58話
カゼノミヤに着いたら、なんか、死屍累々としてた。
「あちゃあ」
「まだ息はあるようね」
倒れまくってる人に、救助の人が追いついてない。人間なんて妖怪と違って魔力の量の差がそんなに大きくないから、倒れる時に一気に全員倒れたらしい。
「ま、妖怪たちが魔力で汚染された水を飲みまくってたから下流にあんまり来なかったのかもね」
恐らくは、妖怪の里の池。あれが魔力で汚染された水を優先的に貯めこもうとしたんじゃないかな。
魔力を貯めこもうとする池、山、湖……ってのは、世界中にちらほらある。そういう所がいわゆるパワースポットになって魔石の鉱脈になったり霊水の産地になったりするわけだけど。
今回はある意味、妖怪たちが人間への害を肩代わりしてくれていたから、こっちが全滅、って事にならずに済んでたんだろうね。そうじゃなきゃ、人間なんて簡単に死ぬもん。
「ま、いいや。ここぞとばかりに恩を売るぞー」
「自分で言っていたら世話は無いな」
ま、目の前で人が倒れてたら、やる事は1つ。
恩を売るのだ。人命救助は恩の押し売りだ。
ああ忙しい忙しい。
やる事は妖怪の里でのアレと一緒。
ただ、対象が妖怪じゃなくて人間になっただけで、滅茶苦茶簡単になった。
妖怪ってのはやっぱり、人間とは根本的につくりが違うらしいね。魔力の流れ方とか、滅茶苦茶だもん。
その分、人間ってのはとってもシンプル。魔力と魔力の境目が見やすい見やすい。ピントも合いやすいし、吸いやすいし。……その分、弱いし脆いけどね。人間。妖怪とか魔物とかの類と比べれば、だけど。
道行く人から停滞の水の魔力を吸って、代わりに手持ちの魔石やヴェルクトから魔力をちょこっと足してあげれば、大体の人は元気になった。
そうじゃない人は……手遅れである。南無。悪いけど、俺、死者は蘇らせらんない。
「はーい!俺、術師ー!病人は俺の所に連れてきてー!」
道端で倒れてた何人かを助けてやれば、他の人達も押し寄せてくる。こうなったらもう、俺がわざわざ出歩くまでも無いので、列を作ってもらって、順番に作業をしていくだけ。
……アマツカゼの民は、非常に、こう……行列を作って大人しく並んで待つ、ってのが得意な人達だ。何故かは知らん。けど、こういう時に暴動になったりしないってのは施術者としてはありがたい。
俺はひたすらひたすら、消化しても消化しても増えていく列にげんなりしつつ、ヴェルクトとお手手繋いだまんま延々と、治療もとい恩の押し売りに励んだのであった。
終わったら、昼過ぎてた。もうおやつ時すら越してた。腹減った。疲れた。眠い。疲れた。眠い。しんどい。
「お疲れ様、シエル」
列の整頓や、お礼の品の受け取り・整理を担当していてくれたディアーネが、俺に飲み物を持ってきてくれたのでありがたく飲む。
……あ、緑茶っぽい飲み物だ。茶菓子には練り切りっぽい上生菓子。
お茶とお菓子で眠りそうになる頭を起こしつつ、全力で休憩して、尖った精神を滑らかに落ち着けていく。
「助けた人の中に菓子職人が居たそうよ。その人がシエルに、って。他にも食料や小さい装飾品の類……布もあるわ。あまり多くないけれど、お金も」
恩を売って更にお代がきたんだから、ぼろ儲けである。この国の人達、大体みんな義理堅いからね。恩は一生ものだしね。
……あ、くそ、眠い。
「……大丈夫か、シエル」
少々ぼーっとしているように見えたのか、ヴェルクトが心配そうに声を掛けてきた。
「ん、へーき。でもちょっと疲れたからちょっと休む」
流石に、あれだけの数の人を治したもんだから、疲れてはいるけどね。
少し休んだら国王に謁見かなー。それとも、先に宿を取っちゃった方がいいかなー。
宿が先の方がいい気がする。この眠気だし……。
まったりまったり、なんとかかんとか疲れを癒すべく休憩を続行していた所、俺達の目の前に人影が現れた。
恰好を見る限り、兵士。勲章を見る限り、階級はそこそこ上だね。多分、兵士長。
そして顔を上げれば、目の前の人物の階級を証明するかのように、その後ろに控える兵士たち。
「……シエルアーク・レイ・アイトリウスだな」
……複雑そーな顔の兵士長の台詞を聞いて、こりゃどうも、単にお礼を言われるだけじゃすまなそうな気がしてきた。
案の定、済まなかった。
城まで連行されたなー、と思ったら、そのまま王の御前である。
うん、ここまではいい。俺も王にはお目通りして風の精霊の祠への立ち入り許可を貰おうとしてたし。
けど……こう来るとは思わなかったんだよな。
「……アイトリウス王国の、シエルアーク・レイ・アイトリウス、だな?」
「はい」
王もひじょーに複雑そーな顔をしつつ、俺を見ている。
「……まずは、町を救ってくれた礼を言おう」
「勿体なきお言葉で御座います」
素直に頭を垂れて完璧な所作を見せつければ、益々、王の顔が複雑になる。
「……面を上げよ。……シエルアーク・レイ・アイトリウスよ」
顔を上げて王の次の言葉を待つと……王は少し迷うように瞑目して……遂にそれを言った。
「アイトリウス王との協約により、汝を捕らえ、アイトリウス王国へ送還する」
捕らえ、アイトリウス王国へ送還。
……うん、まあ、今までの国でこうならなかったのが奇跡っつうか、なんつうか……。
もしかしたらエルスロア辺りはこの協約を持ちかけられて蹴ったか、協約を結んでおいて俺を逃がしてくれたのかもしれないね。
「陛下。私は王国へ送還された後、どのような処遇となるか、父上からお聞きではありませんか?」
しかし、このまま送還されちゃうと良くて軟禁、悪くて死刑なので、顔面を有効利用しつつ、そこらへんを王様に聞く。
いや、だってさあ、恩人が、しかもこんなに見目麗しい子供が死ぬって分かってて送還するような人には見えないし。
「……我は何も聞いてはおらぬ。おらぬが……まあ、死罪であろうな」
が、無情。
「ならば、申し訳ありませんが、私はここで捕らえられるわけにはまいりません。私には果たさねばならぬ大義が御座います」
最悪、実力行使も厭わない、というアピールをしつつ、王を牽制する。
死罪は嫌でござる!死罪は嫌でござる!優雅にあがけるところまでは優雅にあがいてやる!優雅じゃなくなるんだったらディアーネに焼き払ってもらおう。
「……シエルアーク・レイ・アイトリウスよ。まあ聞け。……我とて、恩人をむざむざ死なせたくは無い。しかし、これはアイトリウス王国とアマツカゼの問題でもある。我の一存では如何ともしかねる。……破るなら、何のための協約か分からんでな」
……うん、まあ、ご尤も。
恩人でも、なんでも、他所の国と約束しちゃってる以上はそれに従うべきだ。国は個人の物じゃないんだから。国ってのはそういうもんだから、ここに文句は無いよ。ここで協約破って親父に痛い目見せられるのは俺じゃなくてアマツカゼ王だからね。俺は何とも言えない。
「が。……アイトリウス王は、シエルアーク・レイ・アイトリウスを捕らえてから送還するまでの間、アマツカゼの罪人と同等に扱うように、と我に言うた」
王が兵士長に合図すると、兵士長は巻物を持ってきて、俺に手渡した。
「シエルアーク・レイ・アイトリウスよ。アマツカゼは自由の国。そして自由とは、己の手で勝ち取る物。ここアマツカゼでは月に一度、罪人達に自由を勝ち取る機会をくれてやっている。……そして、明日がその日だ」
読め、と促されて、俺は手渡された巻物を読んだ。
……そこに書いてあったのは、ルールだった。
『8人破り』。……俺ですら聞いたことある、このアマツカゼの文化である。
ルールは簡単。この国きっての戦士8人と戦って、全勝したらオッケー。自由と褒美が与えられる。
ただし、怪我をしても治療を受けられるとは限らないし、闘技場内で殺される可能性も十分にある、と。
……アイトリウス王こと親父は、俺が『8人破り』に成功する、とは考えなかったの?馬鹿なの?それともそもそも『8人破り』の事を知らなかったの?
……多分後者だな。
「成程、つまり、私が見事、8人の勇士達を破った暁には、晴れて自由の身、と」
「この国の法に則って自由と名誉と褒美とを勝ち得たならば、それは英雄。我とて手出しは出来ぬ」
成程ね。アイトリウスと俺とアマツカゼの事を考えれば、これがベスト、って事か。
全く、親父も面倒なことをしてくれる。俺を殺したいなら自分で殺しに来いっての。
「分かりました。挑戦させて頂きます」
こうするしかなさそうだし、それに……勝てば、褒美が貰えるんでしょう?ん?ちょっとワガママ言ってもいいでしょ?ん?ん?
「陛下」
何をご褒美にもらおっかなー、と内心にこにこしていた所、俺の背後で……ヴェルクトが、声を発した。
「無骨者故、無礼はお許しいただきたい。……俺もシエルアークと共に居た。ならば、俺も罪人か?」
「いや。アイトリウス王からは、シエルアーク・レイ・アイトリウスについてのみ、言われておる故にな」
アマツカゼ王は俺以外を巻き込む気は無いらしい。
……多分、アイトリウス王もとい親父は、俺の仲間諸共口封じしたいんだろうけど……『協約はシエルアークについてのみ』っていう事なんじゃないかな。ここら辺はアマツカゼ王の温情だね。
……が。
ヴェルクトの行動は、ちょっぴり俺の想像の斜め上を行っていた。
「そうか。なら、これで俺は罪人だろう」
アマツカゼ王の配慮を踏みにじるかのように……ヴェルクトが、抜刀した。
抜き放たれた短剣はぎらりと光って、刃物としての存在感を場に知らしめる。
「っ、貴様!何のつもりだ!」
当然、周りに控えていた兵士たちが色めき立って得物を構えた。
「王の御前で刃を抜いた。……アマツカゼではこれは罪にならないのか?」
ちなみに、アイトリウスではなる。……というか、王の前で刃物を抜いて罪にならないのはエルスロアぐらいなもんである。
あの国は王の前で刃物を抜く、って事はつまり、『王様見てくださいこの剣!自信作です!』って意味だからね。そのまま剣の品評会始まって終了。
「……よろしい。ならば、お主……名を何と言う」
「ヴェルクト・クランヴェル」
「そうか。ヴェルクト・クランヴェル。お主もシエルアーク・レイ・アイトリウス同様、罪人として扱う事にしよう。……全く、大した胆力だ」
アマツカゼ王も苦笑いしているあたり、こういう奴の事は嫌いじゃないらしい。良かった良かった。
しかし……うーん、ディアーネより先にこいつが動いたのは意外だったな。いや、俺としてはヴェルクトも俺ナイズドされてきたみたいでなんか嬉しいけど。
「あら。なら陛下。……私も罪人にして頂けませんこと?」
ディアーネは刃物を持っていない。しかし、代わりになる杖は持っているのだ。
薄く笑ってディアーネは少し集中して……杖の先に、炎の剣を生み出した。
轟々と音を立てるそれは、なんというか……刃物よりよっぽど凶悪な代物である。
当然、ディアーネも罪人ってことにしてもらえた。
……アマツカゼ王も王やっててそこそこ長いだろうけど、罪人にした相手に艶やかな笑顔で「感謝致しますわ」なんて言われるのは始めてだったらしい。
なんつーか……終始、苦笑いだった。
そして無事(って言い方も変だけど)俺達は牢獄にぶち込んでもらえたのであった。
牢の中は粗末な寝台とトイレぐらいしかないけど、明日まででいいんだから、そんなに苦にならない。
石牢じゃなくて木牢だから、そんなに寒くもないし。
寝床に腰を下ろすと、どっと疲れが出てきた。今日はちょっと働きすぎた気がする。労基に訴えたい。
「……しっかしお前らも物好きね。わざわざ牢屋にぶち込まれるなんてさ」
「あら、折角の機会なんですもの。たまには私だって戦いたいわ?」
寝床にごろん、とひっくり返りつつ言えば、ディアーネは俺の隣に腰を下ろしながらそんなことを言う。
ディアーネは確かに、戦闘が好きな類ではあるけれど……それ以上に、名誉と栄光と強さの誇示が好きな気がする。それらの手っ取り早い手段が戦闘、ってだけで。
……しかし、ヴェルクトは良く分かんないんだよな。
こいつ、そんなに強欲な方では無いし、戦闘を、ましてや対人戦を好む奴でも無いから。
「ヴェルクトは?お前らしくないよね」
気になったので聞いてみたら……微妙な顔をされた。
「……良く分からない。……が……その、配下の強さが証明できれば、お前の名誉にならないか」
……あらら。
「俺は学が無いから、『協約』とやらにどんな意味があって、どんな思惑があるのかは分からなかった。が……シエルが罪人扱いされて捕らえられる事には少し腹が立った」
国を救ったのに罪人なんておかしいじゃないか、と。憤りと悲哀の間ぐらいの色をした声でヴェルクトが呟くのを聞いて、なんとなく、複雑ながらも嬉しい。
「しょーがないの。どうしたってお互い面子を保たなきゃならない所ってのはあるし、やりたくてもできない事ってのは往々にしてあるもんだし、折れるべき所で折れるべき人が折れなきゃなんないの。王様ってのは自分の面子だけじゃなくて、国の面子背負ってるからね。色々めんどくさいの。で、当然、心で割り切れない事も多いけど、それを分かっててくれる人が居るなら頑張れちゃうもんなの」
だって俺、今、滅茶苦茶頑張る気満々だもん。




