60話
こういう時は先手必勝。様子見なんてしてたら負けちゃいそ。
とりあえず真っ直ぐ突っ込んでみたら、魔法が飛んできた。
オーソドックスな風魔法だ。風が刃になって飛んでくる奴。割と軌道が読みにくいのが難点だけど、魔法を修めまくった俺に読めないわけが無い。『避ける必要は無いけど避ける』。
数度、風魔法に翻弄されてあげる。右に左に避けつつ、相手との間合いを縮めつつ。
……相手のリーチは2種類。1つは魔法。広範囲にわたって攻撃可能で、これによって相手を自分に近づかせない事ができる。
そしてもう1つが、無手による攻撃。当然、剣よりリーチは短いものの、その分懐に入りにくい。リーチのデメリットは魔法でカバー、って事なんだろう。
……つまり、俺が突くべき部分は、『魔法では届くけれど拳が届かない距離』。
俺の必殺技は勿論、魔力を吸い取る事、つまり、直接触ってやる、っていう事なんだけど……なにもそれをわざわざ使わなきゃいけないってことも無いんだな、これが。
案の定というか、相手は『俺に懐に入られないように』って事を意識しているらしかった。
魔法は止むことなく俺を狙って不規則な軌道を描き、俺を寄せ付けないように、と牽制が続く。
時折、風が矢になって飛んで来たり、強風が呼吸を阻害しに来たりしたけれど、ま、『避けるふり』は欠かさない。
ひらひら避けてみせてやれば、相手には当然、焦りが生まれる。……いや、実際には多分掠ったりしてるんだろうけど、生憎、魔法は全て俺をすり抜けていくので、相手には残念ながら、俺が全ての魔法を完璧に避けているようにしか見えない。
相手も、魔力量は無尽蔵じゃない。当然、魔力が尽きたら魔法はそこで打ち止めだ。だから、勝負を急ぐのも当たり前。
俺が怪しい動きをしたら警戒して、一気に畳みかけてくるのも当たり前なのである。
「天は地へ地は海へ海は空へ。還れ、巡れ、全ては始まりの姿へ!」
使えもしない魔法の詠唱を早口言葉で勢いよく唱えて、短剣を抜き、突進。
流石のアマツカゼの戦士も、早口言葉で唱えられた呪文が何の魔法なのかは分からなかったらしい。いや、聞き取れたとしても、知らなかっただろう。これは空の古代魔法だから、マイナーもマイナー、どマイナーな魔法である。
……なんで発動もしない魔法の詠唱をしたか、っつったら、当然、言い訳づくりのためである。
俺に向かって放たれた風の刃を『すり抜けた』事への。
魔法をすり抜けた俺を見て、相手の動きが一瞬、完全に止まった。
そりゃ、混乱するだろうね。まさか、魔法をすり抜けてくる奴がいるなんて思わなかっただろうし。
……さっきの詠唱は、『ごく短い時間の間だけ魔法を完全に無効化する』っていう魔法。空属性の魔法だから使用者は限られるし、無駄に高度だから使用者は限られるし、こんなもん使うよりも普通に相殺した方がコスパいいからやっぱり使用者は限られる。
そんなわけで、この魔法の存在を知っている奴はひじょーに少ない。
当然、それはアマツカゼの戦士としても同じこと。突然『魔法をすり抜ける』なんていう芸当を目の当たりにして、混乱しないわけが無いのだ。そういう魔法があるって知らないからね。(いや、今回は魔法でもなんでもなくすり抜けてるんだけどね……。)
……ってなわけで、見事、生じた隙をついて、俺は……短剣を投げた。
またしても、相手は混乱する。
今までの3回戦、俺が切り札として使ってきた(と思われている)短剣を、投げたのだ。
当然、短剣で仕留めに来ると思っていた相手は、その短剣を手放した俺に対して、咄嗟に対応できない。
短剣を払って一撃防ぐのが精いっぱいだった相手に剣を突き込むのはそんなに難しいことじゃなかった。
「俺の戦いのセンスってもういっそ罪深いぐらい」
「そうだな」
「天に嫉妬されちゃう」
「そうだな」
「うっとり……」
「そうだな」
今まで3回分がワンパターン戦法で-2000点になりそうな戦い方だったからか、さっきの鮮やかな勝利は観客からも大好評であった。
……まあ、なんか謎の魔法使った、みたいな認識っぽい。まさか魔法使ってないとは思われてないと思う。だからこそのこの大盛況なんだろうけど。
「ヴェルクトの方はちょっと苦戦した?」
「ああ。……棒の先に曲刀の刃がついたような珍しい武器が相手でな。少々勝手が分からない内に一撃食らってしまった」
「薙刀かー。……槍だと思ったんだろ」
「ああ。突かれると思ったら斬られたので驚いた」
ヴェルクトは初めて見る薙刀に対処しきれない内に一撃、太腿を斬られたらしい。
幸いにして、その一撃で薙刀の特性を大体理解したヴェルクトは、逆に薙刀の柄を踏み台にして戦ってやる事で、見事、一本取ったらしいけど。
今、ヴェルクトはそんなわけで治療中であった。
……ディアーネの火魔法で。
「具合はどうかしら?」
「……熱い」
「でしょうね。でも仕方ないわね。我慢なさいな」
……回復系の魔法ってのは、その65%ぐらいが光魔法。19%ぐらいが水魔法で、9%ぐらいが風魔法で、5%ぐらいが無属性魔法だ。
では、残りの1%ぐらいは何なのか、っつうと……まあ、他の属性、って事になる。
地属性の魔法での回復は、効果は薄いものの範囲が滅茶苦茶広いから、使いどころは割とある。
闇属性の魔法での回復は、特殊な効果がつく変なのが多いから、俺は好き。
……しかし、火魔法。
これ、ほんとに回復ってものにとことん向かない属性らしく……正直、俺もディアーネが使うのを見るまで、存在は知っていても使われているのを見た事は無かった。
その『火魔法唯一の回復魔法』がこれ!今ディアーネが使ってる、禁呪!
火の『活性』の力と『復活・再生』の力だけを利用して、体の回復能力を一時的に高めて傷を治し、その後で体を『再生』するという、かなり高度な魔法である。
少し加減を間違えたら、当然、被術者は炎上する。
それから、うっかり『再生』が上手くいかなかったり、『活性』が行き過ぎたりすると、被術者は元気になるどころか、一気に老化する。
……こんなオッソロシイ魔法だから『禁呪』なのだ。俺も使いたくない。アイトリアの魔法学校でも、『炎属性の回復魔法は存在しません』って教えてる。それでいいと思う。
が、この世でただ一人、ディアーネだけは火魔法でトチるという事がありえないので、安心して見ていられる訳だ。
「ディアーネの方は?圧勝?」
「そうね。今の所、史上最速記録を更新し続けているそうよ」
……ディアーネの戦闘風景が目に浮かぶ。多分、バトルフィールド全域を一気に炎上させるっつうトンデモ戦法で、逃げ場を無くして確実に焼いてるんだろーなー。えげつねー。
それから少ししてヴェルクトが5回戦の為呼ばれて出て行ったが、すぐディアーネが呼ばれた。
……つまり、ヴェルクトは相手を速攻で片付けた、って事になる。火魔法の回復魔法(禁呪)の副作用で少々ハイになってるのかもしれない。
ディアーネが呼ばれてすぐ俺が呼ばれるのはもう今更なので突っ込まない。
5回戦の相手はごくごく普通の魔法に偏り気味の剣士だったので圧勝できた。ははは、俺に魔法で挑むなんて輪廻転生数回分早いわ!
6回戦は大鎌っつう中々面白い武器を使う戦士が相手だったけど、これも何とかかんとか誤魔化しつつ勝利。
7回戦はアホみたいに長い刀を振り回すタイプだったから、懐に入り込んでチェックメイト。
やっぱり俺の強みはトリッキーな戦い方とスタンダードな剣の技術、そして小柄な体躯と明晰な頭脳、ってことだな。
俺達3人とも順調に7回を勝ち抜き、そして迎えた『八枚目』。
これに勝てれば晴れて自由の身プラスご褒美。
ワクワクしながら闘技場の中心で待つと……その人は現れた。
「では、これより、シエルアーク・レイ・アイトリウスの『八枚目』を開始する!両者、構えよ……何をしている」
「ええー……うそん」
「……しえる、何故こんな所に居るのだ?お主、何の罪を犯したのだ?」
目の前に居たのは、角こそ魔法で隠しているものの、黒のポニーテールも、翡翠の目もそのままの、いっそ幼いと表現してもいい少女。
「ナライこそ、なんでこんなとこにいんのよ」
妖怪のナライちゃんであった。
「両者、構えよ!」
が、知り合いです、ってやる訳にもいかないので、しょうがない、剣を構える。
「アナジもイナサも前の2人にやられた故にな。妾は勝たねば、妖の名折れよ!悪いが本気で参るぞ、しえる!」
そして、ナライちゃんは本気であった。
……どーいう立場でここに居るのか分かんないけど、まあ、本気なんだって言うからには本気なんでしょう。
「こっちのセリフだっつーの!」
「では、はじめ!」
司会進行の合図が聞こえるや否や、俺もナライちゃんも、一気に地面を蹴っていた。
ナライちゃんの得物は薙刀であった。リーチはあるし取り回しも効く、斬るも突くも可、っていう武器だな。
そして武器が云々以前に、ナライちゃん、強い。
「どうしたしえる!その程度か!」
今までの相手よりうんと強い。伊達にうん百年生きてません、って事なのかな。
「ちょっとは手加減してくれたっていいんじゃないのー!?」
「何を言うか!妾がそのような無礼を働くとでも思ったか、しえる!」
そして、手加減は期待できそうになかった。この有様である。ひどい。
ナライちゃん、魔法で牽制、なんて悠長なことはしてくれない。魔法で攻めて、薙刀で攻めてくる。
攻めに攻めてくる。容赦がない。速い。つよい。
薙刀はとんでもない速度で振り抜かれたと思ったらもう次の瞬間には返ってきてるし、その間に数発、とんでもない威力の風魔法が飛んでくるのだ。
こんな有様なので、優雅に避けるふりなんてしてられなくなってきた。しょうがない。
「死して生まれよ、生きて死ね!命は輪、世界は円!編まれし魔よ、糸へ還れ!」
一旦大きく距離を取ってエセ詠唱を使った。
……『魔法を無効化する魔法』の強化版である。という設定。
つまり、こんな魔法、存在しません。……いいもん。俺に魔力が戻ったら本当にするからいいもん。嘘じゃないもん。ほんと(になる予定)だもん。
「魔力の流れが無い……?面妖な術よ!」
正解に限りなく近い大外れを回答してくれたナライちゃんに不敵な笑みを見せつつ、俺は突進する。
剣は途中で捨てた。どうせあと一撃だ。ブラフはもう必要ない。
剣を捨てた俺の真意を測りかねつつも、ナライちゃんは薙刀を容赦なく振ってくる。
俺はそれを受け流すでも無く、全て紙一重、致命傷を避けつつ、多少の傷は厭わず、ギリギリで避けて、掻い潜る。
「無駄な事よ!」
ナライちゃんは至近距離で俺に魔法を撃つ。当然、俺はその隙を見逃さない。魔法なんて効かない俺は、魔法をもろに体で受けるようにして、短剣を構えて突っ込む。
……が、それを読んでいたらしいナライちゃんは、魔法をぶった切って更に薙刀を振ってきた。
短剣は俺の手を離れ、弾かれて宙に浮く。
またしても魔法が渦巻き、そして、薙刀の刃が引き戻され……。
「はい、チェックメイト」
今までのブラフが役に立った。
魔法を避けて、魔法が効くふりをした。
短剣を握って、短剣で戦っているふりをした。
魔法を無効化する魔法で魔法が効かない、というふりをした。
短剣が無くても剣で十分以上に戦える、というふりをした。
……だから、ナライちゃんは、それをブラフだと思った。
ナライちゃんは、俺が『魔法を使う』と思っていた。里での治療は魔法によるものだと思っていたはずだから、間違いない。
だから、俺が武器を2つとも手放した時、今まで温存に温存してきた魔法を撃ってくると思ったんだろう。
その為にナライちゃんは、相殺用の魔法を用意していた。
俺の短剣を弾いて、魔法を相殺してしまえば、俺は無力になる。だから、懐に入られても警戒する必要は無い。むしろ、魔法の相殺をした後に生まれるはずの俺の隙を考えれば、距離が近い方が確実に仕留められる。
俺の魔法を相殺した瞬間、引き戻した薙刀で俺を突けば勝てる。……その戦術は正しかったのだ。
俺が、魔力を吸う、なんていうイレギュラーな戦い方さえしなけりゃ、ね。
「……また、面妖な術を、使うな、しえるは……」
「でしょ」
魔力をたっぷり抜き取られてへたり込んだナライちゃんに手を差し伸べつつ、俺は観客の歓声を思う存分浴びたのだった。




