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48話

 王都リューエンの街門の前で、魔獣たちを自由行動にしておく。帰る時に呼べば来てくれるから、それまではそこらへんで文字通り道草食っててね、ってことで。

 人間だけになったところで、リューエンの街門を抜ける。

「止まれ。名を名乗れ」

 簡易儀礼用の鎧に身を包んだ兵士が2人、槍を持って俺達の行き先を阻む。ま、そういう町だからね。ここ。

「私はディアーネ・クレスタルデ。ヴェルメルサ帝国クレスタルデの領主の娘。こちら2人は私の従者。……何か不都合でもありまして?」

 ディアーネは鞄からクレスタルデの家紋の入ったペンダントを取り出して、門番に見せた。

 うーん、いいね。こういう時こそディアーネである。

 俺は……騎士見習い、みたいに見えなくも無いし、ヴェルクトはまあ、恰好は騎士っぽくないけど、従者っぽくはあるし。

 面倒な身分証明タイムにはディアーネを矢面に立たせるのが一番早い。

「クレスタルデ……!あ、ああ、それは失礼した」

「どうぞ、お通り下さい」

「ええ、ありがとう。門番ご苦労様」

 ディアーネがにっこり笑って颯爽と門を抜けるのを、俺とヴェルクトもそれぞれぺこり、と門番に一礼した後で追いかける。

 ……一応、解説、っていうか。

 リューエンでは、町に入る人間が怪しい人間ではないか確認している。

 リューエンの民は名前入りの市民札を発行されてるから、それを見せて中に入る。

 外部から来た人間は、門の所で一旦止められて、名前とか身分とか目的とかを散々聞かれてから、やっと門を通れるのだ。前世的に言うと、空港の入国審査みたいなもんだ。

 ……んだけど、まあ、今回はディアーネがクレスタルデの名前を出したし、証明するものも出したからね。VIP待遇みたいなもんだから、滅茶苦茶速かったね。

 多分、ヴェルクトが通ろうとしたらとってもめんどくさかっただろうし、俺が通ろうとしたら……下手したらそのまま連行されてアイトリウス行きの囚人護送船に乗せられてたかもね。はー、笑えねえ。


 という事で、あっさり門を抜けた先には、美しい街並みが広がっていた。

「……クレスタルデも美しい町だと思ったが」

「ああいうかんじとはまた違うけど、ここも綺麗だよな」

「クレスタルデよりも整然としているのね」

 クレスタルデは漆喰も白だけじゃないし、レンガの赤や茶も程よく混ざってるし、上品だけど……どっちかっつうと、『粋』ってかんじ。

 けど、リューエンはもっと、ぴちっ、とした建物群である。全体的に色数が少ない。殆どが壁の白と、柵や格子の鈍色。

 真っ白な壁が立ち並ぶ道は全てが直角に交差していて、町は碁盤の目の様にきっちり揃っていて、門から真っ直ぐ進んだ先には、この町のシンボルである大聖堂が大きく聳え……この町の数少ない彩りとなっている。

 魔石を焼いて作った色硝子がふんだんにはめ込まれ、白大理石の柱には精緻な彫刻がびっしりと彫り込まれ……建物の大きさもさることながら、細部に至るまでの美の追求が目を引く建物であった。

 大聖堂の後ろには台地があって、そこに王城がある。俺はあそこの城には入った事無いから内部構造とかはわかんない。が、外観だけなら……豪奢、の一言に尽きる。

 大聖堂のような魔石硝子のステンドグラスがある訳でも無いし、聖石の装飾が美しい聖銀の鐘がある訳でも無い。

 どちらかといえば、色味は控えめである。

 ……が、純白の大理石に黄金と水晶をあしらった建物は、豪奢、というより他にない。

 信仰の厚い国らしい、清廉な美しさはあるが……シャーテの話を聞いちまってるからか、どこか、その清廉さが薄っぺらく感じるのもまた確かだった。




 とりあえず、飯にしよう。

 光の塔では肉が食えないからね。町に出た時に食っときたい。だって俺、食べ盛りだもん。

 ということで、ちょっとよさげなレストランに入って適当にお勧めを注文。

 そして、ハーブたっぷりの腸詰をパリッと焼き上げたもの、芋のまろやかねっとりなスープ、そして薄焼きのパンにクリームチーズみたいなのとソテーされた獣脂林檎と玉ねぎが乗ってる奴……といったかんじの食事が出てきた。

 ……なんか、こう……すごく、酒飲みてえメニューだな、これっ!いや、酒無くても美味いけどっ!美味いけどっ!


「肉も出てくるんだな」

 料理に舌鼓を打ちつつ、しかし、どこかヴェルクトは不可解そうな顔をしている。

 まあ、シャーテの話聞いてる後だからね。

「ま、リューエンは王都だからな。ここはそこそこ豊かな暮らししてるはずだぜ。シャーテが言ってたのは、王都から離れた村や町の事だ。……アイトリアとネビルム村じゃあ、全然暮らしが違うだろ?あの差がもっとでかくなったようなもんだと思えばいい」

 解説してやると、ヴェルクトは、なるほどな、と言いつつ、ふと、窓の外を見つめた。

 ……視線の先にはただ、窓があるだけだが……ヴェルクトの表情から、なんとなーく、さっきまで窓の外に何が居たのか、分かっちまった。

「……そういう貧しい村だの町だので食いっぱぐれた子供は、リューエンに来て孤児院に入るなり、修道士見習いとして聖堂に入るなりするんだよ」

「……どちらにも入れない子供は」

「エーヴィリトは、『そんな子供は居ない』って言ってるな」

 俺の言い草でなんとなく、ヴェルクトもその先を察したらしい。

 ……この美しい町でも道を数本裏に入って行けば、汚い一面が見られる、って事だ。

 ……どんなことをしても生きていられればまだマシな方で、多分、そこらへんで野垂れ死ぬ子供もいるんじゃねえかな。

「シャーテ王子がお怒りになるのも分かる気がするわね。……私はこの町、嫌いよ」

 ディアーネが鋭い視線を向ける先には、俺達と同じような料理を俺達の倍ぐらい食ってるオッサン2人組が居た。

 2人とも、首から女神の紋章を提げている。……聖職者なんだろうなあ、多分。

「そう遠くなく、この町も変わる事になるさ」

 ま、今の俺達にできることはあまり多くない。

 ……俺達にできるのは、できるだけさっさと魔王をぶち殺して、シャーテが色々しやすいように、地盤をガッタガタにしてやること位だ。




 さて、この町の嫌な一面も見られた所で、買い出しの類を済ませてしまう。

 食料の類は光の塔に持って帰って、缶詰め状態のシャーテ達の食料にしたい。

 肉類は……ちょっと迷ったけど、買い込んだ。やっぱり、どんなに肉っぽくても獣脂林檎だけじゃあ必要な栄養が摂れない。国を変えるなら、まずは自分が健康であるべきだ。じゃないと何もできやしない。

 それから、日用品の類も少々。旅に必要な物の補充とか、光の塔で足りて無い物とか、色々。

 ……それからそれから、この町には、特産品があるから、それも楽しく見て回る。

「……綺麗ね」

 ディアーネの視線の先には、色とりどりの魔石硝子の小瓶が並んでいる。

 瓶はどれも装飾的で、1つ1つが工芸品として通用する代物だ。

「リューエンは香水作りが盛んだからね」

 女神への供物としても使うし、祈りを捧げる時の身だしなみとしても使うから、この町では香水とかお香とかの類の生産が盛んなんだよね。

「中には魔術的な効果がある奴もあるぞ」

 魔力を見る目でざっと棚を見れば、棚に並ぶほとんどの香水の瓶に何らかの魔力が込められているのが分かる。

 大抵は光魔法による防御とか魔よけとかの類なんだけど……。

「これとか、どう?」

 隅の方で埃をかぶっていた瓶を取って埃を払い、ディアーネに手渡す。

 ルビーのように赤い魔石硝子を炎竜金で補強した香水瓶には、蝶と花と、炎の模様があしらわれている。

 うーん、すごくディアーネっぽい。花も蝶も焼き払え!みたいなかんじがなんとも。

「火属性の魔法の強化を……おーい、ディアーネ?」

 ディアーネは俺の説明を碌に聞かず、小瓶をカウンターに持って行った。

「買うんだ」

 まあ、ディアーネも女だから、例え魔術的な効果が無くても買いそうだけど。

「ええ。シエルが選んでくれたんだもの。中身に間違いはないでしょう?」

 ……あ、そういう。

 ディアーネは買ったばかりの瓶の中身を一滴、手首の内側に垂らす。

 その途端、ふわり、と艶やかな薔薇の香りが舞い、それと同時に、ディアーネの瞳が香水の魔力に呼応して一瞬、輝いた。

「……ね?間違いは無かったでしょう?」

 ディアーネは実に上機嫌な笑みを艶やかに浮かべてみせた。

 ……つくづく、このお嬢様のこういう所が魅力的だよなあ、なんて思ったりする。




 大体用事は済んじまったんだけど、折角だからリューエン観光に勤しもう。

「ここが大聖堂だな」

 という事で、この町唯一にして最大の観光スポット、大聖堂にやってきた。

 大聖堂は、入ってすぐの広間とその1つ奥の礼拝堂なら一般にも公開されている。さらにその奥、となると、VIP専用になっちゃうんだけどね。

「流石、光の精霊のお膝元、ってかんじだな」

「私、警戒されてるわね」

 ディアーネが大聖堂に入った途端、大聖堂の魔力がディアーネの魔力に慄いたのが分かった。

 まあ、うん、強化されてるし、余計に警戒しちゃうんだろうけど。

「おや、旅の方ですか?」

 苦笑いしていたら、大聖堂の聖職者らしい、おじいちゃんがにこにこと声を掛けてくれた。

「ええ。折角だから見ておこうと」

 ディアーネが前に進み出ると、おじいちゃん聖職者は、それはよいことです、と、ますますにこにこした。

「なら折角ですから、女神様にお祈りを捧げられてはいかがでしょうか」

「……祈りの作法なんて分からないが」

「祈りに必要なのはあなたの真摯な心であって、作法ではありません。心があれば、女神様は細かいことなんてお気になさいませんよ」

 ヴェルクトの言葉にもにこにこ、と対応してくれるおじいちゃん聖職者。それでいいのか聖職者。

 ……いや、本来、祈りってそうあるべきだから、このおじいちゃん聖職者みたいな人こそをホンモノの聖職者だ、って言うべきなんだろうな。

「ま、いいんじゃないの。女神様の御心は広いと思うぜ?」

「そうね。折角だもの。旅の成功でもお祈りしましょうか」

 ってことで、俺達はおじいちゃん聖職者に連れられて、礼拝堂に入る。

 礼拝堂の正面の魔石硝子のステンドグラスから光が差し、女神像を逆光気味に照らしている。

 その下に祭壇があり、そこで祈るらしかった。

 最初にディアーネ、そして俺、最後にヴェルクト、というように続いて、それぞれ勝手に祈りを捧げる事にした。

 ヴェルクトがチラチラと俺とディアーネの様子を窺っているのがちょっと面白い。いや、本人は学が無いのを気にしてる訳だから、そんなこと言わないけどさ。

 ……という事で、お祈り開始。

「女神様、我が友シエルアークに成功と世界を。ヴェルクトに幸福と平穏を。そして私により一層の力と栄光をお与えください」

 ヴェルクトがぴくり、と反応した。

「女神様女神様、俺から魔力を奪ったアホに天罰下してください」

 ヴェルクトが頭痛を堪えるように目を閉じた。

「……女神よ、我が友シエルアークとディアーネを見放さないでください」

「女神様だって俺には目を奪われると思うけど?」

「私が見限らない限り、女神様は私の味方になってくださるわ」

「お前たちのその自信はどこから湧いてくるんだ」

 失礼な奴だなあ。全く。

 ……ま、その後、ヴェルクトが小さい声でぼそぼそっ、と、ネビルムの平和と……ヴェルクトの強さをお願いしているのが聞こえたから、ま、これでいいんじゃないの、と思う。




「どうでしたか。祈りは女神様と向き合う事でもありますが、それと同時に、自分自身と向き合う事でもあるのです」

 うん。己の欲望を再確認した。いっぱい向き合えた。

「ええ。とても貴重な体験ができました」

 ディアーネもどこか満足げに目を輝かせている。

 うん。こいつは自分の欲望に真っ直ぐ向き合ってるからこそ輝いてるんだろうな。

「そうですか。それは良かった。……そうそう、貴重、と言えば、先ほどこの大聖堂に勇者様がおいでになりまして。やはりそこで祈りを捧げられたのですよ」

 ……思わず、俺達は顔を見合わせた。

「今は奥で神官長とお話をしておいでですが……おや?どうなさいましたか?」

 ……そういや、光の精霊ってさあ、光の塔のてっぺんのあのお姫様にご執心なんだよね。

 で、アンブレイルは光の精霊に協力してもらうために、多分、なんかの条件、飲まされるんだよね。

 ……。

 シャーテが危ない、かも。


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