38話
お昼寝して起きたら、もう夕方になってたので、そのまま生贄になるための準備が始まった。
「この服に着替えるんだ。着替えたら呼ぶんだぞ」
「あいよー」
たっぷり昼寝してすっかり元気になった俺は、用意された服に着替えて、用意されたアクセサリーの類を着けて、準備万端に……。
なる、はずだったんだけど。
寝起きで意識が緩んでた。
……何をやらかしたか、って、そりゃ……アクセサリーに使われていた魔石の魔力を吸っちゃったのだ。
うわぁ……どうしよ。どんな術式が入ってたかも分からずに魔力吸って只の石ころにしちゃったよ。
あれだ、白山羊さんから来た手紙を読まずに食っちまった黒山羊さんの気分。
……まあいいか。なんかまずいことになったらエルフの方から言ってくるだろ、多分……。
純白の薄絹でできた衣を身に纏い、ドワーフ作らしい精巧な装飾品を身に着けた俺はまさに森の妖精ってところだな。ううん、我ながらいい出来の顔面してるよ、まったく。
「着替え終わったよー」
ドアの外で待機していたエルフの面々に声を掛けると、部屋に入ってきたエルフたちが皆一様に息を呑むのが分かった。へっへっへ、中々可愛いだろ。そうだろ。
そして、魔力切れになって石ころになっちゃった魔石には何も言われなかった。
……うーん、これはこれでちょっと……。
その後、俺は部屋から連れ出され、輿に乗せられる。
このままわっしょいわっしょいと運ばれていくわけだ。ううん、楽ちん。
ちなみに、この間、ディアーネとヴェルクトはウィラさんによって酔い潰されているところである。
……ヴェルクトはともかく、ディアーネは酔いつぶれた『ふり』で済ませてると思うけどね。
俺を乗せた輿は森の奥へ入っていく。
「これ、どこまで行くの?」
「奥にある精霊様の祭壇までだ」
あ、そういうのあるんだ。へー。地の精霊ってフェイバランドにある祠以外に祀ってる所あるんだ。
……あ、この辺り、珍しい魔草多いな。
帰りに摘んで帰ろう。
……そう。俺、帰りは徒歩なんだよね。道に迷わないようにパン屑を落としながら行く、って訳でもなんでもなくこんな深い森の中まで来ちゃった訳だけど、そこの心配はない。
だって、俺には魔力が見える。
そして、この森の中で異質極まりない……つまり、目印にするにはちょうどいい魔力がオーリスの村に居てくれるからね。
……つまり、ディアーネの魔力と、ディアーネを何とかしようとする森の魔力の流れを辿って行けば村に帰れる、って事である。
これで道に迷う心配も無くなったので、安心して森の奥の奥まで連れて行かれる事ができるってわけである。
そのまましばらく輿で揺られていた所、急に輿が降ろされた。
「ここから真っ直ぐ歩いて行け」
「そこに精霊様が居るの?」
「……そこでそのまま夜まで待つんだ。そうすればきっと精霊様がいらっしゃるだろう」
ま、いいや。どうせいらっしゃらないんでしょ?
輿を持って元来た道を引き返していくエルフたちは気にせず、俺は前……森の中に作られた白い石の祭壇へ歩いて行く。
一応、魔力を見て警戒はしているが、特に警戒すべき魔力も感じられない。
……ほんとに夜にならないと来ないみたいね。
ま、それまではのんびり近くの魔草採集でもやって待たせてもらおっと。
太陽が完全に沈んで、辺りが薄闇に覆われ始めた頃、『魔力を見る目』が複数の魔力の接近を感知した。
なので、魔草採取は一旦中断して、祭壇に登って待つ。
……近づいてくる気配を悠々と待ち受けると、それらは遂に現れた。
「へー。あんたらが地の精霊様か」
祭壇にやって来るのは、複数の……エルフ。
それぞれ武器を手にして、じりじりと輪を狭めてきている。
……成程―、内部に犯人が居たのね。それならあの村の様子にも納得。
「最後に1つ、聞いてもいい?」
数歩跳べば俺に届くであろう、という距離までエルフたちが近づいたところで、俺は衣の合わせに手を突っ込みつつ、聞いてみることにした。
「村の中に『裏切者』はどのぐらいいたの?」
「知ってどうする」
「さあ?冥土の土産って奴?」
精々、強がりに見えるように言葉を重ねてみたところで、エルフたちが、もう1歩、俺に近づいた。
その瞬間、衣の合わせから手を引き抜いて、その勢いで隠していた魔草の蔓を振り抜く。
エルフたちが咄嗟に躱したりする中、1人のエルフの脚に絡ませることに成功したので、そのまま魔力を吸って、1人ダウンさせる。
魔草の蔓を回収する時間も惜しいので、これはそのまま放置。ま、1人倒せたから御の字でしょ。
「こいつっ……!」
エルフの1人が弓を引き絞り、別の1人が詠唱を始めたのが見えたので、迷わず詠唱を始めた方に突っ込んでいく。
途中で魔法が放たれたが、当然の様にそれは俺をすり抜けて行った。
「なっ」
「はい、2人目!」
事態を飲み込めないでいたエルフの首に触れて、魔力を吸って昏倒させる。
そいつの体が倒れる前に引っ掴んで、飛んできた矢に向けて盾にした。
矢が盾にしたエルフの脇に刺さったあたり、弓のエルフは咄嗟に仲間を撃たないように矢の軌道を逸らしたらしい。
弓のエルフがすぐに次の矢をつがえるのが見えたので、足元の石を拾ってそいつに向かって投げる。
手か何かに当たったらしく、見当違いの方向へ矢が飛んで行く。
石をもういくつか拾って、牽制がてら投げつつ、弓のエルフに接近。
……当然だけど、俺が一番怖いのは物理的な遠距離攻撃。
魔法なら全く気にしなくてもオーケーだけど、残念ながら物理的な攻撃に関してはそうはいかない。
弓とか、正直一番相手にしたくないんだよね。
だから、さっさと片付けちゃうに限る。
もう一度、勢いよく石を投げれば、弓自体にぶつかって、何かが弾けるような音がした。
……弓の弦を切る事に成功しちゃったらしい。あら、これは運がいい。
弦が切れた弓なんてゴミだからね。あとは、弓のエルフからも魔力を吸って、3人目も終了。
「そこまでだ!」
そこまでやったところで、突如、背後で魔力が膨れ上がるのを感じて振り向いた。
……ら、なんか、こう……残りのエルフたちが祭壇を弄っていた。
祭壇の4本の柱の間に魔力が走り、宙の一点で集まっているのが見える。
「お前を生贄にしてやろう。……この魔導装置でな!」
俺が反応するより先に、それは動く。
魔力が一気に濃くなり、一直線に……俺に向けて放たれる。
……どーしよっかな、と思ったけど……いいや。とりあえず、魔力の塊が俺を通り抜けていくときに倒れてみた。
俺の居た地面は魔力をもろに受け、大きく破壊される。
当然、そうなると倒れたクレーターの中心に居る訳で……ああああ、なんか、こう……超有名な死体の状態みたいになってる……。
自分の状態を思って何とも言えない気分になってるところで、エルフたちの会話が聞こえてきた。
「……死体が残ったか」
「さっき魔法を無効化していたからな、何らかの防御をしていたんだろう」
エルフたちは口々になんか言いつつ、祭壇をまた弄り始めている。
「もう少し改良が必要か」
「まあ、初めての起動にしては上手くいった方だろう」
……話の内容から考えるに、このエルフたちはこの装置を作っていたらしい。
という事は……うーんと、『守り石』はこれの材料とかなのかもね。
だとしたらこれ、面倒だけど分解しなきゃだよなあ……だって国宝、欲しいもん。
どーやって分解するかな、と考え始めた所で、エルフたちはこの魔導装置とやらの改良点の確認とかをし終えたらしい。
「もうあと数度実験と調整を行えばこの魔導装置をお納めできるだろう」
納める、ってことは、この兵器を欲しがってる誰かが居るって事だよなあ。
……どう考えても、まともな相手だとは思えないけど。
「ああ。これなら勇者を殺すに足る威力だ!」
……うん。
「その時、我らエルフの未来は約束される!」
「人間に与する愚かな仲間に粛清を!」
「今こそ我らエルフは、魔へ帰る時!」
……うん、オーケイ。分かった。
……ちらっ、と見たら、エルフたちが邪神でも崇めるように……なんか不思議な儀式みたいなことやりつつ、声を合わせて『魔王様万歳!魔王様万歳!』ってやってるところだった。
……つまり、このエルフたちは……『反・人間派』のエルフ、つまり、魔物の一員として魔王の味方に付くことにしたエルフたち、って事ね。よく分かった。
「ところで、この死体はどうする」
しばーらく待って、やっとエルフたちは俺の事を気にしてくれた。
あー、良かった。俺このままずっとヤ○チャかと思った。
「一応、体の破損などを調べた方がいいだろうよ。……見たところ、外傷は無さそうだな……」
「こいつが使った魔法と干渉して思わぬ効果を生んだんだろう」
残っていたエルフ6人が、わらわらと俺の周りに集まってくる。
……そして、揃って覗き込んでくれちゃったので、死んだふりは終了。ここらでお遊びはいいかげんにしろってとこを見せてやろうじゃないの。
「なっ!」
「こいつ動っ!」
勢いよくエルフたちの脚を払って、倒れた奴からは遠慮なく魔力を吸っていく。
エルフたちは寄ってたかって顔つき合わせてたのが災いして、お互いがお互いを邪魔してうまく動けない。
その間にひたすら魔力を吸収していけば、手が届く距離に居た6人分ぐらい、すぐに魔力吸収も終了するのだった。
昏倒したエルフは武装剥いた上で魔草の蔓でがっつり縛り上げて置いておく。
どうせ限界ギリギリまで魔力吸われて昏倒してるんだから、目覚めるのは後になるだろうけどね。
こいつらの処遇は後で考えるとして、今は……こっちだ。
魔導装置、と呼ばれていたこの祭壇。
これはほっといたらまずいだろうからな。流石に壊しておいた方がいいだろう。
……ちょっと探せば、コアになっているのであろう部分に綺麗な琥珀色の石が見つかった。
うん、これを取り外しておけば起動しなくなるだろう。
折角外したこの石がまた何かの拍子にここに嵌ってしまったらまずいから、この石は俺が預かっておくことにしよう。
うんうん、そうしようそうしよう。
……『守り石』(仮)、ゲットだぜ!




