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56話

「こっちだ」

 ナライちゃんの案内で、この里の病院……じゃなくて寄合所に連れて行ってもらう。

「倒れた者があまりに多いのでな、寄合所に並べてあるような状態なのだ」

 そして、寄合所の扉を開くと……誰かが顔を出した。

「あ、ナライ!……と、そっちはさっきの」

 入り口からぴょこり、と現れたのは、濡れ羽色の翼を背ではためかせている少年。

 ……烏天狗、ってやつだろうか。

「しえるよ、こやつがお前を崖下に落とした奴よ」

「ひぇっ!ナライ!そんな言い方しなくたっていいだろ!」

「あ、いいよいいよ、俺もそんなに気にしてないから……」

 俺を突き落としたあの突風をこの烏天狗君が起こしたなら、俺を軟着陸させるために風を操ったのもまたこの烏天狗君なんだろうし。

「うう……ほんとにごめん。……俺、烏天狗のイナサ。ごめんな、しえる。よろしく頼むよ」

 ……ナライもそうだけど、イナサも、微妙に俺の名前の発音が丸っこい。ひらがなみたいなかんじである。

 やっぱり横文字は発音しにくいんだろうか。

「ん。イナサね。よろしく」

 まあ、この烏天狗のイナサ君とも仲良くしようじゃないの。……仲良くなっとけば、俺が人間だってばれた時の保証が増えるし。




 寄合所の中は、病人でいっぱいであった。

「全員魔力量が低下してるな」

「うむ。普段ならこんなことも無いのだがな。……原因が分からんのがまた腹立たしい」

 ナライちゃん、ご立腹である。

 ……多分、病気の原因が分からない事と、同胞があっさり病気になっちゃったことと、自分が病気を治せないことにご立腹してるんじゃないかな、って気がする。

「とりあえず、薬持ってきたから全員に飲ませようぜー」

 イナサ君が薬草の煎じ汁らしいものを分けてくれるので、俺とナライちゃんはそれぞれ病人に薬を飲ませて、具合を聞いたりなんだり、と世話をする。

 ……コロボックルみたいな奴には薬を飲ませるのが大変だったし、塗り壁みたいな奴には逆の意味で薬を飲ませるのが大変だったし、一反木綿みたいな奴は薬を飲んだら……薬が消えた。おかしい。こんな布1枚のどこに薬が消えたんだ。染み込んだ訳でも無いし、まさか、このぺらい布の中に胃がある訳でも無いだろうに……。


 一通り世話をしつつ、俺はそれぞれの妖怪の魔力を観察させてもらった。

 やっぱり、妖怪だっつう以上、魔力量は人間のそれより多いんだろう。

 しかし、今はその魔力量も鳴りを潜め、ちょっと魔力のある人間、程度にまでなってしまっているらしかった。

 ……魔力は普通、寝てれば戻ってくる。

 それは、その人なり妖怪なりの魔力量が決まっているから。

 決まっている魔力量より少なければ、外から魔力が流れ込んできて規定量まで補充される、ってのが魔力の仕組みなわけだし。

 ……しかし、この妖怪たちはそうじゃないんだよな。

 この地には魔力が濃く漂っているから、外から魔力を吸収できないわけが無い。

 となれば、何かが邪魔をしている訳である。

『決められた魔力量』を減らしているような……おじゃまなぷよ、みたいな……そんな何かがあるはずなのだ。

 そんな魔法理論に従って、もう一度、目の前の妖怪(白っぽい人っぽいかたちしたくねくねした何かだった。病床にありながらもずっとくねくねしてる。)を観察する。

 ……魔力を見る目で、じっくりと、まずは魔力を見る。

 ここまではいい。魔力が見える。体の内側に溜まっているのが分かる。

 ……そこから更に目を凝らして、その魔力の中に混じっているものが無いか、探す。

 勿論、そんなものはパッと見見えないので、とっても目立たない物か、いっそ透明な何かか、と見当をつけて探すわけだ。

「……しえる?」

 そんな俺を不審に思ったのか、ナライちゃんが声を掛けてきたけれど、ちょっと後回し。

 目の前の妖怪さんの魔力の、さらにその中身に集中する。

 ……なんか、前世で顕微鏡使った時の事を思い出すな。あんな感覚だ。どこで合うか分からないピントを調節していって、少しでもはっきり見える位置を探して。そして更に、顕微鏡と違って、ピント調節だけじゃなく、レンズとしての働きも俺の仕事なのだ。研ぎ澄まして、透き通らせて、ちゃんと見えるように見えるように、集中するのだ。

 ……そして、そんな集中が続いた結果、やっとそれの正体が分かった!

「ナライ!イナサ!ちょっと薬飲ませるのストップ!」

「すとっぷ?」

「中止!」

 作業を止めて俺の所にやってきた2人(2匹?)に、さっきまで妖怪たちに飲ませていた薬を見せる。

「……イナサ、この薬って、どこの水使ってる?」

「え?水?ここの里の近くの池だけど……」

「ああ。妾たちは皆、そこで水を汲むでな」

 あ、そうなんだ。じゃあ限りなく黒に近いグレー、と。

「……まさか、あの池に悪さをした奴がおる、ということか?」

 ナライちゃんが気づいたらしい。

 しかし信じられない、というような顔をしている。……まあ、これほどの魔力を持った妖怪が、泉に何かされて気づかない、ってのはおかしな話である。

「この里に居る妖怪は全員、その池の水飲んでるんでしょ?多分、ずーっと、でしょ?……ちょこーっとずつ、毎日毎日、ほんの少しずつ、池の水に細工がされていったとしたら?……池の水に混ぜられた『水の魔力』が、体内に少しずつ少しずつ溜まっていったら?……気づかないと思わない?」


 さっきの妖怪の中に、殆ど透明に近い薄青の魔力が溜まっていた。

 風の国の妖怪の中にあるには不可解な、水属性の魔力である。

 しかも、その水属性の魔力は明らかな悪意を持って、『停滞するように』性質を持たされているのだ。

 何にも反応しない。利用できない。本人の体の中にあるにもかかわらず、本人に使う事ができない。

 そんな魔力が体の中にでーん、とあったら、そりゃ、魔力不足にもなるだろう。

 このままこの水の魔力が妖怪の中に溜まっていたら、動かせるものも動かせなくなって、使えるものも使えなくなって、あとは死を待つだけ、っていう状態になっちゃうのだ。

 そう。まるで、おじゃまなぷよで埋め尽くされた画面のように。ああ恐ろしい恐ろしい。


「……成程な。体内の魔力が水の魔力に置き換わっていっちゃったなら、水の魔力を感知しにくくなるだろうし、俺もナライも気づかなかったのも分かる」

「……妾も気づかぬうちに、少しずつ水の魔力に侵されていたということか……ぬかったわ」

 この2人は魔力の絶対量が多かったから今こうして動けてるけど、それもどこかで限界が来ていただろうし。いやあ、俺が来てよかったね!

「しかし、原因は分かったが……動かぬ魔力を動かす、というのは、ちと厄介か」

「魔封じなんかしちゃったら魔力全部抜けて死んじゃうし……」

 ナライちゃんもイナサ君もうんうん唸ってるけど、ま、そんな問題は俺が居れば解決するのである。

「大丈夫。俺に任せてくれていいよ」

 俺、恩の売り時は見逃さないタイプ。




 ま、簡単な事だよね。

 さっきみたいな極度の集中をしなきゃいけない、ってのがネックだけど、まあ、それも慣れてくると割と楽に速くピントが合うようになってきたし。

 ……そう。魔力を吸える俺は、魔力が見えれば、吸う魔力を選んで吸う、なんて芸当もできちゃうのである。これはヴェルクトの呪いを吸った時と大体一緒。

 今回は吸いたい魔力が透明に近くて見えにくい、ってのが面倒だけど、それも種が分かってりゃ案外何とかなるもんである。

 ……ということで、俺は寝ている妖怪たちを片っ端から観察して、片っ端からおじゃま魔力を吸っていった。

 その後は、イナサ君の薬(俺が水差しを貸してあげて、その水で作り直してもらった)で魔力を簡単に補充してもらえば、妖怪たちは元気になった。

 俺は集中の連続でちょっと元気が無くなった……。

 ま、まあ、妖怪の鏡の為だと思えば……!


「……妖怪ながら、化かされている気分だ」

「ははは、恐れ入ったか」

 ちょっとばかり元気がなくなりつつも、褒められるのは悪い気がしないので元気になる。

「じゃ、もうひと踏ん張り。さっきの池まで案内してくれる?多分、そこに仕掛けがあると思うんだ」




「ここだ」

「ふーん……ここじゃないね。この池って、どこから水が流れ込んでる?」

「上流か?それは山の上の方になるな」

 ほれ、とナライちゃんが指差す方向は、山の上……ここが崖の下の方だから、ここから大分上の方である。

 ……山登りかぁ……。ちょっとめんどくさい。

「ん?上流にしえるを連れて行けばいいのか?なら俺が連れてくよ!なんだかすごく調子がいいんだ!」

 が、そんな心配は無用だったらしい。

 イナサ君が烏の翼を広げたかと思うと、俺は抱えあげられて空を飛んでいた。

 ……繰り返す!空を!飛んでいた!

「……ん?しえる、大丈夫か?」

「大丈夫、興奮で声が出ないだけだから」

 一気に上昇したことにより、ぐんと地面は遠ざかり、山すら眼下に並ぶようになる。

 遠くに見えるのは、アマツカゼの王都、カゼノミヤか。……あっちにはテンバラ村が見えるな。おおお、エーヴィリトの光の塔まで見える……!

「すっげえ」

「え、しえるは飛ばないの?」

「こんな飛び方は初めてだよ」

 風魔法を使えば、空を飛ぶことはできる。できるが……ここまで自由に大胆に高く速く安定感付きで、となると、無理。


 興奮しつつも仕事はする。

 魔力を見る目で、おかしなところが無いか、川のあたりを見ていくと……ちょっと引っかかる部分があった。

「……あ、イナサ、あそこらへん、あの滝のあるあたり、降りてくれる?」

「ん?あそこ?分かったー」

 イナサ君は俺が示した所に向かって急降下していく。

 風に運ばれるかのように、滑らかに、軽やかに降下して、最後の最後でちょっと体勢を立て直して、着地。

 ……流石、風の国の妖怪である。


 着陸してすぐ、小さな滝に向かって歩く。変なかんじはこの滝の裏から出ている。

 ……ちょっと濡れるのはしょうがない。滝の中に入って、その裏側に到達すれば、小さな洞穴があった。

「何かあったー!?」

「あったよー!」

 滝の音に掻き消されないようにイナサ君に教えつつ、滝の裏側に隠された装置を分解し始める。

 ……中を漁れば、思った通り、そこそこ上等な水の魔石が入っていた。これは貰っていこう。

 水の魔石を取ってしまえば、装置は動かなくなる。が、念には念を入れて、魔力を全部吸い出して、更に剣でぶった切っておいた。これで安心。


「滝の裏に西洋式の術が組んであった」

 装置の残骸をイナサ君に見せてやれば、良く分からない、という顔をされる。まあ、でしょうね。君、妖怪だもんね。

「へー……これが俺達の池の水に悪さしてたのか」

「いや、たまたま停滞する水の魔力を含んだ水があの池に溜まってた、ってだけで、別にあの池を狙ったわけじゃないと思う」

 ……さっき上空から確認したら、この山から流れる水は、アマツカゼ王都カゼノミヤにまで届いているのだ。

「多分これは、妖怪の里じゃなくて、人間の里を狙ったものだ」


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