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75話

 フォンネール王は俺に『フォンエール王家へ来い』っつったけどさ。

 生憎、フォンネール王家に来い、っていう事の意味が、俺には分かっちゃうんだよね。

「フォンネール王家の血が一定以上に濃い者だけが星屑樹の種を宿す事ができる。つまり、フォンネール王家は一定以上の血の濃さを保たねばならぬ」

 知ってる。

 ちょっと昔、20年ちょっとぐらい前かな、フォンネールで流行り病が大流行した時、フォンネール王家が悉くやられたんだよね。

 血が濃いってのはそういう事だ。1つの病気で全滅する可能性がとっても高い。

 ましてや、この世界じゃ遺伝子の問題だけじゃなく、魔力と病魔の相性とかの問題もあるからね。血と一緒に魔力が受け継がれることが多いこの世界じゃ、血が濃いって事は本当に危険なのだ。

 そのせいで20年前には、フォンネール王家の血って、『死亡以外なら全部治します』みたいな超希少な薬を使えるぐらいの偉い偉い直系か、或いは、今更混ぜる意味も無い位に薄くしか王家の血が残っていない下級貴族ぐらいになっちゃったのだ。

 だから今、まともな血の濃さで残ってるのは現フォンネール王とその娘が2人、孫が3人。

 後は現フォンネール王の叔父の孫が2人とその子供が1人……そして、俺、シエルアーク・レイ・アイトリウスぐらいになっちゃってるはず。

 ……だからフォンネール王家は今、王家の血が欲しい。

「我が孫は3人あるが、一組夫婦を作ったとして、もう一組には1人足りぬ。傍系が無い訳ではないが、どうせなら年が近い方が良いだろう。……どうだ、フォンネール王家へその血を交える覚悟があるというなら『星屑樹の実』はお主にくれてやろう」


「私にはアイトリウスがあるのです」

 死ぬほど星屑樹の実は欲しい。

 けれど、俺はアイトリウスの王になるのだ。

 ……けれど、けれど、星屑樹の実は……ここでないと手に入らない。

 なんだ、何が俺の判断を邪魔してる?なんで答えが上手いこと出ないのか。

「ほう?熱心な事だが。文官にでもなりアイトリウスに貢献するつもりか?」

「いいえ。王としてアイトリウスを率いるつもりです」

 正直に答えたところ、フォンネール王は数瞬、理解に時間を要し……それから、にやり、と、やはり口元だけに笑みを浮かべた。

「面白いことを言う。お主は妾の子だろう」

「だが能力はある。兄上より有能な王になる素質は十分かと」

 やっぱり正直に答えれば、今度こそフォンネール王は声に出して笑った。

「欲深い奴だ。……そうまで言うなら、お主をフォンネールの王にしてやってもよいぞ?勿論、表向きはそういう訳にはいかぬだろうが……エルテール等は大人しい気質であるから、あれを王にしてお主があれと契れば実質、お主が王になることもできるだろう」

 ……フォンネールの王に、か。

 確かに、王になれるというのであれば、悪い話でも無い。

 フォンネールもアイトリウス程じゃないが、魔術の研究はそこそこ進んでる国だし、特殊な技術が多く残っている国だ。

 フォンネールも、悪くは、無い……はずなんだけど。

 何が引っかかるんだろう。何が問題なのか、自分でもちょっとよくわかんない。

 あーくそ、なんかいらいらするな。なんだこれ。何が問題だ。何が悪いんだこれ。


「返事はすぐでなくても良い。お主が急がぬのであれば、な」

 そんな俺の様子を見かねてか、フォンネール王は一旦、この話を切り上げた。

 後は俺が決める事だ。俺の時間の許す限り、迷える。

 うん、なら大丈夫だ。とりあえず俺も一旦、この問題はおいとこう。

「ご配慮をありがとうございます。……時に、話は変わるのですが、陛下。実は陛下にお伺いしたいことがあるのです」

「……なんだ?」

 ん。大丈夫。問題を一旦どっかにやってしまえれば、いつも通りエンジンかかってきた。

 厚かましいお願いだってこの通りである。

「『闇の帳』と『新月闇水晶』についてご存知ですか?」

 欲しい物は星屑樹の実だけじゃない。俺はこっちも手に入れなきゃいけないからね。当然、聞いておかなきゃいけないもんね。

「『新月闇水晶』?聞いた事は無いな。『闇の帳』ならば宝物庫に数点あるが」

「では、『闇の帳』を現在作れる職人は」

「どうであろうな。……1人、心当たりが無いでもないが、あれも年だ。もう碌に指先も動かぬと聞くが、それでよければ紹介しよう」

 うーん……こっちもちょっと前途多難だね。まあ、とっかかりがあるだけましか。

「ありがとうございます。……そして、厚かましいことは承知の上なのですが、もう1つ」

「……なんだ、まだあるのか」

 ちょっと呆れ気味、苛立ち気味なフォンネール王は置いといて、笑顔で俺は続ける。

「闇の精霊様にお会いしたいのです」




 という事で、とりあえず、『闇の帳』の職人さん充ての紹介状と、闇の精霊を祀る祠の入場許可証を貰って、一旦俺達は城を辞した。

 城の客室を使え、とも言われたんだけど、流石にあの空気の中で城に居たいとも思わねえし。

 今日中に闇の精霊には会っておきたいし、もうひと踏ん張りしてから街で宿を探そう。


「んじゃ、闇の精霊の祠に行って今日は宿取って寝るぞ」

 城を出たところでヴェルクトとディアーネを振り返ってそう言うと……なんか、2人とも、複雑そうな顔してた。

「シエル」

 んで、ヴェルクトは複雑そうな顔のまま、俺の頭に手を乗せてぽふぽふ、と。

 ……。

「おいちょっと待てヴェルクト、なんだこれ、どしたのこれ、なんなのこれ」

 が、ヴェルクトはそれに答えず瞑目したかと思うと、少し強めに俺の背を掌で叩いた。

「精霊の祠に行くんだろう」

 そして、そのまま俺の2歩先位を歩いて、精霊の祠(城の隣にあるから道は分かるんだけどね)へ向かっていく。

 ……ヴェルクトどうしたんかな、って思ってたら、すっ、とディアーネが俺の横にやってきて、寄り添うように隣を歩き始めた。

「ヴェルクトはお節介焼きね。許してあげて。彼、貴方の事が心配なんだと思うわ。ヴェルクトからは遠い世界の話だから余計、彼自身も良く分かっていないんでしょうけれど」

「は?」

 ディアーネは俺の顔を見ると……困ったような顔で、くすくす笑った。

「シエル。貴方、自分の事となると鈍いのね」

「何言ってんだ、俺はいつでも研ぎたての包丁のごとき鋭さだっつーの」

 ……なんとなく、こいつらの言いたいことが分かってはきた。

 それと同時に、なんとなく、俺がなんでさっき困ったのか、分かってもきた。

 多分俺は、ちょっぴり期待していたのだ。




 少し歩けば、すぐ闇の精霊の祠に着く。

 もう今更精霊相手に怖気づく俺でも無いので、祠の門番に許可証を見せたらさっさと祠に入って精霊を呼んだ。

「闇の精霊様ー!いらっしゃいますかー!」

 ちょっとヴェルクトから魔力を吸って台座付近に撒きつつ呼びかければ、案外早く呼応があった。

『私を呼ぶのはお前か』

「速っ」

 思わず俺もびっくりするほどの速度で闇の精霊様はいらっしゃった。台座の上の黒い結晶体が光を灯した。

 ううん、流石に一発で、しかもこれだけ速く来てもらえるとは思って無かった。

 割と闇の精霊ってのは真面目なタイプなのかもね。

『……奇妙な気配の者が居るが、魔物ではあるまいな』

 しかも、気配に聡い。

 ……多分、俺の事だろう。魔力無しだから。

「私の事でしょうか」

『ああ……お前、名を何と言う』

「私はシエルアーク・レイ・アイトリウス。フォンネールの隣国アイトリウスの不当なる王の子です。訳あって、魔力を失っています」

 くるぞ。くるぞくるぞくるぞ!

『魔力を……?何故そのような事になった?そして何故お前は生きている?』

 ほら来たーっ!

 来た来た来た!来ちゃったよ!

 あーもうしょうがないなー!精霊様から聞かれちゃったら話すしかないよなー!しょうがないよなー!

 俺が話したかったんじゃないけど、アンブレイルが俺に何したか話さなきゃいけなくなっちゃったなー!




「……という訳で、私は兄であるアンブレイルの禁呪によって魔力を奪われてしまったのです」

『……なんと……』

 話しちゃった。もう俺しーらね。悪いのは俺じゃねーもん。聞いてきた精霊様とそもそもの原因のアンブレイルだもん。アンブレイルが困っても自業自得だもん。

『なんと卑劣な……しかし、いきさつは分かったが、それならばなぜお前は生きていられるのだ?』

「それは私にも分かりません。……なので、勝手ながら女神様のご意志だと、思わせて頂いております」

 ね。流石の俺も精霊様相手に『いやー、ちょっと前世の記憶がさー』ってやるつもりはない。

『そうか……まあ、魔力を失うなどという事自体、ありえぬことであるからな。理由を聞いても仕方あるまいな。しかし、そうか……魔力を失って、7年も……』

 なんだかこの闇の精霊ってのは妙に感受性豊からしくて、さっきから俺の代わりに落ち込んでくれちゃってる。

 うん、いいから早く要件お話させてほしい。

『……さぞ辛かったろうな、人の子よ。実の兄弟の手で……』

「いえ、今では信頼できる仲間も居りますから!」

 ここは本心だからね。自信を持って言える。

『そうか……時に人の子よ、私に何か用があって来たのではないのか?』

 そしたらなんか闇の精霊にはいじらしく健気に見えちゃったらしくて、なんだか声がとっても優しい。

 ……これはありがたい。

「実は、『新月闇水晶』なる物を探しているのです」

『新月闇水晶?またどうして』

「それがあれば、もしかしたらまた魔法を使えるようになるかもしれないのです!」

 もう、今度はしっかり狙って嬉しそうに、満面の笑みで返してやった。さあ俺に惚れろ。落ちろ。コロッといけ。

『ほう、そうか。……ふむ、手を出すがよい』

 俺は闇の精霊の言葉に不思議そうな顔をしつつ、台座に向かって手を出した。

 すると、俺の手の上に闇が凝集し始める。

 黒く黒く凝り固まった闇はやがて、俺の手の上で形を成していき……1つの、透明感のある黒い石になっていた。

『新月闇水晶だ。持って行くがいい』

「よろしいのですか?」

 いやあ、まさかこんなにあっさり貰えるとは思わなかった。

『正しい行いをしている者には正しい報いを。悪しき行いをしている者にはそれ相応の報いを。それは当然の事だ。……これからも励めよ』

「ありがとうございます、精霊様!」

 まさかの大収穫である。

 こんなにあっさり貰えちゃうとは思わなかった。光の精霊の時はめんどくさいお使い2個分ぐらいの御駄賃だったんだぞ!?

 なのでたっぷりと笑顔をサービスして、帰っていく闇の精霊をお見送りした。

 うん。俺のスマイルは100万ドルの価値があるけど、原価はタダだからね。




 ……さて。

 新月闇水晶はこっそりしっかり鞄にしまって、俺達は街へ降りて宿を取った。

 んで、早速ベッドにダイブしてゴロンゴロンする。

 そして、第N回、シエルアーク・レイ・アイトリウスの、シエルアーク・レイ・アイトリウスによる、シエルアーク・レイ・アイトリウスのための1人会議を開催した。

 ……議題はシンプル。

『フォンネール王の誘いを受けるかどうか』である。

 そしてもうコレは全俺の満場一致で答えが決定しているのだ。

『否』。

 俺は、フォンネールへは行かない。




『フォンネール王家へ来い』ってさ、結局、俺の血が欲しい、っつうだけの話なんだよね。

 決して、『俺が欲しい』じゃない。『優秀な人材として』じゃないし、ましてや、『孫として』とかじゃあ、断じてない。

 多分、向こうの感覚としては、『何の関係も無い隣国の妾の子だけどフォンネールの血が割と濃い目に入ってる』ぐらいの認識しか無いんだろうな。

 ……多分俺は……シエルアーク・レイ・アイトリウスは、それがちょっぴり悲しかったのだ。

 血のつながりがある人との出会いに、多分ちょっぴり期待していたのだ。

 この世界で初めて、真っ当な関係を築ける家族が得られるのではないか、みたいな、そういう漠然とした期待があったのだ。多分。

 ……だから俺、咄嗟に混乱したんじゃねえかな、さっき。

 フォンネール王の誘いに好意があるって思いたかったのか……いや、違うな。

 俺は無意識に、その先を考えていたのだ。


 つまり、『星屑樹の実』を手に入れる方法。

 ……星屑樹の実は死ぬほど欲しいが、そのために他の欲しい物を犠牲にするつもりはない。フォンネール王家に入る気は無い。

 ならば、一番シンプルな入手方法は……『窃盗』である。

 その為にはフォンネールと敵対する事になるし、なんならフォンネールを落とすぐらいの勢いが必要かもしれない。星屑樹はフォンネール王家が孫より大切にしてるものなんだし。

 ……多分、俺は無意識に、その選択肢を選ぶことを躊躇ったのだろう。

 相手は血のつながりのあるじいちゃんだ。向こうにその気が無くても。だから、咄嗟に『最悪の場合殺す』っていう事を、躊躇った。

 ……だけど、答えは簡単なんだよな。

 俺は、フォンネールよりアイトリウスが大切。

 んでもって、俺はフォンネール王より俺が大切。当然である。俺は俺の事大好きだもん。

 だから、俺はフォンネール王家には入らない。

 必要とあれば、じいちゃんだったとしてもフォンネール王を殺すぐらいの勢いでいく!

 ん!決めた!よし!これでいこう!

 俺、目標が定まったら直進できちゃうタイプ!

 よっしゃ元気出てきた!ってことで早速窃盗の下準備でも始めるか!


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