆は老職人を伴って戻ってきた。

 ……老職人の手には、不思議なものが握られている。

「『闇の帳』が欲しいのだってね?」

「はい」

「そうかあ、すまないが、見ての通り、儂はもう引退しておってね。跡継ぎも居ないものだから、もう闇の帳を作ることはできないんだよ。……けれど、もしかしたら、材料さえあれば闇の帳を作れる人が居るかもしれないから。これを持ってお行き」

 老職人は、手にしていた黒い糸玉を俺の手にころん、と乗せた。

 ……艶やかな闇色の糸は、糸に見えるが、これ自体が繊細な魔術で加工された闇なのである。

「あまり多くは残っていなかったから、それじゃあ精々スカーフぐらいにしかならないかもしれないが」

「いいんですか、こんな貴重なものを」

 当然ながら、これを織り上げる技術ももちろんだが、この糸自体を作る技術ってのが相当に難しいものであるはずだ。

 だからこの糸、安易に人にあげちゃっていいものでは無いはず、なんだけど……。

「いいんだよいいんだよ。どうせ残っているのもこの1玉だけだ。うちにあってももう誰も使えない。なら、使ってくれるかもしれない君が持っていた方がいいだろう?」

「闇の帳なんて、今時欲しがる人も少ないもの。欲しいって言ってくれるなんて嬉しいわ。だから、ね?おばあちゃんたちを喜ばせてくれたお礼よ。持って行ってちょうだい?」

 ……まあ、うん。そこまで言われたら、貰うしかないよね。

「ありがとうございます。きっと、大事に使わせてもらいます!」

 と、いう事で、俺は親切な老職人夫婦のおかげで、『闇の帳』……の前段階の、『闇の糸玉』を手に入れる事ができたのであった。


 ……タダで貰うのは流石に気が引けたんで、お礼に光水晶の欠片を置いていく事にした。

 フォンネールじゃ、滅多に手に入らないものだから、多分、お礼としては十分だと思う。うん。拾いものだけど。




 ……さて。

『闇の糸玉』も手に入れちゃった事だし、さっさと用事を済ませてこよう。

 つまりは、『ファンルイエ・レイ・アイトリウスの墓参り』もとい『窃盗の下見』と、『フォンネール王へのお断り』である。

 ……当然、前者が先ね。じゃないと、面倒な事になりそうだし。




 フォンネール城に来たら、門番が俺の事を覚えていてくれたらしく、さっさと取り次いでくれた。

 そして30分程待ち、俺達はまたフォンネール王の前に立つ事になったのである。


「シエルアーク・レイ・アイトリウスよ。心は決めたか」

「はい。……その前に、陛下。不躾ながら、お願いが。……母の墓を詣でたいのです」

 今日の俺は昨日の俺とは一味違うぞ。もう、すっきりさっぱり、色々割り切っちゃって絶好調。スマイルも0円でのご提供だ。

「ふむ……まあ、構わぬ。普段は王家の者しか入れぬ場所だが。……そこの共の者は下がれ」

 共の者、というのは、ヴェルクトとディアーネの事だ。

 2人は俺の様子を窺っているので、2人に『大丈夫』というように合図を送る。

「では、私共は玉座の間の外にて控えさせていただきますわ。陛下、御機嫌よう」

 こういう場に強いディアーネが優雅に一礼すると、ヴェルクトもそれに倣って一礼し……2人とも俺を一瞥して、それぞれにウインクしたり、小さく頷いたりしてから、玉座の間を去っていった。

「付いて参れ」

 2人が玉座の間を出ていき、俺と王2人だけになると、フォンネール王は玉座から立った。

 そして……玉座の裏のタペストリーを捲る。

 そこに現れたのは、魔石板。魔石を磨いて板状にしたそれは、魔術の術式を彫り込んである、繊細な魔術の代物である。

 フォンネール王は魔石板に手を触れたかと思うと……音も無く、玉座が滑っていき、その下に階段が現れたのだった。

「……これは」

「驚いたか。王しか開けることのできぬ扉よ。……星屑樹を守るのは、フォンネールの王の仕事であるからな」

 これは……酷い!魔力を見る目で観察したけど酷い!

 つまりこれって、フォンネール王の魔力によってのみ開く、ってことじゃん!

 これじゃドロボーできねーじゃん!G難度超えてるじゃん!なにこれ!


 1人、内心で抗議の声を上げつつ、大人しく付いていくと、地下であるはずなのに空が見える不思議な空間が現れた。

 ……いや、違うか。

 空じゃない。満天の星空に見えるのは天井だ。夜光銀の精緻な細工が闇水晶の板の上に散らばり、人工の星空を成している。

 精緻な細工もさることながら、何よりも、人工の星空を星空たらしめているのは、星屑樹だった。

「……これが」

「これが星屑樹。……我らフォンネール王家の者の墓だ」

 空間一面に等間隔で並ぶ星屑樹。

 ……まるで作り物のような樹だった。

 水晶細工のような、銀線細工のような、そんな印象を受ける。とても繊細で華奢な樹だ。

 薄青い光を放つせいで、何色をしているのかも良く分からない。光が天井の夜光銀に反射して、ますます星空の様に見える。遠くは薄青の冷たい光に霞んで、部屋がどこまであるのかもよく分からない。

 この空間がこんなにも幻想的なのは、星屑樹があるからだ。

 ……この木が無ければ、きっと、この部屋はただの部屋なのだろう。


「ファンルイエの墓はあれだ」

 フォンネール王が示す一角……部屋の中心、星屑樹の大部分から離された一角に、数本、星屑樹が生えていた。

 そちらへ向かい、星屑樹の根元にある墓石を1つ1つ確認していく。

 ……それは、部屋の中心付近にある墓と比べるまでも無く、質素な墓石だった。

 小さな墓石に、『ファンルイエ』とだけ刻まれていた。苗字は最初から刻まれていた形跡が無い。

 ……シエルアーク・レイ・アイトリウスを産んだ人が、この下に眠っているのだ、と言われても、今一つ実感が湧かない。しょうがないね。一度も会った事の無い人だ。

 だから、素直に手を合わせる事ができた。

 死んだから。会った事が無いから。だから、ファンルイエは俺の中でどんな人にでもなる。

 死人に口なし、って奴で、死者はどんな風に捏造されたって文句を言わない。

 生きていたらきっととっても母らしい人だったのだ、と、思うことにしたとしても、文句は言われない。

 死んでるから、俺の魔力を奪うことも無いし、各国に俺を見つけたら強制送還するようにっつう協約を持ちかけることも無いし、血を欲してくるようなことも無い。

 シエルアーク・レイ・アイトリウスの、家族らしい家族はここにいる。

 それで十分だ。


 母では無く、俺に対しての祈りが済んだ後、改めて星屑樹を観察した。

 輝く水晶細工のような葉や、銀線細工のような枝は、触れれば壊れそうに見えるが、案外、丈夫なものだった。

 つついても揺れるばかりで、壊れたりはしない。当然だね。

 ……そして、そんな枝葉に隠れて、それはひっそりとあった。

 星明りを集めて固めたような、小さな林檎のような、樹の実。

 これが、『星屑樹の実』である。


「シエルアーク・レイ・アイトリウス」

 気づけば、フォンネール王が俺の後ろに立っていた。

「さあ、実を取るがいい。それはお前の物だ」

 ……星屑樹の実は、俺の目の前にある。

 手を伸ばせば届く距離にある。

 けど、取らない。

 一歩、樹から離れて、表情の読めないフォンネール王と向き合う。

「陛下。やはり私はアイトリウスの王になります」




「……つまり、フォンネールに来る事はせぬ、という事か」

「はい」

「ならば、星屑樹の実を渡すわけにはいかぬぞ」

「承知の上です」

 フォンネール王は1つ、深いため息を吐いて、改めて俺を見た。

 その眼には、子供の愚かしさに対する怒りと、期待を裏切られた怒りが見て取れる。

「ならば聞かせてもらおう。何故、アイトリウスに拘る?フォンネールもアイトリウスも、大きくは変わらぬ。民があり、王がある。フォンネールでは何が不満なのだ?アイトリウスでは確かに魔術の開発が進んではいるが、フォンネールとて負けてはいまい。フォンネールにしかない魔法も、フォンネールでしか採れぬ鉱石や植物も、幾らでもあろうに」

 まあ、そうだね。

 アイトリウスにあるものがフォンネールに無いのと同じように、フォンネールにあるものがアイトリウスに無いことだってあるのだ。

 それはどこだって同じだろう。(リスタキアは除く。ありゃ論外。)

「アイトリウスに生まれ、アイトリウスで育ったのです。記憶も思い出も、アイトリウスのものだから」

 ……けど、そこに理由を求めるとすれば、やっぱりここなのだ。

「ならばますます分からぬな。所詮その程度では無いか。ただ生まれ、育った。それだけでアイトリウスに拘るのか?ただの記憶、ただの愛着にそこまでの価値があるのか?」

「人と同じです」

 人?と、フォンネール王は眉を顰める。

 が、やっぱり人と同じだな、と、俺は思うのである。

「一緒に居た、という事が価値なんです。……私は仲間に恵まれました。良き仲間を持ちました。両者ともに、それぞれ魔法に秀でた者です。……ですが、その2人の強さ以上に、一緒に旅をして、時を共有して、共に在った、という事が価値なんです」

「……意味が分からんな」

「例え容姿も魔術の腕も何もかも同じだったとしても、私の仲間の代わりになる人は居ないんです」

 俺の中ではとりあえず、そういう結論が出ている。

 ……けど、フォンネール王としてはそれじゃ納得できなかったみたいね。

「そうか。……余には理解しかねるがな」

「ならばますますフォンネールへは行けません」

「いつか後悔するぞ」

「アイトリウスを捨てたらもっと後悔します。きっと」

「……そうか」

 ま、当然の様に平行線である。

 分かりあえないなら仕方のないことだからね。すっぱり諦めるよ、俺。




 ……そしてお互い何も喋らないまま、階段を上って玉座の間へ戻った。

 ら。

 ……ディアーネとヴェルクトが背中合わせに武器を構えて、じりじり狭まる兵士の輪の中心に居た。

「シエルアーク・レイ・アイトリウス。仲間が相当大事なようだが」

「ええ。最高の仲間ですよ」

「死んだら、どうする?……星屑樹の実が欲しくなるのではないか?」

 あー、最初からこうするつもりだったのね。うんうん。成程。

 ……ね。まあ、相手が悪かったよね……。

「シエル。私、一応貴方の御爺様に遠慮していたのだけれど。……よろしくて?」

 一応、フォンネール王の方を振り返って見てみた。

 目が合ったので、にこーっ、と、スマイルをプレゼントしておいた。ま、俺の笑顔は100万ドルの価値があるから。これを修繕費に充ててね、ってことで。

「許す!ぶちかませ!」




 ……こうしてフォンネール城の玉座の間はふっとんだ。


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