46話
「成程……そういう仕組みで王家の血筋に係る魔力が、姫君の棺を開く鍵になるのか……」
「塔の隠し通路も多分そうだろ?ね?つまり、お前が起こさないとこのお姫様は起きてくんないのっ!」
その日は丸一日、シャーテ王子(と傍聴してたヴェルクト)相手に魔法理論を叩き込み、魔法理論のほの字か、うの一画目ぐらいまでは詰め込ませることに成功した。
ヴェルクトは勿論、シャーテ王子もそこそこおつむの出来がいいみたいね。ま、そうじゃなかったら国家転覆を謀るような奴にならないだろうけどね。
「……今まで避けていたのが仇になったか……」
「そりゃなるわ!っていうか、よくもまあ、こんなに魔法理論分かってねえのに大層な事しでかそうとしてんな!」
「私にできない事は他の者にやらせればいいからな」
正論ではある。
何事も、最速は自分自身が全部知ってて、一から百まで全部自分でやっちゃうことだ。
しかし、自分に足りないものがある場合、他人の協力が不可欠になる。
なら、一から百までを2人でやるんじゃなくて、一から五十まで1人がやって、五十一から百までをもう1人がやった方が速い。
シャーテ王子が言ってるのはそういう事だろうけどね。
「シャーテ王子が何も分かって無かったら、魔王派エルフたちやりたい放題じゃん」
……まあ、かといって、責任者もとい管理者が何も分かってない部分がある、ってのは怖いよね、っていう。
「シャーテ、で構わない。……まあ、それもシエルアークが来てくれたからな、もう大丈夫だろう」
「俺もシエル、でいーよ。俺の名前長いでしょ。……っつってもさあ、シャーテさあ……人を信じすぎだろうがよ」
「神を信じないとしたら人を信じるしかないからな」
……今日半日一緒に居て分かった。
この王子様は、非常に割り切るのがお得意なご様子である。
夕食は塔の中に食堂があって、魔王派エルフたちがちまちま食事を作っていたので何とかなった。
ただ、その食事には大きな特徴があった。
パンには黄金向日葵の種が練り込んである他、日向菊のサラダとか、獣脂林檎のソテーとか……とにかく、野草を使った料理が多かった。
この辺りに獣があんまり居ない、って事かもしんないけどね。肉だの魚だのが無く、菜食主義者の食卓みたいになってる。
……しかし、肉も魚も無いのに非常に満足感のある食事でもあった。
獣脂林檎のソテーから滴る果汁は極上のステーキ肉の肉汁のようであったし、その果肉も柔らかな霜降り肉のようであった。さしずめ、フルーティーなお肉。
数種類のハーブやスパイスを使った味わいは中々に複雑かつ繊細で、下手なお肉よりもよっぽど美味いんだ、これが。
「……不思議な果物ね。こんな果物のお料理、初めて頂いたわ」
「獣脂林檎は生で食すには固すぎる上に、甘みも酸味も碌にない。元々捨て置かれていた雑木の類だったんだがな。……獣の肉は女神への供物になる。庶民はそのために、肉を食せないことも度々ある。だから、このように果物を肉として食すための知恵が生まれたのだそうだ。……恥ずかしい話だが、私も城を出て初めて、この料理を食べた」
ディアーネの感嘆に、苦笑しながらシャーテ王子が応える。
成程ね。そういういきさつでこの国ではこういう料理が発達してるのか。
……シャーテが憤る理由が分からんでも無いな。
「美味いね、これ」
それでも、この料理は美味かった。
「だろう。……父上や母上……そして姉上にも、是非一度、召し上がっていただきたいものだな」
「……俺もあのアホな兄上に食わせてみてえな」
貧しいながらも貧しさを感じない食事の後、俺達は塔の中の隠し部屋を貸し与えられ、そこで休む事になった。
が。
「……シエル、何故、1部屋なんだ」
「え?ベッドは3つあるし広さはそこそこあるしいいじゃん」
シャーテ王子は3部屋用意してくれる、っつってたんだけど、あえて1部屋で3人泊まることにしたのだ。
「……警戒、しているのか」
「まーね。シャーテがああでも、他の……魔王派エルフや、他の魔王派連中、更に言っちまえば、他に出入りする奴が居ないとも限らない。そういう奴らにとって、俺は決していいお客様じゃねーからな」
シャーテとは、利害が殆ど一致している。
が、魔王派エルフたちとは……滅茶苦茶、一致してない。
だって俺、魔王を殺そうとしてるんだから。
「ってことで、ま、悪いけど一蓮托生。おんなじお部屋で仲良く寝ましょ。お前ら、俺が死ぬときには一緒に死んでね」
「……そんな事態になったとしてもシエルだけ飄々と生き残りそうだな……」
「あら、ヴェルクト。私が易々と殺されるとでも思って?」
「……俺だけ死にそうだな……」
「おいおい、ヴェルクト、この俺が仲間を易々と殺されるとでも思ったか?」
「よし、最初の問いに戻ろう。何故1部屋なんだ」
……ってな具合に、まあ、楽しく夜は更けていき、その内眠くなったんで、古いながらもそこそこ清潔かつふかふかなベッドで眠る事ができた。
ちなみに、部屋の入り口どころか、ベッドの周りにもディアーネお手製の結界が張ってあったんで、多分、侵入者が居ても翌朝に焼死体になって見つかるだけだと思う。
焼死体は居なかった。おはよう。
身支度を整えて(俺はトイレ、ヴェルクトは風呂場、ディアーネは寝室でそれぞれ支度した)、部屋を出たんだけど、シャーテはまだ起きてなかったし、魔王派エルフたちも食事の準備中だったので、食事の時間までのんびり、光の姫君の観察でもすることにした。
……おとぎ話の通り、美しい姫君である。
古風ながらも美しいドレスに身を包み、両手を祈る様に胸の前で組み、瞳を閉じて光水晶の中に納まっている。
閉じられた瞳の色は勿論、光水晶の白っぽい光沢によって、その髪や肌の色も判然としない。
が、おそらくは、シャーテと同じように光の如き淡い金髪なんじゃないか、と思われる。
……光水晶は言うまでも無く、最上級の品だな。こんなに巨大な結晶があった、って事が驚きである。
いや、或いは、当時のエーヴィリトには光水晶を人造する技術があったのかもしれないけれど。
今となっては、光水晶なんて見つけるだけでも難しい。見つけられたとしても、精々、掌に乗るサイズでしか見つからない。
光水晶は、光魔法を使う者なら誰もが欲しがる魔石であるが、その希少価値故に滅茶苦茶なお値段のする魔石でもある。
世界中探しても、エーヴィリトでしか産出しないので、光水晶の杖はエーヴィリトの専売特許みたいになってる。
……実は俺、アイトリウスのロドリー山脈で赤ん坊の頭ぐらいの光水晶を採掘したことがあるけど、それはナイショ。
ま、とにかく、中身の姫君も姫君だけど、棺も棺、って事だ。
姫君を出したら……光の精霊とひと悶着ありそうだけど、光水晶の棺が用済みになったら、これをどうするかで争いが起きかねない。
シャーテの意向は多分、これを金にして、エーヴィリトの民の生活向上に使いたい、とか、そういうかんじだと思うんだけど、それすら難しいだろうし。なんといっても、このサイズだから。これを砕いて小さくして……ってのは、魔導士としての俺が許したくないし。
……エルスロア国王にでも持ちかけたら、買ってくれるかしらん?
ってことで、姫君よりも光水晶に夢中になっていたら、朝食の時間になったらしい。
シャーテも起きてきてたんで、朝ごはん。
昨夜と同じ黄金向日葵の種入りのパンに、日溜り芋のスープ。素朴ながらも丁寧に調理された素材が美味しい朝ごはんであった。
「シエル。昨夜遅くに魔導装置の設計者が戻ってきた。会うなら食後にでも会えるが」
そして、食後。シャーテがそう持ち掛けてきたので、一も二も無く俺はその誘いに飛びついた。
……魔導装置自体はもう仕組みが分かっちゃってるからいいとして、光の姫君から動力を得る機構については興味がある。
そして、俺の目的に合った情報が得られれば……猶更、いいよね?
「シエル。こちらが魔導装置の設計をしているクルガ女史だ。クルガ、こちらがシエル。私の友であり、優れた魔導士でもある」
シャーテの紹介の元、現れたのは……美女。かっちりした服装と結って纏めた白銀の髪がいかにも、ビジネスウーマン、って風情のお方である。
「クルガ・シュトラリアよ。専門は禁呪と古代魔法の融合。術師としては光魔法と闇魔法が少し使える程度だけどね。よろしく、シエル。……それとも、シエルアーク・レイ・アイトリウス殿下とお呼びした方がいい?」
……しかも、気を遣ってシャーテが俺の素性を隠して紹介してくれたのに、もう俺の素性、知ってた。
「……いーや、シエル、でいいよ、クルガさん。こちらこそよろしく」
中々の曲者だろうな、この人。……いや、人、じゃないか。
「……知っているなら話は早い。シエルはアイトリウスの王族だ。……それから、シエル。クルガは」
「うん。分かる。……気に障るようなら申し訳ないけどさ、珍しいね。悪魔が人間に手を貸すなんて、さ。何、俺にも手、貸してくれちゃったりする?」
俺の視線を受けて、クルガ女史は、にい、と、実に悪魔的な笑みを浮かべた。
「代償次第、かしら?」
……うん。ま、実に幸運な巡り合わせだな。悪魔なら禁呪のエキスパートだろうし、かなり優れた協力者になってくれるだろう。
勿論、うまく利用すれば、だけど。




