74話
すっかり空が星空になったころ、フォンネール王都キュリテス……の東にある都市、オプスに到着。
フォンネールはそこそこ防衛意識がしっかりしてる国だからね。リスタキアみたいに夜でも夜中でも明け方でも構わず入れるような町の作りしてないから。
って事で、とりあえず今日はオプスで一泊して、明日の朝になってからキュリテスに入って……で、そこで、おじいちゃんとご対面、かな……。
「……お前にも苦手なものはあったんだな」
「気持ちは分かるわ」
そんな俺を見て、ヴェルクトは苦笑し、ディアーネはくすくす笑っている有様である。
「まあ、見た事無い母さんの親父さん、って時点でもう他人じゃん。……でも他人でも、血は一応多分それなりに繋がってる訳じゃん。訳わかんねえよ、そんなん」
「そういう所は年相応なんだな」
年相応、って言われると……ううん、微妙だな。前世の分も合わせちまえば、俺、ヴェルクトの年齢は超える訳だし。
ただ……妾だの、隠し子だの、っつうような、こんな複雑な家族関係はこの世界に来て初めて体験してるし、前世の記憶のせいで、今一つ今世の家族を家族だと思えない節もある。
そういう意味では、家族だの血縁だのに関しては、むしろマイナスからのスタートなのかもしれなかった。
……見たことも無いファンルイエを母だと思った事は無い。アイトリウス王が父だと思えたこともあまりない。アンブレイルが兄弟だといい意味で思ったことも無い。
そんな中にいきなり、『おじいちゃん(仮)』が出てきたって、わけわかんないのは当然の事だと思う。うん。当然だ。
「キュリテスに着いたら最初にフォンネール王にお会いするのかしら?」
「そうなると思う。……俺、妾の子の割には世界中あちこち行ったりしてたけどさ、フォンネールにだけは、来た事ねえんだ。だから、闇の帳は文献で見た位の知識しかねえし、今作ってる職人が居るかも分かんねえ。新月闇水晶については聞いたことすらねえんだから、もう……国王陛下にお伺いするしかないじゃん?」
或いは、闇の精霊と話ができれば、それが速そうなんだけど……そのためにも、どーせ国王陛下にはお目通りしなきゃならないのだ。
それに俺、嫌な事は最初の内にさっさと片付けちゃいたいタイプ。
オプスで一泊して翌朝、キュリテスへ向けて出発した。
俺、緊張で眠れないって事はあんまり無い。遠足前は眠れなくなるけど、テスト前は眠れるタイプ。
だから、睡眠不足じゃあないんだけど……なんとなーく、ぼーっとせんでもない。ぼんやり、いろんなこと考えちゃう。
これ、一体なんなんだろうね。
「シエル、そろそろ検問よ」
そうこうしている間にキュリテスの街門にまで到達していた。ルシフ君から降りて、門に向かって歩く。
キュリテスはラクステルムのようなザル検問じゃないから、門の前には門を通る人達の列ができていた。これでも、朝一番に出発してきたから、列は短い方なんだろうけどね。
列に並んで待っていれば、その内俺達の番になった。
「止まれ。では、名前を」
そこでいつもの如くディアーネが前へ出ようとするのを手で制して、俺が前に出た。
「シエルアーク・レイ・アイトリウスだ」
当然、門番達は驚いた顔で俺を見る。
「アイトリウス……!?」
「これで身の証にはなるか?」
マントの留め金に刻まれたアイトリウスの紋章を見せれば、どんなに下っ端の門兵にだって、俺の身分が分かる。
「……しょ、少々お待ちください」
門番は奥の詰め所へ駆けていくと、そこでもうちょっと立場が上らしい人とひそひそ何か話し……少し経ってから、さっきの門番と違って胸に勲章が付いてる兵士がやってきた。
「キュリテスへはどのようなご用件でしょうか」
「国王陛下にお会いしたい」
正直に言えば、相手に少々緊張が走った。
「左様でございますか。……ならば、こちらへ。馬車を手配いたします」
「いや、結構だ。国王陛下にお会いしたいとはいえ、今は旅人の身。貴公らの手を煩わせるまでのものでは無い」
「しかし」
「街を見て回りたいんだ。駄目だろうか」
「それは何故」
「……母上の故郷なんだ。一度くらい見ておきたい」
やっぱり正直に言えば、兵士は少し考えてから、頷いた。
「そういう事でしたら。……では、ようこそ、フォンネール王都キュリテスへ。……歓迎します」
「ありがとう」
こうして俺達はキュリテスの中へ入る事ができた。
重い気分だが、その重さはそんなに嫌じゃなかった。
キュリテスの大通りを歩いて行く。
町の中は栄えてはいるものの、どこか落ち着いた雰囲気を持っている。
栄えてはいても浮ついたところが無く、賑やかであっても騒がしくは無く、華やかであっても派手では無い。
流石、闇の精霊のお膝元、ってかんじである。
小洒落た商店が立ち並ぶ中を歩いて行けば、フォンネール城が見え始める。
城の周りにはちゃんと堀があり、結界があり、門があって門番が詰めている。うん。ちゃんとした城の様相である。
……ってことで。
一度意識的に呼吸をしてから、門番に向かって歩いて行く。
多分、俺の身なりと所作で俺の身分が高い、って事は門番にも分かったはずだ。
だから、門番に近寄っていっても無作法に止められることも無く、門番はただ俺の接近を直立不動で待っていた。
「アイトリウス王国のシエルアーク・レイ・アイトリウスだ。国王陛下にお会いしたい」
「アイトリウス……!?」
名乗って、マントの留め金の紋章を見せれば、門番達はやはり困ったように少々右往左往する。
「国王陛下にどのようなご用件でしょうか」
「『星屑樹について』だ。……陛下にそうお伝え願いたい。『シエルアーク・レイ・アイトリウスが星屑樹についての用で来た』と」
俺がそう答えると、3人のうちの1人が城の中へ駆けていった。
そして、残った2人が俺の相手を続ける。多分、1人が城の中に行って俺への対応をどうするか聞いて戻ってくるまでの時間稼ぎ兼、その後をスムーズに行うための事務的な確認なんだろうけど、入国したのは何時か、とか、謁見時間はすぐには取れないだろうが構わないか、とか、いつまでキュリテスに滞在する予定か、とか。
そして、そういうやりとりをしている内に門番が帰ってきた。
「シエルアーク・レイ・アイトリウス様。国王陛下がお会いなさるそうです。今すぐに、と」
えっ、マジで!?
……流石にちょっとびっくりした。アポなしでいきなり来て、それでいきなり会わせてくれるの!?
国王が暇なわけはない。王ってのは大なり小なり忙しいもんだ。というか、忙しいふりをしなきゃいけない人だ。
……だから、これってかなり異例な事なんだけど……うーん、どう取るべきかな、これ。
「ご案内いたします」
……ちらっとディアーネとヴェルクトを見ると、ヴェルクトはやや緊張気味の表情を浮かべており、ディアーネは優しい微笑みを浮かべて1つ、俺に頷いて見せた。
「迅速な対応、感謝する」
まあ、ここで今更しり込みするってのはナシ。当然、堂々と、城の中へ足を踏み入れる。
門番の兵士は城の入り口で他の兵士に仕事を引き継いで、門へ戻っていった。
「それでは、こちらへ」
多分そこそこ高い役職についてるんだろうなー、ってかんじの兵士は俺達を先導して進んでいく。
俺は後に続いて、品の良い闇色の絨毯を踏みつつ、なんとも言えない奇妙な緊張感を味わいつつ、それでも堂々とかっこよく進んでいく。
そうして進んでいった先には、黒檀に魔法銀の細工が施してある、重厚な扉。
兵士の合図で重々しく扉が開いて、その先が現れると……俺は、確信した。
闇色に銀の刺繍が施された絨毯の先。黒檀と上等な魔力布で作られた玉座の上。
紫紺の宝玉をあしらった王冠と、揃いの錫杖を身に着け、ゆったりと玉座に座る、老いて尚凛々しさと厳格さを強く感じさせる人物。
「余がノイルソン・クロナ・フォンネールだ」
フォンネール王は、明らかに俺と血のつながりがあるかんじの顔立ちをしていた。目元とか、似すぎ。
「初めて会うたな、シエルアーク・レイ・アイトリウス。……アイトリウスの『不当なる』王の子よ」
フォンネール王は玉座の間を人払いした。
この時点でもう、俺との血縁を向こうも確信してるのは間違いない!なんとなく胃が痛い!
「……して、『星屑樹について』話があると言っていたが、それは真か?」
が、切り出されたのは普通の内容!
「はい。……単刀直入に申し上げます。星屑樹の実を賜りたく存じます」
特に血の話になるでも無い。ま、それならそれで、って事で、俺もさっさと本題を伝える。話は早いに限るぜ。
「実を、か」
ま、当然だけど、王は結構びっくりしたような顔をした。
……貴重な星屑樹の、更に貴重な貴重な実を所望している、なんて、かなり大それたお話だからね。ま、驚くのも無理はない。
「……星屑樹の実が1本の樹に1つしか実らぬ事を知った上での願いか」
「はい」
「なら当然、星屑樹がフォンネール王家の血の元に育つものであることも、知っておろうな」
「勿論です」
フォンネール王は表情を厳しくし、威圧感で以て俺に接してくる。
「星屑樹の実はフォンネール王家の人間の形見のようなもの。やすやすと渡すわけにはいかん。……それとも、お主は自分が星屑樹の実を手にする権利を有すとでも言うのか?」
……フォンネール王って、今まで会ってきた王様たちの中で、誰よりも王様っぽいね。いい意味でも悪い意味でも。
「ええ。……形見というなら猶更。……ファンルイエ・レイ・アイトリウスの……私の母上の身より育った星屑樹の実を、私に譲ってはいただけませんか」
フォンネール王の目を真っ直ぐ見ながら、はっきり言う。
王は、俺をやはり真っ直ぐ見ながら、にやり、と笑った。
「知っておったか。……それはお主の父君から聞いたのか」
「いいえ。憶測です」
「ほう?憶測で余に物を言うたか」
「はい。……一目お会いして、確信しましたので」
一呼吸おいてから、前世合わせたってこんな言葉喋った事ねえよ、っつう言葉を、続けた。
「祖父上様」
……フォンネール王は、口元だけの笑みを深くして、俺を見ていたが、しばらくしてようやく口を開いた。
「いいだろう。ファンルイエの分はお主に譲っても良い」
……当然俺、喜ばない。絶対これ、次に何か来る。
何が来るんだ、と身構えつつ、王の次の言葉を待った。
「……ただし、条件がある」
ほらみろ!これだよ!
……これ、当然、次に来るのは『星屑樹の苗床になれ、死体はフォンネールに譲れ』だろうなあ……。
まあ、うん……しょうがないけどね。希少な魔樹を保つためなら許せんでも無い。うん。星屑樹の苗床になるぐらいはしてやってもいいとも。
「フォンネール王家へ来い」
……けどそれはちょっとお断りしたいな!




