69話
しかし、これでやっと、『なぜ古代遺跡は湖底に沈んだか』の解が出たな。
……あの遺跡は、この『空間を作る魔法』を隠すために水の底へ沈められたんだろう。いや、順序は分からないけど。都が沈む事になったから『空間を作る魔法』を隠したのか、隠すために沈めたのかは微妙なところだけれど……多分、後者だろうなあ、と思う。空間を作る事ができるぐらいの技術があれば、沈む都なんていかようにもできるだろうし。
……そして、沈んだ古代遺跡はそのまま、『空間を作る魔法』を守る壁となった。
水の底へ辿りつけるだけの魔法が使えて、古代遺跡にある数々のお宝だけで満足しなくて、古代魔法装置を復旧する知識があって、そして、石碑の文字に惑わされず、本質を見抜く力があって、更に、その魔法を手に入れる知識とセンスがあって。
そうして初めて、『空間を作る魔法』は手に入るのだ。
それだけの価値がある代物だし、そのぐらい厳重にしておかないと危険な代物でもある。
……リスタキアに来てよかった。これが手に入ったってだけで、もう十分な価値があった。
さて。俺を満足させるだけの十分すぎる収穫もあった事だし、さっさと帰ろう。で、帰ってさっさと次の目的地に移動して、さっさとリスタキアを出よう。そうしよう。
ゲートを潜りぬけて、元あったようにゲートを閉じて、空気の部屋を作る古代魔法装置も止めた。
その途端、四方八方から水が押し寄せてきて俺達は水の中に放り込まれる。
……そこで、俺達は気づいたのである。
人魚の秘薬の効果が切れていたという事に。
「~~~~~~~~~!!!」
うっかり息を吸おうとして大変な事になったらしいヴェルクトと、比較的冷静なディアーネを引っ張って水面に向かって猛スピードで泳ぐ。ああ、人魚の鱗の効果は時間制じゃなくて本当に良かった。
俺自身も息が続かなくなりそうだったが、途中で我に返ったヴェルクトが苦しみつつも何とか自力で足を動かしてくれたこともあり、溺死は避けられた。
「っぷはっ!ああああ!死ぬかと思った!」
水面に顔を出した瞬間の、『生き延びました』感が凄かった。ああ、空気っておいしいのな……。
湖の淵まで泳いでいって陸に上がると、ヴェルクトがすさまじい勢いで咳き込み、肺に入りまくってしまったらしい水を吐き出していた。ご愁傷さまである。
「……そうね。そういえば、シエルは随分長い間、石碑の前に居たものね。薬の効果が切れていてもおかしくなかったんだわ」
ディアーネが珍しく、やや疲れた顔をしている。うん、ゴメン。
「俺、どのぐらいあそこにいた?」
「……空を見れば分かるんじゃないかしら?」
……うん。そーね。
空はもうすっかり白んできている。
夜の割と早いうちから出てたんだから……6時間ぐらい、俺はあの石碑の前に居たって事かな……。
「早く戻らないといけないんじゃなくって?」
「……だが、今戻ったら逆に、けほ、怪しまれないか?」
宿の人には出てくるところを見られてるから、怪しまれる可能性は十分にある。そうでなくても、この時間に街門を通ろうとしたら、流石のザル警備でも怪しんでくるだろうし。
だが、俺に死角はない。
こうなることを想定して、俺はちゃんと準備をしてきたのである。
「はい」
水袋の中から、酒瓶を取り出した。
「……これはなんだ」
「酒。割と強い奴。これを言い訳にします」
ね。俺の準備は抜かりない。ちゃーんと、帰りが遅くなっちゃっても言い訳が効くように準備してあったのだ。
「こんな時間の帰りになっちまった以上、宿の人に言い訳しなきゃいけないだろ?……夜景を肴に外で酒盛りはじめちまってこの時間になりました、って事にすりゃあいい」
その為に強い奴をわざわざ用意しておいたのだ。俺ってば完璧。
「瓶の5分の1ヴェルクトが飲んで、5分の4ディアーネが飲めばちょうどいいかんじに2人とも酔っぱらうだろ」
そんなに大きい瓶じゃないからな。ウルカの所で飲んだ感覚からすると、これでディアーネはほろ酔い、ヴェルクトは泥酔、って所だろう。
「シエルは」
「俺は未成年だからジュース飲んでたんですー」
なんという面の皮の厚さ、みたいなぼやきが聞こえた気がしたけど気にしない。
「ま、この辺りじゃ碌に魔物も出ねえし、言い訳としては『ちょっと不用心な旅人』って事で十分通ると思うぜ。酔っぱらってりゃ多少言動が支離滅裂でも許されちゃうしな」
「そうね。全部お酒のせいにしてしまえるのは楽でいいかもしれないわ」
貸して頂戴、と微笑むディアーネに酒瓶を渡すと、ラッパ飲みで一気に中身を減らしていった。おっとこまえー。ヴェルクトはそんなディアーネを青い顔で見ている。まあ、こいつには致死量かもしれないね。
「こんなものかしらね」
そして、綺麗に5分の4ぐらいまで飲み干すと残りをヴェルクトに手渡した。
「……ただ酔うだけならこれの半分もあれば十分に足りるんだが」
「うるせえ命令だ文句言わずに飲め。骨は拾ってやる!ついでに二日酔いの薬を処方してやろう!」
二日酔いの薬はオーリスで散々作ったからね。まだまだストックはあるぜ。
「ね?ヴェルクト。……それとも、飲ませて欲しいのかしら?」
微妙に酔いが回って仕草が色っぽいディアーネが手を伸ばしてヴェルクトの頬から顎にかけてをするり、と撫でて妖艶に笑う。
……あららっ、ディアーネが結構酔っぱらってる。あ、そうか。さっきまで苦手な水の中にいたもんだから、結構疲れてたのね。成程。
普段から年の割には言動が大人びてるし出るとこ出てるし、年不相応に妖艶な奴ではあるが、それにほろ酔い加減が加わってますます妖艶さに磨きがかかっている。
「……シエル、飲むからディアーネをどうにかしてくれ」
そんなディアーネを前に、固い表情で直立不動のヴェルクトは遂に陥落した。
「お前、こーいうのには弱いね」
「……なんとでも言ってくれ」
ディアーネをヴェルクトから剥がして俺にくっつけておく。ディアーネは元々割と体温高い方だけど、今はいつにも増してぬくぬくである。
「ヴェルクト、貴方、シエルの騎士になったのならこの程度はあしらえないと大変よ?シエルが王になるともなれば、シエルに取り入るために貴方を狙う貴族の子女なんていくらでもいるでしょうから」
あー……そうなると、今までアンブレイルに媚びてた連中が皆俺の方に来るのか。
妾の子とはいえ、俺と結婚すれば王族の仲間入りだ、っつうもんで、俺を狙ってくる貴族連中は割といたけど、俺が魔王ぶっ殺して勇者として名乗りを上げて凱旋して王になって世界征服しちゃったら、多分、世界中から求婚が殺到するよな。これ。
そしたらヴェルクトも当然、その被害に遭うだろうし。ディアーネも勇者の仲間だって事でかなりそこらへん大変になりそうだけど、こいつはむしろそれを利用してどこまでものし上がっていけるタイプだから全然心配いらない。
そうして俺にくっついたままくすくす笑うディアーネから逃げるようにヴェルクトは酒瓶を空にすると……ぶっ倒れた。
「……生きてるー?」
「……生きてる……」
……俺の肩、両方埋まっちまいそうね……。
水を飲ませたり少し休んだりしたところ、ディアーネは自力で普通に歩くのに何の心配も要らなくなったので、泥酔しているヴェルクトに肩を貸しつつ、半ば引きずるようにしてラクステルムの街門をくぐった。
俺の作戦は完璧だったので、『外で酒盛りしちゃいました』っていう言い訳と、金貨100万枚ぐらいの価値がある俺のスマイルでさらっと通れた。
宿に戻った時にも同様に言い訳すれば、『仕方ない人達だねえ』みたいな事は言われたものの、まさか盗掘してきたとは思われなかっただろう。
俺の明晰な頭脳が導き出す作戦と俺の笑顔があれば大体の人間なんて簡単に騙せるし誤魔化せるのだ!
ヴェルクトの部屋にヴェルクトを投げ込んで、ある程度装備を外してやって、枕元に水差しと二日酔いの薬を置いてやったら俺も部屋に戻って寝る。
……が、眠れない。
原因は分かっている。アレだ。『空間を作る魔法』だ。
莫大な魔力が必要ではあるが、逆にそれさえあれば、ありとあらゆることがかなりとんでもない自由度でできちゃう、って事である。
瞬間移動も自由自在だし、気に食わない奴をしまっちゃおうねできるし、物の保存も簡単だし。
……だからこそ、魔力は今の内に貯めておきたい。
物から魔力だけを綺麗に吸い取って、ロス無しで移動させられるなんて、今の内だけだろうからね。
という事で、何もしないと眠れそうにないので、ちょこっと外に出て宿の近くの空き地に生えてた草から魔力を吸って魔石に貯めておいた。
こーやって大量の魔力を今の内に貯めておけば、後でいくらでも空間作れるからね。
ちょっと未来に向けた作業をしたら満足したらしく眠くなってきたので、宿に戻って寝ることにした。
……仮眠は摂ったけど、やっぱりちゃんと夜に寝る事に越したことはないしね。
翌朝、思ってたより大分大丈夫そうなヴェルクトとディアーネと合流して、朝食を摂って、宿を出た。
「ヴェルクト、調子どーお?」
「……良くは無い。が、そこまで悪くも無い」
「ああそう」
まあ、仮眠したとはいえ、半分徹夜だった訳だから、今日はあんまり無理せずに行こう。
……なのになんで今日一日ラクステルムでゆっくりしなかったか、っつうと、盗掘品持ったまま盗掘現場に居残る事はしたくなかったからである。
忘れちゃいけない。俺達は湖底遺跡から古代銀いっぱい、魔石いっぱい、古代魔法の魔道具に古代魔法そのもの……と、かなりバリエーションに富んだ盗掘を行ってきたばっかりなのである。
幾らラクステルムの連中が日和ってるからって、流石に町の中で盗掘品を広げて改めて検分する、ってことはしにくいからね。早い所、次の目的地に移動して、今日はそこでゆっくりする予定だ。
「って事で、次の目的は『永久の氷の欠片』。一番高い所、ってんだから、とりあえずスティリア山に登るぞ。今日の所は麓のグラキスで一泊ね」
「スティリア山、というのは、あそこに見えるあれか」
「うん。あそこの雪だか氷だか分かんないでかい山が、スティリア山」
ラクステルムを離れて1時間もルシフ君たちを飛ばせば、天候が少しずつ怪しくなってくる。
それもこれも、スティリア山に近づいているからである。
スティリア山の近くはいつでも雪が降るのだ。何故かは知らん。多分、精霊のお力なんだと思う。多分。
「……少し寒いな」
一応、俺達旅人だから、旅装って事で、防寒用のマントとかは持ってるんだけど……ヴェルクトはそれでもちょっと寒かった模様。
ちなみに、ディアーネは火の結界を纏う、という、超贅沢な防寒具を着込んでいる模様。
「グラキスに着いたら防寒具一式買い込むぞ。いくらディアーネが居るっつっても、限度はあるし」
「あら、寒いならあの山を全て溶かし尽くしてしまってもいいのよ?」
「よくないのよ?溶かされたら流石に困るぞ?」
「冗談よ」
……エルスロアでの溶岩道みたいな事をうっかりやったら、雪崩に雪崩でスティリア山自体が崩れかねない。やめて頂きたい。
グラキスが近くなってきた頃から、雲行きがいよいよ怪しくなってきた。
というか、雪が降ってきた。
「吹雪く前にグラキスに入るぞ!」
「その方が良さそうね」
吹雪の中の行進は嫌なので、ルシフ君たちにはちょっと頑張ってもらって、とばしていこう。
……スピード出すとますます寒いね……。
そして昼前には余裕でグラキスに到着。
その頃には雪が結構強くなってたんで、急いで良かったね、って所である。
「……静かな町だな」
雪が降ってると音が吸収されて静かになる、とは聞いたことがある。
が、この静けさはそれによるものじゃない。
人が居ない。人が外に居ない。
……雪が降ってるからかなー、とも思ったけど、グラキスなんて年中雪降ってるような土地柄だし、雪のせいで外出しないって訳にもいかないだろう。
「何かあったのか?」
「さあ……」
……今まで培ってきた感覚が、なんか警鐘を鳴らしてる気がする。
「とりあえず、宿に入らない?私はともかく、シエルとヴェルクトが凍えてしまうわ」
が、俺達の目的は変わらない。
今日の所はさっさと宿に入って、準備して、明日から登山するのだ。
という事で、大通りに面した宿に入った。
……入った、んだけど。
「……シエル」
「おう」
「これは一体」
「……俺が聞きたい」
宿に入ってすぐ、カウンターの向こう側。
そこには、氷像が1体、立っていた。
その奥では、帳簿を捲る人間の氷像。脇には洗濯物の籠を抱えている氷像。
……なんか、こう、まるで……人が凍っちゃってるみたいな……いやーな予感がするんだけどね?




