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72話

 少年の氷像たちをよくよく観察してみると、結構儀式魔法っぽい大掛かりな魔法で氷像になってるっぽいことが分かった。

 氷像が傷つかないようにか、氷像の下には布が敷いてあるが、その布には一見ただの飾り模様に見えるような魔法陣が織り込まれていた。多分、これが魔法の術式なんだろな。

 施された魔法を布の魔法陣とか氷像の魔力の形とかから分析してみるけど、なんつーか……『錠と鍵』ってかんじである。

 まず、この魔法を使うには、錠が要る。魔法陣が織り込まれた布は他の陣でいくらでも代用が効きそうだけど、魔法の根幹を成すパーツが絶対に必要な魔法らしい。

 多分、特別な魔法具の類だと思う。特別な魔法具を通した魔力によってのみ、この魔法は構築されるんだろう。

 で、それから、この魔法を解くには鍵が居る。これもやっぱり、特別な魔法具の類だと思うんだけど、それが無いとこの魔法を解くことはできない。

 俺が魔力吸って解呪しちゃってもいいのかもしれないけど、この魔法、少年たち自身の魔力に大分食い込んでるみたいだから、下手したら魔法が解けても少年が死にかねない。

 ……って事は、ちゃんとした鍵を探すほかは無さそうね。




 その後も城の探検を続けて、めぼしい物を回収したり分析したりした。

 氷関係の魔法の展覧会みたいな場所だからな。中々勉強になる。楽しい。

 ……そうしていい加減楽しんだ所で、こっそり部屋に戻った。

 戻った、ら。

「……ありゃあ」

 部屋のドアが凍り付いて開かなくなっていた。こりゃあかん。開かんだけに。(山田君は俺の足元に座布団を積み上げてね)

 ……氷の魔女の魔力の位置には気を配ってたから、ここに魔女本人が来て凍らせていったわけじゃあなさそう。

 って事は、遠隔操作で部屋にさっきの氷像の魔法を施すような仕掛けがあるって事なのかもね。

 そういや、氷像の下に敷いてあった布、あれ、丁度シーツくらいのサイズだったかも。

 ……成程、氷の魔女は睡眠薬でも盛って、魔法陣シーツの上に少年を寝かせて、そこに魔法をかけたんだな。うわー、怖い怖い。

 ってことなら、魔法を遠隔操作したって事だから、今魔女が居る場所に氷像の魔法の『錠』はあるって事だろう。

 魔女の近くには寄らないようにしたからそのあたりのめぼしい物はまだ漁ってないけど、確かにそれっぽい強い魔力の呪物があるっぽいことも分かった。それも回収しなきゃね。


 ってことで、もう氷の魔女が邪魔になったので、俺は氷の魔女を伸す事にした。

 氷像の魔法の複雑さは単純に錠になるブツのせいだって分かっちゃったし。解呪は鍵になるブツさえあれば何とでもなりそうな代物だって分かっちゃったし。となれば、もう氷の魔女から聞くことも無いからね。


 さて、氷の魔女の伸し方だけど、やり方は簡単。こっちから出向いてやるまでも無い。向こうから来るのを待っていればいい。

 まずは、凍り付いたドア溶かす。魔石を砕いて火の結界を発動させれば、ドアが開く程度には溶けたので、とりあえず中に入る。

 ……部屋の中はえらく冷えて、霜が降りてるような状態だったけど、耐えきれない程じゃあない。

 俺だから『なんか寒い』で済んでるけど、多分、魔法が効く体だったら死ぬレベルなんだろうなあ、これ。

 そんなことを考えつつ、ベッドを漁って、例の魔法陣シーツを発見。

 魔法陣シーツは丸めて俺の鞄の中に突っ込んでおいて、後は元通り、ベッドの中に入って氷の魔女が戻ってくるのを待つだけである。戻って来たら不意を突いて触って魔力を吸ってやればオッケー。ね?簡単でしょう?

 ……が、この作戦、問題も1つある。

 魔女を待つ間、ふかふかベッドの中にいる訳で……うっかりすると寝そう。




 寝ずに耐えていた所、ドアの向こうで魔力の動く気配がした。

 俺は頭まで毛布を被り、息をひそめて魔女を待つ。

 ……やがて、足音が近づいてきて、ドアの前で止まると、ドアが魔法によって開けられる。

 そして、足音はどんどん近づいてきて、俺の横で止まり……魔女の手が毛布を捲った。

 その時。

「なっ!?な、何故っ!?」

 氷の魔女が驚愕に目を見開き、動揺から完全に固まったその瞬間に、魔女の腕を掴んで魔力を一気に吸い取る。

 魔力を急激に失った魔女は、当然力を失い、ベッドへ倒れ込んでくる。

 適当にころころ転がって体勢を変えて、魔女をベッドに組み敷くような形を取ったところで、一安心。俺は満面の笑みを浮かべてみせた。

「勇者に討伐される前に申し開きにすることはある?……氷の魔女さんよ」

 満面の笑みの俺とは対照的に、魔女は驚愕と恐怖に彩られた表情を浮かべていた。




「く……こんな、ところで、終わる訳には!」

 生命維持に必要な魔力も半ば吸い取られているっつうのに、元気な魔女は懐から細身の短剣を取り出したかと思うと、俺に向かって突き出してきた。

 まあ、予想の範疇だったから、短剣を握る魔女の手を掴んで止めて、そのまま捻って短剣を取り落とさせた。

「このまま殺しちゃっていいの?言い残しておくことがあるなら聞くけど?」

 じわじわ魔力を吸い取られていく魔女は、やがて諦めの表情を浮かべたかと思うと、震えるようにため息を吐いた。

「……坊や、あなた、何者なの?」

「言ったじゃん。勇者だよ。悪い魔女を討伐しに来た勇者。ついでに魔王も殺す予定」

 冥土の土産って事で答えてやれば、魔女は自嘲気味な笑みを唇に乗せた。

「そう……嘘じゃ、なかった、のね……」

「で、どーすんの。殺しちゃっていいの?悪いの?なんか言うなら早くして」

 氷の魔女ももう、後は死を待つのみである。

 本人も諦めはついたらしく、ぽつぽつ申し開きし始めた。

「美しいものを、美しいままとっておきたい、と思うの、は……悪いこと、かしら?」

 魔力が無くなっていくままに、氷の魔女はどこかうつろな瞳をここでは無いどこかへ向けている。

「私は……時を、止めて、あの子たちを、永遠にあのまま……苦しいことも、悲しい、ことも……無いまま……魔物に、襲われることだって、無い、まま……死なずに、ずっと」

「悪くないと思うよ」

 肯定してやれば、氷の魔女はわずかに目を見開いた。

「いいんじゃない。別に。そんなの個人の美的感覚の違いなんだし、それ自体が悪いなんて誰にも言えやしねえよ。……でも、だから『名誉のために魔女を討伐する』ってのも、悪いことじゃないでしょ?」

 何かやりたいってんならそれは別にいいと思う。

『誰かを殺す』っていうにしても、殺されたく無けりゃ抗え、っつうだけの話で、そういう価値観、そういうルールで生きてるんだ、ってだけの話だ。この世界じゃ珍しい話でも無い。よくある事だ。どこにでもある価値観だ。

 ……でも、だからこそ、その価値観で生きている以上、『誰かに殺される』って事は覚悟してなきゃいけない。自分を殺そうとする者が現れたら、抗わなきゃいけない。

 そういうシビアなルールで生きられないなら、最初から大人しく約束事でも取り付けて仲良く暮らしていくほかは無い。

 そこんとこは、この魔女も分かってるらしかった。

「城にあるものは、好きに、お持ちなさいな。……地下に、部屋が、あるわ。そこを……お探しなさい。坊やならきっと、うまく使えるわ。……私よりも、きっと」

「言いたいことはそれだけ?」

「ええ」

「俺はあんたみたいな奴、そんなに嫌いじゃないよ。趣味は別として、ね」

 最後に残った魔力も吸い取ってやれば、氷の魔女は息絶えた。




 その時。

「ああ、死んだか。ならば契約通り、この体と魂は貰うことにしよう」

 そんな声が聞こえたかと思うと、俺の下にあった氷の魔女の体が、びくり、と一度、動いた。

 俺は慌てることなく、そのまま様子を窺う事にする。

「感謝するぞ、人間。大した時間の差でも無かったが、やや早くこの人間の体と魂を手に入れることができた」

 氷の魔女だったものが、にやり、と笑みを浮かべた。

「……悪魔かあ」

「左様」

 ……成程。氷の魔女は、悪魔に魂と体を売り渡して、これだけの魔法を手に入れてた、って事か……。


「それ、こいつの魂?」

 氷の魔女改め悪魔の手の中には、薄青に燃える炎のような、光のような、奇妙なものが揺れていた。

「そうとも」

「ふーん。それ、どうすんの?食べるの?」

「そんなことはせぬ。籠に入れて地獄の底で飼うのだ。……この城にはいい氷細工の鳥籠があったな。あとで城を物色させてもらうとしよう」

 興味本位で聞いてみると、悪魔は笑って楽し気に答えた。

 ……ふーん。

「ねえ、その魂、俺に頂戴」

 ま、折角だ。相変わらず俺の下にいる悪魔に向かって笑いかけてやると、悪魔は明らかに気色ばんだ。

「ならぬ!何を言うか、まったく……魂など人間が手にしてどうするというのだ。とにかく、これは契約でこの人間から得たもの。渡すなど断じて」

「じゃ、体」

「駄目だ!」

 まあ、貰っても困るしそこらへんは要らないんだけど、さ。

「じゃ、この城の物、山分けしよ?」

「全く、何を言っている!人間風情が悪魔に指図しようなど」

「ああそう。残念」

 悪魔に触れた手に意識を集中させる。

「じゃ、殺してでも奪い取る」

 そんでもって、本日二度目の魔力吸収を行った。


 悪魔とはいえ、生き物である。ついでに言うと、人間なんかよりよっぽど魔力で生きてる生き物である。

 魔力量は膨大だけど、不意打ちで魔力を一気に吸われたら、そりゃ当然、死ぬ。

「な……んだ、と……!」

「はいはいはい弱肉強食弱肉強食ー。俺の為にお肉になってね悪魔さーん」

 悪魔は抵抗して魔法を数発撃ってきたけど、俺には効きませーん。

 そのまま魔力をぐいぐい吸って(途中から楽しくなってきた)やれば、悪魔はその内、魔力を完全に失ってぽっくりしてしまった。

 ははは、俺のものになったこの城の物を狙ったのが悪かったな!




 あっさり悪魔殺しをやっちゃって気分もさっぱりしたところで、早速氷の魔女が言っていた地下室とやらに行こう、としたところで……。

 ……悪魔がさっき手にしていた、『魂』とやらが、部屋の窓にガンガン体当たりしてるのを目撃してしまった。

 体当たりできるんだ……。すり抜けるとかじゃないんだ……。

「何、出たいの?」

 このままガンガンやられててもしょうがないので、窓を開けてやった。

 すると、氷の魔女の魂は一度、ふわり、と俺の目の前で回ると、窓の外へ出ていき……そのまま飛んで行って、見えなくなった。

 後で恩返しに来てくれていいぞ。ただし旅の身空だから、機織りに来られても困るから……できればポータブルな恩返しをしに来てくれ。


 気を取り直して、城内を探索する。

 さっき魔女が言ってた地下室、とやらに、氷像の魔法の鍵があるんだろう。

 魔力を見る目で魔力の強い方へ進んでいけば、隠し階段も隠し通路も隠し部屋も隠れていて隠れていないようなものである。すんなりスルーしていきつつ地下へ進めば、確かに部屋が1つあった。

 ……そして、その部屋の真ん中、台座の上に、透き通りすぎていてあるんだか無いんだか良く分からないような……辛うじて薄青をしているだけの、至極透明な結晶が鎮座していた。

 触れれば冷たい。氷のようだ。

 しかし、触れても、ディアーネ謹製カイロを当てても、溶ける様子が無い。

 ……もしかして、これが『永久の氷の欠片』だったりする?

 この至極透明な結晶からはとんでもない強さの魔力を感じるし、確かにこれが氷像の魔法の鍵なんだろうな、っていう感覚もある。これが『永久の氷の欠片』だったとしても十分納得できるね。

 ま、仮にそうでなかったとしてもこれだけの呪物なんだから、『永久の氷の欠片』じゃなかったとしても相応に価値はあるだろうし、持って帰らない理由は無い。

 ……多分、氷の魔女が最期に言った『坊やならきっとうまく使える』ってのは、これの事なんだろうな。

 さて、となると、後は氷像の魔法の鍵になるものが欲しいんだけど……。

 ……俺の中の嫌な予感と明晰な頭脳が告げている。

『永久の氷の欠片』によってかけられた魔法なら、だ。

 ……当然、対になるもの……『永久の火の欠片』によって解かれるんじゃないか、と。




 それから地下室と言わず城中探索したけど、氷像の魔法の鍵になりそうなものは無かった。他の物はちょこっとあったりしたけど……。

 ……という事は、氷像にされちゃった人達を元に戻すためには、俺が『永久の火の欠片』をとってこなきゃならないって事だよね、多分。

 いや、どうせ手に入れなきゃいけない素材なんだし……うん。まあ、乗りかかっちゃった船だし、やるよ。やるとも……。




 とりあえず城を出て、グラキスに戻ることにしよう。このままここに居ても埒が明かない。

「シエル!」

 ……が、城を出たところで、なんと、ヴェルクトとディアーネがこちらに向かってきているのが見えた。

「……何、お前ら、この雪山を登山してきたわけ?」

「ええ。飛べばいいのだもの、簡単だわ」

 言葉通り、ディアーネ達は有翼馬に乗っている。成程、それで飛びつつ山頂まで来た、って事か。それでもこれだけ時間が掛かった事は確かだし、有翼馬も疲れてるみたいだから、あんまり効率のいい方法ではなさそうだけど。

「シエル、大丈夫か」

「うん。収穫もばっちり。ちょっと想定外の事態が起きて魔女だけじゃなくて悪魔も一匹殺す事になっちゃったけど、ま、問題ない問題ない」


 2人に城であった事をざっと説明すると、ディアーネは満足げな笑顔を浮かべ、ヴェルクトは複雑そうな表情を浮かべた。

「ならもうリスタキアに居る必要も無いのね」

「うん。一応、グラキスに一回戻って事情の説明ぐらいはしてくるつもりでいるけどね」

 って事で、登山してきてくれた2人には悪いけど、もう早速下山である。

「……ま、とりあえず氷の魔女は倒しました、って事で、町長さんからお礼に飯と寝床貰って……出発は明日だな」

 ……出発、かあ。

 うん、まあ、ちょっと気が重いんだけど……。


「次は……フォンネールよね」

「……うん」

「シエル、どうかしたか」

 顔に出ちゃったらしく、ヴェルクトが心配そうに声を掛けてきた。

「疲れが出たのかもしれないわね。早くグラキスに戻って休んだ方がいいんじゃなくって?」

 ディアーネまで心配そうな顔をするので……まあ、隠しとくことでも無いし。

「……フォンネールの王様に、多分、会わなきゃいけないんだ」

 ヴェルクトとディアーネから、『それがどうした』みたいな視線が向けられる。

 うん、俺だってね、別に相手がただの王族だっつうんなら、こんなに気が重くなったりしないよ。相手が神様だって多分こんなに気が重くなったりしねえよ。

 ……ただ、うん。

「……フォンネールの王様、さ……俺の、じいちゃんなの。死んだ母さんの、親父さんなの」


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