37話
「本気か」
「おう」
「正気か」
「とーぜん!」
「……シエルまで魔力に中てられたか」
「何、お前喧嘩売ってんの?買うよ?」
凄んで見せれば、ヴェルクトは、そうか、と、釈然としない顔のまま呟いた。
……ま、これも『前世の記憶』の成せる技、かもしれない。
前世の記憶がある俺は、今世の俺の事を部分的ながらも客観視できる。
その、『客観視できる部分』の筆頭が、容姿。
……前世の俺の記憶が告げている。今世の俺……『シエルアーク・レイ・アイトリウス』は、超が付くほどの美形である、と。
……っつうか、そうでも無きゃ、こうまで自分自身の顔面に自信持てねえっつの。
「今に待ってろよヴェルクト。お前に超絶美少女シエルアークちゃんの姿を見せてやる!」
自分自身の美貌に自分自身じゃない自分自身からのお墨付きを得ている俺は、胸を張ってこういう事も言えちゃうわけだ。
「……シエル、お前は無理をしているんじゃないか?大丈夫か?」
「……ま、少なくとも、俺が生贄役やればディアーネを危険に曝さなくていいだろ」
……うん、まあ、ディアーネの安全の為なら、ちょっと俺が自信過剰になってみせるぐらい、安いもんだろ。
夕食から薬を盛られるリスクを考えて、行動はさっさと起こすことに決めた。
「シエルなら何色でも似合いそうだけれど……そうね、デザインも考えたらこれかしら」
まず、ディアーネが俺に似合いそーな服をディアーネの着替えの中から見繕ってくれた。
「……もう腹括ってるからな?レースにリボンでフリルでも構わねーんだぞ」
「あら。折角シエルは凛々しいんだもの。それを生かさないのは勿体ないんじゃなくて?」
ディアーネなら嬉々としてフリフリを着せようとしてくるもんだとばかり思っていたが、選ばれたのは大人しげで清楚なワンピース・ドレス。
……こいつ、こんな服も持ってたの?割とシンプルかつ大胆、みたいなドレスばっか着てる印象あったんで、そっちにびっくり。
「これなら今シエルが履いているブーツと合わせてもおかしくないでしょう?」
ああ、そういうのまで考えてくれてんのね。
まあ、やるなら徹底的にやった方がいいもんね。
「それに、襟の広いドレスにしたら、貧相に見えるわ、きっと」
……まあ、ディアーネは出るとこ出てるからね。俺が着たらそうもなるね。へーへー。
「着替えたら髪を整えなきゃね……ああ、リボンも貸してあげるわ。瞳に合わせて青がいいかしら?」
「好きにして……」
「ええ、好きにさせていただくわ。ヴェルクト、シエルを着替えさせるから出て行ってくださる?」
ディアーネに追い払われるようにしてヴェルクトは部屋を出て行き、ディアーネは嬉々として俺を着せ替え人形にし始めたのだった。
「ヴェルクト、入って頂戴」
そうしてしばらくして、ディアーネがドアの外に声を掛けると、釈然としない表情のヴェルクトが入ってきて……俺を見て、表情が固まった。
「……おい」
「おう」
「なんだこれは」
「な?言ったろ?超絶美少女シエルアークちゃんを見せてやる、ってな!」
うん、自分で言うのもなんだけど、俺ってば超絶美少女。
ディアーネのセンスの賜物ってところもあるんだろうけど、やっぱり元がいいんだよ、元が。
「お前、本当にシエルアークか」
「喧嘩なら買うぞ?」
半身になって拳を胸の前で構えてみせた所、「ああ、シエルだ……」と、何とも言えない顔をされた。
「どうかしら、ヴェルクト?中々可愛らしくできたと思うのだけれど?」
ディアーネが俺の肩を引き寄せてにっこり微笑むので、俺も至高の笑顔を浮かべてやったところ……ヴェルクトは何とも言えない顔をより何とも言えない具合に歪めた。
ヴェルクトも言外に可愛いって言ってくれたようなもんだし、それ以前に俺の客観的視点が俺を可愛いと言っているから何の問題も無い。
という事で、俺達はこのまま食堂へ行って飯を食う事にした。
「女将さん、ご飯できてる?」
その前に、カウンターに寄って女将さんに顔合わせ。
「は?……ああ!?もしかして、さっきの……!?」
女の子だったの、みたいな呟きに笑顔だけで返しつつ、夕飯の催促をすれば、女将さんはすぐ食堂へ案内してくれた。
ので、俺はここで『1人になる』。
「あ、ちょっと部屋に忘れ物した。先に食べててね―」
「ええ。先に行っているわ」
女将さんに連れられてディアーネとヴェルクトが姿を消してしまってから、俺は部屋に戻り……『途中で道を間違えた』。
わざとらしいが、まあ、天井からお邪魔する訳にもいかねえし。
おもむろにドアを開けてやれば、そこには未だ、言い争いを続けていたエルフの面々。
「だから何度も言っているだろう!ガキ1人ならなんとでもなる、と!」
「そうだ!あの男だけなんとか引きはがせれば、あとはガキだけどうにかしてあの娘を生贄に……うわっ!お前、誰だ!?」
そう。こちらの可愛いシエルアークちゃんは、『忘れ物を取りに部屋に戻る途中で道を間違えてうっかり別の部屋に入ってしまい、そこで自分の仲間を生贄にしようとする作戦会議を聞いてしまった』のであった。
「……お前、今の話」
「聞いちゃった」
悪びれずに言い放ってやれば、エルフの面々が一気に総毛立った。
……そして、微かに、部屋の片隅で鍔鳴りの音が聞こえる。
あらあら、気が早いことで。
「……どこの誰かは知らねえが、知られたからには返すわけにはいかねえ」
物騒な台詞の後に、立て続いて弓の弦が鳴り、短剣から鞘を払う音が鳴り……すぐに俺の周りを、武器を構えたエルフ集団が囲んだ。
俺は悠々とそいつらを見回して……口を開く。
「ね、それ、俺が代わりにやっていい?」
「……は?」
当然、突然すぎる申告に、エルフのみなさんが戸惑わない訳は無い。
「精霊様にお会いする栄誉に預かれるんだろ?なら俺がやるよ」
「え、いや、その……」
エルフたちはひそひそと、『こいつ、生贄の意味分かってねえんじゃないの』とか、『丁度いいんじゃないか』とか、『見目に不足は無い』とか、そういう内容の囁きを交わす。
……その間、俺は1人、部屋の奥でまごまごしていたエルフのおねーちゃんの所まで歩く。
「あんたが、本来生贄ってのになるはずだった人?」
にこやかに話しかけてやれば、エルフのおねーちゃんは戸惑いつつも頷いてみせる。
ウィラ、っつったっけね。このおねーちゃん。……成程。確かに絶世の美女だ。俺には負けるけど。
「俺、精霊に会ってみたい。会って、聞きたいことがあるんだ。だからその役、代わってよ」
「……そんな、ねえ、なんでそんなこと……あのね、生贄っていうのは」
「ウィラ!」
案の定、ウィラさんは俺が生贄ってものを理解してないと思ったらしく、親切にも説明してくれようとした。
ので、当然、他のエルフはそれを止める。
そして、この状況はエルフの皆さんの決断を急かす事になるのだ。
このチャンスを逃すまい、とするエルフの皆さんは、こうなると必然的に道を1つに絞られてしまい……。
「……分かった。そこのお前。そこまで言うなら、お前に此度の生贄の役を譲ろうじゃないか」
よく考えずにこういう結論出しちゃうのである。
「お前、名はなんという」
「シエルアーク」
当然だけど、苗字は名乗らない。名乗っちゃったら国際問題に発展するとかってなって結局俺を生贄にするのはまずい、って結論になっちゃうからね。
「そうか。シエルアークよ。ならば、明日の夕方まで、お前にはここに居てもらう。それから、お前を連れて行く」
「この部屋で寝るって事?ベッド無きゃヤだよ?それから、夕方まで暇なの嫌だから、話し相手ぐらいはしてくれるんでしょ?」
……エルフの皆さんはいよいよ、俺が生贄ってものの意味を分かってないと思ったらしい。
何とも言えない顔でお互いにお互いの顔を見て……喜びと申し訳なさが同居したような、何とも言えないため息を吐くのだった。
……という事で、俺はエルフといくつか約束をした。
1つ目に、俺は俺の仲間に、俺が生贄になるという事を言わない。
2つ目に、俺はこれから明日の夕方まで、この宿を出ない。常にエルフの監視の元に居る。
3つ目に、エルフたちは俺の仲間に一切手を出さない。
4つ目に、エルフたちは俺の暇つぶしとおやつを提供しなければならない。
……なんとも、劣悪な条件である。
まるで、人の身柄をお菓子で買うような……ううん、これ、内情全部知ってる仕掛け人兼当事者だから全然そういうの感じないけど、外から見てたらかなり胸糞悪いんじゃないかね、これ……。
さて、ここまで来たら、あとはひたすら、『エルフに深く考えさせないようにする』事だ。
……俺の敵は2つ。
1つは、俺が生贄として連れて行かれた先に居るであろう魔物。
こっちは簡単だ。殺せばいい。以上。
そしてもう1つは、エルフだ。
……こっちはややこしい。殺せばいいってもんじゃない。
俺はこいつらを『騙す』のが勝利条件。
エルフと魔物は敵対関係にあるけれど、かといって、俺とエルフが共闘関係にある訳じゃないってのがポイントね。
最終的には、俺は魔物の死体と名声とエルフたちの信用とエルスロアの国宝であるという『守り石』を頂くのが今回の目標になる。
その為に、俺はあっちにもこっちにも気を配らなきゃいけないのだった。
エルフの何気ない監視の元、食堂へ向かった。
「ごめん、遅くなった」
「あら、シエル、遅かったわね」
ディアーネは横目でちらり、と監視のエルフの方を見て……エルフから見え無い角度で口元に笑みを浮かべてみせた。
『上手く行ったみたいね』って所か。
俺も笑顔で返して、早速席に着いた。
……それから少しして運ばれてきた食事には、真っ先に俺が手を付けた。
魔力に敏感な俺が最初に食えば、魔草だの魔獣だのを原料にした薬が入ってたら一発で分かる。
もし、未知の技法で作られた薬だったりしても、俺が最初に食べることでリスクを減らすことが可能だしね。
……という事で、警戒たっぷりな食事を摂りつつ、俺は『仲良くなった宿のエルフにベッドを1つ貸してもらうことにした』話をした。
つまり、さっき部屋を間違えて入ったらエルフが居た、そのエルフと話をするうちに意気投合したので、今夜はそのエルフの部屋に泊まる。そっちの部屋にはベッドが人数分より多くあるから丁度いい、と。
……丁度、俺達の部屋にベッドが2つしか無いのは真実だから、この嘘はとっても『本物っぽい嘘』っぽい。
ディアーネとヴェルクトも、それを信じたようなそぶりで了承。
後ろの方で監視のエルフが小さくガッツポーズしたのが見えた。ははは、俺の掌の上で踊れ踊れ。
という事で、俺はエルフたちの監視の元で眠る事になったのだった。
ドアと窓を見張られた状態で沐浴も済ませ、寝間着(これもディアーネに借りた。旅してる割に衣装持ちだな……)に着替え、エルフたちの部屋へと笑顔で向かう。
「な、枕投げやらない?」
「なんだそれは……?」
「知らない?枕投げてぶつけ合うの」
「いや、知らない……」
……うん、監視されてる割に、これはこれで楽しく過ごせそう。
折角だから、夜更かししてエルフたちにエルフの魔法について教えてもらっとくのもいいかもね。
……俺の監視のエルフたちは、夜通し俺にエルフが使う特殊な魔法について質問責めにされる事になった。
そのせいで、翌朝、そのエルフたちはすっかり元気がなくなっていた。ごめんね!
ま、俺も夜更かししたから眠いんだけどね。
勿論、眠いまま魔物との闘いに挑むつもりはない。どうせ夕方まで部屋に缶詰なんだろうから、その間、俺は優雅にお昼寝させてもらうつもりである。
見張りの方は寝る訳にいかないだろうから大変だろうけど、ま、頑張ってもらおう。




