45話
目の前の光水晶の棺の中には、確かに、人影が見える。
これが噂の姫君、って事か。……いやあ、現実はおとぎ話と同じぐらいには奇、ってことかね。
「で?このお姫様起こして、どーすんの?飾っとくならこのままの方がいいと思うけど」
「いや。用があるのはこの姫君の魔力だ」
……ほう?
「この姫君が光の精霊に好かれたというのなら、この姫君の持つ魔力は相当なものだろう。その魔力を利用して魔導装置を動かし……この腐ったエーヴィリトを落とす!」
なんと、この王子様……自分の国を『落とす』つもりらしい。
こりゃびっくりだ。いくら王位継承権第二位だからっつっても、ここまで思い切った事する奴はそうそう居ないだろうよ。……いや、王位継承権第一位なのに第二位をわざわざ殺そうとしたアホもいたけどさ。
「一応、聞いておこう。……なんでわざわざ、祖国を潰そうとするの?」
王位が欲しいなら、国を潰さなくてもいい。ただ、シャーテ王子の姉であるゾネ・リリア・エーヴィリトを暗殺すればいいのだから。
だから、こいつが欲しいのは権力では……少なくとも、『形骸的な権力』では無いんだろう。そしてきっと、単なる破滅でも無い。
「……このエーヴィリトの惨状を知っているか」
……ほらね。こんな風にギラギラした目をしてる奴が望むものってのは、『破滅』の後の『再生』だ。
「エーヴィリトは光の国、神の国だ。光の精霊の加護、女神の加護を受け、平穏を保つ国だ。だから、信仰せよ。慎め。祈れ。……父上も姉上も、大臣も……皆、そう言う」
エーヴィリトは宗教が盛んな国である。……って言ったら語弊があるけど、まあ、とにかく、世界一宗教に対して厳格で敬虔な国である。
「城の者は皆、そう言って……国に起こる問題を全て、『女神様のお与えになった試練』などと抜かすのだ!」
だん、と、シャーテ王子は光水晶の棺に拳を叩きつけた。その表情は光水晶の放つ光のせいで逆光になって良く見えないけれど、間違いなく、怒りに満ちているのだろう。
「何が試練だ!女神への供物のために人が餓えるべきなのか!悪しき心を持つ者に搾取されることが試練か!試練のために人が死ぬべきなのか!女神は人に死ねと言うのか!民が苦しみ、果てに、死に……それを試練だから、女神の意思だからと、そんな、馬鹿な事を……私は、認めない!」
……人間って、辛いことがあると、それを宗教の力で乗り越えようとする。
それがいいか悪いかは分からないけど、必要なことではあるんじゃないか、って、俺は思う。
……けど、それを理由に苦しむ人を放っておくのは、少なくとも、為政者としては、腐ってる。とも、思う。
「ならば、私は信仰に歯向かう!腐った信仰の蔓延ったエーヴィリトなど、潰してやる!……そのために、魔王に与する事になったとしても、だ」
……この世界の宗教って、一番オーソドックスなのは、創世の女神を崇める宗教ね。創世の女神、ってのは、アイトリウスを愛している女神様の事。
他に宗教が無い訳じゃなく、一応、精霊への信仰とかもある。エルスロアはその気が強いよね。逆にアイトリウスは精霊信仰をあんまりしてない国だ。精霊は信仰の対象ってよりは、魔術の仕組みの一部分、っていうか……前世的に言えば、精霊を科学としてみてる感覚かな。その代わり、アイトリウスでは女神信仰がそこそこ盛ん。
が、精霊信仰も、根底は女神信仰と同じ部分が多いのである。
……というか、精霊信仰は女神信仰とかちあわないんだよね。一神教からすると多神教が許し難いとしても、多神教からしたら一神教を受け入れられる、みたいなかんじ。そして、女神信仰の人からしてみれば、精霊ってのは女神様の部下だから、精霊を崇めるって事は女神を崇めてるって事になって……まあ、うん、精霊信仰と女神信仰は割と共存・融合してる宗教なんだわ。
……つまりどういう事か、っつうと、この世界に生きる者は大体全員、女神か……或いは、魔王を信仰している、という事になる。
だから、シャーテ王子は、この世界での『宗教』を憎む以上、その対立組織である『魔王』に与することにした、ってことなんだよね。
「だから、エーヴィリトを破壊して、再生するための武力が欲しい。そのために魔王派のエルフと手を組んだ、って事?」
「ああ、そうだ」
「そんで光の姫君を動力にして、兵器を動かそう、って事?」
「そうだ。……例え、光の精霊に忌み嫌われようと構わない。人が信仰に縛られるというなら、私は精霊とて殺してみせよう!」
シャーテ王子は、光水晶の棺を眺めながら、吐き捨てるように言った。
……ふむ。
一応、後ろに居るヴェルクトとディアーネを振り返って確認する。
……が、杞憂。
ヴェルクトはどっちかっつうと『信仰に潰される』側だったわけだし、それ以上に割とリアリスト。
ディアーネははなから信仰を必要としない類の人間だ。
そして、俺も。信仰以外にいくらでも縋れるものがあるから、問題なし、と。
「分かった。協力しよう」
さらっ、と答えてやれば、シャーテ王子は目を見開いた。
「……貴様、余程変わり者なのだな」
うん、よく言われる。
「ただし、条件が5つある。1つ目は、俺達に光の姫君から兵器に魔力を注ぐ仕組みを全部公開すること。2つ目は、術式を組む奴と会わせてほしい、ってこと。3つ目は、もーちょっとお勉強してシャーテ王子に魔法について詳しくなって頂きます、ってこと」
「ま、待て。どういう事だ」
「前2つはいいよね?……3つ目のは、単純。シャーテ王子、あんまり魔法のお勉強、してこなかったでしょ」
慌てた様子のシャーテ王子に指摘すると、ぐ、と、王子は返答に詰まった。
「……才能が無いんだ」
「やっぱし」
言っちゃあ悪いけど、その通りだと思う。正当な王族だってのに、魔力がうっすいもん。この王子様。……さぞ、ご実家では疎まれてんだろうな、この王子様。
「そ、その代わりと言っては何だが、他の勉学に手を抜いた事は無い!」
「はいはい。それは結構な事だけど、魔法の理論ぐらいは俺が教えるから、お勉強してね。じゃないと話になんない」
シャーテ王子は何か言いたげだったけれど、自分の不勉強については理解しているらしく、黙って1つ頷いた。
よし。いい子。
「で、4つ目は、シャーテ王子がエーヴィリトを建て直した暁には、アイトリウス王国とどうぞ仲良くお願いします、ってこと。5つ目は、魔王が殺されても文句言わないでね、ってこと。……どう?」
満面の笑みを浮かべつつ、俺はマントの留め金を見せるように、堂々と胸を張った。
「……成程な。あなたがシエルアーク・レイ・アイトリウスか」
「うん。不当なるアイトリウスの王の子よん」
この際、黙ってても利益になりそうになかったんで、さっさと自己紹介しちゃった。
そしたら、シャーテ王子は一気に毒気を抜かれたみたいな顔で……というか、なんか、困ったような顔で、俺の顔をまじまじと見てきたのである。
「……話は聞いていたが……このような人物だとは、まるで想像がつかなかったのだが」
「よく言われる」
ちなみに、俺の後ろではディアーネがころころ笑っていて、ヴェルクトがシャーテ王子みたいな微妙な顔になってる。
「……しかし、あなたが私に与することで、そちらの国に問題は起きないか?」
「勝てば官軍だっつの。俺が魔王ぶち殺しちまえば誰も文句言えねーだろ、多分」
黙ってても利益になりそうになかったんで、こっちの目的とか状況とかも結構話した。全部じゃないけど。
「む……そうか。まあ、私とやろうとしていることにさしたる違いも無いか」
「そういうこと。……あんまスマートな方法じゃないっつうのも分かってはいるよ」
結局、武力で何とかしようとしてるって事だからね。力こそ正義、は勝者が歴史を作る、の観点から正しいんだろうけれど、公に通すならばそこらへんはオブラートに包んでおいた方が賢明ってもんだし。
「だが、一番速い。犠牲も少なくて済む」
「うん」
「……それに、もしあなたが魔王を本当に倒してしまうとしたら……痛快だ」
そう言って、シャーテ王子は……割と年相応なかんじに、笑った。
……俺もシャーテ王子も、境遇は似たようなもんだ。ぬるま湯育ちの王位継承権第一位には無い物を持ってるし、見えないものが見えてる。
それと同じように、アンブレイルやゾネ王女が持ってるけれど俺やシャーテ王子が持っていないものもあるだろうし、俺達に見えていないものが無いとも言えない。
それでも、俺は俺が正しいと思ってるし、シャーテ王子もシャーテ王子が正しいと思ってる。
「約束しよう。このシャーテ・リリト・エーヴィリトは、シエルアーク・レイ・アイトリウスの要求を飲む。……その代わりに、私を助けてくれ、シエルアーク」
「おう」
俺は、シャーテ王子が差し出した手を握った。
「っつーことで、とりあえずこのお姫様、一回起こしてみない?」
「起こし方が分からん」
……。
「よし、とりあえず手始めにてめーの脳ミソに魔法理論のまの字から叩き込んでやるーッ!」
が、前途多難!




