59話
そして迎えた朝は、牢屋の中なのに、割と快適だった。
木の牢だからまあ、寒くも無いし、粗末だけど寝床は割とあったかかったし、清潔だったし。
そして何より、しっかり食事が出た。
晩御飯は白飯に大根の味噌汁、がんもどきの煮もの、出汁巻き卵、ほうれん草のお浸し、かぼちゃの煮つけ……って具合に、肉も魚も無いながらもかなりしっかり丁寧な食事だったもんで、満足。がんも好きな俺、大喜び。
朝ごはんは朝粥定食、ってかんじだ。お粥、ってそんなに美味いイメージ無かったんだけど、出汁と絶妙な塩味が最高に美味かった。俺、帰ったらアイトリアにお粥ブーム巻き起こしたい。
そして、朝食後、改めてルールブック(巻物だけどまあ、ブック、でいいよね)を読む。
「魔法の使用は禁止されないのね」
「ね。すごいね」
魔法って、割と卑怯だと思う。だから俺は魔法大好きなんだし。
……いやだってさあ、剣で太刀打ちするのがアホらしくなる威力なんだもん。
一発一発の隙がでかいとか、術者の魔力量によってはそうそう連発できないとか、そういうデメリットはあるものの、リーチは長いわ、威力はでかいわ。
だから、1対1で戦ったら、下手すると一瞬でカタがついちゃう。見世物として戦いを見たいんだったら、魔法禁止にしないとおかしいんだよね。当然。
「余程自信がある、という事か」
このルール、裏を返せば、『どんな魔法を使われても見ごたえのある戦いにできる』ぐらいの強者が相手だ、って事なんだろう。
「だろうね。相手はアマツカゼの生え抜きの戦士達だ。剣も魔法もお手の物だろ」
当然、風の精霊の加護をそこそこ受けてる連中だろう。風魔法に関しては当然の様に使ってくるはずだ。
……アマツカゼの戦士は、いわゆる、魔法戦士、ってかんじなのかな。使う魔法の種類こそ多く無いものの、一点特化の戦闘力を有する、というのが他国の評。
うーん、中々ワクワクするよね。しない?俺はする。
自分が知らない事をやってる奴が居たら、当然、コピーすべく観察する。んで、コピーして自分のものにする。
そうして俺は強くなるのだ。強者との闘いは、俺の踏み台!というか、この世界の全ては俺の糧となり踏み台となるのだ!
そしてルールも分かったところで、簡単に作戦会議。
「ヴェルクトは魔法に気を付けないと駄目だぞ。風を読むのはお前、苦手じゃなさそうだからいいけど」
「分かった。……シエル、光の剣は温存した方がいいか?」
「いや、もうバンバンつかっちゃいなさい。見せつけちゃいなさい。アレ、見た目も性能も派手だしいいじゃんいいじゃん」
「……そうか。なら全力でいこう」
製法は秘匿されてるし、そもそも多分、一発見ただけじゃ、どういう代物なのかすら分からない奴が大半だろうし。
「ディアーネは逆ね。隙を作ったら斬られるから注意。あと、風で炎が流されることも考えて撃てよ」
「ええ。勿論。近づく余裕なんて与えてあげないわ」
……ディアーネに関しては、あんまり心配する所も無い。
ディアーネの魔法は、コレクションや学術・芸術としてのお飾り魔法じゃない。殺して奪うための魔法だ。
今更人を焼き殺す事を躊躇する奴でも無い。大丈夫だろう。
「シエルは……心配する事が無いな」
「まーね。魔法は効かないし、接近されたらむしろこっちのもんだし」
俺に関しては、気を付けなきゃいけないのは剣だけだからね。
まあ、当然、俺より剣の腕の立つ奴が相手だろうから、油断はしない。
けど、怯えもしない。相手の切り札の1つである魔法が俺には一切効かないんだから。
そこの隙をついてやれば、大体勝てそうなかんじ。
「ま、あんまり気にせずいこーぜ。もし俺が負けてもお前らどっちか勝ったら王に『3人とも自由にしてね!』ってお願いすりゃいいんだろ?余裕じゃん」
「……いいのかそれで」
「いいんじゃないの?……逆に、3人とも勝っちゃったら、その時はがっつり毟っていこう」
少ない毛と書いて毟ると読む。荒れ地から草を引き抜くが如く、ハゲから髪を引き抜くが如く、がめつく強かにアマツカゼのお宝を頂いていこうじゃないの。
戦闘もだけど、『何をお願いしよっかなー』っていう意味でワクワクしつつ、遂に『8人破り』は開催された。
俺達をはじめとして、罪人たちは控室に入れられている。
自分が戦う前に対戦相手の戦闘を観察できないように、ってことらしいけどね。まあ、こういう控室に居ると妙に緊張したりするから、そういう効果もあるかもね。
「ディアーネ、お前、勝ったら何貰うの?もう杖はいい奴あるから、ローブ?」
「そうね……。防具は買い直すとしたらアイトリウスでにするつもりなの。だから、魔力強化の装飾品なんてどうかしら?アマツカゼの装飾品は質が高くて変わったデザインのものが多いでしょう?」
「あー、そうね。いいかも。貰っておいて邪魔にはならないしね。……ヴェルクトは?」
「俺か?俺は……特に欲しいものは無いんだが……」
「ならお前も装飾品の類でいいんじゃない?」
「……俺が着けていたらおかしくないか?」
「これだから自分の容姿を理解してない奴ってのは」
……けど、まあ、俺達は3人揃って控室で延々とこういうお喋りしてるもんだから、緊張のきの字も無けりゃ、怯えのおの字の一画目すら無い。
その内、ちらほら、と控室からは人が1人ずつ呼ばれて居なくなっていき、最後には俺達だけになった。
そして、遂に順番が回ってくる。
「ヴェルクト・クランヴェル。来い」
……ま、分かっちゃいたけど、俺は最後なんだろうね。
「勝てよ」
「ああ」
ヴェルクトは少々表情に笑みを乗せつつ、堂々とした足取りで控室を出て行った。
……ま、大丈夫だとは思うけどさ。
見られないってのはちょっと残念だな。
それから少ししてディアーネが呼ばれた……と思ったら、すぐに俺の番が回ってきた。
うん、知ってる。あれでしょ?ディアーネの戦闘は瞬殺だったって事でしょ?知ってる知ってる。予想もついてた。
「……シエルアーク・レイ・アイトリウス」
「はーい」
案内の人に呼ばれて、俺は控室を出る。
できるだけ相手に油断してもらいたいし、ここは『年相応に見える』振る舞いをしておこう。
元気よく控室を出て、闘技場に入る。
……これも娯楽の一環、って事かね。闘技場の周りに設けられた観客席は大多数が埋まっている。
観客の視線が俺に向けられる。
……俺の容姿は黒髪黒目の人が多いアマツカゼじゃ珍しいんだろう。いや、俺が珍しかったらディアーネとかもっと珍しかっただろうけど……。
降り注ぐ視線に対して、精々にこにこ愛想よくしておく。俺の事をただの見目麗しい子供だとでも思っときゃいいよ。
闘技場の中心で待つと、戦士が1人、俺が出てきた所の反対側から出てきた。
……アマツカゼの伝統的な剣に、あんまり伝統的じゃない鎧。小手に風の魔石が嵌めてあるから、あれが杖代わりなのかな。という事は、魔法は攻撃より防御に使うタイプ?ならさっさと決めないとまずいか。流石に、本職相手に剣と剣でやりあって勝てるとは思ってない。技術はあっても体がちっさいからね、俺。
「では、これよりシエルアーク・レイ・アイトリウスの『一枚目』を開始する!……両者、構えよ」
司会進行の声に合わせて、抜刀。……ちょっとかっこつけて構えを取ってみたり。
相手に笑顔と刃を向けつつ、集中を高めていく。
足はいつでも地面を蹴れるように、手はいつでも剣を振れるように。
極限まで、溜めて、溜めて、溜めて。
「では、はじめ!」
合図とともに、俺は地面を蹴った。
まずは馬鹿みたいに真っ直ぐ突っ込んでいく。
当然、普通の戦闘でこんなことをしちゃいけない。真っ直ぐ突っ込んでくる的に矢だの魔法だのをあてるのはとっても簡単だからね。
今回はそれを逆手に取って、相手の魔法を誘発したかったんだけど……乗ってくれる相手じゃなかった。
まあ、しょうがないか。2、3回は打ち合う羽目になるかな。
相手に剣が届くか否か、という距離になったところで、相手の剣が先に来る。
まあ、小手調べだよね。或いは、戦闘が見どころも無しに終わっちゃうのを避けるためか。
俺もそれに応えて、何度か剣と剣の応酬をする。
……ある程度、俺の太刀筋を把握してもらったところで、わざと隙を見せる。
当然、相手は剣のプロ。俺の動きがさっきまでと違う事には当然気づくわけだから、その隙を逃すような事はしない。
相手の剣は俺の隙に合わせて、やや大ぶりながらも正確に振り抜かれた。
……剣が俺の手を離れて飛ぶ。
キン、と鋭い音が場内に響き、俺の剣が宙を舞い……両手が自由になった俺はすぐ身を低くして、相手の懐に入り……剣を弾いて油断した相手の胸に触れた。
一気に魔力を失った相手は、俺にもたれかかるようにして膝をついた。
当然、もう戦える状態じゃない。
……『何が起こった』と場内がざわつく。
まあ、そうだろうね。こんな倒し方、普通はお目に掛からないし。
……しかし、手の内を明かしてやるつもりはない。
俺は俺にもたれた相手に隠れるようにして、懐から短剣を取り出し……相手を地面に寝かせたら、鞘に入ったままの短剣を掲げて勝利アピールである。
『隠しておいた短剣で鳩尾を突いて勝ちました』という具合に。
……会場は概ね、納得してくれたらしかった。少なくとも、未知の魔法を使った、とか、そういう疑われ方はしていないと思う。
「勝者、シエルアーク・レイ・アイトリウス!」
視界進行係の声に、会場は大きな歓声を上げた。
……あと7戦もある訳だから、その間、どうやって手の内を明かさずに戦うか、ってのが俺の場合大事になりそうね。
2戦目は割とすぐだった。3戦目はもっとすぐ回ってきた。
多分、罪人の半分ぐらいは1戦目で負けたんだろうね。
で、当然だけど勝った。大体勝ち方は1戦目と一緒。油断させて、相手の懐に入って、触る。
ただ、1戦目を見ていたらしい相手が中々懐に入らせてくれなかったので苦労した。フェイントにフェイントを重ねてようやく。
……そんな状態なんで、当然、控室に居る人もかなり減った。
3戦目まで勝ち抜いた人は、俺達3人の他、4名だけ。
「シエル、お疲れ様」
ディアーネが俺の横に座って微笑んだ。
少しばかり上気した頬がなんとも艶めかしいが、それが戦闘によるもの……しかも、おそらくは一方的な蹂躙の如き戦闘の興奮によるものである、っつうのがなんとも色気の無いというかなんというか。
しかも、戦闘態勢に入っちゃってるディアーネは目が怖い。爛々と輝くので、すごく怖い。お嬢様は今日も元気に肉食獣の如きかんばせであらせられる。
「お疲れ。ディアーネは余裕そーね」
「当然ね。私がこの程度で音を上げるとでも思って?」
滅相もございません。
「もう少し魔法が使えれば俺にももう少し余裕ができるんだろうか」
ヴェルクトも俺の隣に座って、難しい顔をしている。
ディアーネと違って、ヴェルクトの方は一戦一戦が綱渡りである。
闘技場は障害物も何も無いバトルフィールドだからね。こいつには不利な環境なはずだ。
「お前、どーやって戦ってんの?」
「ああ、光の剣で相手の剣を焼き切っている」
……前言撤回。
「余裕じゃん」
「いや、そうでも無い。短剣の間合いで剣を切る、というのは中々難しい。しかも、剣を切っても魔法が来る」
いや、まあ、そうなんだろうけどさあ……。
「剣を折る、ってのは、相手の心を折る、ってことにもなるからな。精神の戦いではすごく有利だと思うぞ。心が乱れたら魔法もヘタるし」
「そういうものか」
「そういうものです」
愛剣が斬られたら、俺なら、泣く。
その内4回戦にヴェルクトが呼ばれて行き、ディアーネが呼ばれていき、また俺の番が回ってきた。
「これよりシエルアーク・レイ・アイトリウスの『四枚目』を開始する!……両者、構えよ!」
……けど、なんつうか、今回は非常に厳しそうなかんじ。
こりゃ、もう切り札をしまっては置けないか。
「では、はじめ!」
相手は、無手。
……多分、最も懐に入りにくい戦闘スタイルの相手だよね。これ。




