68話
さて。
盗るものは盗ったし盗らなくてもいい物もたんまり盗ったから、別にこのまま帰っちゃってもいいんだけど……気になる。めっちゃ気になる。この古代魔法のゲート、めっちゃくちゃ気になる!
……何が一番気になるって、このゲートの周りには『起動すればすぐに使える範囲水抜き魔法装置』らしきものがセットされてるって事だ。
『起動すればすぐに使える範囲水抜き魔法装置』とはなんぞや、と言ってしまえば、簡単に言うと、水の古代魔法を発動する装置だな。
俺は天才だから、この今まで発見されていなかった古代魔法がどんなものか、一目見るだけで分かる。
この魔法は、水の中に空気を固定して生み出す魔法。水の中に空気でできた部屋を作ってあげるような、そういう魔法である。
これが意味するところはただ1つ。
……このゲートを作った古代人は、この町が……この古代遺跡が水の底に沈むという事を予想していた、という事だ。
もしかしたら、この湖底の古代遺跡は滅びた文明でも無く、捨てられた文明でも無く……ひと時の眠りにつかされ、起こされる時を待っていただけの、保存されていた文明だったのかもしれない。
そう考えたらもう俺、わくわくが止まらない。ノンストップわくわく。コンティニューわくわく。無限わくわく。
万物は俺に気になられちゃったが最後、俺の気の済むまでとことん追求される運命にある。このゲートも古代魔法装置も然り。つまり、俺によってとことん解明される事になるのだ。
早速、そこら辺を泳いでいたヴェルクトを引っ張ってきて、お手手繋いで古代魔法装置に魔力を流させてもらう。
その途端、眠っていた魔法が目を覚ます。
水の中に空気がふわり、と広がり、いきなり水から放り出された形になった俺達は湖底の砂の上に尻もちをつく。
「……なんだ、これは」
「古代魔法だろ。こーいう装置が作ってあったんだよ。……おーい、ディアーネー」
ディアーネも俺達とその周りの空気の部屋に気付いて、早速泳いでやってきた。
そして、尻もちをついた俺達のような愚は犯さず、垂直な水と空気の境目を優雅に乗り越えて、華麗に砂の上に着地した。
「不思議ね……水魔法でも風魔法でもないようなかんじ」
「実際、合わせ技なんだと思うぜ、これ」
ディアーネは水から出たという事で、早速火魔法を応用して体を乾かし始めた。まあ、ゲートの先がどうなってるか分かんないけどね。水の中かもしれないし。
俺達も一応乾かしてもらった所で、改めてゲートを見る。
「どこに繋がってんのかは分かんないけど、とりあえず動かすぞ」
ヴェルクトの手を引っ張ってきて、魔力を吸ってゲートの起動装置に流す。ちょっと想像してたよりいっぱい魔力が必要だったんだけど、最早ヴェルクトはこの程度じゃ文句ひとつ言わない。あんまり気にしてる様子も無けりゃ、体調に影響してるような様子も無い。
ヴェルクト、旅に出てから魔力量が上がってんのかもしれないね。こわいね。化け物かよこいつ。
「あら……ここはどこかしら?」
そして、起動したゲートの中には、見覚えの無い景色が映っていた。
……ちょっぴり、人魚の島あたりとでも繋がってんのかな、って思ってたから、その予想が見事裏切られて、益々わくわくである。
「俺も見た事ねーなあ」
「シエルも見た事が無い場所なのか」
「いやね?俺も西大陸は大体全部あちこち見て回ってるけど、東大陸なんて主要都市に一回二回行ってる程度よ?それも大体は魔導士としてだかんね?妾の子はあんましお外に出してもらえねーの」
「……そう言えばお前は妾の子だったな。堂々としすぎているから忘れていたが……」
という事で、流石の俺でも世界には知らない場所がいっぱいあるのだ。ゲートの向こう側は未知の世界。これは面白くなってきた。
「じゃ、入るか」
「そうね」
「……止めても聞かないんだろう?」
「あたぼうよ」
全員の了承も得られたところで、早速、ゲートの中へ進む。わーい、未知の世界だーい。
……今まで瞬間移動のゲートを使った時と同じように、何の感覚も無く、ただ一歩進み出ただけだった。
ゲートを潜った先、そこにあったのは。
「……なんじゃ、こりゃ」
俺すらも驚いた。
そう。ゲートの向こうにあったのは……例えるなら、神殿。
そしてその中央、祭壇には、巨大な石碑が立っていた。
「ここは水の中じゃないのか」
「分かんないけどね。ここ、ゲート以外に出入り口なさそうだし」
この神殿には、ゲート以外に出入り口が見当たらない。ある種、密閉された箱のようなものだ。
だから、箱の外が水だろーが火だろーがあり得るし、それと同時に、箱の中に居る俺達には関係の無いことである。
「あの石碑は何かしら」
「俺の予想が正しければ、とんでもないヤツだよ」
そして、俺の興味は、もう、神殿中央の石碑にしか向いてない。
「……読めないわ。古代言語でも妖精の言葉でも無いのね」
「そりゃあね……これ、多分文字じゃねえもん」
石碑には文字のようなものが刻まれているが、これの本質はそこじゃないのだ。
多分、文字はフェイク。古代人たちが、能力の無い者がこの石碑を見つけちゃったときのために、それっぽいものをフェイクとして作っておいたんだろう。
「これは、魔法だ」
俺の目にも、この石碑はただ文字が刻まれている石碑に見える。
しかし、魔力を見る目で見てやれば、そうじゃない事はすぐ分かるのだ。
言葉じゃない。もう、言葉なんかで残せるものじゃなかったのだろう。
この天才の俺ですら、これを言葉にしろって言われたらごめんなさいする。
「空間を作る魔法だ」
複雑怪奇に絡み合った、魔法なんて領域を超えてしまっているような魔法。
それが、ここに残された、最大の宝物だったのである。
「……空間を?」
「そ。ある意味、俺達が今いるこの世界も、空間。魔王が居るのはまた別の空間だし、クルガ女史とかの悪魔さん達が住んでるのもまた別の空間。つまり、『空間』ってのはここと繋がってる別の世界だと思えばいいよ」
「……別の世界……?」
……前世の俺的にはとっても分かりやすいお話なんだけど、ヴェルクト君にはちょっと難しかったらしい。
まあ、概念的なお話だからね。目に見える話じゃないから、ちょっと想像しにくいんだろう。
「芋、想像できる?」
「ああ」
「芋って、細い根っこで芋同士が繋がってるじゃん」
「ああ」
「繋がってるけど、別の芋でしょ?」
「……つまり、空間、というものは芋で、その芋の中身は根を伝って芋の間を行き来できる、という事か」
「だいたいそんなかんじ。ただ、芋はある魔法を使えば自由自在に根っこを切ったり伸ばしたりできるの。だから、芋が芋のどこに繋がるかはまちまち。悪魔の皆さんはそうやって勝手に根っこ伸ばしたり切ったりして自由気ままにこっちの世界に来たり帰ったりしてるでしょ?」
地面の下にたくさんのお芋が連なっている様子を思い浮かべてもらったら分かりやすかったらしい。
ヴェルクトは、成程、と言いつつ、なんとなく把握したような顔をしている。
「ただ、その芋自体を作るってのは、全くその方法が明らかにされてなかったんだよね」
それこそ、精霊たちが力を合わせて袋の口を閉じる、というレベルの話である。
その袋自体を作り出してしまうなんて、人間の手に負える業じゃないんだろう。
本来なら。
石碑に触れて、目を閉じれば、そこに空間を感じる。
手に取れるほどの大きさしかないであろうそれは、『存在しないけれど存在する』ものだ。実際に手にすることができる訳では無い。空間ってのは、そういうものだ。
……けれど、その小ささは、『空間』を標本として、見本として展示するには、とっても有効であった。
ある程度以上に魔法の知識とセンスが無いと読み解くことすらできない魔法を、『これ見て覚えろ』とでも言わんばかりに作られている空間を見ることで、補い、組み上げていく。
……俺の天才的なセンスと秀才的な知識を以てしても、それは困難な作業だった。
多分、魔力をこんなにはっきりくっきり見ることができるようになってなかったら、俺一人の力でどうにかできるものでも無かっただろうね。
そういう意味では、アンブレイルがやらかしてくれた所業ってのも、完全に悪いことばっかりじゃなかった訳だ。
こんな、人間どころか、妖精、妖怪、悪魔……精霊ですら成しえないような、大魔法を俺に習得させてくれたんだから。
……習得しても使えないんだけどね!
どのぐらい時間が経ったかは分からないが、遂に、解読作業が終わった。
今や、空間を作る術は俺の手の内にある。魔力さえあれば、今すぐにでもその魔力に見合うだけの空間を生み出すことができるだろう。魔力さえあれば。
「あら、シエル。もういいの?」
「うん。空間作れるようになった」
「……いよいよ神懸ってきたな」
空間を作る、という事に対する理解はあんまり無いものの、ヴェルクトはそれがいかにとんでもないことか、畏るべき所業なのかは感覚的に分かるらしい。
「精霊や魔王と肩を並べる術を手に入れた、という事よね?」
「うん。……魔力さえあればね」
……が、まあ、なんというか……ここがどーしても、ネックであった。
「……魔力が戻れば空間を作れる、というわけじゃなさそうね?」
「うん。そーなの。……多分、1つ空間作るのに、俺100人分ぐらい魔力が要る」
……神は神。精霊は精霊。そして人は人である。
知識もセンスも追いついたとしても、その魔力量はどーしたって、人間は精霊だのなんだのに敵わないのであった。
「だから、ま、魔王に期待って事で」
けど、まあ、魔王なら、ねえ?
魔王から魔力をぶんどれたら、多分、俺は今までの俺以上の魔力量を手にする事ができるだろう。
そーしたら、某猫型ロボットのお腹にくっついてるポケットも、タイムマシーンに繋がってる奇妙な引き出しも、異世界に繋がってるタンスも作り放題である!
……夢が広がるよなあ、これ。何作ろっかな!何作ろっかな!




