66話
アマナ山から大分ルシフ君たちに頑張ってもらった為、夜にはなんとかリスタキア領内に入る事ができた。
アマツカゼから一番近い海沿いの村、マルウィに到着。
そこに滑り込みで宿を取って、美味しい魚料理を食べたら、部屋で地図を広げて今後の予定の確認。
「今俺達が居るのはここね。リスタキア王国最北の村、マルウィ」
海沿いの小さな漁村だね。……この世界、如何せん環状に国が並んでるもんだから、貿易港として向いてるのは内海に面した町って事になる。
その点、ここマルウィは残念なことに外海側の村である上に、北はずっとアマツカゼの領土が東に向かって張り出してるもんだから、ほんとに輸送経路としては使いようの無い立地なんだよね。
その分、おいしい魚介類が獲れるみたいだから漁村としては非常に優秀なんだけど。
「で、明日の朝ここを出発して、ひたすら南下すっと、ラクステルムにいきつく」
地図の上に指を滑らせて地図上の湖の上で指を止めると、ヴェルクトが頭の上に疑問符を浮かべた。
「……大きな湖がありそうだが、迂回しないという事は、飛ぶのか」
「いんや?湖の上に行くための橋は東西南北に設置されてるからねん」
答えてやれば、ヴェルクトは、上?と、不思議がり……それから、俺の指先が地図の湖の上で留められていることに気付いたらしい。
「まさか……湖の上に町があるのか」
「ご名答。リスタキア王国の王都ラクステルムは湖の上にある町だ」
アイトリアも天然の要塞だけど、リスタキアも中々に天然の要塞じみた立地。
何と言っても、町に入るには東西南北にある橋のどれかを使うか、或いは湖を船なり泳ぎなりで渡るかしかないのだから。
当然、橋は跳ね橋だから封鎖しちゃえば誰も入れない。泳いだり船を漕いだりしてたら、城から弓なり魔法なりでいくらでも攻撃される。
そういう町なもんだから……うーん、まあ、防衛意識がうっすい国ではある。長らく魔物にも襲われてないし、他国との戦争なんかもアイトリウスの比じゃないぐらい昔の話だし。
まあ、それは置いといて……俺達の用事があるのは、その湖上都市ラクステルムの下。つまり、湖なのだ。
「ラクステルムの湖の底には古代遺跡が眠ってる。ただ、湖の底に行く手段なんて限られるからな。奥の方は殆ど手が付けられてない状態らしい」
「何故だ?水の国ならそれなりにそういった魔法もあるんじゃないのか?」
「いやあ……ところがどっこい、ぜんっぜん、開発してないの。あの国」
……それも、ラクステルムの防衛意識の低さが招いてくれてる結果である。
つまり、軍事目的に魔法を開発する、って事が無かった弊害。
アイトリウスなんかは軍事目的で魔法を開発した結果、今、軍事関係とは全く無関係に魔法で生活が潤ってる。
けど、『軍事力なんて要らない!』ってやっちゃったこの国は……ほんとに、発達しなかったのだ。
……正直、リスタキアは水の精霊を祀る国なのに、アイトリウスの方が水魔法に秀でている。いくらアイトリウスが魔法開発に秀でた国だからっつっても、精霊のお膝元に余裕で完全勝利しちゃうってちょっと異常だぞ。
その結果、この国は他の世界各国からすると異常な事に……この国独自の魔法なんてものが古代魔法以外、ほとんど無い。
アイトリウスでは水の底に潜る魔法なんて碌に使う機会が無いから、開発しない。
リスタキアは独自に魔法を開発するって事をさぼってるから、やっぱりそんな魔法はできない。
……その割に、古代遺跡の所有権は主張するもんだから、アイトリウスも手を出せなくて、勿体ないことにこの古代遺跡、ほっとかれたまま大事に大事に死蔵されてるのだ。勿体ない。俺が王になった暁には、リスタキアを攻め落としてやろうかこの野郎。
「だが、全く採掘されていない訳でも無いんだろう?」
「まあ、昔々は多分、人魚との交流があったんだろ。そしたら人魚に潜ってもらって採掘できたと思うし……でも、その人魚との交流はもう伝説レベルにしか残ってねーからなぁ……あとは水の精霊のとんでもないお気に入りが千年に一人ぐらいは生まれるから、そいつが潜水士としてがんばれば、採掘がその分進むか」
ここでいう『千年に一人』は、つまり、ディアーネレベルの精霊のお気に入り、って事。
ディアーネは火の精霊に気に入られまくった結果、火魔法以外使えないし、その代わり火魔法なら全部使える。そして、熱だの炎だのってものに対して、全くの無敵なのだ。
火の精霊がディアーネを気に入っているレベルで水の精霊が気に入る人間が居れば、当然そいつは水の中で呼吸ができないわけが無いのである。
だから、そういう逸材が居れば、まあ、進むよね。採掘。
「……ねえ、シエル。それって……採掘はほとんど進んでいない、ということじゃなくって?」
「うん。その通り。だから、水上から何とかなる範囲に無い部分は本当に99%手つかずってかんじ。だから古代銀は珍しーの」
「ああ……古代銀が高価なのはそのためなのね」
「そ。だから古代銀はエルスロアの一部とかフォンネールの遺跡とかにある分しか市場に出回らないし、そこらへんの遺跡なんてもう全部採掘されちゃった後だから、古代銀が古代銀そのままの形で残ってるのは稀なの」
大体の古代銀は、もう加工済みである。
古代銀ってのは長い年月をかけて魔力をじっくりじっくり貯めこみまくって、銀としての限界を超えた、特殊な銀の事。
古代魔法の遺物だとも言われているし、なんにせよ、今の技術じゃ作る事ができない貴重なものなのだ。
「……なあ、シエル」
「何よ」
魔法銀とリスタキアについてのレクチャーが終わったところで、ヴェルクトが神妙な顔で俺に尋ねてきた。
「つまり、俺達がこれから行うのは……盗掘か?」
「当たり前じゃん、何言ってんのお前」
「つまり、犯罪か」
「大丈夫。俺が王になったらリスタキア滅ぼしてアイトリウス東大陸分店にするから犯罪じゃなくなる」
……ってのは冗談にしても、まあ、うん……そうでもしないと、古代銀なんて手に入らねーもん。
「シエル。リスタキアの王様にお願いして採掘の許可を取るのは駄目なのかしら?」
「俺、リスタキア嫌いだからやだ」
「あらそう。なら仕方ないわね」
「いいのかそれで」
そう言いつつもヴェルクトは反対してくる訳でも無い。ただ、『犯罪ならばれないようにしないといけないな』って考えてはいそうだけど。ふふふ、こいつも俺ナイズドされてきたね。
「王に謁見してアマツカゼの二の舞は嫌よ、俺。それに……そうなったら絶対、俺をダシにしてアイトリウスから魔法関係を法外な値段で輸入しようとするから。アイトリウスが損害被るのは嫌だ」
……俺がリスタキア嫌いなのって、日和って古代遺跡を死蔵してるから、ってだけじゃない。
自分が軍事力持たないって選択をしたせいで魔法が無いもんだから、リスタキアは他の国に依存しているのだ。
魔法具および魔法をアイトリウスからせびろうとあれやこれやしてくるし、魔物に困ったらフォンネールやアイトリウスに派兵させようとしてくるし!
客ではあるんだけど、カモって言うにはずる賢すぎる。めんどい。
しかも怠惰で日和ってる。国民は政治に関心が無い。魔法にも軍備にも関心が無い。そのくせ魔物の被害には敏感である。
王も大体そんなかんじである。もう、最悪である。こんな国滅ぼしちまえ、と、俺は割と真面目に考えているぞ!
「そうか。……シエルはアイトリウスが好きなんだな」
ヴェルクトがこんな所で嬉しそうだが……んなこたあ分かり切った事である。だって、俺の国よ?俺のものになる国よ?そりゃあ大好きだよ。魔法も発達してるし。飯もそこそこ美味いし。……それに前世の記憶があるとはいえ、アイトリウスは俺の故郷だし。
「ってことで、ディアーネ。悪いけどお前は」
「ごめんなさいね、シエル。気遣いは嬉しいのだけれど、私も古代遺跡には興味があるの」
……ディアーネに『お前は来るな』と言おうとしたら、先回りされた。
「ヴェルクトはもうシエルの騎士。シエルのものだから、何かしてもシエルが責任を取れるわね。でも、私はクレスタルデの娘。ヴェルメルサの民。だから、何かあってもシエルの力ではどうしようもない。……貴方、そう考えたんじゃなくって?」
妖艶と言っていいほどの笑みを浮かべて、ディアーネは俺を見つめた。
察しの良いお嬢様だことで。……このぐらいじゃなきゃ、クレスタルデ家になんて居られないんだろうけどな。
「あーはいはい。分かってんならいーの。で、どーすんの」
「あら。そんなの簡単だわ。シエル。……見つからなければいいのよ」
……度胸の良いお嬢様だことで。
「それに、見つかったとしても問題ないわ。その時は潔く、貴方の侍従のふりをします。……火魔法しか使えないクレスタルデの『落ちこぼれ』なんて、居ない事にされているもの。リスタキアにまでは私の存在は知れていないでしょう。なんとでもなるわ」
一瞬、ディアーネの目に憎悪めいた……凄みを帯びた炎が走った。
……俺はこいつのこーいう表情が割と好きである。
「あら、そ。……な、いっそ、ほんとに俺の侍従っていうか、アイトリウスの宮廷魔術師にならない?俺の側付きってことでさ」
「ごめんなさいね、シエル。アイトリウスへは行けないわ。アイトリウスは貴方のもの。ヴェルメルサは帝王様のものだけれど……クレスタルデは私のものよ」
「言うと思った」
……いつだったか、ディアーネがアイトリアの王城に来てた時……6歳の時か。
ディアーネの魔法適正をきっちり調べ上げて、本当に正真正銘『火魔法しか使えない』って事が判明した時だ。
そこらへんの関係で、クレスタルデの親父さんだの奥方だのおねーさん方だのと色々悶着があった後。
ディアーネは城の中庭の片隅で膝を抱えていた。
そして、そんな6歳の少女は、『私がクレスタルデの領主になるわ』と……幼いながら、目に涙と憎悪を湛えて、ぎらつく光を湛えて、そう言ったのだ。
今でも覚えている。壮絶だった。なんかこう、ぞっとするような表情だった。思えば6歳にしてディアーネはもう、捕食者となる決意をしたのだ。食われないために、食う道を選んだのだ。
……だからその時俺は、『じゃー俺はアイトリウスの王になるわ』って、言った。『だから将来はもうちょっとリテナへの便増やせよ、リテナからクレスタルデへの便も増やすから』とも。
それから、未来の話をした。6歳のガキが2人して、大それた夢を語った。
ディアーネの瞳の奥の憎悪に希望が混じって、野望になるまで、2人ではしゃいだ。
……その時に、ディアーネは火の精霊に本気で惚れられちゃったよーな、そんな気がする。
だって、すごく綺麗だったから。ディアーネには炎と野望……憎悪と希望が、そして、捕食者のような高慢さと気高さが、良く似合うのだ。
……そして俺達は約束した。……お互いに指切り約束した訳じゃない。俺達は俺達自身、それぞれ、自分自身と約束したのだ。
俺はアイトリウスを。ディアーネはクレスタルデを、手に入れると。
だから、ディアーネは俺の部下にはならない。んなこたあ俺も承知である。
……ちょっぴり惜しいような気もするんだけど……ディアーネは俺の部下にして城で働かせるより、クレスタルデで高笑いしてた方が似合いそうだし。
「んじゃ、バレないように湖に潜ってこなきゃね」
「そうね。……日和見の国ですもの、昼間から潜ってもそう難しいことでは無いと思うわ」
「だろーね。南の正門の前でいきなり湖に飛び込んでも平気な気がする」
「だからお前達、本当にいいのかそれで。せめて夜中を選ばないか。シエル、ラクステルムの正門が南なら北東から入った方がいいんじゃないか?」
「あらあ、ヴェルクトも乗り気ねー。何、お前、遺跡泥棒にクラスチェンジする?」
「勘弁してくれ、俺も捕まりたくはないんだ」
「でも、いきなり泥棒されましたー、って知らしめてやったらリスタキアの連中、歯ぎしりしない?したら面白くない?怪盗シエルアーク推参ー、ってさ」
「それはお前が王になってからやってくれ」
……そんなこんなで、今後の針路やラクステルムの特産品、観光名所なんかの話をして、会議はお開き。
あとは明日、ラクステルムに着いてから色々考えればいい。
……主に、侵入経路と脱出経路なんだけどね。
入るのはそんなに警戒しなくても良さそうなんだけど、古代銀持って出てきたら流石にちょっと捕まりそうなんだよなあ……。
……まあ、あの国なら平気かなあ……。




