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36話

 意気揚々と天井裏に入ったら、そのまま床を這って進む。気分は伝説の傭兵である。ちょっとワクワクするよね。潜入じゃなくても、屋根裏だもん。ワクワクしたっていいよね。

 今回の潜入捜査の為、当然だけど、武装は全部解除してある。物音の原因になりそうなものは極限まで無くしたいからね。

 もし何かあったとしても、同じ宿屋の中だ。ヤバかったら大声あげて、ヴェルクトに助けてもらうなり、ディアーネに宿屋を炎上させてもらうなりした方が速い。

 ……前者はともかく、後者はやめといた方がよさそうだけどね……。


 そんなこんなで音は立てない注意力と、そして何より、魔力無しの特性を生かした完全なる隠蔽を以てして、俺は宿の他の部屋の上までやってきたのだった。

 天井は木だから、節の所が抜けて穴になっていたりする。そういう所から光が漏れているので、それを頼りに穴を探して、中の様子を探った。

「……のよ。だって、だって……しょうがないじゃない!私、私のために誰か他の人を傷つけるなんて嫌!」

「しかし、それじゃあお前が死ぬことになるんだぞ!」

 お?随分と物騒な会話をしておられますなあ。

 ……いや、ほんとに物騒なんだけど。なにこれ。怖い。

「でも……でも、元はと言えば私が、魔物に、守り石を渡してしまったから……」

「ウィラは悪くない。悪くない……もう自分を責めるな……」

 穴から部屋の様子を覗いてみたら、綺麗なエルフのおねーちゃんと、その周りに居るエルフのおっさんお兄さん方が何やら言い争っている模様。

 穴がちっさいからよく見えないけど、まあ、聞こえてくる言葉から考えても、大体そんなかんじだろう。

「でも!でも、国王様になんと言えばいいの!?愚かな村娘がお預かりしていた国宝を魔物に渡してしまいました、そのせいで村の守りが解けてしまったので新たな守りをお授け下さい、なんて、言えるわけが無いじゃない!折角、地の精霊様が生贄を差し出せばオーリスの村を守ってくださる、と仰ったのよ?従うしかないでしょう!」

「かといって、お前が生贄になる必要は無いだろう!」

 ……あらら、大体事情がつかめちゃった。

 どうも、このウィラ、っつうお姉ちゃんがなんか失態やらかして、村の守り……多分、特殊な結界の類が解けた。

 しかも、その結界を作ってた『守り石』は、エルスロアの国宝だった。

『守り石』魔物に渡しちゃったせいで守りを失った村に、そこで『地の精霊』が、『生贄を差し出せば『守り石』の代わりに結界を張ってやる』みたいな取引を持ち掛けてきた。

 国宝を無くしちゃいました、なんてフェイバランドに報告する訳にはいかないから、村人たちは甘んじて生贄を出すことでこの場をなんとか収めよう、という流れになった。

 ……そんなかんじかな。

 ということは、女将さんが言ってた『祭』は、生贄を捧げる儀式、ってことになるのかな。

 うーん、中々に厄介そうな事情。聞いといてよかった。知らなかったらうっかり地雷踏んで村人からの印象ダダ下がりになってたかも。

 そうなるとロドールって人に杖の制作なんて頼めなくなってたかもしれないしね。

 やっぱり世の中の武器は情報だからね。


 天井裏で一人、手に入れた情報を吟味している俺を他所に、部屋の中では言い争いが続く。

「そうだぞ、ウィラ!……折角、珍しくよそ者が来たんだ。その中に1人、お前には負けるかもしれんが、相当な美人がいた。しかも、体調を崩して寝込んでいるらしい」

「だから、うまいことその娘を攫って、今回の生贄にすればいい。村の娘を差し出せ、とは精霊様も仰っていないだろう!」

 ……んっ?

 つまり……ディアーネを攫って生贄にしよう、とな?




 すぐに部屋に戻ってディアーネ連れて逃げる準備した方がいいか、とも思ったが、結界から出なきゃディアーネなら村人複数人をまとめて焼き殺すぐらいの事はできるだろうし、やるだろうな。……という所まで重い至った。

 ので、盗み聞き続行。

「連れ二人の内一人はガキだった。飴でもやってどこかにおびき寄せておけば騒がないだろう」

 おい。それは俺の事か。俺の事なんだな。上等だ、今の内に顔覚えておいて後でとっちめてやろう。

「もう一人はそこそこな手練れの戦士だろうが……村の若い衆数人がかりで何とかすれば、押さえておくぐらいの事はできるだろう」

 いや、無理じゃないかな。ヴェルクトは『光の剣』ver.短剣を装備してる訳だし。複数人相手でも勝っちゃいそうな気がする。

「なんなら、あたしが明日の朝の食事に眠り薬を混ぜておくよ。そうすれば手練れの戦士でも、祭の夕方まで目が覚めないだろうよ」

 よし、飯は食わねえことにしよう。

「そんな!ねえ、皆、やめて頂戴!私が生贄になればいいだけじゃない!」

「そんなことをしたら、来週の視察の時、国王陛下に何と言う?自分の名付け子の姿が見えないとなれば、国王陛下はさぞ心配なさるだろう。……そうなったら、この村はおしまいだ。国宝を失ってしまった失態が露呈してしまう」

「そんな……ああ、どうすればいいの……?」

「だから、この宿に泊まっている旅人の娘を攫って……」

 ……うん。ま、いいや。

 ここまで盗み聞きできればもう十分。

 あとは……うーん、ディアーネと、ヴェルクトと、それから、俺とも相談。




「……という話だったのさ」

 天井を通って部屋に戻ると、律儀にヴェルクトが寝たふりしてた。こいつのこういう律儀なところ、割と好きよ。

 ディアーネは本当に寝てたみたいだから申し訳ないけど起きてもらって、盗み聞きの内容を話した。

「……という事は、私はいつでも魔法を使えるようにしておかないといけない、ということかしら?」

 ま、そうなんだけどね。

 ……それは最終手段、なんだよなあ。

 この体調のディアーネに四六時中警戒してろって言うのは無理がある。

 幾らこのディアーネだからっつっても、体調不良の時に一分の隙も見せるな、ってのは酷だろう。

 そして相手はエルフだ。その一部の隙ですらついてくることは間違いない。

「すぐにこの村を出た方がいいんだろうが……雨の中、急に発つ事になったらあまりにも不自然だ。怪しまれて行動を早められたらまずいな」

「村を出たとしても、エルフなら森を歩く私達の脚にすぐ追いつくでしょうし……エルフ相手に森の中で戦うのは分が悪いわね」

 そうなんだよね。

 だから、下手に逃げるのもちょっと避けたい。

 ……何せ、ディアーネという、我がパーティ最大火力砲の体調不良。森の中という悪条件。そして相手は複数名のエルフ。そして外は雨。

 嫌な条件が重なりすぎてるんだよな。防衛するにも、逃げるにも条件が悪すぎる。


 ……が。

 俺は天才なので、それらを全て解決する、素晴らしいアイデアを思いついちゃったわけなのだった。




「だからさ、いっそのこと、村人達が襲ってくる前にこっちから『生贄役代わってやろうか?』って持ち掛ける、っつうのはどうだ?」

 俺が考えたのは、『逃げる』でも『防衛』でもない、『侵攻』。

 攻撃は最大の防御也。

 こっちから出ちまえば、少なくとも村人の出方はかなり制限されるからね。その後の対処も考えやすいから、村人方面のリスクはほぼ0にできる。

「ディアーネ。お前、1人で森の中で、魔物……ええと、オーガ5体ぐらい相手にどのぐらい防衛できそう?」

 俺の突然の問いに、ディアーネは少し戸惑ったものの、すぐ考え……。

「森を焼かないように気を遣うなら、3分。焼き払っていいなら防衛なんて言わずとも、一瞬でカタをつけてみせましてよ?」

「そいつぁーちょっとご遠慮願いたい。……うーん、3分かー……ええとさ、そこに更に、魔封じされたり眠らされて、目覚めていきなり魔物とご対面、なんつう条件が重なっちゃったら?」

「悔しいけれど、一瞬でカタを『つけられる』でしょうね。魔法が使えなければ私なんて、ただの小娘に過ぎないわ」

 ……だよねえ。うーん……。


「……おい、シエル。俺の考えが間違っていなければ……お前は、『生贄を欲しているのは地の精霊では無く魔物だ』とでも考えているのか」

「地の精霊様ご本人だったら、ディアーネに憑いてらっしゃる火の精霊様が話つけてくれるでしょ。なら、警戒しなきゃいけないのは精霊の名を騙った魔物の犯行、ってパターンだ」

 ……というか、マジで地の精霊が生贄欲しがってんだとしたら、ディアーネが近づいてきた時点で『お断りします』の反応ぐらいするだろ、多分。

 精霊同士で諍いになるなんて御免だろうし。

「けど、どのパターンにしたって、ディアーネを生贄にするリスクは高そうだ、っつう事は分かった」

 俺達の敵は村人では無い。精霊でも無い。

 先に恐らく待ち構えているであろう魔物なのだ。

 ……そして、そいつに今のディアーネをぶつけるのは得策では無い、って事は分かった。


「……けど、これは『チャンス』でもある」

 少なくとも、これは『村の危機』である。

 それを華麗に救った旅人は……間違いなく、村の中での評価は鰻登り。

 そうすりゃ、偏屈杖職人だろうがきっとお願いを聞いてくれるだろうし、何より、俺がアイトリウスを統治した後の事を考えれば、ここで恩を売って英雄気取っちゃうのも悪くは無い。

 俺がアンブレイルと対立した時、世界中で俺の味方になってくれる人、ってのを増やしておくのは悪い手じゃないと思うんだよね。

「だから、村人には『生贄欲しがってるのは精霊様じゃなくて魔物じゃないんですか?』なんて、教えてやんねー。村人の手で解決されないようにしてやる。あくまで、『俺が』村を平和へ導いてやる」

 ディアーネがピンときたらしく、にこやかに自分の鞄を漁り始めた。

 ヴェルクトはピンときていないらしく、首を傾げている。

「今回の条件は2つ!1つに、俺達が生贄を提供するという事!そして、2つに、その役にディアーネを使ってはいけないという事!……なら簡単だろうが」

 そこまで言って、ようやくヴェルクトは察したらしい。

「まさか……シエル、お前」

「そ。俺が生贄になってやるよ。んで、ちょちょいっと魔物捻って帰還してやる。あわよくば『守り石』とやらももらってトンズラしようぜ」

 だって俺、エルフのおねーちゃんより美形な自信あるもん。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] ……という所まで重い至った。 重い→思い
2020/11/13 21:30 退会済み
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