52話
触らぬ神になんとやら、っつっても、いつまでもほっとくわけにもいかないんで、そこらへんの喫茶店でお茶飲んで、さっきの店で食べ損ねた甘味なんかを楽しんだ後、もう一回ウルカの店に行ってみた。
「ウルカー、いるか?」
……声を掛けるまでも無かった。
居た。
「……シエルアークか……」
店のカウンターにぐでっ、と、突っ伏していた。
「なんかあったん?」
とりあえず、さっきすんごい叫び声を聞いてしまった、ってことは内緒にしつつ、ウルカの出してくれたお茶をずびずび飲みつつ、話を聞くことにした。
「ああ。さっきまで、『逆・光の剣』の制作をしていたんだがな……試作程度ならなんとかなるだろう、と高を括っていたのだが、どうもうまくいかない」
……ああ、俺が頼んだ奴、早速取り掛かっててくれたんだな。
『逆・光の剣』は、あれだ。『魔力を出して剣を作る』ものでは無くて、『魔力を吸収する能力を剣にする』ものだ。
つまり、ある意味では『光の剣』の真逆。
「やはり、剣の形に圧縮・固定するのが難しい。更に言えば、水平に保たれている魔力から能動的に魔力を吸う、という事がより難しい」
あー、やっぱりそこで躓くんだ。
「水平……能動的……?」
ヴェルクトが分かってなさそうな顔で俺を見つめてきたので、解説してやることにしよう。
「ものはそれぞれ、自然な状態ならば魔力を多かれ少なかれ持ってる」
「ああ、それは知っている」
ま、そこはこの世界の大前提だからね。
「もし、人為的に魔力を空っぽにした魔石を置いておけば、徐々に魔力が染み込んでまた魔力を持った魔石に変わるだろうし、逆に、魔力をたっぷりぎっちぎちに詰め込んだ魔法薬かなんかもほっとけば、その内魔力が抜けていく。そして、その魔力の移動は、それぞれの物質や生き物や……ありとあらゆるものが『自然に』持つだけの魔力の大きさになった所で、止まる」
イメージとしては、アレだ。浸透圧。
……周りに塩がいっぱいあれば、キュウリから水が抜けて、代わりにキュウリに塩が入っていく。周りが真水だったら、赤血球は水を吸いこんで破裂する。水の中に砂糖を落とせば、いつかは完全に溶け、混じりあい、均一な砂糖水になる。
ただ、浸透圧と魔力の移動の違いがあるとすれば……『全てのものの濃度が同じになる様に動く』のではなく、『それぞれのものがそれぞれの決められた濃度になる様に動く』のだ。
当然、そこらへんの石よりも魔石の方がたくさん魔力を持つようにできているし、生物にも個体差があるし。
「……良く分からない」
「つまり、全てのものには決められた魔力の量があって、それより多く魔力を持ってたら魔力が抜けていって、少なかったら魔力が入ってくんの」
噛み砕いてやれば、ヴェルクトは少し考えて、理解した、といい反応を返してくれた。
「んで、ここからが本題な。……魔力は、『自然には』少ない所から多い所へ流れて行かない」
「決められた量より少ない所から、決められた量より多い所へは流れない、という事だな」
「そ。川の水が高い所から低い所へ流れていくのと大体一緒ね。……で、当然っちゃ当然だけど、まっ平らだと魔力は流れない。そして、滅茶苦茶多い所とちょっと多い所だと、滅茶苦茶多い所の方がいっぱい、かつ、勢いよく、少ない所へ流れていく」
川の水と同じようなもんだ、と説明してやれば、ヴェルクトの顔の曇りが大分晴れた。こいつには分かりやすかったらしい。
「……で、当然だが、さっきのウルカの話にあった『剣の形に圧縮・固定するのが難しい』ってのはそれだな。周りからとんでもない勢いでどんどんばんばん魔力が流れ込んでくるから、『魔力を吸う機能』を固定・維持させるのがとっても大変」
繊細な回路を組んであったら、一発で吹っ飛ぶ。そうでなくても、安定はしにくいだろう。
「更に言うと、その後な。……もし、『魔力を吸う機能』を固定・維持できたとしても、そんなもんが剥きだしになってたら当然、周りの魔力を全部吸い始める。……多い所から順に、だ」
「……吸いたいものを選んで吸えない、という事か」
「ご名答。……だよな?ウルカ?」
確認を取ると、ウルカは重々しく頷いた。
「ああ。魔力を多い状態で固定するのは得意だが、流れこむ魔力の制御、というのはどうにも難しくてな」
「今の段階だと、『剣の形じゃない』かつ、『周りから無尽蔵に魔力を吸っちゃう』?」
「ああ、その通りだ。……ただ、それだと危なっかしすぎるからな、『水平な魔力』は崩さないようにしている。剣の形にする事ができたら、剣に触れたものからのみ、水平を崩す形で魔力を吸えるようにするつもりだ」
つまり、決められた量ぴったり以下のものからは魔力を吸わないようにする、って事だよな。
それだけできていれば、ま、周りにとんでもない迷惑をかける、って事も無いだろうけど。
……けど、それで満足する訳にもいかないし、ウルカも満足しちゃくれないだろう。
「……ということで悪いが、シエルアーク。『逆・光の剣』についてはもう少し時間が欲しい」
「ん。元々、数日程度で作れるもんだとも思ってないよ」
そう返せば、ウルカは複雑そうな顔で頷いた。
……多分、俺が『思っていなかった』事をやり遂げてやろう、ぐらいの気持ちでいたんだろうから、深くは突っ込まない。
彼女もまた、矜持をもった職人なのだから。
「……なら、シエルアーク。ここにわざわざ戻ってきたからには、例の設計図が手に入ったんだろうな」
ま、目下はこっちだよね。
「ん。悪魔のおねーさんにオタノシミと死神草あげたら書いてくれたから精密さは保証する」
クルガ女史が書いてくれた設計図をウルカに見せると、途端、ウルカは目を輝かせた。
「こいつはすごいな」
「でしょ。すごいでしょ。俺も思った」
悪魔の魔法なのか、それとも、古代魔法の中でもドがつく程マイナーな魔法なのか。
そういった、俺ですら知らなかった魔法を使って、アンブレイルが俺に使った禁呪を綺麗にまとめあげてある。
魔力無しである俺を原動力に、魔力無しの俺でも動かせるように作動の魔力が必要ないつくりになっているあたりが心憎い。
「……悪魔というものは、こんなに美しい術式を組み上げるのか」
「人……っつうか、悪魔によると思うよ。俺は結構アタリ引いたみたい」
多分、悪魔の中には『レベルを上げて物理で殴れ』みたいな脳筋悪魔も居ると思う。
その点、クルガ女史は理知的だし、古代魔法にも禁呪にも明るいときたもんだ。いやあ、すごいね。
「全く、シエルアークは昔から運がいい。……ディアーネ嬢といい、ヴェルクトといい、その悪魔といい……お前は仲間との出会いに恵まれているな」
「ウルカといい、ね。……ま、人徳の成せる技だと思うよ?」
「よく言うなぁ」
ウルカはけらけら、と笑って、立ち上がった。
「さて。なら、この設計図はしばらく預からせてもらおう。……ちょっと、倉庫に行って材料の在庫を確認してくる。……シエルアーク」
「ん?」
「材料を探して飛び回る覚悟はできているか?」
……一応、俺も、クルガ女史が書いた設計図は見た。必要な材料も見た。
うん。……うん、まあ、しょうがないよな。これだけすごい術式動かすんだし、それ相応の材料は必要になるだろう。うん。
「あー……お手柔らかに?」
けど、俺、しなくていい苦労はしたくないタイプ。
それからウルカは店の奥に入っていき、しばらくして戻ってきた。
「足りない材料をリストにしておいた。……覚悟して見ろよ?」
そして、羊皮紙の切れ端を俺に手渡してくれたので、適当に覚悟しつつ、リストを眺める。
『リスト
・天空石
・新月闇水晶
・陽虹光水晶
・古代銀
・フウリ旋風鋼
・永久の火の欠片
・永久の氷の欠片
・人魚の真珠
・妖精の涙
・妖怪の鏡
・闇の帳
・生命の樹の実
・星屑樹の実
・月虹草の花
・炎舞草の花
・死神草の根
・無属性ドラゴンの鱗
・グリフォンの鬣
・花扇鳥の羽
・永久の眠りの骨
・シエルアークの魔力』
「……うっわ」
「これでも、鉱石類はかなり倉庫にあったからな」
「うん、分かってる、分かってるけど……多いね」
……これ、アンブレイルが魔王封印するまでに集めきるの、すっごく難しくない?




