42話
それから、杖ができるまで、俺達はそれぞれの馬なりグリフォンなりに乗っかる練習をしていた。
特に、俺。
ヴェルクトとディアーネのは馬だから、鞍を付けられた。が、俺のルシフは馬じゃない。グリフォンである。
よってルシフの体に合う鞍が無かったため、とりあえず、ルシフの背中に座布団括りつけて乗っかってるような状況である。
……なので、あんまし乗り心地も良くない。覚悟の上だったけど。
有翼馬は、ある程度なら空を飛ぶ。
魔法的な力を使って飛んでいるらしく、そんなに長時間飛び続けることはできないみたいだけどね。
……けど、まあ、一応は空を飛ぶんだから、それの練習もしとかないとね、って事で、ひたすら空飛ぶ練習をしていた。
これについては、ディアーネが苦戦していた。あんまり、三次元的な動き方をするお嬢様じゃないからね。空間把握があんまり得意じゃなかったらしい。まあ、それも最初の内だけで、今やそこそこまともに空飛ぶんだけど……。
逆に、ヴェルクトは飛び始めの頃からあっさりと空に馴染みやがった。元々がアクロバットしまくりな奴だから、空間把握は得意なんだろうし……空の精霊にはそこそこ好かれてるだろうしな。
ちなみに俺は全く問題なく空中進出できた。流石俺。
そうして、それぞれの乗り物で空を飛びまわったり森の中を駆けまわったりするうちに、ロドールさんのお宅へお邪魔する時がやってきた。
さーて、ディアーネの杖はどうなってるかな。
「こんにちは」
ロドールさん宅に入ると、甘い木の香りがふわり、と漂う。香木のようでもあるこの香りが、『生命の樹』の香りなんだろうな。
そして、前回、俺達が見惚れた杖が掛かっていた場所に、あれをさらに超える美しい杖が飾ってあった。
生命の樹の枝は磨き抜かれ、黒檀よりも艶めかしい黒と木目の金色が幾重にも折り重なった、複雑な美しい模様を表している。
生命の樹の柄はよじれ、枝分かれし、それぞれが時計回りに螺旋を描く。優雅な螺旋は炎を思わせるようなデザインだ。
そして、螺旋は『炎の石』をその先に抱き込んで、しっかりと固定していた。
よく見れば、柄には所々、緻密な模様にも見える術式が彫り込まれている。
この術式が『最高の魔石』と『最高の木』を調和させ、そして、これからこの杖を使う事になる『最高の術者』の力を引き出すのだろう。
「いい出来だろう」
杖にすっかり見惚れていたら、いつの間にか、背後にロドールさんが来ていた。
口元を気難しそうに歪める表情は、この老エルフの笑顔なのだ、という事はすぐ分かった。声が非常に嬉しそう。
「持って行け」
ディアーネが杖に手を伸ばし、握る。
すると、杖の先の『炎の石』が煌めいた。
石の中では明々と炎が揺れ、柄に刻まれた術式は朱色に輝き……自らの主との邂逅に歓喜しているようであった。
「……すごいわ」
ディアーネは杖を握って、どこまでも優雅で、かつ、肉食獣のそれにも思える笑みを浮かべる。
言葉こそ少なかったが、ひたすらに感激している様子のディアーネを見て、ロドールさんは満足げに頷いた。
ああ、あれだ。『職人冥利に尽きる』ってかんじなんだろうな。
「ところでロドールさん。……ちょっとお伺いしたいことがあるんですが」
「なんだ」
ディアーネが杖の調子を確かめてくる、と言って外に出てしまったので、俺はロドールさんに聞きたいことを聞く。
つまり、『魔王から魔力ぶんどる装置』についてだ。
……杖を作るような人だから、魔力の流れを制御するような術式には詳しいんじゃないかなー、って思ったんだよな。
が。
「……禁呪となると一切分からん。他を当たれ。……この村にはもう、禁呪に詳しい奴なんぞ居らんだろうがな」
ああ、それって、魔王派のエルフたちの中に禁呪に詳しいのが居た、ってことか……。
……うん、まあ、終わっちまったことは仕方ないしね。他を当たろう。
となると……いよいよ、エルスロアだけじゃあ話が終わらなくなってきたな。
「ところで、杖のお代は」
ディアーネが杖に夢中になっているので、俺がこっそりロドールさんに聞いておく。じゃないとうっかり忘れそうだし……。
俺が聞くと、ロドールさんは1つ、眉を動かして……また、口元を歪めてみせた。
「もう貰ってる。……村の結界。代はそれでいい」
俺達が張った結界が杖のお代だ、と。……ふむ。まあ、ちょっと安いけど、ロドールさんがそれでいいっつうんならありがたくそれでいいことにさせてもらおう。
俺達がお礼を言うと、ロドールさんは挨拶もそこそこに、奥の方へ戻って行ってしまった。
……俺に魔力が戻ってきたら、俺の杖を作ってもらいにここに来ようっと。
という事で、その日の昼過ぎ、俺達はオーリスの村を出た。
向かうは南東。行き先は港町ガフベイ……では無く、その先にある古代魔法の祠である。
今日はそこで野営の予定。食料もたっぷり貰ったし、野営でも問題ないでしょう。
オーリスを昼過ぎに出発したのに、太陽が沈むころにはあっさりと古代魔法の祠に着いてしまった。
速い。速すぎる。流石、魔獣の脚。
徒歩なら休息と野営を含めて1日半から2日、という道程が、半日足らずで進めてしまう。
今までの苦労は何だったんだ、って言いたくなるね、こりゃ。
古代魔法の祠に着いたところで、魔獣たちを放してやる。出発は明日の朝だからそれまでに戻って来いよー、と言い聞かせておけば、あとは勝手にそこらへんで草食って寝て朝には戻ってくる。
「……不思議な場所ね。この祠が別の場所と繋がっているなんて、信じがたいけれど」
ルシフ他2頭の有翼馬を見送ったところで、ディアーネがしげしげと古代魔法の祠を眺めているのを見つけた。
「そういや、ディアーネはこれ、使うのは初めてだっけか」
「ええ。……どこかの誰かさんが遠泳しよう、なんて言い出したんだもの」
ディアーネはどこかじっとりとした目で俺を見つめてくる。
えっ、それはどこの誰の話かなぁ、俺、知らないよ?
……いや、うん、まあ、その……物事は何事も経験だって言うじゃない。ね。
野営の準備をしながら、ディアーネにこの古代魔法の祠について、分かっている限りのことを話した。
アイトリウスの北の岬とヴェルメルサの東の方が古代魔法で結ばれてるとか、ヴェルメルサの北の方とエルスロアの西の方がやっぱり結ばれてるとか。
そして、今回俺達が来た、エルスロアの東の岬は……これから俺達が向かう国、東大陸の最北西、『エーヴィリト』の西の岬と結ばれている。
そのままもーちょいとばかり東に進めば、通称『エーヴィリトの西の塔』……正式名称『光の塔』がある。
そこに魔王派エルフたちが逃げ込んでたら、そいつらに『魔王から魔力ぶんどる装置』について聞いてみたい。
……うん、正直、エルスロアに来ればそこらへんの術式は分かると思ってたんだよね。少なくとも、とっかかりぐらいは分かると思ってた。
が、蓋を開けて見れば、ウルカは作るのは上手いが考えるのはそんなに得意じゃないみたいだし。ロドールさんは畑違いみたいだし。エルスロアの国王様を巻き込んじまうと、アンブレイルと俺との板挟みになっちゃうから可哀相だし。
ウルカが駄目だった時点で、俺の計画は結構座礁してるんだけど……まあ、東大陸に渡れば、もうちょっととっかかりもあるかもね、っていう。
少なくとも、今は『光の塔』に行けば、手がかりが見つかるかもしれない、という所まで来ているのだ。
ならば、とりあえずは行くしかない。それでも駄目だったら……その時考えよう。うん。
その日はそのまま野営して、翌朝。
起きて朝飯(麦粥)を食って、いざ、祠の中に入る。
侵入方法は前回と一緒でいっかな、と思ったんだけど、ディアーネが火の古代魔法でちょいちょいやったらこじ開けられちゃったんで、その方法で入った。
まあ、変に魔力を切断するよりはこじ開けてから元に戻す、っつう方法の方がスマートだしいいよね、多分。
「不思議な空間ね。……ゲートの向こう側に別の景色が見えるわ……」
ディアーネは初めて見る瞬間移動ゲートに興味津々らしい。
今回のゲートには、綺麗な花畑が映っている。……これから行くエーヴィリトは光の国だからね。お花いっぱい、山はあんまり無くて大体平原、みたいな、平和で穏やかな土地である。土地は、ね。
「じゃ、感慨にふけってるところ悪いけど、さっさと行くぞ。今日中に光の塔をどうにかしちまいたいから」
という事で、さっさとゲートを潜る。……ルシフも一緒に。
うん。そう。あんまり長時間空を飛べるわけじゃない有翼馬も、船や、こういった瞬間移動ゲートを使えば海を越えられる。
折角捕まえたんだから、東大陸でも乗り回したいもんね。当然、連れて行く。というか、このために捕まえたんだから。
「……本当に移動したのかしら?」
そして、ゲートを潜ると、ディアーネは案の定、そんな感想を漏らしてくれた。
「見てみろ」
なので、背後のゲートを示すと……そこに映っているのは、花畑では無く、荒れた岩山である。つまり、さっきまで俺達が居た、エルスロアの東のはじっこね。
それでも半信半疑なディアーネを連れて、祠の外に出る。
「……ここが、エーヴィリト」
ゲート越しに覗いた景色なんて、色あせて見える。
そこは、美しい一面の花畑だった。
「はい、お花畑もいいけど、とりあえずまずは光の塔ね」
が、ここで止まってるのは時間が惜しい。
「すぐに行かないと魔王派エルフ共が移動しちまうかもしんねーし」
魔王派エルフたちは当然、海を泳いで渡った訳でも無いだろうから、多分、普通に船を使ったと思う。
となると、ガフベイから、エーヴィリトの港町シュトラまでは船で、そこから光の塔までは徒歩、って事になるだろう。
当然、それなりに時間はかかるはずだ。だから、今すぐ光の塔に向かえば、多分、到着してそんなに時間が立っていない魔王派エルフたちに行きあえるはず。
……そして、もしかしたら、そいつらの『親玉』にも。
「ヴェルクト、ディアーネ。多分、着いてすぐに戦闘になるぞ。覚悟しとけ」
「今更だな」
「嬉しいわ。早くこの杖の性能を実感したいもの」
「いい返事だ。……じゃ、行くぞ!」
俺達はそれぞれの騎獣に合図して、花畑を駆け始めた。
行き先は、『光の塔』。俺達の視界一杯に広がる花畑の中にぽつり、とそびえる、古代魔法仕掛けの塔である。




