70話
とりあえず、宿の中を見回ってみたんだけど、宿に居た人は全員凍ってた。
「……どーしよーね」
「とりあえず、町の中を一通り見てみましょう?」
このとっても不自然な現象、どー考えても、何か原因があってああなってるはず。
町に他に人が居れば、その人が原因知ってるだろうな、ってのもあるだろうし。
……そして何より、俺は『人をここまで綺麗に氷像にする魔法』について知りたい!これ、絶対レアだもん!
冷凍保存ってのは前世でも大切な技術だった。
急速に冷凍することで、水分は細かな結晶となって凍る。ゆっくりのんびり冷凍した時と違って、水分が大きな氷の結晶にならないから、食材の組織を壊す程度がかなり低い。
そうして急速冷凍された食べ物ってのは、鮮度そのままに美味しく保存できる、って訳で……。
……その技術って、きっと、薬とか薬草の類にも使えると思うんだよね。
見たところ、この魔法、滅茶苦茶急速に、かつ均一に対象を凍らせた後、対象を氷の膜で覆ってしまう、というものらしく……保存技術としてはパーフェクトである。
知りたい。これも多分、水系統の古代魔法なんだろう。知りたい。この魔法があれば調達がめんどくさい薬草魔草も簡単に調達できるだろうし、保存が難しい素材も保存して置けるようになるかもしれない!知りたい!この技術欲しい!
という事で、俺の知識欲と『どうしてこの町はこんな事になっているんだ!魔物の仕業か!』っつう薄っぺらい正義感と好奇心、そして『今晩の宿、どうしよう』という割と切実な理由によって、俺達は宿を出て、町を一通り見て回ることにした。
……んだけど。
「……人が居なーい」
「静かだったものね」
通りに居ないだけでは無い。マジでいない。人っ子一人いない。
武器屋とかに入ってみても、人が居ない。
丸っと人が居ない家もあれば、さっきの宿みたいに氷像が居る家もあった。
けれど、それらの家屋、つまり、この町の家屋全体に言える事だけど……長らく、誰も使っていないようなのだ。
「つららが無いから、この家なんてずーっと空き家って事だ」
「つらら?」
「つらら。……知らない?」
ディアーネもヴェルクトも、つらら?とばかりに首を傾げている。
……まあ、うん。ヴェルメルサなんて年中あったかいし、アイトリウスも雪が年に1回2回降るかな、って程度だし。つららなんて知識としてすら無くてもおかしくないのか。
「えっとね、つららってのは、屋根とかに積もった雪が溶けて、それが滴りながら凍っちゃったやつ。屋根の淵から氷の角みたいなのが下向きに生えてくるんだ。で、つららができるからには雪が溶けなきゃいけなくて、雪が溶けるって事は、当然、その家の中で人が生活していた……火を使って熱を発していた、って事になる訳」
つららの何たるかをざっと説明したら、2人は頷きつつ、つららというものの仕組みを理解してくれたらしい。
「成程な。……つまり、つららは人が生活していない限りできない、という事か」
「そゆこと。だからこの町で人を探そうと思ったら、つららを探せばいいの」
いい加減空き家と氷像の割合を見るのも飽きたので、さっさと人を探そう。残念ながら、氷像は喋ってくれないからね。
つららを探して町の中を歩き回った所、町の集会所のような場所に、いっぱいつららができているのを発見した。
「……あそこは人が居そうだな」
「ね。じゃ、突撃すっぞ」
早速、集会所の扉を叩く。
「こんにち」
その途端。
扉が思い切り開いたかと思ったら、中から槍だの鍬だのが飛び出してきた。
慌てて飛びのいてそれらを躱すと、飛びのいた俺と入れ違いになる様にヴェルクトが突っ込む。
そして、あっという間に短剣1本(光の剣は使わなかったみたい)で、中を鎮圧してくれた。
……扉の内側には、ほんの数秒の間にヴェルクトに伸されたり武装解除されたりした人達が数人。
中々いい手際だったんで、思わず、ひゅう、と口笛を吹いて賞賛してやった。
「やるじゃないのよ、ヴェルクト」
「……茶化すんじゃない」
とりあえず、いきなり襲ってきた人たちはもう戦意喪失してるみたいなんで、近づいて話を聞いてみることにした。
「ええと、いきなり襲い掛かってくる、ってのはどうかと思うよ?大丈夫?立てる?」
低級ポーションならあるよ?って事で鞄を漁ってポーションを出してやる。
「……ま、魔女じゃない?」
「え?何の話?」
俺が魔性の魅力を兼ね備えてるって話?え?違う?確かにヴェルクトと俺は魔女じゃないけど、ディアーネは魔女だぞ。
「こ、これは……大変失礼を!」
「大変だ、早く中へ!」
大変失礼を、って言ってる割には更に失礼を重ねんが如く、俺達は建物の中へ半ば強引に引っ張りこまれたのであった。
建物の中はそこそこ広かったが、人がひしめき合っているような状態であった。しかも、火がガンガン焚いてあって暖かい通り越して暑いぐらいである。
その人ごみの中から身なりの良い人がやってきて、俺達を奥の間に通してくれた。
見たところ、この人がこの町の町長、って所だろう。
「改めてお詫びします。本当に申し訳なかった」
「いや、まあ……そっちも何か事情があったんですよね?」
ここの町の人達の目は確かだな。多分、ヴェルクトが俺を庇うように動いてるのとかを見てなんだろうけど、この中で俺が一番偉いって事をさっさと見抜いた。
「ええ。……この町に来られて、あまりに静かなので驚かれたでしょう」
「……凍り付いた人が居ましたが」
雪が強くなって吹雪になってきたのか、鎧戸ががたがたと音を立てる。
部屋の中は暖炉に火が入っててあったかいけど、音だけで寒くなるような感覚すら覚えるね。
「ああ、宿をご覧になったのですね。……はい。そうなのです。宿だけじゃない、この町のそこかしこでは人々が凍り付かされています」
「魔物の仕業ですか」
「魔物……なのでしょうか。私達にもよく分からんのです」
ひゅお、と、ひときわ鋭い笛の音のような、風の音が外に響いた。
その音に、隣の部屋から悲鳴が上がる。まるで、吹雪を恐れるかのように。
「……このような吹雪の酷い日は、奴が来るのです」
町長は疲れ切った顔で、窓の方を見た。
鎧戸がしっかり閉めてある窓からは外は見えなかったが、外では吹雪がますます酷くなっている気配がする。
「それが『魔女』ですか」
「……はい」
成程、そいつがこの町の人達を凍らせたりしてるんだな。
……そいつ、話通じるかなあ?俺に魔術教えてくれる気、無いかなあ……?
「事の始まりは3月程前の事でした」
町長は、『魔女』とこの町について、話してくれた。
3か月程前のある日、『氷の魔女』を名乗る女(っぽいけど人間かは不明)がスティリア山の頂上から(と本人が言っていたらしい)やって来た事。
そして、その『氷の魔女』は、グラキスに対して、とんでもない要求をしてきたという事。
当然、要求を突っぱねた所、『氷の魔女』は怒って、町の人を凍り付かせて氷像にしてしまったという事。
それ以来、『氷の魔女』は度々グラキスに来てはブツを要求し、抵抗する人を凍らせてブツを奪っていくのだという事。
だから、グラキスの人達は吹雪が酷くなりそうな時はこうして集会所に集まって火を焚き、『氷の魔女』から身を守っているのだという事。
……そして。
「中には、家族を凍らされるくらいなら、と、自ら氷の魔女の元へ向かう少年もいて……ううう……」
……氷の魔女が要求しているのは、5歳から13歳ぐらいまでの、とりわけ見目麗しい少年である、という事。
……。
氷の魔女はショタコン!オッケー覚えた!
「……ですから、お客人方は今晩はこちらへお泊り下さい。この暑さなら、氷の魔女と言えど、中へ入ってくることはできません」
何が『ですから』なのか、っつったら、当然、俺である。
まず、見目麗しいだろ?世界で指折りの麗しさだろ?
んで、5歳から13歳ぐらいまでの少年……ええと……に、まあ、見える、んだろう。うん。いいよ。俺もそこは自覚してるよ。つうか自覚して既にそれを利用して行動したりしてるよちくしょー。
というか、例えそう見えなかったとしても、俺の麗しさからすりゃそんなもん帳消しである。俺の美しさは全てを超越するのだ。
……だからこそ、町長は俺にそういう申し出をしてくれたんだろうけどさ。
「お心遣いはありがたいのですが、私達は宿の部屋をお借りします」
「な、何故ですか、そんなことをすれば、氷の魔女に攫われて……あ、もしやお客人は女性でいらっしゃいましたか?しかし、氷の魔女はそんなことお構いなしに来るやもしれぬのですよ!?……はっ!そ、それともお客人は精霊か妖精か何かの!?な、ならばますます」
「いやいや。町長殿、落ち着いて下さい」
混乱気味に慌てて言葉を重ねる町長さんは、本気で俺の事を心配してくれてるんだろう。
ショタコン魔女の魔の手に俺が攫われないように、って、本気で心配してくれてるんだろう。
……が。
「むしろ、好都合なのです。氷の魔女に攫われるならば、それは氷の魔女と相見える事ができるという事。……ご心配なさらないでください。私、シエルアーク・レイ・アイトリウス!アイトリウスの血にかけて、このグラキスを氷の魔女の手から救ってみせましょう!」
『スティリア山のてっぺん』から来た魔女が『攫う』ってんなら、当然、『スティリア山のてっぺん』に連れてってくれるんだろ?
……登山の手間、丸ごと省けるじゃん!超便利!




