63話
とりあえず、死体漁りして使えそうな魔石とか霊水とかは貰っておくことにした。
何と言っても、こんなアホでも魔神は魔神。持っている物も一級品揃いだったので、もう『この魔神は俺に物資を運ぶためにやってきたのだ』と思うことにして思う存分物資を頂いた。
特に、霊水の類は薬の材料になったりするんでとってもありがたいね。俺、回復魔法も効かないから。回復は全部薬だから。ありがたいね。
……しかし、『逢魔四天王』ねえ……。
四天王、ってからには多分、似たようなアホがあと3匹いるんだろうなあ……。
魔神の首を持ってぶらぶらさせつつ町に戻ると、既にヴェルクトとディアーネが待っていてくれた。
……ちょっとヴェルクトの顔色が悪い。こいつは直接魔物と戦ってたわけだし、負傷してるのかもね。
「ヴェルクト、怪我は?」
「……大したことは無い。が……」
ヴェルクトが見せてくれたのは、折れたナイフ。光の剣じゃない方の奴ね。
結構いい奴だったと思うんだけど、折れちゃったか。ま、仕方ないね。
「ヴェルクトのナイフ買いに一回エルスロアに戻ってもいいかもな」
しかし、ナイフが折れる程の攻防だったとは。案外こっちもハードだったらしいね。
「それからディアーネ、さっきはサンキュね。おかげさまでほら。この通り」
さっさと死体になっちゃった逢魔四天王とやらの首を見せてあげると、ディアーネの目の色が変わった。
「あら、高度な結界だと思ったら……魔神だったのね」
ディアーネも魔神は初めて見たらしい。いや、見たっつっても既に死体になってる訳だけどね。
「そういう事。今回の襲撃は多分こいつの手引きだな。って事で、さっきの今でなんだけど、王城に戻って王様に報告すっぞ」
「ついでに……褒美をせびる、というつもりじゃ、ないだろうな」
「せびるに決まってるじゃん、ヴェルクトお前、何言ってんの?」
何と言っても、今回この町があれだけ大規模な魔物の軍勢に襲われてこれだけの損傷で済んだのは、魔物のほとんどを遠距離爆撃で焼き殺したディアーネと、町に入って人の命を狙った魔物を悉く仕留めたヴェルクトと、そして何より、放っておいたら間違いなくとんでもない災いになったであろう逢魔四天王……水のハイドラ、と名乗るかの魔神を瞬殺した俺の手腕によるものなのだから!
そう!つまり大体俺のおかげ!この町が無事なの、大体は俺のおかげ!もっと崇めろ!褒めろ!そして貢げ!
「という事で薬と食事と一晩の宿を賜りたく」
「なんとも無欲な事だな……本当に他には要らぬのか」
「弱きものを守り、魔を撃ち滅ぼすのがアイトリウスの血の役目。私達への褒美は傷ついた町の方々の治療と街門の修繕費に充ててください」
後ろでディアーネがクスクスしてて、ヴェルクトが『こいつは誰だ』みたいな目で俺を見ている気がするけれど、まあ、しょうがない。
町に被害が殆ど無かったっつっても、死者が居なくても負傷者ぐらいはいるだろうし、流石に街門付近は壊れたり燃えたりしちゃってるし。そんな状態の国から褒美を巻き上げる気は無い。
……いやだってさあ、ここで華麗にお断りしておいた方がかっこいいじゃん。如何にも『勇者』じゃん。
いずれ俺は本当に勇者になる予定だからな。魔王ぶち殺して凱旋する時にはアマツカゼの王様をはじめとしたあちこちの人には『あいつならいつかやると思っていました!シエルアークこそが真の勇者です!』って証言してもらいたいしね。
その為のイメージづくりだと思えば、まあ、そこそこいい機会って事で。
「分かった。ならばお主の意を汲んで、ここは町の立て直しを最優先しよう。……しかし、『逢魔四天王』か」
……そう。どっちかっつうと、俺はここらへんを聞きたい。
「陛下は『逢魔四天王』について何かご存知ですか」
「……ふむ、大分前の書になるが、アマツカゼに古くより伝わる書に、それらしい記述があったように思う」
ええええっ!?だ、駄目もとで聞いたのに心当たりあんのかよっ!
「書は宝物庫のどこかにはあると思うが……今日はもう遅い。書については明日の朝までに探させておく故、今日はゆっくり休むが良い。部屋と食事を用意すしよう。薬は部屋に運ばせる。好きなだけ使うが良い」
うーん、気は急くけど、確かに疲れはしてるし、もう夕飯時はとっくに過ぎてるし。
明日の朝、その書物を見せてもらう、って事でいいか。
「はっ。ご厚意痛み入ります」
俺が綺麗に一礼してみせると、王は近くに居た人に何か言づけた。多分、その書物を探させるんだろう。
何が何でも明日までには見つけてもらわなきゃな。
「うむ。……時に、シエルアーク・レイ・アイトリウスよ。食事の好みなどはあるか?」
「昨夜頂いた食事の中にあったがんもどきの含め煮が大層美味でした!」
「ははは、素直な奴よ。あい分かった。国を二度も救った英雄に対し、褒美を取らせぬのだ。せめてこの程度はさせてもらわねばな」
最後に、国王の茶目っ気のある質問に対して、無邪気な年相応の返事を返してにこにこ愛想を撒いておく。
さっきまでの凛々しい俺とのギャップでより好感度アップだ!
これでもうアマツカゼは俺の味方だ!ちょろいね!
……いや、まあ、マジで二度も国を救ってるし、そうでなくてもこの俺の輝かんばかりの美貌である。むしろ当然の結果と言うべきだね。ふふん。
食事の後、部屋に案内される。
部屋は贅沢に一人一部屋を与えられた。わーい。
「枕投げようぜ!」
「部屋に戻れ」
畳敷きの部屋に1人ってなんか寂しいので突撃・隣のヴェルクト君をやってみたんだけど、不評。
……あー、うん。なんで不評だったのか分かった。
「それ、魔物にやられた奴?」
ヴェルクトは配布された薬を慣れない手つきで患部に塗布しようとしているところだった。
見た限り、傷は塞がってはいるものの、大分深い。
負傷してるんだろうなー、とは思ったけど、ここまで深かったとは思わなかった。
こいつも隠し事が上手ね。
「……不覚だ。情けない」
ヴェルクトはこれを俺に見られるのが嫌だったんだろう。
俺はともかく、ディアーネは無傷だし、俺にしたって、そんなに深い傷は無い。というか、俺の相手は高位の魔神だったわけだし。
……そんな俺達に対して、魔物数匹相手に戦って深手を負った、というのが悔しかったんだろうね。はー、こいつも妙に格好つけな奴である。
「複数匹相手にやってたらこのぐらいくらうだろ。ほら、貸せよ。背中とか塗りにくいだろ」
「いや、いい」
「アホ。俺がやった方が的確に塗れるだろうが。余った分の薬はネコババすんだから無駄に使うんじゃねえ」
それでも何か言いたげなヴェルクトから軟膏の入った瓶をひったくって、後ろを向かせる。
左の脇腹からざっくりと背骨近くまで抉れた傷は、見ていて痛々しい。
俺が魔法使えたら、このぐらいはさっさと治るんだけどね。ま、仕方ないね。
流石、王様が提供してくれた薬なだけあって、効き目は素晴らしいの一言。
塗った端から傷が癒えていく。優秀な調合士が作った薬なんだろうな。
「……シエル」
薬を塗り終わって、一応念のため、って事で上から包帯巻いていた所、ヴェルクトが妙に思いつめた声を絞り出した。
「何よ」
「俺は、役に立っているか」
「うん」
……こいつの思う所は分からんでも無い。
ディアーネの火力と攻撃範囲を見たら、誰だって劣等感に苛まれるだろうし。
魔法は、強い。
だからこそ物理的な戦い方ってのは、使い勝手が悪い、と。……そう、思いがちではあるな。
実際は、ヴェルクトの『綺麗に殺す』っつう技術には結構助かってるんだけどね。
……少なくとも、町の人から見りゃ、目の前で生きたまま焼き殺される魔物を見るよりは、いきなり眠る様に死ぬ魔物を見た方が精神面でだいぶ楽だろうし。
それに、こいつは自分では身体強化だの簡単な風魔法だの無属性魔法だのしか使えない割に、魔力の量と質はとってもいい。
いざという時の俺の非常食としてもとっても優秀なのである。こいつのおかげで魔力無しの俺でも結界張ったりできるしね。
「俺は……シエルについてきて、世界が広がった。あのまま村に居たら一生知らなかっただろうことを知れた。見ることができなかっただろうものを見られた。……きっと俺は、あのままネビルムで一生を終える事に納得できていなかったのだと思う」
包帯が巻きおわった所で、ヴェルクトは体の向きを変えて、俺と向き合う形になった。
「……だから、俺はお前に感謝している。村を救ってもらったこと以上に、感謝している。……俺は、それに見合うだけの働きができているか?」
……んー。ま、いいか。どうせもう使わないし、使うなら新しいのを探してもいいんだし。
「ちょっと外、出ねえ?」
よく晴れていた分、満天の星空が綺麗だけど、その分ちょっと冷える。
「……シエル、何を」
「よーし、ここら辺でいいだろ。ちょっとそこに立ってろ」
困惑気味のヴェルクトはほっといて、向かい合って立つ。
アイトリウス王がやってたのを何度も見てる。だから、手順は分かる。
今まで俺はやったことが無かったけれど(8歳ぐらいじゃやるもんじゃないし、それから7年はできる状況に無かったし)アンブレイルはもうやってるんだろうから、今、俺が俺の一存でやっちゃっても何ら問題は無いだろう。
未だ困惑しているヴェルクトに向かって、鞘から抜いた短剣を向ける。
「何を」
「ヴェルクト・クランヴェル」
俺の身長と剣の刃渡りが足りないからなんかイメージと違うけど、一応、アイトリウスの儀礼様式に従って、ヴェルクトの心臓に短剣の刃先を突きつけた後、刃先を天へ向けてから、俺の胸の前に短剣を持ってくる。
「汝、剣を欺くことなかれ。刃は天へ至る道。刃は己へ至る道。汝は天の子、アイトリウスの民」
それから、短剣をヴェルクトの胸の前に差し出す。
「驕れ。慎むな。必要とあらば欺け。汝の剣は暗雲を裂く為に在れ。汝の剣は我と共に在れ」
少々俺流にアレンジ入れたりしつつ、これで俺の台詞は終了である。
「ヴェルクト・クランヴェル。貴殿をシエルアーク・レイ・アイトリウスが騎士とする。……受けよ」
ここまで来れば、ヴェルクトもこれが何のやり取りなのか分かったらしい。
さっきとは戸惑いの種類が違う。
「……いいの、か。俺は貴族の出じゃない。城に仕えている訳でも、学がある訳でも無い。魔法が使えるわけでも……なのに、騎士にする、なんて」
「おい、お前の誓いの言葉はこの期に及んでそれかっつの。俺は化けの皮被ったぜ?次はお前の番だ。それとも何?不服?この俺がせーっかくお前を魔力タンク兼騎士にしてあげよーってのに不服?この期に及んでまでぐちぐちうにうに言う?言っちゃう?」
ほれほれ、と短剣を振って見せれば、ヴェルクトは心底困ったような顔で暫く短剣を見つめ、しばらく瞑目し……目を開くと、意を決したように膝をつき、俺の手から短剣を取った。
「謹んで、お受けします」
……無骨ながらもそれらしく恰好を付けたヴェルクトによしよし、と頷いて、儀式終了。
「よし、受けたな!これでお前は俺がもういいよって言うまで俺の魔力タンク兼騎士だ!覚悟しとけよ!」
「ああ。……覚悟した」
騎士っつったら聞こえはいいけど、半分ぐらい奴隷みたいなもんだと思うのに、なんとなくヴェルクトは切なげかつ嬉しげである。なあにこいつマゾっ気入ってるのー?
……てのは置いといて、だ。
こいつならきっと俺を裏切らないだろうなー、と思う。
俺が魔力を奪われた時、侍従が俺を裏切った。あの侍従の毛根は殲滅してやるぞ、と心に決めている。
……だから、まあ、とりあえず……俺が王になる時、信頼できる部下が居たらいいな、とは思ってたんだ。前から。
そういう意味でもこいつは適任だよね。うん。あんまし後先考えずにヴェルクトを俺の騎士一号にしちゃったけど、あながち悪い選択でも無かった気がする。うん。我ながらナイス選択。
「ところで、シエル。この短剣は」
「え?やるよ。俺、ディアーネに貰った剣あるし。短剣が要るならそこらへんで適当に買うからいーやと思ってさ」
儀式に使うだけだと思った?いやあ、まさか。
ヴェルクトのナイフ買うためだけにエルスロアに戻るとかちょっと嫌だし、かといって、こいつに適当な鈍ら持たせといたらいざという時に俺の命を守ってもらえないかもしれないからね。
俺、出すべきところでは出し惜しみしないタイプ。
部屋に戻ったら、廊下でディアーネがちょっとむくれてた。
「あら、シエル。こんな時間にヴェルクトと2人で夜の散歩かしら?」
「あらあらディアーネ。やきもち焼いちゃったのかしら?」
むくれてるのが珍しいからついつい煽ってみたんだけど、ディアーネはヴェルクトのベルトに俺の魔法銀の短剣が吊るしてあるのを目ざとく見つけて、その意味まで大体察したらしい。
数度目を瞬かせてから、くすり、と優しい微笑みを浮かべた。
「体を冷やすわ。早くベッドに入っておしまいなさいな。……おやすみなさい、シエル、ヴェルクト」
そして、それ以上特に追及するでも無く、くすくす笑いながらディアーネは部屋に戻っていった。
「……シエル」
「ん?何?」
「ディアーネは、すごいな」
「でしょ。俺もちょっぴりそう思う」
ヴェルクトは短剣に触れて確かめると、それ以上何を言うでも無く、おやすみ、と部屋に入っていった。
……全く、うじうじくよくよする部下を持つと大変である。
翌朝はちょっと寝過ごしたものの、無事、朝食の席で国王から例のブツを受け取ることに成功。
「これが『逢魔四天王』らしきものについて記述のある書だが……何分、古いものでな、今、解読できる文官を探している」
が、国王の言う通り……巻物には、古代文字が並んでいた。
しかし、俺に死角はない!
「大丈夫です。古代文字なら読めます」
魔法をたしなむものとしては、古代文字だの妖精文字だのの類は読めなきゃいけないからね。当然、俺はこの手の文字はすらすら読める。
「なんと。そうであったか。……では、この書はお主にそのまま預けるとしよう」
巻物をそのまま手渡されたので、断りを入れてからその場で読み始める。
「ええと……『水地火風の柱となる魔の者……精霊を、滅ぼさんと、都を襲いたり……魔の者、逢魔四天王と、名乗りたり……魔の者、勇者によって討ち取られたり』」
ま、当然だけど、『四天王』だから、それぞれ水地火風の属性の魔神なんだろうね。
……光と闇はお留守みたいだから一安心。
そんでもって、連中の狙いは、少なくとも昔は……精霊、だったのかな?
「続きですね。『逢魔四天王、魔の王の力蓄えられし時、再び蘇らんと残す……』」
……ええと。
つまり、ジップしてロックされてたはずの魔王の力が復活してきている、ってこと、かな?




