57話
滝の裏の装置から、川の水の中に嫌~な魔力を混ぜ込んで、下流に流していた。
つまりこれは、下流に住む者への……アマツカゼ王都カゼノミヤへの侵略行為に他ならない。
一体誰が何のために、ってのは置いておこう。
今重要なのは、カゼノミヤは無事なのか、って事だ。
無事じゃないなら、俺はカゼノミヤへ行かなきゃいけない。
……いや、だって、恩を売るチャンスだもの。
妖怪の里に戻ってナライちゃんをはじめとして妖怪さんたちに、『病気の元は取り除いてきたよ』と報告すれば、たちまち感謝された。
「ありがとう、しえる。お前は里の恩人だ」
ナライちゃんは俺の手を握って満面の笑顔を見せてくれたし、後ろの方で白いくねくねはくねくねしてるし、一反木綿は風に流されてた。あれ、おかしいな、あんまり感謝されてる気がしない。
「なんとお礼を言ったらいいか……そうだ、しえる。何か妾達に手伝えることは無いか?」
「手伝う事、ねえ……」
……あるよ。滅茶苦茶あるよ。
花扇鳥の羽と、フウリ旋風鋼と、そして何より妖怪の鏡!
更に言うと、はぐれちゃったヴェルクトとディアーネとの合流!ついでにカゼノミヤへの移動!
……手に入れなきゃいけない物も、やらなきゃいけない事もいっぱいあるんだけど、さて、どこまで言っていいものやら。
「遠慮せずともよい。お前が居なかったらこの里は滅びていたのだ」
が、ナライちゃんはポニーテールを揺らして、俺の顔を覗き込んで、そう言ってくれる。
……彼女自身、『自分も気づかないうちに死に向かっていた』という事実が堪えたらしい。
ナライちゃん自身ですら気づかなかった異変と原因に俺が気づいた、という事で、俺に恩を感じている他、一目置いてくれているようにもなっちゃったようだ。
……これなら、言っても平気かな。
短い間だけど、この妖怪たちと話して行動して、普通にコミュニケーションできる相手だ、ってのは分かっちゃったし。
「あー……ええと、さ。……俺、探してる物があるんだ」
「探し物、とな?」
「うん。……失礼なことだったらごめん。答えたくなかったら答えなくてもいい。……俺が探してるのは、『花扇鳥の羽』と『フウリ旋風鋼』と、『妖怪の鏡』っていうもの、なんだけど……」
「は?『妖怪の鏡』?……しえるは鏡を使わんのか?」
……とりあえず、言ったら殺されるレベルの言葉では無かったらしいから、セーフ。
しかし、ナライちゃんの言い方だと……『妖怪の鏡』って、『妖怪が使ってる鏡』そのまんまなの?
「妾でも、十年程使えば魔鏡になったぞ?」
……成程。『妖怪の鏡』ってのは、妖怪が使いこむことで魔力が染みて、『魔鏡』になったもののことなのね。納得。
「あー、色々あって」
色々、で誤魔化せば、ナライちゃんは不審げながらも、懐から手鏡を取り出して俺に差し出してくれた。
「こんなもので良いなら、持って行くがいい。恩人への礼がこればかりでは少々申し訳が無いが」
「いや、本当にありがたいんだ。ありがとね、ナライ」
受け取った鏡は、椿のような花が浮き彫りになった木彫りの枠に、魔鋼の鏡が嵌っているものだった。
染み込んだ魔力は確かなものだ。これなら『魔王から魔力ぶんどる装置』にするにも申し分ないだろう。
「花扇鳥なら一昔前はここフウライ山でもよく見かけたが、今はここよりアマナの方に居ると聞く。そちらを探してみよ。それから、フウリ旋風鋼なら……」
その時、ぱたぱた、と羽ばたく音が聞こえたかと思うと、イナサ君が上から降りてきた。
「しえるー。お前、これが欲しくてあの崖にいたんだろ?」
その手に乗っているのは、まぎれもなくフウリ旋風鋼である。俺が採ろうとして落ちた奴ね。
「え、これも貰っちゃっていいの?」
「うむ。欲深い人間ならともかく、里の恩人であるしえるになら、山の恵みを分けてやる事もやぶさかではないぞ!」
……俺、欲深い人間です、とは言えない。言わない。
「ありがとう、ナライ、イナサ」
「また遊びに来いよー!」
「妾は……この里はお前をいつでも歓迎するぞ、しえる」
結局、夜になってしまったが、俺は妖怪の里を出ることにした。
何と言っても、『フウリ旋風鋼』と『妖怪の鏡』が一気に手に入っちゃったからね。いやあ、案外簡単に手に入っちまったね。これも俺の人徳の成せる技なんだろう。多分。
さて、ほっぽったまま半日以上になるけど、ヴェルクトとディアーネは大丈夫だろうか。
……大丈夫だろうなぁ。ちょっと、あの2人が焦る所なんて想像がつかない。多分、内心焦ってても表に出さないんじゃないかな。
妖怪の里を出て、山を登り始める。
山の登り口はイナサ君から聞いているので、簡単なルートをとることができた。
……イナサ君が『俺が飛んでって送るよ?』とも申し出てくれたんだけど……それでうっかりヴェルクトとディアーネと鉢合わせると、俺が人間です、ってモロバレなので……いや、今更ばれたところで大丈夫な気もするけれど……うん、まあ、やめとこう、って事にした。うん。
山を登って、大体落ちる前の位置に戻ってきた。
すると、少し離れた所で火がちらついているのが見えた。
近づけば、案の定、ディアーネが火を起こして、ヴェルクトが夕飯を作っているところだった。
「あら、シエル。お帰りなさい」
そして、ディアーネは全く動じることなく、優雅にお茶のカップを傾けつつ、にっこり微笑んで見せてくれるのだ。
「あー、うん。ただいま」
「遅かったな。何かあったのか」
……この、心配のしの字もないかんじ。少なくとも、表に出さないこのかんじ。
もーちょっと心配してくれたっていいんだけどね。いや、まあ、これは信頼の成せる技、って事にしておこう。
ヴェルクトはナイス判断で、3人分夕食を作っておいてくれたらしい。俺も夕飯にありつく事ができた。
パンを齧りつつ、トマトベースのスープで体を温めつつ、2人に妖怪の里の事を話すと、何とも言えない顔をされた。
「……シエル、お前は妖怪から見ても妖怪なんだな。安心した」
「俺も安心した」
俺の溢れんばかりの天才オーラは妖怪の目すら眩ませるという証明ができた。やっぱり俺ってばすごい。
……いや、まあ、魔力が無い、ってのが妖怪判定パスした要因なんだろうけどさ!
「よかったじゃない、シエル。これでアマツカゼで手に入れなくてはいけない材料3つの内2つがもう手に入ってしまったのでしょう?」
ね。俺もびっくりしてる。
……これであとは、絶滅危惧種の鳥さん捕まえて羽を毟ればオッケー、っていう訳だから……まあ、いきなり難易度がダダ下がりだよね。
「ナライちゃんの話だとアマナ山に花扇鳥が居るかも、って事だったから、次はそこを目指すんだけど、その前に」
「カゼノミヤに寄るんだな?」
「そ」
カゼノミヤが落ちる、という事は、風の精霊を祀る祠が落ちる、という事だ。
今回の水源汚染が魔物の手によるものならば、間違いなく狙いは風の精霊の祠。そして、魔王復活の為に風の精霊をどうにかしちゃうつもりなんだろう。
風の精霊には俺も用がある。アンブレイルを邪魔するべく、風の精霊様にお願いしなくてはいけないのだ。
だから、まだ風の精霊を魔物の手に渡すわけにはいかないのである。
……もしこれが魔物じゃない何者かによる犯行だったとしても、同じことだ。風の精霊の祠に行きにくくなったら、それだけで俺にとってはデメリット。カゼノミヤを救う大きな理由になり得るのだ。
……そして何より、この国、アマツカゼは素敵な文化の国。食べ物は美味しいし、景色は綺麗だし。
魔鋼や魔草も、多くは無いものの、この国独自のものが幾つもある。
この国独自の魔法、なんてものもあるし……つまり、将来的には、アイトリウスと仲良くしてもらいたいのである!
そして俺が王になった暁には、1週間に1回は絶対に味噌汁を出させる。決めた。俺、もう決めた。だからカゼノミヤもちょちょいっと救って、恩を売って、味噌を格安で売ってもらう。もう俺決めた!
その日はフウライ山で野営して、翌朝。
干し肉と野草のスープで体を温め、お茶で体を温め……少し準備体操もして、体を解して。
俺達はフウライ山を東に向かって下山し始めた。
全てはアイトリウスの未来と俺の食卓の為。
そしてアンブレイルを邪魔する為である。




