64話
いや、まあ、普通に考えりゃ分かる事ではある。
そもそも、魔物、っつうのがなんで人間を襲うのか、なんで強いのと弱いのが居るのか、なんで強いのがわらわらして人間全滅までいかないのか。
そりゃ全部、魔王がジップしてロック空間に押し込められているからである。
魔物は魔王が作ってる、らしい。或いは、魔王が居る空間で自然に生まれるとか、色々な説があるけど、とりあえず確かな事は魔王が閉じ込められてるジップしてロック空間から魔物がやって来る、という事だ。
つまり、ジップしてロック空間の入り口が緩んでくると、その分魔物が出てくる、と考えていい。魔王復活前の今、魔王を閉じ込めてるジップ○ック空間の入り口はどんどん緩んでいく方向にあるから、どんどん魔物は出てくるわけだ。
……んで、なんというか……そもそもその空間の入り口、ってのは、物理的なものじゃない。無いんだけど、とりあえず今は物理的な、袋の口だと思って考えよう。
すると、分かる通り……ある程度の大きさ以上の魔物ってのは、ある程度以上に袋の口が緩まないと、ジップロッ○空間から出てこられない訳だ。
勿論、この魔物の『大きさ』ってのがそのまんま魔力の大きさ、ニアリーイコール強さ、って訳である。
まとめちゃうと、魔王復活が近づいてどんどんジッ○ロックの口が緩むと、その分魔物はいっぱい出てくるし、その分魔物は強い奴が出てくる、って事なのである。
これはゆゆしき事態だ。
アンブレイルがのんびりしてるから俺も割とのんびりしてたけど、タイムリミットは何もアンブレイルが魔王を殺すまでに限らない。
それより先に魔王が完全復活しちゃったら俺がこれから征服する世界を壊されてしまいかねない。それはゆゆしき事態だ。避けねばなるまい。この世界は俺のものだ!壊させてなるもんか!
……で、だ。
昨日出てきて俺に瞬殺された『逢魔四天王』の『水のハイドラ』。
あれ、相当に高位の魔神だったわけで……あんなのが出てきちゃう位なんだから、ジップロ○クの口は相当緩んでるって事になる。
……まだ1体しか出てきてないと思うけど、『四天王』が4体出てきたら……その次は魔王、なのだろう。多分。
ただ、幸運というか、滅茶苦茶不幸というか……何故か、『水のハイドラ』は俺の事を『勇者』であり『アンブレイル・レクサ・アイトリウス』であると認識していた。何故だかは知らん。
……けど、この調子で残りの四天王も俺をアンブレイルだと勘違いしていてくれれば、四天王は多分、俺を殺しにやってきてくれる。
となれば、非常に優秀な魔王が出てくるまでのタイマーになってくれるって訳だ。
唯一の欠点は俺があんなのと勘違いされて非常に不愉快だっつう事なんだけどね!しょうがないね!
何はともあれ、書物の内容が正しければ、逢魔四天王とやらは精霊を狙っている事になる。
何も無かったとは思うけど、何かあったら大変なので、朝食が終わったらさっさと城を辞し、風の精霊の祠に直行したのであった。
風の祠の入り口を術師に開けてもらって(開けてもらわなくても入れるんだけど、正式な手続きができるならそれに越した事は無いよね)、中に入る。
中は光の精霊の祠と同じように、台座があって、結晶体が置いてある、ってだけの簡単なつくり。
置いてある結晶体の色は緑色。風属性の象徴の色だな。
……という事で、早速風の精霊様においでいただこう。
「風の精霊様ー、いらっしゃいますかー!」
……が、返事が無い。
まあ、気まぐれな御仁、とのことだし、一発で来るとは期待しちゃいなかった。
期待しちゃいなかったけど……けど、今はちょっぴり緊急事態なのだ。
「ディアーネ、火の精霊働かせてくれる?」
「風の精霊様を呼んでもらえばいいかしら?」
お話が早いことで。
ディアーネは早速、虚空に向かって不思議言語を紡ぐと、火花がちろちろ、と宙に舞った。
……なんとなく、火の精霊が喜んでる気配。
あれだな、きっと。ぞっこんラブの子にお願いごとされたから張り切ってるんだな、きっと……。
「お願いしたからその内風の精霊様もいらっしゃると思うわ」
ディアーネはさらりと言うと、飾り柱の一本にもたれて悠々と待機の姿勢である。
……火の精霊が働いてる間、ちょっとのんびりさせてもらっとこっか……。
のんびり待つこと10分ぐらい。不意に、火花がディアーネの側で散った。
それを合図にしたかのように、台座の上の結晶体が緑色の光を灯す。
「精霊様、どうもご足労いただきまして恐縮です」
『いいのいいの。どうせ暇してたし。いやー、でもまさか火の精霊に呼ばれるとは思ってなかったわねー』
……風の精霊様は大層気さくな御仁であらせられる模様。
「精霊様、何か変わった事はありませんか?魔物に何かされたりしていませんか?」
『魔物ぉ?あたしのとこには来てないわよ?』
とりあえず、今回の水のハイドラさんは本当に何もできずに犬死したという事が判明した。南無。
「ならよかった。『逢魔四天王』を名乗る高位の魔神が現れたもので」
『逢魔四天王?……久しぶりに聞いたわね、その名前。また出たんだ?』
「水のハイドラ、と名乗っていました」
『ハイドラ?聞いたことないなー。あたしが前聞いた時、水はルード、って名乗ってたみたいけど』
……という事は、代替わりしてるって事か。ま、そうだよね。先代以前の勇者はちゃんと仕事してきてる訳だし、その時代時代の逢魔四天王もその都度ぶちころころされてるんだろ。多分。
「とりあえず、今代の水の四天王は殺しておきましたのでご安心ください」
『あ、そーなんだ。ご苦労様ー』
……逢魔四天王って、精霊を滅ぼそうとしてる、んだよね?
その割に風の精霊のこの反応……大したことない奴らなのかもしれないね。うん。
「それから、精霊様。此度はお願いがあって参りました」
『お願い?……当然、それなりに代価は貰うけどいい?』
「正直、代価次第です。無い袖は振れません」
流石に人間の生き血100リットルとか言われたらちょっと困るのでしっかりそこんところを申し出た所……風の精霊は、大層驚いた様子だった。
『ええええええ!?お願い、って、魔王封印の助力をー、ってんじゃないの!?』
……成程。
「違います」
『君が今代の勇者じゃないの!?』
「残念ながら今の所違います」
『えー何それ何それ気になる気になる!教えてー!教えてー!あたし暇なのよー、面白い話に餓えてるんだよう、ねーねー』
……風の精霊がこんな有様だったからね、しょうがない。
ひじょーに不本意だよ?不本意だけど、俺は精霊様にアンブレイルが俺に何をしたかを話さなきゃいけなくなってしまった。
しょうがない。精霊様がお望みだったのだ。しょうがない。
俺が俺の意志でアンブレイルの悪事を告げ口した訳じゃない。
しょうがなかったんだ。しょうがなかったんだから俺、悪くないもーん。恨むなら精霊様恨んでねー、っと。
「……というわけで、私は魔王を封印では無く、いっそ殺してしまおうという事に思い至ったのです」
アンブレイルが何をしたか洗いざらい告白した後、俺がこれから何をしようとしているかをざっくり話した。
風の精霊はふんふん、と神妙に話を聞きつつ、アンブレイルへの心象をどんどん悪くしていったらしい。
『そっか、じゃああたし達の力は要らない、って事なのね』
「まあ、封印はしないので」
『そっかー……うん、大体の事情は分かったわ。君のお願い、って奴もね。……あたしン所に今代勇者が来たら居留守してやればいいのね?』
そして、風の精霊様は非常にノリの軽いお方であらせられた。
「俺は嬉しいですけど、いいんですか?精霊様がそういうことして」
『いいのいいの。あたし、こんな性格してるけど、いちおー自分なりの正義は持ってるつもりよ。風らしく自由気ままにあたしの正義振りかざさせてもらうだけだから。他のカタブツ精霊はどーか知らないけど、あたしは君を応援しちゃうわよ』
……まあ、精霊本人がいいっつってるんだからいいんだろう。多分。
「ところで、対価は」
『え?……あー、忘れてた。ってゆーか、君が今代勇者で、あたしに魔王封印の助力をお願いしますー、って来たんだと思ってたからさー』
対価、対価……と風の精霊はぶつぶつ言って……結論を出した。
『じゃ、魔王倒してきて。勇者じゃない奴が勇者になるのって面白いじゃない?あたし、暇なのよねー。だから、ね?面白いこと提供してくれればそれでいいから』
……なんというか、本当に……気まぐれな御仁、というよりは、ノリが軽くて人間臭い御仁であらせられる風の精霊様であった。
なんとなく釈然としないような微妙な気分になりつつ、それでも対価無しにして風の精霊の助力をしっかりつけられちゃった訳なので、結果オーライである。
「じゃ、さっさと花扇鳥の羽取って、リスタキアに向かうぞ」
……という事で、俺達がこの風の国アマツカゼでやるべきことは残り1つ。
花扇鳥の羽を採取する。ただそれだけだ。
って事は、明日にはアマツカゼを発てるかもね。
……今の内に味噌汁いっぱい飲んどこっと。




