62話
カゼノミヤを狙った水源汚染があれだけで終わるとは思ってなかったけど、魔物が、かつ、これだけの大群で来るとは思ってなかった。
結構大規模じゃない?これ、真面目にアマツカゼを落とそうとしてない?
まあ、その計画もここで頓挫するんだけどな!俺のせいで!
とりあえず、ってノリで、ディアーネが遠距離爆撃した。
何と言っても、ここは見晴らしのいい小高い丘の上。
下々の街並みはおろか、町の外まで良く見える。
そして、見えさえすれば……ディアーネが火魔法のコントロールを誤るって事は無いから、100%命中する遠距離高火力爆撃が可能なのであった。
「シエル、ヴェルクト。貴方たちは町の人達の誘導を。魔物の中に入るなら、シエルだけにして頂戴な。ヴェルクトは町に入った魔物の駆除をお願いね」
「おうよ」
「分かった」
相手の規模とここの立地から考えて、ディアーネはここで固定砲台する気らしい。それで正解だと思う。
そして、魔物の群れが爆撃されまくってる中に突っ込んでいいのは俺だけ。
俺なら魔法総スルーだからいいけど、うっかりヴェルクトが入りでもしたら、あっという間に骨まで焼かれて消滅間違いなし。
なので、遠距離広範囲高火力爆撃はディアーネ。魔物の中に入るのは俺。ディアーネと俺の撃ち漏らしはヴェルクト。
完璧な布陣である。
……さて、ここは華麗にクリアして、また王様からご褒美せびらなきゃね。
という事で、俺はルシフ君を呼んだ。
……魔法が使える俺ならまだしも、そうでない俺が走って魔物の元まで移動する、ってのはちょっと時間が掛かりすぎる。
ルシフ君なら本気出せば町ぐらい一っ飛びだからね。
早速飛んできてくれたルシフ君にヴェルクトとタンデムして(ルシフ君から若干抗議の目が向けられたけど、緊急事態なので無理を言って2人乗りさせてもらった)城下の南門を目指す。
「俺はここで降りるぞ」
南門の近くまで来たところで、ヴェルクトはそう言うや否やルシフ君の背から飛び降りた。
見れば、門から少し入ったところには既に魔物が数匹入り込んでいる。あれの駆除をするんだろう。
この高度から飛び降りるぐらい、ヴェルクトはなんてこたないよな、という事で、俺はヴェルクトの心配はせず、さっさと門へ向かう。
……絶えず火柱が上がり続けているので、凄く位置が分かりやすいんだな、これが……。
門の外に降りてルシフ君には逃げてもらった。じゃないとディアーネの魔法に巻き込まれて焼き鳥……焼きライオン……ええと、焼きグリフォンができてしまう。俺、手羽先は好きだけどルシフ君の手羽先は食いたくない。
ルシフ君が飛び立った直後、俺の側にいた魔物が俺ごと火柱に包まれる。
例の如く、魔法は全て俺をすり抜けていくので、俺は火柱の中に居ても熱くもなんともない。我ながら不思議感覚である。
ディアーネの遠距離爆撃は的確に魔物を逃がさないように囲み、焼き殺していく。
当然、目的は『逃がさない』事。
内側に漏れた分はヴェルクトが完璧にやってのけてくれるだろうから、俺は『外に』逃げる奴を仕留めればいい。それ以外は全部ディアーネがやってくれるでしょ。
という事で俺はさっさと火柱の外に出て、街門から離れる方向へ進む。
そこらへんももう大分焼野原だけど、その先に炎の壁があり、魔物たちがこぞってその壁を破ろうと魔術を編んで解して頑張っていた。ディアーネは炎の壁を作って外へ逃げようとする魔物も逃がさないようにしてくれたらしい。流石である。
……ちょっと考えて、俺は炎の壁をすり抜けた。
壁の外側に出て、魔物たちが壁を挟んで頑張っているあたりの場所まで移動。
そして、おもむろに炎の壁に向かって剣を振るう。
「なンだ!?」
「壁かラ剣が出てきタぞ!」
魔物たちは突然の襲撃に驚き、しかし、炎の壁の向こう側にいる俺に手出しをする事もできず、かといって炎の壁から内側へ逃げれば火柱の餌食になる……という板挟みになってしまい、あっさりと火柱か俺の剣かで全滅した。
はっはっは、袋の鼠を袋の上からぽこぽこ叩くのは気分がいいね。
炎の壁の外側をぐるっと回って、万一にもこの壁を抜けちゃった魔物が居たりしないか確認。
残党が下手に居たら、俺達の事を報告されちゃうからね。情報はパワーだからね。あんまりこっちの手の内を明かしたくもないし、襲撃してきた魔物たちは根絶やしにするつもりだ。
残りは皆壁の中みたいだから、あとはディアーネがなんとでもしてくれるでしょう。
となると……俺の仕事は早々に無くなってしまった。ディアーネがハイスペック爆撃機すぎるのが悪い。
このままここに居るのもちょっと嫌なので、町に戻ってヴェルクトと合流するか、と考える。
町の中に入った魔物なんてそんなには居ないだろうから、ヴェルクトももう仕事が無くなってるかもしれないけどね。
……町に向かって一歩、踏み出した。
その時。
俺のすぐ横を水魔法が突き抜けて行った。
「……何の用?」
振り向けば、そこには……人でも無い。妖怪でも無い。しかし、魔物でも無いものが現れていた。
「冥土の土産に教えてやろう。私は魔王様の忠実なる僕。逢魔四天王が一柱、水のハイドラ!」
……恐らく、魔族。それも相当高位の……魔神、っていう所かな。
魔力を見る目で見なくても分かるほどの魔力。堂々とした態度はその強さに裏打ちされたものなのだろう。
水のハイドラさんとやらは、懐から取り出した小瓶の中身を宙に撒いた。多分、霊水の類だったんだろうけど、たったそれだけで、瞬時に高度な水の結界が展開され、火柱の侵入を防ぐ壁になった。
「これで貴様の仲間も手出しは出来ん。この水鏡結界を破ることなど出来はせぬ!」
成程。これでディアーネの助力はちょっと難しそう、と。
不意打ちで俺を結界に閉じ込めたあたり、中々頭脳派なかんじがするね。多分、物理じゃなくて魔法で戦うタイプだろうし、頭脳がいい出来だったとして何らおかしくない。
「勇者アンブレイル・レクサ・アイトリウス!ここが貴様の墓場だ!」
が、こいつ。
情報収集能力は、皆無らしい。
「……え?アンブレイル?俺が?は?」
ここまで自信たっぷりに言い切られちゃうと、俺としても咄嗟にぽかん、とするしかなかった。
だって、アンブレイルって。アンブレイル、って!
「白を切っても無駄だぞ、勇者!貴様が人魚の島の制圧を邪魔したことは既に私の耳に入っている」
「はあ?なんで?なんでそこまで知ってて俺をアンブレイルだとか思っちゃうのよちょっと、ハイドラさん!」
「白を切っても無駄だと言っておろうが!」
怒りに我を忘れかけた所で、圧縮された水がビームの様に飛んできた。
当然、魔力が動くのが良く見えたので、難なく躱すけど。
「……つまり、おねーさん、俺が『アンブレイル・レクサ・アイトリウス』であるという見解を覆す気は無いと」
「ああ」
「人違いです、っつっても?」
「勿論だ」
……そうかいそうかい。
俺ね、とっても大人。
とっても心が広い。空より広くて海より深い心を持ってる。
多少の侮辱や失礼な行動には目を瞑ってやるつもり。
「覚悟しろ、アンブレイル・レクサ・アイトリウス!」
……。
「許さん!誰がアンブレイルだ!もう許さん!絶対許さん!この侮辱は貴様の首で帳消しにしてやるわああああああ!」
が、これはアウトだ。
空より広くて海より深い俺の心も我慢の限界だ許さん!
『逢魔四天王』なんつう大層な肩書を名乗っただけの事はある。水のハイドラさんとやら、相当手練れであった。
俺に魔法が効かない、って事はなんとなく分かったらしい。とにかく、俺の脚元を狙ってくるようになった。
確かに俺には魔法が効かない。しかし、魔法によって起こされた副次的な何か、っつうのは、当然俺にも影響してくるのだ。
例えば、水魔法で抉られた地面は俺の脚をもつれさせるし、水魔法で砕かれた岩の破片にぶつかれば、当然俺はダメージを受ける。
……こんな調子なので、俺は避けるにも一苦労である。勘弁して頂きたい。
「どうしたどうした!勇者アンブレイル!貴様の力はその程度か!」
「うるせー!俺がアンブレイルならもうとっくに死んでるっつうの!」
が、こんな失礼な馬鹿に殺されてやる俺では無いのである。
俺は怒った。滅茶苦茶怒ってる。もはや俺の怒りはこの馬鹿の首を捧げられねば収まらぬ。
ならば、こいつの首を獲るしかあるまい。
ひたすら水だの飛んでくる岩の破片だのを避けつつ、それでも数発食らっちゃいつつ、考える。
まず、これだけ攻撃が飛んでくるんだから、接近するのは無理。よって、直接触って魔力を吸う、ってのは絶対無理。
隙があれば可能だろうけど、その隙を作るための隙が無いから無理。
剣も同じかな。剣で斬れるところまで近づく頃には、俺が蜂の巣にされちゃってそう。ナライちゃんと戦った時みたいな戦法は難しそーね。
……という事は、俺が取れる手段は大分限られてくる。
接近して戦う事ができない、ってんだから、遠距離攻撃するしかない。
しかし俺は魔法が使えない。物理的な攻撃も生半可なものじゃ絶対通用しない。
……つまり、俺は、『魔法じゃない』『生半可じゃない』『近接しない』戦い方をしなきゃいけない、って事になる。
……無理ゲーである。そんなもん、無理ゲーである。
だってさあ、俺の唯一の防具である『魔法が効かない』はもう見破られてるし、一番の武器である『魔力を吸収する』は直接触れないから駄目だし。
……となれば。
俺がすることはただ1つである。
ただ1つ、この目の前のアホがやらかした重大なミスから、全てを崩壊させてやるのだ。
「お望みとあれば正々堂々戦ってやるよこのクソアマーっ!」
「そうだ!かかって来い!勇者アンブレイル・レクサ・アイトリウス!」
俺は水のハイドラに向き直ると……そのまま横っ飛びに飛んで、そのまま走った。
「何を」
……そして、水のハイドラが反応するより先に、結界……張りたてほやほやの、高度な水の結界に、触れた。
結界は、瞬時に張られたもの。
事前の準備は無く、ただ、媒体となる霊水を撒いただけ。
という事は、この結界を維持しているのは撒かれた霊水と水のハイドラ自身の魔力、という事になる。
これだけ高度な……ディアーネの火魔法ですら破れないような、トンデモ級の結界を張ってるんだから、相当強く強く結界を張ってる訳で……となると、リアルタイムで相当な量の魔力を結界に注いでいる、って事になる。
……つまり、繋がっているのだ。結界と、水のハイドラ自身が。魔力で。
魔力のつながりがあるって事はもしかしたらもしかするかな?って思った俺、ビンゴ。正にその通りだった。
水の結界に手を突っ込めば、俺の手は魔力をすり抜ける。
その結果俺が触れるのは……水である。霊水。最初にこの結界を張るにあたって、水のハイドラ自身が撒いた奴ね。
手に触れたのは極々薄い水の膜だったが、俺にとってはそれで十分!
結界から魔力を全力で吸い取った!
「なっ!?」
案の定、結界からは細く水の線が伸び、ハイドラと結界を繋いでいたらしい。
結界と強く結びついていた水のハイドラ自身の魔力が、結界経由で引きずり出されてくる。
咄嗟に、水のハイドラさんは結界と自分とのつながりを断ち切ったらしいけど、もう遅い。
結界経由でそこそこたっぷり魔力は吸わせてもらっちゃった。
膨大な魔力を持っているから、膨大な魔力を使う術を使える。
しかし、膨大な魔力を使う術を使うには、その膨大な魔力を術に送るためのルートが必要なのだ。
当然、そのルート……術者と魔術のつながりは、太く丈夫なものになる。じゃないと回線がパンクしちゃって結界が張れないからね。
だからこそ、今回も水という物理的な媒体を使って、魔力の通り道を確保しなきゃいけなかった訳で。
……そして、それが俺の前ではいいエサになるのだ。
水のハイドラの敗因はただ2つ。
1つは、膨大な魔力とそれを操る能力と知識を持っていたこと……つまり、水のハイドラ自身がとっても強かった、ということ。
そしてもう1つは、俺を怒らせたことである!
「く……貴様、一体、何、を……!?」
「お前には教えてやんねー」
結構一気に吸ったにもかかわらず、水のハイドラはその場でふらつきつつも立っていた。
「……少々貴様、を、見くびっていた……ようだ、な。……ここは一旦、出直すと、しよう」
そして更に、形勢不利と悟ったらしい水のハイドラは俺も知らない魔法を編み上げて……。
多分、瞬間移動でもしようとしたんだろうなー、とは思うんだ。
けどさー、忘れてなーい?
……結界が消えてる、って事を、さ。
「ではさらばだ、勇」
最後まで言う前に、水のハイドラの姿は火柱に包まれた。
……ディアーネの高笑いが聞こえる気がする。
当然、それだけで死ぬとは思えなかったので、素早く後ろに回り込んで、火柱に突っ込んで、水のハイドラさんにタッチ。
「俺はシエルアーク・レイ・アイトリウス。不当なるアイトリウスの王の子だ!アンブレイルじゃねえんだよこのアホっ!」
残ってた魔力を全部吸い取りつつ、ヘッドロックかましつつ、耳元で叫んでやったけど、聞こえてたかは知らね。ただでさえ火柱が轟々してたし、魔力吸われて俺の話を聞くどころじゃなかったかもしんないし。
そして火柱が消えた時、後には俺と、高位の魔神の死体が残ったのであった。
……なんか、呆気なかったな……。




