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51話

「精霊様―、姫君を精霊様の世界にお連れする前に、この光水晶をですね」

『約束は守るわっ!ええい、うっとおしい……ほれ』

 光の精霊が手を振ると、光水晶が眩く輝き……虹のような光沢を持つ、別の魔石へと変貌を遂げていた。

 よし、とりあえずこれで第一段階は完了。

『……もうよいか』

「それから、勇者アンブレイル・レクサ・アイトリウスへの試練変更の通達を」

『ええい、面倒だな!』

 面倒でもちゃんと後片付けしてからランデヴーしてください。


 それから光の精霊は虚空に向かってごにょごにょしていたかと思うと、どこからともなくアンブレイルの声っぽいものが聞こえてきた。

『な……こ、これは一体』

『勇者アンブレイル・レクサ・アイトリウスよ、聞こえるか』

『まさか、光の精霊様ですか!?』

 あ、電話みたいになってるんだ。便利な魔法だな。

 ……魔力を見る目でどういう風に魔力を編み上げてるのかを観察して今後の糧にしよう。

『その通り。私は光の精霊。人の子よ、此度は1つ、頼みがある』

『た、頼み……?』

 アンブレイルの困惑は尤もである。

 だって、その光の精霊の『頼み』もとい無茶ぶりによって今アンブレイルは動いてるはずだからね。

『ああ。明日の朝、私の祠へ行け。台座の裏に、空色の光水晶がある。それをアイトリウス王国の空の精霊の祠まで届けてはくれないだろうか。代わりに、というのもおかしな話だが、任されてくれるならば光の姫君の件は問わず、貴殿に力を貸そうではないか』

『ほ、本当ですか!』

 アンブレイルの歓喜っぷりも尤もである。

 だって、正直俺がアンブレイルの立場だったとしたら、光の姫君連れて来い、なんて無理ゲーお断りしたいもん。

『ならばこのアンブレイル・レクサ・アイトリウス、必ずや空色の光水晶を空の精霊様の元へお届けいたしましょう』

『うむ。頼んだぞ。成功の暁にはまた私の祠へ来るが良い』

 如何にも適当なかんじにそんなことを言うと、光の精霊は手を宙でふらふら振って、アンブレイルとの通信を切ったらしい。

 うん。もう俺、今の魔法の構造、覚えた。魔力が戻ったらやってみよーっと。


『……これでよいのだな?』

 という事で、俺が光の精霊に頼みたかったことも全部終わった。よしよし。

「ははーっ、流石、光の精霊様に御座います。なんというお仕事の速さ」

『茶番は止せ。全く、このとんだ猫かぶりめが。散々無礼をはたらきよって……姫君に免じて許すが』

 あら、色々とお見通しだったらしい。腐っても恋しても精霊は精霊である。

 光の精霊の言葉に肩を竦めてみせると、光の精霊は1つ、ため息を吐いて……俺を見た。

『……シエルアーク・レイ・アイトリウス』

「はい」

『世話になったな』

 そして、俺に手を出すように言うと、俺の掌に……光水晶を2つ、落としていった。

 1つは、空色をしている結晶だ。

 そして、もう1つは……薄く虹色の光沢を帯びたもの。

 ……姫君の棺になっていた光水晶(パワーアップ版)と同じものだな、と、直観的に理解した。

 最高の魔石の産地であるアイトリウスでもお目にかかった事の無いほどの、膨大な光の魔力を秘めた代物である。

『……正直、勇者より貴様の方が面白い。不当なる人の王の子よ。貴様の道に光の加護のあらんことを』

 その一瞬、ぞわり、と背筋が寒気立つような感覚を覚える。

 膨大な魔力に触れた感覚だ。垣間見えた、光の精霊の本気だ。

 並の人間なら飲み込まれるかもしれないぐらいの魔力に触れて、しかし、俺はちょっとびっくりしただけで済ませる。

 だって俺だもん。

「このシエルアーク・レイ・アイトリウス。必ずや光の精霊様にお楽しみいただける結果をお見せ致しましょう」

 2つの光水晶のお礼、って事で、俺も満面の笑みで大仰に一礼すると、光の精霊は薄く笑って鷹揚に一つ頷いた。

 魔力を取り戻したら光魔法もいっぱい使う事になるだろうから、その時はまたお世話になるだろう。


「あ、ちょっと待って……」

 それから光の精霊は姫君の手を取ってどこかへ行こうとしたが、その前に、姫君がシャーテの方へ駆けていった。

「ありがとう。ボクを目覚めさせてくれて。……ボクの、甥っ子か姪っ子の、その子孫」

 姫君はシャーテに礼を言いつつ、頭に乗せてあった冠を渡した。

「キミが次の王なんだよね?だから、これを受け取ってほしい。……何もせずに国を捨てるボクを許して。君の未来が光であふれるように、たくさんお祈りするよ。……エーヴィリトを、よろしく」

「……私にエーヴィリトをお任せになって、いいのですか」

 受け取った冠を手に、困惑したようなシャーテを見て、姫君は笑いかけた。

「うん。いいんだ。そろそろ国にだって、新しい光が差すべきだよ。王の為だけの国じゃなくて、民の為だけの国でもなくて……そういう国になれば、いいよね。キミの国を思う気持ちは、ボクにだって分かるよ。だから、自信を持って。辛いだろうけれど、頑張って。キミにはボクと光の精霊がついてる」

 姫君の言葉には、不思議な力があるかのようだった。

 聞いていて、どうしようもなく心が浮き立つ、というか……元気が出てくる、というか。

 こんなんだからこそ、光の精霊に目ぇ付けられてお幸せにコースなんだろうけど。

「……はい。必ずや、このエーヴィリトに新たな光を呼び込んでみせます。どうか、見守っていてください」

「うん。……じゃあ、元気で。あなた達の未来が、光溢れるものになりますように」

 姫君はシャーテと固く握手して、光の精霊の元へ駆け寄った。

 光の精霊は姫君の手を取り……突如、夕闇の中に現れた光の階に向かって、足を踏み出した。

 あの先が、『精霊の国』なんだろう。多分、悪魔の世界や魔王がぶち込まれてる空間と同じような……いわゆる、ジッ○ロックの1つだ。

 ……この世界には、まだまだ俺が知らないジ○プロックがたくさんあるよなぁ……。


 と思ってたら、急に光の精霊が立ち止まって振り返った。

 お?何?なんか忘れ物?

『ああ、そうだ。そちらの空色の方だが、貴様の手で私の祠の祭壇の裏に置いて参れ』


「は?」

『明日の朝までに頼んだぞ』

「は?」

 そして、そんなことを言ったと思ったら……姫君を連れて、消えてしまった。

「……ああ、成程ね……」

 光の精霊はアンブレイルに、『明日の朝』に空色の光水晶を取りに来い、と言っていた。

 つまりそれって、俺が届けに行くまでの時間が必要だからわざわざ時間の指定をした、ってことなんだろうなっ!

 くっそ、最後の最後まで腹の立つ精霊だっ!




 が、仕方ない。ここで頼まれたことを反故にしたらアンブレイルが困って大層面白そうだけど、それはそれで意図した方向に動いてくれなくなっちゃうので、俺はルシフ君を走らせて、またリューエンに1人、向かったのであった……。


 そして、すっかり夜になったリューエンに忍び込んで、また城の結界をすり抜けて、城の警邏の兵の目を掻い潜って、祠まで辿りついて……やっと、台座の後ろに空色の光水晶を置く事に成功したのだった。

 ……ただ、そのまま置いとくのは癪だったので、台座の後ろ……にある柱の陰に設置してきた。

 台座の後ろだもん。別に、台座の後ろ、とは言ってたけど、どのぐらい後ろかなんて言ってなかったもん。

 散々神経すり減らしてスニーキングミッションした挙句、使いっぱしりでまたもやスニーキングさせられたのだ。

 このぐらいの可愛い嫌がらせっくらい、アンブレイルにしてやったっていいだろう。


「づがれだ」

「お疲れ様、シエル」

 光の塔に帰ったら、ディアーネがパンとスープを持ってきてくれた。

 あー、優しい味のスープが体に沁みる……。

「明日はエルスロアに戻るんだろう?食ったらゆっくり休め」

 ヴェルクトがお茶を持ってきてくれた。

 あー、美味い……お茶が美味い……。

「……シエルもばてる事があるんだな」

「ん、流石に今日は疲れた……」

 しげしげ、とヴェルクトに眺められるのも気になら無い位には疲れた。


 食べ終わったころ、一旦居なくなっていたディアーネが戻ってきた。

「お風呂を沸かしてきたわ。食べ終わったら入って休んでおしまいなさいな」

 どうも、お得意の火魔法で風呂を沸かしてくれたらしい。

 いやー、ありがたいね。……この世界、魔法があるせいか、水と火には困らないんで、風呂の文化がそこそこしっかり根付いてる。前世的にありがたいことこの上ない。

「個室のお風呂では無くて、大浴場の方を沸かしたわ。シャーテ王子がそちらを使っていい、と仰って下さったの」

 ……が、いくら水と火に困らない、とは言っても……大浴場、つまり、前世でそこらへんにあった銭湯と同じかそれよりでかいかも、ぐらいの風呂を沸かすのは中々に骨だっただろうなぁ。

「悪いね。ディアーネも疲れてんだろ?」

「いいえ?火の精霊に愛された私にとってこの程度、造作も無いことでしてよ?」

 ……まあ、うん。水は魔力を内蔵していないタイプの魔法石をヴェルクトが使えば、無尽蔵に出てくるだろうし、火に関してはディアーネにとっては何の問題にもならないもんな。

 ……あ。

 ちょ、ちょっと……光の精霊の態度と行動と言葉の端々からなんとなーく、気になっていた事を、折角なのでディアーネに聞いてみることにした。

「そーいや、ディアーネ。お前も火の精霊に『精霊の国に連れて行くー』、とか言われてねえの?」

「あら、そんなこと、何度言われたか数えきれないわ」

 ……。

 それは……それは、大丈夫なの?

「でも、心配なさらないで、シエル。『ならあなたが人間の国へおいでなさいな』と毎回言い返して黙らせているから」

 ……うん。

「じゃ、俺、風呂入ってくるわ」

「ええ。安心してゆっくり入ってきて頂戴ね」

 ディアーネに関しては、精霊関係の話で心配することは何一つなさそうである。

 まあ、ディアーネだもんね。




 それから風呂入ってのんびり浸かって、風の魔石で髪乾かして、さっさと布団に潜りこんだらすぐ眠気が襲ってきた。

 で、起きたらもう朝だった。

 隣のベッドでヴェルクトとディアーネも寝てるから、2人が入ってきたのにも気づかずぐっすり寝てた、って事になる。あらら、よっぽど疲れてたのね、俺。

 まあでも、寝て起きたら元気になった。流石俺。




 ヴェルクトとディアーネが起きたところで朝食を摂って、シャーテに『エルスロアへ行ってくる。なあに、明日中には戻るさ……』みたいな事を言ったら、早速、エルスロアに向かって魔獣を走らせ始めた。

 ヴェルクトとディアーネの馬はともかく、俺のルシフ君だって俺と同じように1回余分に往復してるんだから、きっと昨日は疲れちゃっただろう。

 走りつつ、ルシフ君の背をぽんぽん叩いて労わってやると、ルシフ君は、くえー、と、いつもの微妙な鳴き声を上げてくれた。


 それから行きの道と同じようにまた古代魔法の祠に向かって、そこから西大陸に戻って、更にそこからまた延々と西に向かって走り……時々、飛んだ。

 何と言っても、エーヴィリトと違ってこのエルスロア、山だの森だのばっかりで、魔獣たちが走るには少々面倒な地形なのだ。

 だったら最初から飛んじまったほうが早い、って事で、またしても負担を強いる事になってしまうが、魔獣の皆さんには頑張ってもらった。


 その甲斐あって、昼過ぎにはフェイバランドに戻ってくる事ができた。流石に乗り物だと速いね。

 まずはフェイバランドで適当に飯を食う。ライ麦パンに厚めのベーコンとレタスとトマトとチーズを挟んだ軽食を3つ程……あれ、軽くない。まあいいか。

 腹ごしらえができたら、早速ウルカの鍛冶屋へ向かう。

「……また知らない道ができてる!」

 道中ちょっと道『が』迷ったりはしたけど、まあ、無事にウルカの鍛冶屋が見えてきた。ったく、この鍛冶屋、立地が変なとこすぎるんだよ。もっと分かりやすい所に建てといてくれりゃあ……。

 ま、ウルカとしては町よりも山の側に店を構えていたいんだろうから、そこらへんに口を出す気は無いけど。




 ということで、なんとかウルカの店に辿りついて、中に入る。

 ……が、ウルカは出てこない。

「ごめんくださーい」

 カウンターの呼び鈴をちりんちりん鳴らすも、ウルカは出てこない。

「おーい、ウル」

「うがあああああああああああ!まただ!どうしてだ!どうしてこうなるーっ!」

 ウルカを呼ぼうとしたその瞬間、店の奥からウルカの叫びが聞こえてきた。

 俺達は顔を見合わせて……俺は、そっと、ドアを示した。

 触らぬ神に祟り無し、って奴である。


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