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71話

「おお、アイトリウス、というと……まさか、勇者様であられますか!」

「ええ。確かに私はいずれ勇者の名を頂く事になるでしょう」

 今この時点で勇者として世間に認められてるとは言ってない。

「しかし、いかに勇者様とはいえ、かようにお若い方が……」

「この程度の魔に屈するようでは魔王を倒すことなどできません。町長殿。確かに私は若輩の身ではありますが、アイトリウスの血を引く者。どうぞ私を信じてください」

 凛々しい『勇者』としての顔で町長にそう申し出れば、もう町長といえども俺を止めることなどできないのである。


 それから、室内にいる人達から『氷の魔女』についての情報をかき集めた。

 ……っつっても、ほとんど情報は得られなかったけどね。

 何と言っても、少年を攫われた家族は、大抵抵抗した結果氷像にされてしまっているのだ。氷の魔女を直接見て今動ける状態の人はとても少ない。

 だもんで、情報といったら『氷の魔法を使う』『吹雪と共に現れて吹雪とともに消えてしまう』『少年好き』ぐらいなもんである。聞かなくても良かった。




「って事で、ディアーネ、頼むわ」

「はい、どうぞ」

 という事で、吹雪がそこそこ強いうちにさっさと氷の魔女とのエンカウントを図りたいんで、準備に取り掛かる。

 まずはディアーネに、炎の結界を魔石に詰めてもらう。

 人魚の島で使ったのと大体同じ。使い捨ての魔法だね。これなら俺も使える。

 念のため、俺だけじゃなくてヴェルクトにもいくつか持たせておく。万が一って事もあるし。

「で、ディアーネ、こっちも」

「はいどうぞ」

 次はディアーネに、炎の魔法を半分アクティブな状態で魔石に詰めてもらう。

 これはカイロみたいなもんである。魔石の魔力が尽きるまでほかほか暖かく熱を発してくれるのだ。

「それからディアーネ」

「はいはい」

 そしてディアーネに、炎の魔法の物騒な奴を魔石に詰めてもらう。

 ……物騒な奴。つまり、攻撃用の奴だね。

 使い捨てで、ってなると碌な出力にならないけど、一瞬隙を作るぐらいの役には立つだろう。

 これは俺じゃなくて、ヴェルクトだけが持つ。俺は他にいくらでも隙を作る手段はあるし、むしろ警戒されない方がよっぽど大事。


 それから町長さんをはじめとした町の人達から装備をいくつか貰った。

 ディアーネは火の精霊っていうとっても高性能な防寒具があるからいいけど、俺とヴェルクトはそういう訳にもいかない。

 という事で、俺とヴェルクトは毛皮の外套と皮手袋を貰い、俺はさらに、ふかふかしてるブーツと耳当ても貰ってしまった。ぬくい。




「それでは氷の魔女を討伐して参ります!」

「勇者様、どうぞお気をつけて!」

 準備も整ったところで、俺達は颯爽と集会所を出た。

 吹雪はすっかり強くなっていて、集会所を出て数十歩も歩けば、もう集会所からの声援も聞こえなくなる。

 それでもディアーネが作ってくれた火の結界だのカイロだの、ふかふか防寒具だののおかげでそんなに寒くは無い。

「じゃ、行くか」

 そのまま雪を踏みしめつつ、集会所を離れて町の大通りを進んでいく。


 吹雪はすぐに俺達の足跡を掻き消し、足音を掻き消し、存在自体を消してしまうかのように強く強く吹きつけてくる。

 これ以上悪化するのかよ、って思ったけど悪化するもので、次第に強くなる吹雪のせいで、1m先も見えないような状態になっちゃった。これは酷い。

 すぐ隣にいるヴェルクトやディアーネの声も聞こえないようになっちゃったし、前も後ろも分かんない状態になってしまった。これは酷い。

 ……しかし、むしろこれらの状況は歓迎すべき事だ。

 このまま吹雪がどんどん強くなって、俺がヴェルクトとディアーネとはぐれて、困ったころに氷の魔女は現れるはず。

 ……という事で、ディアーネの手をちょいちょい、とつついて合図してから、俺は見えない視界の中を真っ直ぐ突き進む。


 途中から向かい風は追い風になり、俺はどんどん前方へ前方へ、と進まされることになる。

 これは来たな、と、内心にやりとしていると……突如、前方の吹雪が部分的に晴れた。

「まあ……随分と可愛い子が残ってたものねえ」

 そしてそこには髪も瞳も氷のような薄青をした女が立っていたのである。


 うーん、ま、美女の部類に入れてやってもいいかな。魔女ってぐらいだからまあ、そんなに不細工って事も無いだろうとは思ってたけど。

「さ、坊や。そんなところでどうしたの?凍えてしまうわ、こっちへいらっしゃい?」

 そして、目の前の魔女は俺に手を差し伸べて、うっとりとした微笑みを浮かべるのだ。

「え!?何!?聞こえなーい!」

 ……が、吹雪が晴れたのは前方2m分ぐらいだけ。

 横も後ろも、むしろさっきまでより強く、吹雪がびゅーびゅーやってるのである。

 しかも俺は耳当てしてるからね。聞こえなくたってしょうがないよね。

「坊や!こっちへいらっしゃい!」

「おねーさん誰ー!?なんて言ってるのー!?」

「こっちへ!いらっしゃい!」

「聞こえないよー!」

「ぼ!う!や!」

「もっと腹から!声出せよー!」

「……ああもう!」

 あまりにも俺の耳が遠いのに苛立ったらしく、氷の魔女は宙で手を振ると、吹雪が大分和らいだ。案の定、この吹雪は氷の魔女の魔法によって起きていたものらしい。

 俺は氷の魔女が吹雪を弱めることを狙って耳が遠いふりなんぞしていたのだ。これで、離れて隠れているであろうヴェルクトとディアーネにも俺の様子が見えるはず。

「坊や、この町の子じゃないのかしら?」

「うん」

「あら、そうなの。どうりでねえ……」

 道理で警戒しない、とでも思った?だろうね。

「お父さんとお母さんは?」

「母さんは死んだ。で、俺、親父から逃亡中なの」

 真実なんだけど、ここ2つ繋げて言うと、まるで母さんを殺した親父が俺も殺そうとしてるから逃げてきた、みたいな風に聞こえるね。半分以上真実だけど。

「……そう、大変ね」

 そう言いつつ、氷の魔女の表情は一瞬、喜悦に歪んだ。

 そりゃ、親から逃げてるガキほど攫いやすいものは無いからね。

「なら、私の城へ行きましょう?美味しいごはんもふかふかのベッドもあるわ。お父さんから逃げているなら隠してあげる」

「ほんと?わーい!いくー!渡りに船ー!」

 ま、渡りに船なのは本当だし、断るつもりはさらさら無いとも。

 存分に誘拐してくれたまえ。その後でえらい目に遭うことを覚悟の上でな。


「お名前を聞かせてくれるかしら?」

「勇者様って呼んでくれていいよ」

「あら、教えてくれる気は無いって事かしら?そう、なら、お城に着いてから聞くわね」

 氷の魔女はそう言ったかと思うと、雪に踵を一度打ち付けた。

 その途端、雪は形を変えて、そりとそりを引く馬だかトナカイだか良く分からん何かの形になった。

 氷の魔女は俺をそりに押し込んで、さっさとそりを出発させた。

 ……この魔法も気になるので城とやらに着くまでに解析してやろっと。




 魔法の解析を十分楽しむ間にも、そりはかなり変な軌道で山を登っていった。

 ……登っていった。

 そりが。登った。

 ……多分、そりの足元の雪の形を瞬間的に変えてそりを押し上げたりしてるんだろうけど、中々こう、なんというか、こう……気持ち悪い動き方だな!

「あれが私の城よ」

 そして、そうこうしている間に、氷の魔女の城が見えてきた。

 雪と氷でできているような城だ。

 綺麗だけど……寒そう。




 城の前に滑り込んだそりは、すぐに崩れて元の雪の形に戻ってしまった。芸術点をやろう。

「ここが山のてっぺん?」

「ええ、そうよ。ここがスティリア山の頂上にある私の城」

 ほー。かなりお早い到着だったなあ。この山を徒歩で登るっつったらかなり大変だっただろうし、やっぱりこの魔女、利用して良かった!


 氷の魔女に導かれて城の中に入ると、案外見た目程寒くは無かった。

 どうも、氷と雪でできてるのは外観だけらしく、内部は普通に大理石や水晶でできてた。

 あーよかった。流石に俺、冷凍庫みたいな城に入るのは嫌である。

「……さて、改めてお名前を聞こうかしら?」

「ジョルジュ・フェルデナント・ドナドナ3世!」

「……まだ答える気は無い、って事かしらね。まあいいわ。お腹は空いてないかしら?すぐ食事にしましょうね。城の食事はとっても美味しいわよ。食べたらお名前も教えたくなっちゃうくらいにね」

 ……それって一服盛るってこと?

 やだなー、魔力が体内に働きかけるタイプの薬なら効かないと思うけど、まともに体に働くような薬だったら効いちゃう気がする。いくら魔法が効かない俺でも薬盛られたらちょっと危ないもんね。

 という事で、食事は回避したい。

 しかし、食事を目の前にしちゃったら多分、食べないって事は難しいだろうし、さっきみたいに雪を動かしてどうこうされたら無理やり食わされちゃう可能性すらある。

 という事は、食事そのものをまずは回避する必要がある訳で……そして、そのどこかで隙をついて、氷の魔女を伸してやればいいのだ!

 となれば、選択肢はおのずと限られてくる。

「それより先に寝たい!眠い!疲れた!ね、この城のベッドってふかふかなんでしょ?」

 そう!俺の明晰な頭脳が弾きだした答えはこれだ!

「あら……寝たいの?ふふふふ、なら仕方ないわねえ。ええ、ベッドはふかふかよ。ゆっくりおやすみなさいね」

 楽し気に氷の魔女はそう言うと、食堂へ向かっていたっぽい足を別の方向へ方向転換させた。

 ……計画通りである。




「ここが坊やの部屋よ」

 そして通されたのは、中々に品の良い一室だった。

 大理石の床と壁には、空色や青の絨毯やタペストリーが誂えてあり、寒々しい印象は無い。

 白い薄絹のカーテンがかかっている窓は、硝子じゃなくて水晶でできているらしい。中々凝ってるなあ。

 外套とか手袋とか一通り外したら、ベッドに潜りこむ。

 ……宣言に違わぬふかふか加減である。

「わーいふかふかー」

 ベッドの中でふかふか加減を堪能しつつ、氷の魔女の様子を窺う。

 氷の魔女は嫌な笑みを浮かべつつこちらを見ていたが、1つ頷くと、おやすみなさい、と言って……部屋を出ていった。

 ……。

 ……あれ?襲って来ないの?あれ?




 俺の完璧な作戦がここに来て頓挫した。いやー、まさか、ここで手ぇ出してこないとは。

 なんだろ、プラトニックな趣味の人なの?いやあ、あの顔見る限りそれもなさそうだし……。

 ……まあいいや。とりあえず、一回部屋出て探検してこよう。

 城内を漁ってめぼしい物は全部回収していってやる所存である!

 ……それに、まあ、攫われた少年たちが見つかるかもしれないしね。うん。見つかったら何とかしてやらんでも無いよ。うん。


 という事で、腑に落ちないまま部屋を出て、城内の探検に行くことにした。

 魔力を見る目で城内を見てみれば、氷の魔女の場所は大体分かる。それから、『めぼしい物』の位置も。

 魔力を頼りに城の中を進んでいけばいいんだから、ま、簡単なお仕事ではある。


 まず、めぼしい物1つ目。

 膨大な魔力を秘めているらしい魔石。水属性の魔力がたっぷり詰まった上物である。えへへ、収穫収穫。

 次に、めぼしい物2つ目。

 なんか透明な石が付いてる首飾り。やたら冷たいから、これもそういう呪物なんだろうな、多分。鑑定は後に回すけど。

 更に、めぼしい物3つ目。

 刃が氷でできてる短剣!これはウルカに持ってってやったらきっと喜ぶね。

 そして最後に、めぼしい物4つ目。

 ……大理石と水晶と銀とでできた美しい部屋の中に飾られた、氷の像。

 1つじゃない。10は下らない程度の数の、眠る少年の氷像が陳列されていたのである。

 ……成程、こういう趣味かぁ……。


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