47話
悪魔、という生き物は、この世界において、とっても珍しい種族だ。
……なんといっても、この世界じゃない世界に住んでいる種族だから。
……簡単に言うと、魔王と同じような、しかし魔王が居る空間とは別の空間に、悪魔の世界がある、と言われている。
まあ、あれだ。悪魔は魔王とは別のジップ○ックの中に住んでて、それでいて、自分で外からも中からもそのジップロ○クの口を開けて出たり入ったりできる、って事。
そして、人間が住むこの空間に遊びに来ては、契約を持ちかけて人間の魂を攫ったりする……つまり、遊び道具をこの世界に取りに来るのだ。
……って言うと、なんか傍若無人な種族の様に思えるが、実際はそうでも無い。
残忍だし、残酷だし、容赦もない。けど、義理堅いし、節度は守るし、約束は人間よりしっかり守るし、時々茶目っ気もある。
そんなわけで、悪魔、っつうのは、ちゃんと筋を通してきっちりお約束を決めちゃえば、相応の代価で相応の事をしてくれる、非常に優秀な協力者になるのだ。
「ほーん。代償次第、ね。……ちなみに、シャーテは何を代償にしたん?」
「城から持ち出した国宝だな。黒の光水晶の指輪だ」
へー。黒い光水晶なんてあるんだ。
相当珍しい代物だろうが、ま、悪魔が手掛けた魔道具の設計図1つならそんなもんだろう。
「それから、相談相手になる代償として話し相手になってもらってるの」
それ、中々茶目っ気の効いたジョーク……じゃないのか。うん。本当にそういう契約なんだろうな。うん。
悪魔ってのは……時々、良く分からん。
「成程、ね。クルガさんは法外に吹っ掛けるような悪魔じゃない、って事は分かった」
それから、中々に茶目っ気がある変わり者、って事も分かった。契約契約で融通効かないような悪魔も居ない訳じゃないから、これは中々に僥倖。
「じゃ、クルガさん。俺と契約して魔道具の設計図、1つ書いてほしいんだけど、いい?」
「代償次第ね」
……成程、つまり、言い値で、って事ね。
値が安すぎたら契約はしてくれない。かといって、高すぎたらこっちが大損する。
そこを人間に迷わせるのがこの悪魔のやり口らしい。
が、俺の答えは決まっている。
「えっとね、魔王から根こそぎ魔力をぶんどるための魔道具、作ってほしいんだけどさ。……何が欲しい?」
俺、プレゼントは相手の要望を聞いて選びたいタイプ。
「……そうねえ、じゃあ、何が欲しいと思う?」
が、クルガさん、質問に質問で返してきた。
まあ、一筋縄じゃ行かないよね。
「楽しいこと、好きそーね、クルガさん」
「ええ。楽しいことはだーい好きよ?」
「じゃあさ、面白いもの見るのも好き?」
「ものによるかしらねえ」
誘導じみた質問にもかかわらず、クルガさんの目は楽し気に輝いている。
ふむ。ま、悪魔は人間よりもずっと長生きだから……人間がどうこうするのも面白いらしいしね。よし。
「不当なる王の子が正当なる王の子を蹴り飛ばして玉座に着く楽しい劇を観劇する、ってのは?」
「見るだけ?」
「見るだけ。お触り禁止。……ってんじゃあちょっとボリューム足りないから、そこに、その不当なる王の子が勇者出し抜いて魔王をぶち殺す、っていうシナリオも付けよう」
「魔王を?……それは少し楽しいかもしれないわねえ……」
お、迷ってる迷ってる。
「さらに今ならこちら、『人間の命を奪っていない』死神草を付けましょう」
「分かったわ。契約成立よ」
おお、某テレフォンショッピング並みのセット商法で契約とれちゃった。
なんだろ、クルガさん、珍しい魔草とか好きなんかな?
ま、いいや。最後の一押しが効いたにしろそうでないにしろ、契約してくれたんならこっちのもんだ。
「魔王から魔力を魔力源ごと奪う、という事でいいのよね?」
「うん。……あ、俺の性質は分かるよね?」
暗に、『俺は魔力無しだって分かってるよね?』って聞いてる訳だけど、クルガさんはこれに笑って頷いてくれた。
「勿論。それを考慮した術式を組みましょう。その代わり……前払いできるものは前払いしてもらうわよ?」
「とーぜん。ほい」
別に、俺にとってはそんなに貴重なもんでも無いからね。死神草を鞄からだしてクルガさんに手渡すと、クルガさんはうっとりと死神草を眺めた。
「ああ、素敵……ふふ、術式は今晩、月が最も高く昇る頃までには仕上げるわ。楽しみに待っていてね」
え、今晩まで?そりゃあ速筆なこって……。流石、悪魔。
クルガさんはそう言うと、死神草を手に、上機嫌で部屋へ戻っていった。
……ちなみに、随分後になってから、クルガさんの趣味が『矛盾の蒐集』であることが分かったりした。
クルガさんのコレクションケースの中には、『空飛ぶ魚の鰭』とか、『青い鳥の赤い羽』とか、『ザラザラした手触りのスベスベマンジュウガニ』とか、『トゲアリトゲナシトゲトゲ』とかが綺麗に納められていたのである。
俺が渡した『人間の命を奪っていない死神草』も、そのコレクションケースの中に納められることになったのだった。
「さーて、これで魔王退治まであと一歩、ってところだな」
今夜、クルガさんが設計図を作ってくれたら、明日にはエルスロアのフェイバランドに戻ってウルカに設計図を見せて、『魔王から魔力ぶんどる装置』を作ってもらって……そうしたら、あとはもう、眠りの地ドーマイラに向かって魔王をぶちのめすだけである。
ああ、先が見えるっていい!すごくいい!
「出発は今夜か?」
「いや、ここでもう一泊して行ってもいいでしょ。アンブレイルだって、東大陸に渡ってたとしてもそうそう全ての祠を回るなんてできないんだし」
もしかしたら、まだエルスロアを出られてないかも。ウルカを怒らせたんだから、地の精霊の機嫌もあんまりよくないだろうし、助力に漕ぎ着けるにはそこそこ時間が掛かるんじゃないかなー、って思う。
「だから、明日になったら出発して、日帰りでフェイバランドに行って、またここに戻ってくる。……そんで、ウルカの制作期間中はここに居ようと思う。シャーテの事は気になるから」
……シャーテがいつ動くか、って事については、大体決まっちゃってる。
だって、国を一度壊して直すのだ。そんなことをやるんだったら、世界全体が大きく変わる時を選んだ方がいい。
……つまり、魔王が『死ぬ』時である。
だから、エーヴィリト転覆のタイムリミットは俺が魔王を殺す時まで、って事になるし、俺が魔王を殺すタイムリミットは相変わらずアンブレイルが魔王を封印するまで、って事だから……そんなに遠くない未来、ってことだね。
「って事で、魔王ぶちころまでの拠点はここになると思うよ。居心地も悪かぁ無いしね。……で、それは明日以降の話で、今日はこのまま王都リューエンに日帰り旅行しまーす」
王都リューエンは、エーヴィリトの王都である。
光魔法と信仰の町。光の精霊と女神に守られる町。
白い壁の建物が並び、町の中心には大聖堂が聳えるリューエンの町は美しい町としても有名である。
……が、いかんせん、シャーテから国の裏側を聞いちゃってるからね。その美しさもうわべだけに見えること間違いなし。
それはそれで面白そうだから、今日一日を観光デーにしちまえ、と思った次第である。
……いや、ちゃんと目的もあるけどさ。
という事で、光の塔から東へ移動。
有翼馬も、それ以上にグリフォンのルシフ君も、速い速い。平地ばっかりのエーヴィリトでは特に飛ぶ必要も無く、ひたすら花畑や草原を駆けていくばかりであるから、余計に速い。
速いけど、賢い魔獣たちは俺達が碌に指示しなくても走ってくれるので、乗ってる俺達は暇でもある。
……いや、徒歩の時の方がよっぽど暇っちゃ暇なんだけどね。
ということで、並走しながら俺達はお喋りに興じる。ま、旅の間の娯楽ってのは大体が会話である。
「シエル。聞いてもいいか。……シャーテ王子は国を覆そうとしているんだろう?だが、国が覆る、という事がよく分からないんだが……」
庶民派ヴェルクトとしては、国がひっくり返る余波で被害をこうむる民衆たちが心配、って事なんだろうけどね。
「あー、大丈夫大丈夫。国を壊して作り直す、っつっても、あいつ、最上部をとっかえるだけの気でいるから」
シャーテがクルガさんに設計してもらった例の魔導装置。
あれ、単純に魔力を凝縮してぶっ放す、って代物じゃあないのだ。
あれの一番の特徴は、『狙った相手を撃ち抜く』って事。
……だから、多分、シャーテはあの装置を使って、今の国王をぶち殺すだけのつもりなんじゃないかな、って思う。
ついでに貴族とか宗教団体の上の方とかもぶち殺すのかもしれないけど、それは民衆にはほとんど関係ない。
「王が死ぬだけで、町にも土地にも被害は無いだろうよ。王冠もごたごたに紛れてさっさとシャーテの頭に乗るだろうからな。民衆が困る暇も無いさ」
「……王が死んでも、か」
「王だから、ね。村人には関係ない、って、思った事無かった?」
貴族が死んでも、農耕している民衆には関係ない。
王が死んでも、喪に服させられる程度で、民衆には関係ない。
ちゃんと後釜に着いて、国を動かしてくれる人が居るなら、民衆には何の関係も無いのだ。
そして、シャーテは、少なくとも悪い影響は、絶対に民衆に届かせないようにするだろうから。
……それさえも、民衆は神の仕業、って事にしてしまうんだろうか。
……政治って、一番上でやるものだから、一番下まで届かせるのがすごく難しい。
それが結果として、『無関心』を生み出してしまうんだろうけれど……王になろうとしている身としては、ちょっぴり切ないことでもあるんだよな、これ。
「……確かに、シエルと会うまで、王なんて遠い世界のものだと思っていたな……」
「でしょ?ネビルムに居た頃のお前だったら、王が死んでもふつーに畑耕してたでしょ?」
「そんな気がする」
俺がアイトリウスを治める事になったら……多分、民衆には無関心で無関係なままでいてもらった方が楽だろう。だって、それなら王様はやりたい放題だもんね。
……だから、シャーテは立派な奴だと思うよ。王になったら、その民衆の生活を動かそうとしているんだから。
実際、そうそう上手くもいかないとは思うけどね。けど……やろうとしてる、って事は、それだけで価値のあるものだって信じたい。
「ま、安心しろよ。民衆は殺されない。被害も受けない。だから、俺はシャーテを応援してやるつもりだ。……それにこの国、一回ひっくり返ったら、きっと、もーちょっとは面白い国になると思うぜ」
「今のエーヴィリトはお堅い国だものね」
ヴェルクトを安心させるために言葉を選んだら、ディアーネからそんな声が挟み込まれた。
「クレスタルデには色々な国から人が来るけれど。……エーヴィリトから来た人は皆、体が祈りでできているような人達だったわ。お酒も飲まないし、音楽が奏でられてもステップ1つ踏まないのだもの」
エーヴィリトはまあ、そういう国だよ。うん。
「ま、そういう固い国ではあるけど、見てみたらそこそこ綺麗だし楽しいかもよ。ほら」
魔獣の脚の速さはすごいね。
もう、王都リューエンの大聖堂の……一番高い鐘の塔が、見えてきていた。




