73話
まあ、俺の気が重い云々は置いといて、とりあえずはグラキスに報告に行く。お礼も貰わなきゃいけないしね。
「……という事で、氷の魔女は討伐して参りましたが、氷像の呪いを解くには材料が足りないようです。ですから、氷像にされた方については、まだ……」
「成程、そうでしたか……いえ、ありがとうございます。少なくともこれで新たな被害者が出ることも無い。なんとお礼を申し上げればよいか……」
まず報告するのは、氷の魔女を倒したという事。それから、氷像にされた人達を戻す手段は今の所無い、って事だ。
当然、町長をはじめとしてグラキスの人達は手放しに喜ぶこともできない訳だ。けれど俺に感謝はしなきゃね、っていう心遣いは感じる。中々人間できてる町長さんだなあ、と思う。
「……町長殿、もしよろしければ、もうしばらく待っていてはいただけませんか」
なので、俺はここで第二の報告……『永久の火の欠片を手に入れて、氷像の魔法を解く手伝いをしてやってもいい』っていう報告をするのだ!
「恐らく、氷像の呪いは材料さえあれば解けるものだと思うのです。幸いにして、仲間の郷里がヴェルメルサのクレスタルデですから、その伝手で解呪の材料を探してまいります」
ここでの報告のポイントは、『先は見えないけれどやってみるよ!』っていう点をアピールすることだ。
氷の魔女討伐と分けて報告したのもこのアピールの為。あくまで、氷の魔女討伐と氷像の魔法解呪は別の案件!とアピールする!そうすれば俺はこのグラキスで2件も人助けをしたと強く認識してもらえるわけで、つまり、俺の名声をより強める助けとなるのだ!
「なんと!それはありがたい!……勇者様にこのような事をお願いするのは心苦しいのですが、そう言って頂けるならば……お願いします。どうぞ、町の者を救ってやってください!」
「勿論です。アイトリウスの血にかけて、必ずや、この町をお助けします!」
精々猫を被っておけば、今後グラキスの町で活動しやすくなるし、グラキスの人からの心象もいいもんね。
リスタキア王家があんまり好きじゃない以上、こういう草の根的活動は頑張っておいた方が今後何かと便利だと思う。
ほら、リスタキア転覆を狙う時とかさ。ね。
その日はグラキスで美味しい食事とふかふかの寝床を提供してもらって、俺達の出発は翌朝、という事になった。
……まさか『永久の氷の欠片』を1日で手に入れられるとは思ってなかったから、予定よりもかなり速い進行状況なんだよね。これも俺の人徳の成せる業かな。
こんなに速く進むんだったら、風の精霊にわざわざアンブレイルの邪魔をお願いしなくても良かったかな……いや、お願いした方が楽しいもんね。そこは間違えてないね。
……あ。
いかん。
俺としたことが……大変なことを忘れていた。なんてこった。
……まあ、グラキスを出る時に注意喚起しておけばいっか。ね。うふふ。
という事で翌朝。
雪も吹雪きも無く、爽やかな晴天の下、俺達はグラキスを発つ事になった訳だ。
町長さんをはじめとして、町の皆さんがお見送りしてくれる事になり、町の入り口で俺達はまた簡単に挨拶をする事になったわけで。
「それでは、勇者様、道中をお気をつけて」
「はい。氷の魔女が居なくなったとはいえ、グラキスの皆様もお気をつけて。……ああ、そうだ」
ここで『今思い出しました』みたいな顔をして、町長をはじめとして……町の皆さんに、注意喚起を行う。
「最近、私の他に勇者を名乗る者がいると聞いています。もしかしたら、グラキスにも来るかもしれません」
そう。忘れちゃいけない。『勇者』は当然俺の事だか、世の中にはそこんとこを勘違いした一団……アンブレイル達が居るのだ。
だから、俺はアンブレイルがこの町に来た時のために、手を打っておかなければならない!
そう!これはグラキスの皆さんがニセ勇者に騙されないように、という『勇者』からの心配りなのだ!
「なんと!偽物、という事ですか!……まさか、そのような不届きな輩が居るとは……」
よく言えば人がいい、悪く言えばこういう所で日和っている、そんな町長さんは、すっかり俺の言葉を鵜呑みにしてくれた。ありがたいね。
「……何が目的かは分かりませんが、人間に化けた魔物という事も考えられます。もしここに、私以外に『勇者』を名乗る者が現れたら」
「ええ!町の者総員で追い出しますとも!」
「いえ!そんなことをなさってはいけません!」
が、なんというか……頭が日和ってる割には、割とアクティブな事を仰るもんだから、俺、ちょっぴり慌てる。
「そんなことをしては、その『勇者』を名乗る者を無為に刺激してしまう。最悪、グラキスで暴れるようなことになるかもしれません」
だってさー、アンブレイルがこの町にきた時にうっかり『勇者シエルアーク様を名乗る不届き者め!』みたいな事言われたらさー、俺がここに来たってばれちゃうじゃん。そんなの楽しくないもん。
「いいですか、皆さん!その時は、この町の事を第一に考えてください!……もし相手が人に化けた魔物だったとしても、人間に化けているからには、それ相応の理性があります。ですから、普通の旅人と同じように接して、必要以上に関わらず、必要以上に避けないようにしてください。くれぐれも刺激しないように。そうすれば、相手も大人しくしていると思います」
しょうがないから、こういう事で、町の人達にはお願いしておく。
あくまでね、『ニセ勇者』がグラキスで暴れたりしないように、っていう気遣いだからね。俺、グラキスの事を第一に考えてこういう事言ってるわけだからね。
「ああ、勇者様……私達の事を思って……!」
「……ですから、私の事も、伏せておいてください。恐らく、『本物の勇者』の話は相手を刺激してしまいます。それに、『本物の勇者』を狙う魔の手の者だとしたら……私の事が知れるのは、少々厄介ですから。お願いします」
「ええ、分かりました。……勇者様の仰る通りに。……皆、聞きましたか!もし今後勇者を名乗る偽物が現れたとしても、無為に刺激せず、普通の旅人に接するように接しましょう!そして、シエルアーク様の事は、決して漏らさぬように!」
……これでグラキスの町は、アンブレイルに協力しない。
風の精霊にお願いしたみたいな効果はあんまり期待できないけれど、それでも、どこかで何かの役には立ってくれるんじゃないのかな、っていう期待を込めつつ、俺は町長さんにお礼を言って、グラキスの町を辞する事になったのだった。
ははは、アンブレイルよ、世界のどこでも勇者が優遇されると思ってぬるま湯な旅路を送っている貴様がグラキスに来た時が楽しみだなあ!その時を見られないのが残念だ!はははははは!
……さて。
そういう訳で、俺達はここから南西に向かって旅を続ける。
目指すはフォンネール。
闇の精霊を祀る国であり、アイトリウスとはお向かいさんに当たる国であり……俺の母だった人の、祖国であり……多分相手は認めないと思うけど、俺の、爺さんの治める国である。
グラキスを出てひたすら南下して、お天道様が真上にきた頃、俺達は適当な草っ原で昼食を摂る。
今日のお昼ご飯はグラキスの人達が作ってくれたお弁当だ。グラキス特産の瑞々しい野菜としっかり熟成されたハムが挟まったサンドイッチは中々の美味。
……なんだけど、なんとなく、空気が重い。
「……ねえ、シエル。貴方のお母様の事だけれど」
「あ、うん。あんま気にしなくていいよ。俺も正直なんも覚えちゃいないし、暗い話でも無いよ」
少なくとも、俺にとっては、ね。
「……そう。なら、聞かせて頂戴な、シエル。……貴方のお母様、『ファンルイエ・レイ・アイトリウス』は、フォンネールの貴族の末の娘だった、と聞いているわ。フォンネール王妃の侍女だった、とも。……なら、貴方のお母様がフォンネール王の娘であった、というには少し情報が不足しているように思うけれど」
うん。そうなのだ。
俺の母さんだったらしいその人……『ファンルイエ』さんは、確かに、フォンネール王妃の侍女だった。んで、フォンネール城を訪問した親父……現アイトリウス王に惚れられちゃって、半ば攫われるように妾になった、っていうのが、俺に伝えられた『母さんの話』。
「……憶測が入るけど」
ファンルイエの事は、アイトリアではほとんどなかったことにされている。抹消された歴史、って奴かな。まあ、あんまり聞いて楽しい話でも無いしね。
だから、俺が真実らしきものに辿りつくためには、推理を挟まなきゃいけなかった。
確証はない。無いけど……うん、俺の明晰な頭脳は、これが真実だと告げているのだ。
「多分、俺の母さんは『星屑樹』の苗床だったんだと思うんだよね」
「……シエル、すまない。『星屑樹』とは、なんだ」
うん。という事で、まずはここから話さないといけない。
「珍しい木だよ。魔樹の中の魔樹。生命の樹と同じぐらい貴重で優良な魔樹。枝はとってもいい杖の材料になるし、葉や花はとってもいい薬の材料になる。……中でも、星屑樹が生涯に一つだけ実らせる『星屑樹の実』は、究極の魔法の材料だ」
「……究極の魔法?」
「命。つまり簡単に言っちゃえば人を生き返らせる薬だよ」
……まあ、ここはどうでもいいんだ。うん。どうでもいい。
「シエル、さっき貴方、『苗床』と言っていたけれど」
うん。そう。大事なのはそこじゃなくて、ここから。
「星屑樹は、フォンネール王家の血を引く人間の死体からしか育たないんだよ」
「フォンネール王家の血がある程度以上に濃ければ、その人間は星屑樹の苗床としての適性を持つ。で、星屑樹はとっても貴重な魔樹だから、星屑樹を絶やさないように……苗床の適性がある人間は全員、生きている間に星屑樹の種に寄生されておく決まりになってるんだ」
寄生、と、ヴェルクトの口が動き、顔が少し歪められた。
多分、こいつの頭の中では寄生虫にはらわたを食い破られる、みたいな想像が成されてるんだろうけど。
「そんなに難しい話じゃない。星屑樹の種を飲んでおくだけ。生きてる間には発芽しない。害になるかは知らないけどね。……んで、後は、死んだ後に勝手に死体から星屑樹が生えてくるらしいよ」
ここまで来れば、ディアーネは大体察してくれたらしい。
「……そう。だからシエルのお母様のお墓は、アイトリアに無いのね」
一応、王族の墓は、アイトリアの王城の敷地内にある。
代々の王の墓や、王の妻や夫の墓、子供の墓……そして、それらから少し離れた位置に、妾の墓がある。
先々先代の王の妾の墓が3つ位あるし、その前の王の妾の墓もあったりする。
……けど、一番新しい妾の墓であるはずの、ファンルイエの墓はどこにも存在しないのだ。
幼いながらに疑問に思って聞いたことがあるが……『死体は故郷に返された』っていう事がぼんやりと分かっただけだった。
……なんでも、死体をフォンネールに返すことが、ファンルイエを妾にする条件だったらしい。
「死体を返せ、ってさ、相当な話じゃない?たかが王妃付きの侍女1人の扱いとしては異常だ。……なら、理由があるんだろうな、って考えてさ、俺、結構調べたのよ」
前世の記憶を思い出す前から俺は天才だったからね。当然、記憶にない母について、なんとなく調べたくなったら徹底的に調べちゃう位の技量はあったのだ。
「……で、母さんの故郷がフォンネールだった、って分かって、その上で、星屑樹の事を知ったら、自然と結論が出るじゃない?」
「……つまり、シエルの母上が、フォンネールの王家の血を引いていた、という事か」
まあ、つまりはそういう事になる。
以上の事を以て、ファンルイエ・レイ・アイトリウス……俺の母だった人は、フォンネール王家の血を何らかの形で、しかも、割と濃く、引いている、と……そういう推理が成り立っちゃうのであった。
「……フォンネール王に会わねばならない、というのは、その星屑樹の事か」
そして、最悪な事に、俺がフォンネールで手に入れなければならない材料は、闇の帳、新月闇水晶……そして、『星屑樹の実』である。
星屑樹は、フォンネール王家の者に根付く。
つまり、フォンネール王家の墓は星屑樹の樹林なのだ。
当然、フォンネール王家はこれを大事に大事に守り、隠し、易々と王家の外に渡らないようにしている。
しかも、星屑樹は1本の樹に1つしか実をつけない。
これがどういう事か……推して知るべし。
「そ。……つまり、フォンネール王族の墓荒らしをするか、国王陛下に直々に掛け合うか、ってことになるんだな、これが!」
……厳重な警備を掻い潜って墓荒らしをする以外の道を選ぶとなれば、国王陛下との直談判。
そして、その時には……当然、自らの血統について、申し出なきゃ、いけないよなあ……っていう、事、なのである。
俺の重い気分が2人にも分かってもらえたところで、だんだんと暮れていく空に美しい城のシルエットが見えるようになってくる。
あれが、フォンネール王都キュリテスの城、フォンネール城。
……俺のおじいちゃんのおうちである!やってらんねえっ!




