6話
アイトリウス王国は大昔に勇者が作った国であり、その国土は女神の加護を受けた地であると言われている。
西大陸の最南東。3方を海に囲まれたこの国は気候も穏やかで、かつ、魔力の豊富な土地である。というか、魔力しか豊富じゃない土地でもある。
……だから、アイトリアは魔法の都として発展を遂げてきたんだけどね。
鉄資源に乏しい国なんで、兵器を作る資材があんまりないのだ。
どうせ魔力が豊富な土地柄なんだから、いっそ魔法に突き抜けちまえ、っつう発展の仕方をした国で……だから俺は幼少期から魔法を勉強しまくることができてたわけなんだけどね。他の国じゃあそうはいかない。
さて、そんな魔法の都アイトリアは天然の要塞だ。
北にはロドリー山脈が横たわり、南にはカトロ湖が揺れ、その更に南にはコトニスの森が茂る。
だから戦時、敵国兵はアイトリアを攻めるのに大層苦労したらしい。どっちも魔力が豊富な土地なんで、夜になれば魔物が出るのは勿論、昼間でも気まぐれな妖精が出てきて悪意ある人間には悪戯したりするし、精霊が怒ればカトロ湖が大津波になるし。
……そんなわけで、南にがっつりカトロ湖があり、北にどっしりロドリー山脈があるアイトリアから他の町に行こうとした場合、普通は東か西へ進む事になる。
東には港町リテナがある。
そして西にはシェダー、エレイン、と2つの町が続き、そこから更に北西に向かっていけば、もう隣国ヴェルメルサとの国境を超える。
アンブレイルは多分、アンブレイルの母(つまり王妃)の実家があるシェダーに寄ってからヴェルメルサを目指すんだろう。
何故なら、ヴェルメルサには魔王封印に関わる7つの祠の内1つがあるからだ。
世界の各国に1つずつ、合計7つ。魔王封印の役割を担う祠がある。
当然、アイトリウス王国にもある。確か、城の横にある神殿の中にあったはずだな。
で、それらが魔王を封印している訳だが……そんなに難しい話じゃない。
ええと、まず、魔王は異次元空間にいる。
……ジッ○ロックに入れられた鶏むね肉でも想像していただきたい。
そして7つの祠は、魔王の居る異次元空間の入り口をふさぐもの。
……つまり、○ップロックのチャック部分。袋の入り口をジップしてロックする役目を果たしている。
しかし今は、その異次元空間の中で魔王が暴れ回って、ついに異次元空間の入り口が開いてしまったのだ。
……ジップ○ックのチャック部分の端っこが開いてしまった状態だな。
今はまだ、異次元空間の入り口は開ききっていない。だから、魔王はまだ、異次元空間の穴を通れる魔物を派遣したり、そこから闇の波動をみょんみょんさせる程度に留まっている。
……鶏むね肉の肉汁が漏れてる程度で済んでる、ってことだ。
しかし、このまま魔王を放っておくと……だんだんジ○プロックのチャック部分が開いていってしまい、最終的には中身の鶏むね肉が出てくる。そうなるとあわや大惨事、という事になる訳だ。
……なので、これから7つの祠を巡り、もう一度異次元空間の入り口をジップしてロックし直す必要がある。
当然、はみ出かけてる鶏むね肉をぶちのめして、もう一度大人しくジップロ○クに詰め直してやる必要があるわけで、それがいわゆる『魔王討伐』、て訳だな。
……話が生臭くなったが、つまり、そういう事。
魔王をもう一度封印するためにはただ魔王を殴るだけじゃダメで、魔王の居る異次元空間の入り口を封印し直す必要がある、って事だ。
……なんとなーく、ここまでで分かると思うが。
つまり、俺はその7つの祠。完全にスルーして大丈夫。
何でって、俺の目的は魔王を『封印する』ことじゃなくて、『倒す』いや、『魔力をぶんどる』事だから。
ジップロッ○の蓋をする?生ぬるいね!
当然、中身の鶏むね肉を消滅させるつもりだっつの!
……まあ、その7つの祠に無駄に行かなくていいってのはいいんだけど、その分、魔王をぶちのめすための戦闘力は必要になる。
……ここについて、驕るつもりはない。
驕るつもりはないが……正直、負ける気がしない。
何故、なんて、考えるまでも無い。
俺は今、『魔力を吸収する』事にかけては完全無欠なのだから。
……あとは、そこを特化させるなり、俺の能力を魔道具に落とし込んでいくなりして、最終的には魔王から魔力を奪えるようにうまいことやればOKである。
魔力を奪われたら当然、魔王といえどもまともに戦えるはずが無いからね。適当にとどめ刺してやればそれでいけるはず。
……ってことで、アンブレイルは頑張って、7つの祠を巡って、封印し直す。
その間に俺は世界各国を巡って、魔王から魔力を奪う手段を手に入れる。
では、どうやったら、魔王から魔力を奪って俺のものにできるか。
……すごく簡単に仕組みだけ考えると、アンブレイルが俺に使った禁呪を書き換えて真っ当なものにして、そこに俺の『触ったものから魔力を吸収できる』という稀有な能力をはめ込んで、間に『俺の魔力』を挟んで、魔王の魔力を俺のものとして書き換えて定着させる、みたいな、そういう仕組みになると思う。
当然、それを魔法具に落とし込んでいく作業も必要になるから、結構大変だな。
その技術だったり、材料だったりをこれから世界を巡って集めていくわけだけれど……。
……最初に俺が目指すのは、ヴェルメルサの港町、クレスタルデ。
そこに、最も大切な材料の1つである『俺の魔力』が残っている……はずだ。
クレスタルデは、遠い。
普通に行くなら、アイトリアから東へ向かって港町リテナから海路で内海を回って行く事になる。
……しかし、それは駄目だ。
1つに、俺がアイトリウス国内で船に乗る、って事のリスクの高さね。どこで顔が割れてるか分からないから、下手に動くとそれだけで捕まりそう。
……そして、それ以上に、内海を回る海路のリスク。
内海、ってのは、西大陸と東大陸に包まれた、世界の中心の海である。つまり、眠りの地ドーマイラに近い。
……リテナからクレスタルデへの航路って、岬を避けるために迂回するので、ドーマイラの割合近くを通る事になっちまうのよね。
つまり、魔王が復活しちゃった今、それってとってもリスキー。
俺、見えてる地雷はあんまり踏みたくないタイプ。
……ってことで、俺はクレスタルデまで徒歩で行くしかないように思える。
が、1つだけ、抜け道があるのだ。
アイトリアから真北にロドリー山脈を越え、そのまま北上したところにあるアイトリウス王国の最北端の岬。リテナからクレスタルデへの航路の邪魔になる岬に、古代魔法による遺跡がある。
そして、その遺跡の対になる遺跡がクレスタルデのすぐ東にあるのだが……その間を、古代魔法が結んでいるらしい。
はっきりさっぱり言っちまえば、その遺跡と遺跡の間を『瞬間移動』できるようなのだ。古代魔法ってすごいね。
……ね。これ、使わない訳にはいかないでしょうよ。ねえ?
という事で、俺はアイトリアの北、ロドリー山脈の麓まで辿り着いた。
午前中に出たのに迂回に迂回で迂回だったもんだから、今や日が傾きかけている。
今まで食べるタイミングが無くてずっと持っていたお弁当を今更食べる。
……うん。いい小麦使ってるパンって、やっぱ美味いな。
間に挟まってるベーコンも、冷めても美味い。がしがし噛むとその分旨味がにじみ出てくる、俺好みのお味であった。
……ここで東塔を脱出してから初めての休憩をとった。
これからロドリー山脈に挑むんだから、ちょっとぐらい休憩しておかないとね。
さて。
夜になったら魔物が出るのは間違いない。ロドリー山脈なら猶更だ。
だが、それでも俺はこれから更に進んで、明日の朝までにロドリー山脈を抜ける。
……山に登って超える訳じゃない。アイトリアからほぼ真北にひっそりと存在する、山脈の抜け穴を通る。
魔物が出ないとは思ってないが、俺の今の能力を考えると、逃げ場がお互いに無いような狭い場所でのほうがうまく戦えると思うのよね。
ま、いいや。出たとこ勝負出たとこ勝負。どうせここで待ってても危険な事に変わりはないしな。