3話
まず、普通に考えて、一般的な『魔石』をそのまま欲しがっても駄目だろうな。
今、俺の脚には魔封じの足環が嵌っている。つまりこれって、俺がまだ魔法を使えることを警戒してるわけで……魔石を欲しがったら警戒を強めるだけだ。
だから、魔石を欲しがるなら日用品の形で、って事になるか。
例えば……水がいくらでも出てくる水差し、とか。
常に一定量の水が満たされているように魔石を使った回路が組んである水差しは、この国で1,2を争うポピュラーな魔道具だ。
……あ。
俺、今、魔力が無いんだが、魔道具が全く使えないか、っつうと、そんな事は無い。
魔道具は大きく分けて2種類あって……簡単に言っちゃえば、コンセントにつながないと動かない奴と、電池で動いてくれる奴。
俺が今使える魔道具は当然、後者。電池……つまり、魔石に内蔵されてる魔力で動く、消耗型の魔道具ね。
一応、この部屋の風呂とかトイレとかの類も、電池式の方の魔道具なんで使えてる。ありがたいね。
ええと、魔力源の話に戻すと……他に、怪しまれずに手に入れられそうな魔道具、っつうと、時計とか、水の交換の必要が無い花瓶とか、暖炉にくべておくと半永久的に炎を出し続けてくれる石とか、風呂に入れておくと花の香りがお湯に溶け込む石とか。まあ、そういうのを欲しがれば一応届きそうな気がする。
ただ、そういうものを複数欲しがるとやっぱり不審なので、そこら辺は考えないといけない。
次に考えられるのは……植物、とかかね。
あまりに暇なので花でも育てて癒されようと思う、ってのは別に不審な言い訳じゃないだろう。実際、ちょっと植物欲しい。サボテンとかいいよね。
魔草の肥料のための屑魔石(魔法に使えないぐらい低級で細かい魔石粒ね)を請求できるのもあるが、それ以上に、魔草を育てれば魔力自家栽培できる、っていう強みがある。
魔草の中には美しい花をつけるものもあるから、そういう品種を普通の花の中に混ぜて注文してしまえば何とかならんでも無いと思う。というか、魔草でない普通の花だったとしても、雀の涙程度には魔力を生み出すのだから、魔力の足しになることは間違いない。これは是非にでも要求しないとな。
怪しまれない、っつったらあとは……あー、食べ物、ってのがあるか。
魔草のキャンディとか、魔石漬けたシロップとか、酒とか。
そういうものを頼めば雀の涙程度に足しになるだろう。
月虹草の花の砂糖漬けとか、海神珊瑚樹の実のシロップとか、は前から好んで食ってたから、頼んでも怪しまれなさそう。
他に魔鋼の類、ってのも考えたんだが……うーん、今一つ、魔鋼を怪しまれずに注文する方法が思いつかない。
剣とか注文しても届くわけが無いしなー、鍋とか注文すると怪しすぎるしなー。
うーん……魔鋼はパス。思いついたらまた考えよう。
最終的に、着替えだのの類と、日用品、暇つぶし用の本と筆記用具、そして魔力回復に役立つ美味しいおやつと高価なおやつ、ついでに酒、ってな具合に要求することにした。
だって、いきなりガーデニング始めたら不審だもん!俺、どう考えてもそういうキャラじゃないからな!
だから、『チクショー、せめて悪あがきで高いおやつせびってやる!ついでに酒もってこい!』ぐらいの様子に見せかけておくことにした。
これならギリギリ、悪ガキのワガママに見えるだろう。多分。
それから、一応、筆記用具に関しても最高級品を要求してある。
高いものだと結構魔術的な要素のある素材でできてたりするからな。案外馬鹿にならんのよ。
……駄目元で、着替えの要求については『俺の部屋の洋服ダンスの中身、とりあえず全部持ってこい』みたいな要求の仕方をしたので、もしかしたら、魔石の装飾品も混じって届く……かもしれない。あんまり期待はしてないけどね。
のんびり風呂入ってたっぷり眠って、朝になったらワゴンが消えてて、新しく食事のワゴンが配置されていた。
……この部屋、時計が無いから何時に食事が来るのか分からないんだが……多分、朝の7時ぐらいに来たんだろうな。
ワゴンに注文の紙は乗せておいたから、今頃多分、これは大丈夫、あれは駄目、みたいな分別作業やったりなんだりして……夕食の時に届けばいいかな、ぐらいか。
まあいいや。のんびり朝食を摂ることにしよう。
今の段階で俺にできることっつったら、まず、できる限り健康で居ること。魔力もだけど、食事も大切だな。
運動不足になったら笑えないので、食後は筋トレしてた。
室内でできる筋トレって限られるんだよな。旅に出ることを考えて、筋肉はちゃんとつけておきたい。
ひたすら腕立て伏せしてたら、いつの間にか昼食の時間になったらしい。
昨日のように、メイドと兵士がドアの向こうから現れた。
ただ、昨日の夕食の時と違うのは、兵士が増量されてて、それぞれが箱を持っていることと、ちょっと高位の騎士が1人、書簡を携えていることだな。
「国王陛下と大臣より、それぞれ書簡をお預かりしております」
騎士は簡単に一礼すると、俺に書簡を手渡してきた。
赤の書簡は、アイトリウス国王……つまり、俺のこの世界での父上にあたる人のもの。
紫の書簡は、大臣のものだな。
ちなみに、大臣はアンブレイル推しのクソ大臣なので、父上からの書簡以上に読むのが嫌だったりする。
なんつっても、今回俺が魔力を失う事になったあの禁呪儀式の中にいたしな!
「では、確かに」
いつの間にか荷物を全て部屋に運び込んだ兵士と、食事のワゴンを入れ替えたメイドががさがさと部屋から出ていき、騎士もまた一礼し、ドアの向こうへ消えていった。
そしてドアに鍵がかかる音が重く響いて、俺はまた1人になる。
……さて、食う前に読むか。
最初に、父上からの書簡を開ける。
封蝋を見る限り、王族の公式書簡じゃなくて、家族間のちょっとしたお手紙、っていうものらしい。
そこそこ上等な羊皮紙(って便宜上呼ぶけど、多分羊の皮じゃなく魔獣の皮とかでできてるんじゃねーかなこの紙)を広げた。
『―――シエルアークへ
此度のいきさつについては大臣より聞いている
魔力を失ったお前が生かされているのは大臣の嘆願と女神様のお慈悲によるものであるから、精一杯祈りを捧げるように』
……あれっ?こんだけ?
あれっ?あれっ……うーんと、まあいいや。次いこう。
大臣からの書簡を開ける。
『シエルアーク・レイ・アイトリウス様
魔力を失っていかがお過ごしでしょうか?
アンブレイル殿下はあれからすぐ魔力を使いこなし、早速数々の魔法を修めておいでです。
シエルアーク様はお辛いでしょうが、女神様とアンブレイル殿下のため、祈りの日々を過ごしていただきたく存じます。
シエルアーク様のお世話については私が拝命しております。
ですので、くれぐれも、女神様のご意思に違わぬよう。
プルゴス・アミーカ』
よーし、脅してくるたぁいい度胸だなこのクソ大臣!
今ここに大臣が居たら千切りなますにしてやっているところだが、今は許してやる。7年ぐらいしたら頭皮から桂剥きしてやるから覚悟しておけ!
……さて、怒り心頭なのは置いておいて、とりあえず手紙の読解から行こうじゃないの。
まず、俺の状況だな。
多分、『女神様のお導きでシエルアーク様の魔力がアンブレイル様のものになった』みたいな筋書でなんとか収まっちゃってるんだろう。少なくとも、表向きには。
ほら、魔力失ったのにまだ俺が生きてるっていう、相当不思議な事が起きちゃってるから。女神様のお力が働いてる、って解釈されても自然なんだよな。うん。
それから、大臣の脅し。
『私がお世話しているんだから変な真似してみろ、食料の供給止めるぞ』って意味だな。うん。知ってる。
これについては今更だから、あんまり気にしてない。いや、嘘。気にしてる。めっちゃむかつく。いつか毛髪毟ってやる。ところで、毟るって漢字、『少ない毛』って書くんだよな。いや、どうでもいいけど。
さらに、父上……アイトリウス国王が、完全に俺から興味を失っただろう、って事。
妾の子とはいえ、かなり優秀だったもんだから、国王は俺の事を結構気に入っていた。
俺が結構色々頑張ってたから、王家の名声もついでに上がったりしてたし。
……ただ、俺から魔力が無くなった以上、もう用済み、って所なんだろう。
大臣からどの程度内情を聞いているのか知らないが……父親が俺を助けてくれる、っつう期待は出来そうにないな。最初からしてないけど。
それから……なんというか、ま……父上がアホで良かった。
『大臣が俺の助命を嘆願した』っつう、トンデモ情報。これ、超大事。
これ、普通に考えたら、大臣が今回の犯行に携わったっていう事実をカモフラージュするために、ちょっと俺の味方に付いた、みたいな印象なんだよな。
けど、それはあまりにもリスキーだ。
そう。俺、なんで生かされてるのか不思議。だってどう考えても口封じに殺しておいた方がいいじゃん。
当然だが、禁呪ってのは禁呪だから禁止されてる術なわけで、使ったらそれ相応に罰せられる。
しかも、一応、これ、王族への謀反だからね。当然、そこらへんも含めて処罰の対象なわけ。
で、今回の犯行が明るみに出るかどうかって、俺が証言するかどうかにかかってるじゃない。
だったら、俺はさっさと殺しておいた方が良かったはずなんだよね。というか、元々の計画だったら普通に殺してたはずなんだし。
……ここら辺、考えるに……『大臣は、俺を殺すに殺せない』んじゃないか?
うん、うん。あり得る。というか、俺が大臣でも、怖いからそうする。
だって、だってよ?俺が死ぬはずの禁呪で、生き残っちゃった。
……これ、とんでもないエラー、なんだよね。
本来無いはずの事が、『禁呪で』起こっちゃった。
そうなったらもう、やばい。もう、どこでどう魔術がこんがらがって……『アンブレイルに跳ね返るか分からない』。
今、俺は生きている。で、多分、禁呪の均衡も取れてるんだろう。少なくとも、俺の側で魔力の動きってのはもう一切無い。
一切無いから、この考えが完全にあり得ない、って感覚で断言できるんだが……大臣は、そういう訳にいかないからな。安全策を取るしかないんだろう。
つまり、大臣は『シエルアークが死んだりしたら、アンブレイル殿下に何があるか分からない』と、考えている!
我ながら名推理だ。
だって、そうでもないと俺が生かされてる理由って、無いよ?わざわざ生かしとく理由、ほんとに無いよ?元々殺す予定だったものをわざわざ生かしてるからには、こういう事情が無いとおかしい。
……って事は、ま、これから多少ワガママ言っても殺されない、って事だな。変にびくびくする必要は無いって事だ。
あー、安心した。
……が、まあ、ここに閉じ込められてることに変わりはない。
物資の供給が大臣頼りだ、ってことも。
『俺の言う事聞かないと自害しちゃうぞーアンブレイルの身に何かあるかもしれないぞー』ってやってもいいかもしれないが、それってつまり、俺自身も危険に曝す事になるし、それやっちゃうと、本当は俺に何かあってもアンブレイルに影響はないだろう、と俺が踏んでいることがバレそうだし、そうなったら多分、普通に俺、殺されるし。
……なら、ここら辺の事実には気づかないふりしつつ、大人しく閉じ込められてるふりしてやってた方が何かと有利だろう。
逆に、『俺は魔力を外部から摂取しないと死ぬぞ!』ってやって、魔力源を供出させてもいいけど、それは……最終手段にしたいな。
だって、それやったら本当に俺の立場が大臣より下になる。交渉の材料が無くなるのは怖い。
俺が魔力を摂取しないと死ぬ、っつう情報は最後までとっときたいな。
っつうことで、歯がゆいけど、ま、しょうがないね。
脱出するまでの辛抱だ。精々それまではおとなしくしといてやろうじゃないの。
夕食時になって、夕食と一緒に色々届いた。
まず、着替え。
本当に箪笥丸ごと来た。
……が、まあ、うん、あんまり期待してなかったけど、装飾品の類がいくつか無くなってる。つまり、『これは危険だから差っ引こう』みたいな。検閲に引っかかったらしい。
……つっても、残ってるのもあるから……ああ、あれだ。俺の自作魔石だけ綺麗に無くなってるな。
魔力吸うだけなら自作だろうが何だろうが変わらないんでまあいいんだけどね。
それから、希望したものは大体届いた。
筆記具に関しては、黄金竜の角の中で熟成させたインク、とか、魔獣の皮で作った獣皮紙、とか、銀鈴鳥の尾羽の羽ペン、とか……そういうレベルのものが来たので俺、大勝利である。
それからおやつとか日用品とかね。あ、酒は来なかった。一応この国も未成年者の飲酒を禁じてるんで、当然っちゃ当然だけどね。
という事で、早速届いたものの総魔力量をみてみる。
……吸ったら魔力の量は分かる。勿論、結果として、って事になるけど。
が、今回は……折角だから、チャレンジだ。
魔力を失う前よりも、魔力に対して敏感になっているのは確かだ。
魔力の種類も量も距離も。あらゆる情報が濃密に、精密に感じ取れる。
自分から魔力が無くなった分、より繊細に魔力の流れを感じる事ができる。
だから、こう、うまいこと意識して、ピントを合わせるようにして、見ている世界の軸をずらしていくかんじで……自分の中にもう無い、しかしつい最近まで、というか今世に生まれてからずっと共にあった感覚、つまり、『魔力』を操作するような、そんな感覚で。
……突如、見えた。
一気に視覚が広がるような、そんな感覚とともに……見えた。見えるようになった!
そこにどのぐらいの魔力があるのか、どこにどんな魔力があるのか!
そういう事が、感覚を伸ばしていけばどこまでも遠くまで、感覚を研ぎ澄ましていけばどこまでも濃密に、手に取るように、『見える』!
これは……これは、すごい。
ただちょっと、届いたものが俺の命何日分の魔力を持ってるか知りたいなー、とか思っただけだったが、これは……それ以上の価値がある。
これ……利用法次第では、とんでもない武器になる、んではないだろうか。
……ああ、ちょっと久しぶりに、感動した。
あ、ちなみに、届いたものは大体俺の命2日分、って所だった。
ただし、消耗品だけでいけば、1日分に到底足らず。
ま、植物関係とかも要求したら、1日に1日分の魔力を貰えるぐらいのペースにできるんじゃないか、とも思う。
それまではこの部屋にあるもので細々と食いつないでいこう。